第十八話「アイWISH」
第十八話「アイWISH」
「後藤竜一さん、どうぞ。ライセンス取得、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
午前中にアマチュアのライセンス――日本アイアン・アームズ競技連盟一般選手登録証を無事に取得、ちょっと緊張気味の写真がそのまま使われたライセンスカードが手渡された。
附則事項として、特殊歩行重機操縦第一種免許所持、と記されている。
ライジンはテスト中、ひなぎく一四〇九号は学校の機材で、すぐに使える機体はないものの、レジオナル・リーグの大会のうち、特に条件が必要ないヒットマン、アスレチックと、講習と実技テストの代わりに免許が参加資格を満たしてくれるシングルバトルは、今日からでも参加できるようになった。
ヒットマンは格闘禁止で、低出力のレーザーガンとターゲットセンサーを使うサバイバルゲームもどきだ。機体の破損がほぼないことから、リーズナブルなエントリークラスとして親しまれている。
アスレチックは広大な競技フィールドを使ったレースで、各選手は用意されたコースをアイアン・アームズで駆け抜けタイムを競う。
競技そのものは人間の行うそれと似たようなものだが、操縦技術のステップアップを見据えたトレーニングとしても有効だった。
但し、野山を駆ける競技ということで広大な会場が必要であり、開催される大会は地方が殆どだ。
シングルバトルは、アイアン・アームズ競技の基本となる一対一の格闘対戦である。アマチュアで前置き無く『競技』といえば、このシングルバトルを指す。
剣や盾などの武器を使用可能、銃を含む飛び道具禁止、キックパンチありの、俺が放課後につけて貰っている訓練とほぼ同じ内容の競技だった。
基本とは言いつつも、難点があるとすれば、選手層が分厚すぎることだろう。プロへの登竜門、その第一歩にして『アマチュアながらプロの真似事もできる』わけで、人気は高い。
一応、連盟の方でも考慮はしていて、中学生以下のジュニアと二十歳以下のU19、フリーと年齢別に分けられているが、フリーは更に、ノービス、レギュラー、オープン、プロフェッショナルの四階級が設けられていた。
最初はノービス、競技会への参加や順位で得られるポイントで、レギュラー、オープンと上のクラスに参加できるようになる。
プロフェッショナル・クラスは、プロテストに合格したプロフェッショナル・ライセンス所持選手のみが参加できるが、これはワールド・リーグの国際ライセンスとイコールじゃない、というところがミソだ。
国情に合わせて銃砲関連の規定や講習は日本の国内ライセンスの方が厳しかったし、逆に国際ライセンスは、総搭乗時間三百時間以上、中型、大型機四十時間以上と、中大型機体のウエイトが高い。
国内で戦っている分には国内ライセンスで問題ないが、ワールドチャンピオンシップの選手に選ばれる為には国際ライセンスが必要であり、トップ・リーグの選手達は『万が一』に備えてチームから強制的に取らされることもあるという。
極端に難易度が異なるわけではないが、重複事項も多いので面倒くさいと、有馬選手から聞いていた。
「さて……」
今日はライセンスの取得以外、特に用事もなかった。
時間があればあったで、特訓しつつ搭乗時間と経験を稼ぐのが一番なのだろうが、せっかく遠出して連盟本部に来たので、面白そうなものがないか、タブレットで探しながら散策する。
とりあえず、ホールに専門のショップがあったので、そちらへと向かうことにした。
実は、アイアン・アームズショップに入るのは初めてだ。
学生の頃は、機材やパーツは大学を通して専門業者に注文していたし、ほぼ女性の園という敷居の高さもある。
だがまあ、今ならいいだろう……というより、必要を感じていた。
最近では技術面以外のアドバイスを求められることも多いし、市販品もカタログを見ているだけでは実感が掴みにくいこともある。
一度くらいは店の雰囲気も見ておきたかった。
「へえ……。でかいな」
入店と同時にいらっしゃいませの声が掛からないほどの大きなショップで、家電量販店のような雰囲気だ。
店名の『アイWISH』だけでは、連盟の直営店舗なのか、それとも依託を受けた一般のショップなのかは分からなかった。
お客は当然、女性中心。休日とあって結構な人出である。
「ね、これよくない?」
「私はブルーの方が好きかな」
「うー、三本セットの方がお得なのは分かってるけど、悩むなあ……」
……まあ、うん、最近は流石に慣れた。
入り口すぐのショーウインドには、各社最新モデルのEROスーツやバックパックが飾られ、その隣にはお洒落なデザインのアイアンジャケット、奥の人だかりは、セール中のヘッドセットのようだ。
少し奥には、プロチームのロゴステッカーやマスコットグッズなども売られている。
かと思えば、パーツの受注や調整なども受け付けているようで、そちらは年輩の男性スタッフが応対していた。
「いらっしゃいませ、アイWISHへようこそ! 何かお探しですか?」
人の波を除けつつ、ゆっくり店内を見回していると、後ろから声を掛けられた。
俺と同い年ぐらいで、メガネを掛けた小柄な女性店員だ。
だが丁度いい、助かった。
女性客からの、若干どころではない視線も気になってきたところだ。……もしかすると、慣れの問題ではないのかもしれない。
「あー、実は、先ほどライセンスを取ったところなんですが……」
「へ!?」
ライセンスを見せれば、随分と驚いた顔をされる。
「あ、いえ、ごめんなさい。男の人のライセンスカード、初めて見たので……」
「そりゃ、ええ、俺も初めてです」
はははとお互いに笑い、そういうことならばこちらにどうぞと、接客スペースに案内される。
操縦経験や目標などでもアドバイスの方向が変わるので、お客様カードを作る必要があるらしい。
「どうぞ、おかけになってください」
「どうも」
「自己紹介が遅れました、アイWISHアドバイザースタッフの若木と申します。よろしくお願いします」
「あ……と、後藤です。こちらこそ、よろしくお願いします」
「アルバイトですが、プロのライセンスを持ちますので、かなり込み入ったご相談にも乗れると思います」
渡された名刺には店名の他に『テクニカルアドバイザー 若木かすみ』と書かれてあり、脇には八十五年度レジオナル・リーグ関東地区年間総合六位と――。
「六位!? すごいじゃないですか!」
「や、それほどでも……」
照れる若木さんだが、俺でも分かるほどすごい。
関東地区は人口も多く、必然的にプロ選手も多かった。
登録だけをして活動がない休眠選手まで含めると、日本国内のプロ選手は三千人弱だ。
人口比から言えば、関東だけで一千人程度はいるわけで、その六位など、いわゆる『上』――セカンド・リーグ以上のプロチームから声掛かりを待つか、入団テストを受けるかのレベルである。
若木さんはうちの桜に比べても小柄だが、身長や体格がアイアン・アームズの操縦技術に大きな影響を及ぼさないことはよく知られていた。せいぜい、衝撃耐性や持久力など、鍛えて変わるその基礎に若干有利不利が働くというあたりか。
「先ほど見せていただいたライセンスカードには、特機免許所持と書かれていましたが、いつお取りになられたんですか?」
「はい、今月です」
「操縦経験はどの程度でしょうか?」
「今は……どのぐらいだったかな?」
タブレットからデータを呼び出し、確認する。
リンクしておけば、自動で記録してくれるのでありがたい。
「えーっと、小型機四十八時間、中型機が七時間ですね。ただ、中型機はガントリークレードル上での動作のみでしたから、実質ゼロです」
「結構乗られてますね。機種は分かりますか?」
「あ……」
……ここで嘘をついてもしょうがないか。
「ひなぎくが三十八時間と、陸自の七十九式が十時間ほど、ですね」
「え、ひなぎく!? それに自衛隊って……」
「あーっと、まあ、本当です」
持ち歩いている起動キー兼用の生徒証を見せれば、何故か驚きの表情を向けられる。
「もしかして、華子の言ってた、年上で格好いいお兄さんの後輩って、後藤さんのこと……?」
「え、麻生会長!?」
「そう、麻生華子! 私、九期生なんです!」
ぐっと詰め寄られ、思わずのけぞった。
だが、アイ校の先輩であれば、校内事情に気を遣わなくていいのは助かる。
若木さん……若木先輩も、期待の後輩と言うことで急速にうち解けてくれた。
「発現力九百!? そりゃ入校させられますよねえ……」
「あー、まあ……」
「でも、専属契約は羨ましいかな。私だって後輩には負けてられませんから……頑張る! 今年こそ入団!」
俺はトーヨドとライジンの話を若干ぼかしつつも、プロフェッショナル・ライセンスの取得まで含めた目標を話し、個人で買っておいた方がいいアイテムや、競技会についてマニュアル外で知っておいた方がいい情報などを、じっくりしっかりと教えて貰った。