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第十七話「アマチュア登録」

第十七話「アマチュア登録」


「いい感じだ、相良。同じコースをもう一度行う。次は……そうだな、ゴールを五秒から十秒遅らせるつもりで、ゆっくりと操作しろ。それが心の余裕を生む」

「はい!」


 食堂へと持ち込んだ俺のPCには、本田先生が張り付いていた。

 思考制御に難があると思われる生徒が呼び出され、順にトレーナーを試している。


 その横では、内原先生が堀口主任と連絡を取って非公式の打ち合わせを行いながら、自前のタブレットを開いて何かを打ち込んでいた。


「山内さんはこの三回のお試しでも、五パーセントぐらい反応が良くなってるわ」

「はい」

「トレーナーは実機の操縦に比べて要求が少ない、要求が少ないから意識を集中しやすい、集中すればいい結果が出しやすくなる、ということね。まずは単動作への慣れ、次にこの結果を徐々に広げ、複雑な操作や反応速度の発展を目指す。この方向性は覚えておいてね。トレーナーについては交替で使わざるを得ないけれど、優先使用の許可を出しておくから」

「ありがとうございます、先生」


 同じく急遽呼び出された一組の桑島先生は、親玉に『投げて』コンバートされたデータを見ながら、生徒を指導していた。


 俺はと言えば、部屋からキーボードを取ってきて、PCのリソースを最小限だけ自分に割り当て、トーヨドに提出するレポートを書いている。


 気が散るってほどでもないが、新たな提案や要望などもその場で舞い込んでくる為、なかなか忙しい。


「後藤、助かったぞ。機材の調達と訓練の進行次第だが、今年はスペシャル合宿の人数が減らせる可能性さえ高くなった」

「いえ、お疲れさまです」


 俺が大凡のレポートと要望のまとめを仕上げて堀口主任に送信、先生の声を受けて生徒達が解散したのがほぼ同時で二十一時四十五分、消灯直前である。

 慌てて食堂に広げたPC類を回収し、鳥越らにも手伝って貰いながら部屋に戻る。


「後藤さん、本当にありがとうございます!」

「いいっていいって。俺も楽しかったよ」


 じゃあお休みと、八重野宮や新派とも階段で別れた。


 ……今日は早めに寝てしまおう。

 PCは持ち出しを考え再セッティングせず、引っ越しの時に使ったバックパックをクローゼットから出し、制御ユニットなどと一緒に放り込んでおいた。




 ▽▽▽




 トレーナーの数が足りない件は、翌朝、ものの見事に解決していた。


 食堂の隅に制御ユニットと学校のPCが五セット持ち込まれ、ヘッドセットをつけた生徒達によって占拠されている。

 昨日も来て貰った桑島先生がいたので挨拶すると、主担当として丸一日トレーナーに張り付くそうだ。


「昨日のうちにね、内原先生がトーヨドさんと連絡を付けて、学年主任や校長にも話を持っていってくれてたのよ」

「こっちもボスが乗り気で、朝一番で横浜に戻ったわ。ライジン絡みじゃないスタッフは、みんなこっちに投入されてるよ」


 セッティングは既にトーヨドの技術者――俺もちょくちょく世話になっている整備士の近藤さんが済ませ、やはりトーヨド側のトレーナー担当として、今日一日は様子を見るそうだ。


 鳥越らが取り付いているデータ取り用の『姫路城攻略』はともかく、端の一台は機材が反対側に向けられ、やけにすごい人だかりとなっている。


「ああ、あれね。エメラルド・クイーンで青梅マラソン走るやつ。堀口主任がやってた首都高レースの応用ね」

「は?」

「そうそう、どうしても二機のトレーナーをリンクさせるんだって、班長達が徹夜してたわよ。今日中には、ヒットマンぐらいは実装されてるかもね」


 ヒットマンは、ターゲットとセンサーを利用した射撃戦オンリーの競技だ。格闘禁止のエントリー向け競技であり、裾野も広い。


 格闘まで組み込むと、物理演算が大変になりすぎ、PCの負担も大きくなるが……いや、それこそ、『ゲーム的な』システムでもいいのか。


 トレーナーは既に俺の手を放れているが……鳥越達も一生懸命だし、誰も困っていない。


 俺も自分のことに集中したいし、まあ、うん、いいことだと思う。




 トーストとベーコンエッグの朝食を済ませた俺は、ファルケンのキーを手に、駐車場へと向かった。


 今日は珍しく一人だが、都内の連盟――日本アイアン・アームズ競技連盟の本部まで、アマチュア選手の登録に行く予定だった。


 大前先生からも、早いうち……可能ならゴールデン・ウイーク中に選手の登録を済ませ、試合の一つでも経験しておくよう言われている。

 関東近県で当日受付でも参加可能な大会のリストまで、手渡されていた。


 トーヨドの横浜二研は言わず物がなである。


 年齢も二十歳を過ぎ、既に一度高校を卒業している俺は、高特連こと全国高等学校特機競技連盟主催の大会への参加が難しかった。

 バックアップクルーの一員としてならば、コーチのような扱いで参加が許されるそうなので、大人しくクラスメートの応援とサポートに徹したいと思う。


 社会人メインの一般クラスには大手を振って参加できるので、俺の主な活動の場は、当面そちらになる予定だった。


「さて……」


 ナビをスタートさせ、連盟本部までのルートを確認する。


 江東区なのでそれほど遠くないが、渋滞がいくつか起きていた。ゴールデン・ウイークのお陰で、いつもより道は空いているものの、都内から車が全部消えるわけではない。


 片道約一時間、のんびり行くかと、俺はアクセルを軽く踏み込んだ。




 一時間『半』後、結局渋滞に捕まってしまったお陰で予定より遅れて到着した連盟本部は、結構な人で溢れかえっていた。


 登録は季節を選ぶものでもないが、連休の後半には大会や競技会が控えているから、前半に登録や更新を済ませる人は多いのかもしれない。


 後から知ったが、理由はそれだけでもなく、この本部には多数のシミュレーターが設置されていて、有料で借りることが出来た。


 シミュレーターはあまり個人で持つような物でもないし、中古のハイホーの方が安価で手に入る。


 レンタルに限るなら、時間あたりの料金は実機に比べてシミュレーターの方が遙かに安かった。これは整備や運用のコストも加味してのことであり、使い道も異なるから、搭乗者としては、自分が求めるものを考えて選びましょう、ということになる。


 この休日にシミュレーターへと人が集まるのは、免許証が無くても搭乗できること、実機の場合にはそれなりに広いスペースも必要であること、そして、シミュレーターならば自由に射撃の訓練が行えるという三点が大きく関わっていた。


 アイ校にいる限りは使わない……と思ったが、そもそも俺はシミュレーターの使用が原則禁止である。


 シミュレーターにはEROパワープラントが使われており、実機と同様にエネルギーを生み出すわけではないが、機体側の反応として出力が上下され、あるいは被弾や破損のシミュレート結果によっては暴走した。


 つまり、Gリミッターを取り付けないと使えないのである。

 アイ校の設備を専用に改造してくれと言い出せるはずもなく、射撃訓練を行う場合は、トーヨドを頼ることになるはずだった。


 連盟本部のガイドとマップをダウンロードすれば、アマチュア選手の登録は二階に専用受付あるようで、そちらへと移動する。


「こちらは新規の選手登録受付窓口です。お客様は、特機免許をお持ちですか?」

「はい、持っています」


 受付で必要な書類を貰い、説明を聞いてからPCブースに向かった。

 必要事項を埋めていったが、特機免許の試験とは違って完全電子化はされておらず、選手宣誓書などは手書きである。


 幸い、俺は第一種免許を取らされているので、筆記および実技試験、それから講習会の半分は免除された。


 アマチュア選手への登録は小学生でも可能であり、試験も難しくはない。


 だがアイアン・アームズの操縦に於いて、安全への配慮は非常に重要だった。


 振り回される鉄の腕の威力には、小学生もベテランも関係ないのである。


 必要事項を書き入れ、プリントアウトした申請書類と選手宣誓書を受付に提出すると、別室でライセンスカード用の写真を撮られた。


「講習会は三階で随時受け付けていますが、本日お時間がない場合は、別の日に受講することも可能です」


 ライセンスカードは受講修了時に手渡されるそうで、俺はそのまま三階へと向かい、小学生まで混じる中、素直に講習を受けた。


 ちらちらとこちらを見る視線に、最初は授業中もそうだったなと思い出す。


 男性のアイアン・アームズ操縦士は、女性のそれに比べ数十分の一という比率だ。

 アイ校生活で多少は慣れていたが、慣れたのは俺ではなく、クラスメート達だったのかもしれないと、俺は小さくため息をついた。


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