第十九話「フウジン」
第十九話「フウジン」
「お買い上げ、ありがとうございます! また来て下さいね、後藤さん!」
「こちらこそ、今後ともよろしくお願いします、若木さん」
俺はクインビーズのチームロゴが入ったバインダーと、若木さんお勧めの機内持ち込み用小物入れを買い、アイWISHを後にした。
思いの外長居してしまったので、大会のパンフレットなどを僅かに貰って本部を後にする。
とりあえず、何を食べて帰ろうか考えながら駐車場に向かっていると、タブレットが電話の受信を伝えてきた。
相手は堀口主任だ。すぐ電話に出る。
「はい、後藤です」
『こんにちは、堀口です。今大丈夫?』
「はい、大丈夫ですよ」
『あれ!? 外出中?』
「今、連盟の本部です。アマ登録、済ませてきたんですよ」
『あら、お疲れさま。でも、丁度良かったかも!』
俺の居場所を聞いて、堀口主任の声が弾んだ。
「何かあるんですか?」
『そうよ。ライジンの内蔵機がね、一応完成したの』
「……あ!」
そう言えば、テスト中は複座仕様だったなと、ライジンのコクピットを思い返す。
『それでね、流石に小型機を複座にするってわけに行かなくて、後藤君に直接テストもやって貰いたいんだけど……』
「えーっと、小型機なら、Gリミッターさえなんとかなれば、はい」
『あ、予備の起動試験とかは、全部済ませてるから安心して頂戴。……主機がNM六〇一A二のノーマル仕様だったけど』
それはまあ、当然だ。
せっかくの余剰発現力、ライジンはダブルに改造されてそのお陰で苦労しているが、使わないのはもったいなさすぎる。
ってことは……。
「堀口さん、もしかしてライジン専用の内蔵機、ノーマルと『俺』仕様で、かなり異なるんです?」
『そうねえ。スペックだけなら、狼の皮を被った……ドラゴン?』
「あー……」
『南紀の担当者さんがノリノリでね、ライジン内蔵機用の、というより……後藤君専用みたいなEROパワープラント、持ち込んで来ちゃったのよ』
「……はい?」
南紀重工は、世界に四つしかないEROパワープラント製造会社の一つだが、無論、トーヨドとも業務提携を結んでいる。
いつも俺がお世話になっているひなぎくのNM六〇一Cや、すいせん搭載のNM四〇一Aも、ここ南紀重工製だ。
だから、そこまで力を入れて貰えてありがたいのも間違いないのだが……堀口主任からその仕様を軽く聞いて、軽く絶句した俺である。
▽▽▽
なんて無茶をするんだ南紀重工……。
電話を終えた後、ひとしきり脳裏で愚痴る。
俺は桜花寮に電話して門限を夜八時に変更する許可を貰い、練馬にあるクインビーズの本拠地に向かった。昼飯がコンビニのサンドイッチになってしまったことは、言うまでもない。
内蔵機にパワープラントを搭載後、調整を行っていた南紀重工の工場が埼玉の川越で、俺の現在位置が江東区、練馬は丁度中間になる。
ついでに言えば、練馬クインビーズの主力選手達はゴールデンウィークにつきものの地方行脚中で、ジュニアチーム所属の練習生達もほとんどが大会に出払っており、今週に限っては練習場は簡単に押さえられた。
無論、トーヨドにくわえて俺なら、まあいいだろうという、クインビーズ側の譲歩がとても大きいように思う。
「専用IDもしくは、身分証をお願いします」
「はい、こちらです」
「失礼します。……はい、ご協力ありがとうございます。ようこそ、練馬クインビーズへ!」
駐車場も無人にせず、わざわざ警備員を配置しているあたり、アイ校や湾大とはまた違ったトラブルも多いんだろうなあと思い至る。
しかし……トーヨドのIDカードでクインビーズの駐車場に乗りつけるなど、三年前の俺なら驚愕でひっくり返ったかもしれないが、慣れとは恐ろしい。
「はじめまして、後藤君。ジュニアチーム『ハニービーズ』育成部、コーチの平谷です。うちの子達から色々聞いてるわよ」
「アイ校一年の後藤です。よろしくお願いします」
受付に行くと、案内まで付けて貰えた。
トーヨドのテストパイロットと名乗るべきかは微妙だが、当面はこれでいいかなと思っておく。
先日と似たような控え室で、新品のEROスーツを渡される。
「着方は分かるよね?」
「はい、もちろん」
ベースカラーは白で、腕と足に青のストライプが入っていた。
胸元には、毛筆っぽい書体で縦に『南紀』と力強く書かれている。
ついでにバックパックは試作品なのか、型番は手書きで『川八六G〇〇二八AP四』と書かれてあり、南紀の社内用式まで知らない俺には意味が読みとれなかった。
またもや一千万円コースだとは思うが、気にしても仕方がない。
着替えて再び平谷さんと合流、練習場へと向かった。
「へえ、これが噂の後藤君の肉体美かあ」
「平谷さん!?」
「あ、やばっ。……北条ちゃんは内緒にしてって言ってたっけ。ま、いいか」
「はあ、いいんですか?」
「いいのいいの、あの子が筋肉フェチなのはみんな知ってるし。それに、後藤君もうちに来るんでしょ?」
「はい、たぶん。今日の午前中にアマ登録済ませたところで、他との兼ね合いもありますから当面は個人で活動ってことになる予定ですが、そのうちお世話になる……いえ、お世話になれればと、思っています」
「そっか、ライジンのテストや授業もあるもんね」
この一ヶ月で、自分の予定を決められない立ち位置へと、自分から突っ込んでいった気もするが、恩恵も大きいので文句は言わない。
むしろ、楽しんでやるというぐらいで丁度いいと、気分を奮い立たせる。
練習場に到着すれば、小型機用のガントリークレードルが持ち出され、トーヨドのスタッフがセッティングに走り回っていた。
「堀口さん、お待たせしました」
「後藤君、急に呼び出してごめんね! どう、この子!」
開発者には会えなかったが、南紀重工の幾人かを紹介され、ほらこっちと堀口主任に引っ張られていけば、ひなぎくよりは細身で人型に近いアイアン・アームズが、搭乗口を大きく開けていた。
一見したところ、スタイルはエメラルド・クイーンの内蔵機、エメラルド・クラウンに近い。
「内蔵機の間接、やっぱり独特ですよねえ」
「そりゃあ、最大の特徴だもの。小型軽量高性能化って、ほんと、厳しいのよ……」
今はクレードルにしっかりと固定されているが、内蔵機は母機搭載時、両手足が多重間接を利用して後方に折り畳まれ、箱に入るマジックショーのアシスタントかヨガの行者状態になる。
この内蔵機というシステムについては、母機の主要部分が破壊されても試合が続行出来るという点は、非常に評価されている。
反面、軽い方が動きも良い機体にデッドウェイトを抱え込むという重大な欠点もあって、賛否両論、答えは出ない。
軍用ならば生残性の大幅な向上は強力な札になるが、流石に競技でそうそう死者が出てはたまらないし、当然、『ルール』によっても守られていた。
「ふふ、また名前考えなきゃね。今は開発ナンバーの略称で呼んでるけど……」
「じゃあ、仮で……フウジン?」
「りょーかい!」
雷神と対になるのが風神。
……安直だが、仮の名なので勘弁して貰おうと思う。
仕様変更の途中なのか一部未塗装のカバーもご愛敬、本当に工場出たて……いや、製造を担当する工場間でやり取りが為されている最中に俺が呼ばれたってところだろう。
ライジンという『新製品』をトータルで俯瞰すれば、開発中なのだからそれも当然だった。
それに対して、アイ校に持ち込まれるライジンのパーツなどは『出荷状態』、即ち、社外の誰かに見られることを前提として、検品や塗装も済まされている。ささやかなる見栄であると同時に、トーヨドの余力を見せつけてもいるのだ。
そのような手間を掛けてまで外部に機体を持ち出して開発を続ける理由は、俺がアイ校に通っているというただ一点が根拠であり、費用については考えたくないレベルだった。
「取り敢えず、乗っちゃって。静地試験終わらせたら、今日はここで走り回って貰うから!」
「了解です」
同じく南紀カラーのヘルメットを渡され、開放状態のまま着座位置を調整、起動の準備が整っているか確認する。
ここまでは、機種が違うからと言ってそう変化のあるものじゃない。
問題は、この機体に使われている主機だ。
「人員、機材、退避完了です!」
「後藤君、起動どうぞ!」
「はい。フウジン、起動します!」
説明は電話で聞かされたが、南紀重工はかなり無茶なことをしていた。
ベースとなるパワープラントから、通常は必要不可欠とされるキャプチャーユニット――次元粒子を効率よくチャンバーへと送り込むパーツ――を、関連部品共々綺麗さっぱり取り外したのである。
『次元粒子は、ガソリンエンジンで言えばガソリンと空気を合わせたような存在。Gリミッターでわざわざ次元粒子流入量を押さえ込むぐらいなら、これいらないでしょ』
俺の平均安定発現値九百八十一Kは、常人の平均の五百倍弱。
キャプチャーユニットを外したパワープラントのエネルギー効率は五十分の一から百分の一。
掛け算すればまだ多いじゃないか、というわけである。
当然、Gリミッターも能力の低い簡易タイプに変更されたが、キャプチャーユニットを外されて大幅な軽量化を達成したパワープラントのベースは、南紀重工の中型機用NW二一三C。
つまり。
堀口主任が言うところの、『狼の皮を被ったドラゴン』の誕生である。