第十五話「姫路城攻略」
第十五話「姫路城攻略」
結局、頭を悩ませるような問題も起きず、二時間ほどで必要な作業を終えた。
「え、もう出来たの?」
「そりゃ、このぐらいなら……。城田なら、この半分の時間でやると思いますよ」
「……彼は特別でしょ」
堀口主任には驚かれたが、作業内容を報告すると納得してくれたものの、今度は別種の呆れでため息を向けられる。
「まあね、後藤君ならそれで済むかな……」
「ユニット側で保証されているより情報流量を下げてありますから、こっちで頭を悩ませる必要もないですし、目標も取り敢えず動けばそれでいいっていう低レベルですから」
故障のないアイアン・アームズから操縦システムを外して、その一部分だけが正常に動くようにシステムを再構築したようなものである。
技術的には何ら進歩的な機軸を取り入れず、確実簡易を主軸にしていたのだから、俺としてはこの結果も当たり前という気分が大きい。
ほぼ、大学生の頃は日常だったひとコマの再現である。
「で、どんな感じに仕上がったのかな? 見せて貰える?」
「体験して見ますか?」
「私は駄目よ。発現力ゼロだし……」
「いえ、これ、別にEROパワープラント使ってるわけじゃないんで……」
「あ……! やるっ! やりたいっ!」
堀口主任がえらく食いついてきたので、椅子に座って貰い、ヘッドセットを渡す。
エアタブレットをオープンモードで起動させて、テーブルの上に置いた。
「手はテーブルの上、タブレットの左右に置いて下さい」
「えっと、これでいいかしら?」
「はい。起動しますね」
「うん!」
空中投影された画面に、人間の両手の3Dモデルが浮かび上がった。
市販品のような起動画面は用意していなかったが……味気がなさ過ぎる。後で追加した方がいいかもしれない。
「最初は手と指を使ったキャリブレーションです。画面の指示に従って、手を動かして下さい」
「えっと……ぐー、ちょき、ぱー?」
「はい、そんな感じです」
ゲームのコントローラーでもよかったが、手持ちにはなかったので、タブレットのジェスチャーインプットモードを操縦桿代わりにしていた。
……ハンドレスト付きの本物の操縦桿は整備区画にもあったが、あんな重いものは一々持ち運びたくない。
小型機用の受信ユニットでさえ三キログラム少々だが、こちらはまだ俺の許容範囲内だ。
「あ、終わったわ。……これ、うちのハイホー?」
「はい。公式サイトのライブラリから、3Dモデルを借りました」
手に代わって今度はハイホーが表示され、マップの読み込みが開始された。
俺が慣れてるせいもあってこのチョイスだが、ハイホーは同じ小型機のひなぎくよりも、さらに一回りほど小さい。
先ほど俺も試したが、人の歩けるVR空間データがそのまま使える。
「……えっと、お城?」
「はい、世界遺産の国宝姫路城です」
場所は何処でも良かったが、鳥越も慣れているだろうアイ校の校舎は機密が絡んで無理、湾スクは半官半民の商業施設だが企業の所有物でもある。
だが姫路城なら、そのあたりを憚る必要がない。
マップデータは、観光庁の公式サイトで公開されている完全版の3Dデータを、そっくりそのまま借りていた。
このデータは共通フォーマットで、PCかタブレットで読める。
専用のヘルメットかゴーグルを身につければ、VR散策を楽しむことも出来た。
細部どころか窓から見える景色もほぼ完璧だが、ちょっとした悪戯心で、実際に城として使われていた当時のデータ――江戸時代バージョンを選んでいる。
先ほどテストしてみたが、畳の上や板敷き廊下をアイアン・アームズが歩くのは少し違和感があるものの、動作に支障はなかった。
VR上なので畳や床が傷ついたりはしないが、まあ、気分の問題である。
「割と簡単なのね。もっと難しいかと思ってたわ」
「今はテストなので、精度の要求を低く抑えてあります」
「……ちぇっ」
画面中のハイホーは、少しふらつきながらも幾つもの城門をくぐっていく。
だが堀口主任なら、アイアン・アームズはともかく思考制御機器の操作は日常のはずで、すぐにハイホーの操作にも慣れていた。
「よし、攻略!」
「おめでとうございます」
無事に天守閣の最上部に到達したハイホーが、大きく手を振った。
「ね、どうせなら、ライジンに差し替えない? 二研のホストにデータがあったはずよ」
「あー、公開許可が下りるならそれでもいいですけど、コースを作り直すことになるんで、今日のところは勘弁して下さい」
……ライジンは中型機で、おそらくは歩くだけで姫路城が破壊されてしまうと思う。マップ攻略どころの話ではない。
中大型機の3Dモデルを使うなら、どこかの都市か大きな平原のマップの方がいいだろう。
「はーい。後でボスに聞いておくわ」
「ライジンの3Dモデルなら、来月には表に出してもいいよ」
「ボス!?」
「後藤君が面白そうなことやってるって聞いたから、会議は速攻終わらせてきた!」
俺達の後ろに、いつの間にかボスがふんぞり返っていた。
PCブースには、左右の衝立はあっても後方はがら空きだ。集中していて気がつかなかった。
「あれ? 堀口君、アイアン・アームズ動かせたっけ?」
「ボス、私と同じ勘違いしてますね。これ、EROパワープラント使ってませんから――」
「じゃ、じゃあ、私にも動かせるのかい!?」
「大丈夫よね、後藤君?」
「ええ、多分……」
ボスまで食いついてきたお陰で、何故かその場でもう一セット用意する羽目になった。
可哀想なことに、また別のタイショーから、受信ユニットが取り外される。
「班長、私にも代わって下さいよ!」
「もうちょっと! 今大天守に入ったとこ!」
ブースの周囲には更に人が集まりだし、本気で収拾がつかなくなっていく。
「タブレットは個人の持ち物がそのまま使えますから、要はヘッドセットと受信ユニットの価格次第ですよね?」
「ああ。接続はクラスⅠ限定で、安全基準もアイアン・アームズの運用基準ではなく思考制御機器法のカテゴリーⅠまで落とせるから、旧式機のユニットがそのまま流用できる。……いや、ユニットに手を加えないことがここは重要か。つまり、開発費はゼロだ。それに現行のタイショーほど能力が要求されないなら、それこそこの画面通り、ハイホーのパーツでいいわけだ」
「ハイホーの保守部品、今も生産ラインが閉じてないですよね」
「名機ですからねえ、ハイホー」
「あ、数量次第じゃコストダウンが超絶に効きますね!」
同価格帯の後継機タイショーがより高性能ってだけで、旧式機のハイホーも中古市場では大手を振って売られているわけで、現行の法と安全基準はクリアしている。
更にはアイアン・アームズとして動かすわけでもないので、普段から『本物』――それもプロ用の最新鋭機材を扱う横浜二研にとっては、技術的には悩みの種にすらならないのだろう。
その割に皆が皆乗り気で、俺の方が雰囲気に飲まれそうだ。
「ボス、これって、横浜二研のお仕事になります?」
「こんな面白そうなネタ、誰が余所に渡すもんか! 堀口君、熊沢常務を通してエンタメ事業部を巻き込むぞ」
「はい!」
「あとは広報にも話を持って……ああ、同期がいるから、それは私の方で何とかする」
「流石です、ボス!」
ボスや堀口主任の口振りからは、このシミュレーターもどきをゲームか何かとして製品化しようという空気が垣間見えた。
だが、大企業で本物のアイアン・アームズを作っている一流の技術者達が、何をそんなに勢い込んでいるのか、本気で分からない。
……分からないので、聞いてみた。
「そうだなあ……。後藤君、アイアン・アームズの操縦を題材にしたゲームなら、沢山あるよな?」
「ええ、はい」
家庭用のゲーム機やタブレット、PC用と、その種類は多岐に渡るし、人気も高い。
ゲームセンターやアミューズメント施設には、俺の作ったシステムよりも余程上等な、思考制御での操作が可能な大型筐体を使う対戦型の本格派ゲームさえあった。
大学生の頃、城田や山口らと何度も対戦したのが懐かしい。
ボスはその通りと、重々しく頷いた。
「君の作り上げたこのシステムは、ゲームとして考慮されていないと思うし、聞いた内容からもそれは判断できる。もちろん、思考制御の訓練機材としては、必要十分を満たしているだろうが……」
「でもね、後藤君。これってさ、実機で使われてる本物のヘッドセットと、本物の受信ユニットが使われてるんだよ。より本物らしくって作られたフェイクじゃないの。私達が普段から相手にしてる、本物よ」
「そう、本物だ。私にも一部分とは言え本物が、動かせるんだ。……分かるかい、後藤君?」
「……あ!」
そうか、そういうことか!
「ゲーム機って、当たり前だけどゲーム優先の設計で、本物らしくする努力が払われすぎていてさ、本物と同じ部品使うなんて、逆に聞いたことないよね」
「そりゃあ、実機と同じ操縦室のシミュレーターやテストベッドなら、この仕事だ、なんでもそこら中にあるさ」
「でも使えるのは、操縦士だけでしょ」
「私達だって一度ぐらい、大手を振って動かしてみたいのよ!」
「発現からひと月の後藤君なら、分かってくれるんじゃない?」
「それに、戦国時代にアイアン・アームズって題材、面白いと思うんだよね」
その意味に気付いた俺に、ボスと堀口主任だけでなく、ブースを取り囲んでいた大人達がにやりと意味ありげに笑う。
発現の発覚以来忘れていたが……俺も以前は、アイアン・アームズの操縦に憧れた側だった。