第十六話「思考制御トレーナー」
第十六話「思考制御トレーナー」
「現物もあるから、簡単な仕様書とコンセプトラインだけでいいわよ」
「出来れば、今日中だとうれしいねえ」
「えっと……頑張ります」
夕方、俺が整備区画を出る頃には、ボスがライジンでサハラ砂漠を駆け抜け、内原主任のエメラルド・クイーンはクラシックなガソリンエンジンのスポーツカーと一緒に首都高を周回していた。
仮に『思考制御トレーナー』と名付けられていたが、既に数人の手により改造・改良・機能の追加が施され、俺の手元にある貸し出し機とは既に別物になっている気がする。
自室に戻ってセッティングして、問題なく動くか確かめると、八重野宮と鳥越、それにうちの担任と副担任にもメールを入れた。
教師の二人からは、アイアン・アームズを動かすわけでもないし、思考制御の訓練ならこちらから頼みたいぐらいだと、すぐにOKが出た。時間があれば、後から見に行くとも言われている。
「後藤さん」
「おじゃまします」
「来ちゃいました!」
「おう、いらっしゃい」
一緒に新派と土師がついてきたが、まあ、構うまい。
桜の留守に、女生徒一人『だけ』を部屋に呼ぶ危険性は承知しているが、多い分には問題なかった。
「とりあえず、思考制御のトレーニングが部屋でも出来るようにしたんだ。トーヨドの社員さん達にも試して貰ったから、動作は問題ないと思う」
「は、はいっ!」
操作は極力簡易にしたし、夕飯の前にレクチャーだけでも済ませておけば、後は彼女たちが自分で訓練できるはずだ。
軽く説明をして、鳥越をPCの前に座らせる。
ヘッドセットをつけさせて信号の入出力をモニタリング、うん、問題ない。
「操作は、ゲーム……ってわけでもないけど、画面のアイアン・アームズを目的地まで動かすことだけしか出来ないからな」
「はい」
「とにかく、思考制御に慣れることと、データを蓄積すること、この二点に機能は絞ってある。今はホスト側のAI補助を最大に設定してあるから、問題なく動かせると思う。ここから徐々にステップアップして、AIの補助なしで姫路城を攻略するのが当面の目標だよ」
キャリブレーションを問題なく終わらせ、姫路城マップを起動、ハイホーを歩かせる鳥越をみんなで見守る。
「喜美、がんばれ!」
「ああっ、ぶつかる!?」
いきなりで戸惑いはあるだろうが、これまでも、基本的なアイアン・アームズの操縦なら彼女も出来ていたわけで、初回は普通にクリアした。
「じゃあ、次はAI補助の反応を十パーセント落とすよ」
「……お願いします!」
俺は補助なしでも補助ありでも大して違いが分からなかったので、当初は二十パーセント毎に設定ポイントを設けていたが、お試しで操作したトーヨドの数人から『全然違う』『難易度が急に上がりすぎ』と突っ込まれ、修正を施している。
よって、鳥越にとり十パーセントの反応低下は、数字以上に影響が大きいと予想された。
「後藤さん、これってオペレートは簡単なんですか?」
「うん。ログの方はオートだし、AI補助の調整ぐらいしか触るところがないよ。土師さんが覚えてくれると、俺も鳥越も助かる」
「はーい」
教えるついでに一回目のログを呼び出してみたが……申し訳ないことに、俺には差違が分からない。
一応、グラフ化してイレギュラーをピックアップ出来るようにしたが、これらは後から来る先生達に期待しようと思う。
「おー、おめでと!」
「喜美、どんな感じだった?」
「んー、ひなぎくよりも動かしやすいような気はするけど、やっぱり旋回とかはどこか引っかかるかなあ」
「次はどうする? 同じ難易度をもっかいやるか、一つ上げるか……」
「練習の効率は、気になるところの確認をしてポイント絞り込んでからの方がよくなるよ」
「うん、七海の言うとおりだね」
「じゃあ、同じので」
「ほいほい」
鳥越は一度目よりも苦心しつつもクリアしたようだが、想定外の疲労などはないようだった。
俺はホストの操作を土師に任せ、棚からキーボードを引っぱり出した。
授業の宿題や支援隊の課題は終わらせていたが、トーヨド提出するレポートの作成が新たに増えている。
得た助力が無駄にならない程度には、きっちりと仕上げておきたかった。
戻ってきた桜には驚かれたが、理由を話せばすぐに納得してくれた。
「まあね、お兄ちゃん昔から器用だし……。それよりもさ、みんな、夕御飯行かないの?」
「あ!」
「やばっ!?」
慌てて皆で食堂に向かい、和のチキン南蛮定食と洋のアクアパッツァのセット、それぞれを手に入れて机を寄せる。
「後藤さん」
「ん?」
「あのトレーナーって、多人数に対応出来ないんですか?」
「そうだなあ、二機並べてタイムトライアルするだけなら、それほど難しくない。でも、受信ユニットがもう一つ要るからな……」
「あー、なるほど」
「授業で使わないひなぎくから外しちゃうとか」
「外すのは駄目でも、学校の予備から借りられたりしませんか?」
射撃や格闘まで出来るなら、それこそシミュレーターかゲーム機に発展しそうだが、処理すべき情報が格段に増える。俺のPCでは不安があった。
また、このトレーナーは『可能な限り安価に思考制御訓練を行う』ことが目的だ。本格的な搭乗訓練ならアイ校には立派なシミュレーターがあり、そちらを使えばいい。
……予約の順番待ちで、なかなか一年生には回ってこないが。
「邪魔するぞ」
「みんな、こんばんは」
「本田先生、内原先生、お呼びしてしまったようで申し訳ないです」
食後のお茶を手にする前に、担任コンビが来てくれた。
トレーナーの構成要素と出来る内容――姫路城攻略を説明し、今のところは動作に問題がないこと、鳥越も同じ難易度なら二回目以降の方が慣れていることを報告する。
後で鳥越のログを……ああ、後からじゃなくて、いいのか。
俺のタブレットなら、データを呼び出せる。
「先生、ログの方はこんな感じです」
「あらら」
「……生データか」
先生達は、顔を見合わせて苦笑した。
「こっちでアイ校用のフォーマットにコンバートして解析するから、誰の何回目かだけは、必ず分かるようにしておいてくれ」
「……すみません」
「気にするな。やるのは電算機室の親玉だ」
親玉とは呼ばれているが、人間ではない。
アイ校に設置されている各種業務用コンピューター中でも最強の一台、『SC-1001』である。
主に生徒データの管理解析、各教室や施設にある教育機器の統制など、学校教育に特化した総合管理システムとして導入されていた。
同じSC-1000シリーズはもう一つあって、平素のセキュリティ管理及び親玉のバックアップシステムに使われている。
……ちなみに特別棟訓練指揮所の統括コンピューターは自衛隊の管轄で、名前も型番なしの『特機校防災システム』、スペックは特定防衛機密的な表記の『たよりになる』だ。
「ん? 後藤の部屋にこの人数で行くのか?」
「後藤君、そのトレーナー、ここで動かせない?」
「あー……」
移動しようとして先生には首を傾げられたが、それもそうだと思案する。
部屋からPCを持ち出す……よりは、学校のネットを使わせて貰う方がましか?
いや、タブレットとPCだけの問題じゃない。
一番情報量が『太い』のは、受信ユニットとPCの間だ。
「何とかします。それから、寮のネットの使用許可をお願いします。結構、太いです」
「もちろんいいぞ」
「ありがとうございます。すぐに取ってきます。ごめん、誰か、お手伝い頼めるかな?」
「はい!」
最初に八重野宮が手を挙げてくれたのでお手伝いに指名、その間、鳥越には使用感などを先生達に説明してもらうことにした。
「なんか……思ったよりも、大事になってしまいましたね。後藤さん、いつもごめんなさい」
「いいんじゃないかなあ。鳥越さんの悩みは、すぐには無理でも解決の方向性はつけられそうだし、俺も学生時代を思い出してシステム組むのが楽しかった。ユニットを貸してくれたトーヨドのスタッフさんだって、すごく喜んでたよ」
「……あの、どうして貸してくれた人が喜ぶんですか?」
八重野宮には、手提げに入れた受信ユニットとヘッドセットを持って貰う。
俺はもちろん、PC本体とキーボード、それから空間投影ディスプレイだ。
「本物のパーツを使ったトレーナーが、自分にも使えるって。……下手すると、そのまま商品化しそうな勢いだった」
「商品化? 売るんですか?」
「どうなるかは俺にも分からないけど、さっき、ボス――課長さんはサハラ砂漠を走ってたし、内原さんはエメラルド・クイーンでレースやってた」
「わ、それ、面白そうです! あ、喜ぶって、そういうことだったんですね」
などと、他愛のないことを喋りながら、再び食堂へ。
起動に一分、セッティングと設定変更――回線の繋ぎ替えと認証に二分、再び鳥越にヘッドセットを被って貰う。
「行きます!」
その頃にはもう、ギャラリーが十重二十重に増えていたので、PC側のメインディスプレイをプレゼンテーションモードに切り替え、上空に大きく投影した。
サブの方は先生達に向け、リアルタイムでビジュアル化されたログを流す。
「……後藤、もう一台組むなら、受信ユニットが必要なんだな?」
「はい。ユニットは一人に一つ、必要になります。ヘッドセットは軽い方がいいかと思って借りましたが、授業で使うヘルメットでも大丈夫です」
「ふむ……」
もう二、三人までなら俺のPCで対応出来そうだが、それ以上なら別のホストが必要だと伝えておく。
「生徒の私物で対応っていうのも……ああ、でも、お目こぼし的な意味ならその方がいいのかしら? 本田先生、どう思います?」
「トーヨドと非公式に話し合って、落としどころを決めておいた方がいいかもしれませんね」
「……ですねえ」
トーヨドに頼めば、笑って貸してくれそうだが……そうか、授業に関わる部分は、幾ら協力企業でも線引きが必要か。
仕事を増やしてしまった事を謝れば、そのぐらいの手間で生徒の能力が伸びるなら万々歳だと、こっそり耳打ちされた。
別の意味で、九十度まで頭が下がった俺である。