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第三話「二度目の高校一年生(21)」

第三話「二度目の高校一年生(21)」


 国によるERO能力の精密検査やアパートの解約手続きなどを合間に挟みつつ引っ越しの準備をしていると、本当にため息をついている暇さえないまま四月に入ってしまった。


 実家への説明は電話一本で済まさざるを得なかったが、自衛隊員である父の現任地は北海道で、母もそれに同行していたから仕方がない。戻って顔を合わせる余裕はなかった。

 退学は、無事に認めて貰えている。父の仕事柄、アイアン・アームズには縁があったし、事情は納得してくれていた。


『お前なら、高能力発現者になったからと調子づいて馬鹿をすることもないだろう』

『あらお父さん。竜一はもうちょっと調子に乗った方がいいいんじゃないかしら』

『まあ、年の割に落ち着きすぎているか』

『若いんだから、彼女ぐらいは作ってきなさいよ。桜に聞くまでもないけど、アイ校って女の子ばっかりなんでしょ?』


 ……理解ある両親でありがたいが、どこか間違っている気がしないでもない。


 第一、国からの命令に個人で逆らえるわけもないと、あっさりだった。


 妹も俺のアイ校入学――高等部入校に相当驚いていたようだが、すぐに気を取り直して『先輩としてしっかりフォローしてあげるから、お兄ちゃんも頑張って!』と、電話越しにはっぱをかけてくれた。


「さて……」


 アパートの解約は事情を説明して拝み倒し、なんとか三月三十日にして貰ったが、全寮制であるアイ校の入寮解禁日は四月二日で、三日ほどビジネスホテルに泊まる羽目になっている。三年生の退寮後に設備の整備点検があることを考えれば、当然だった。


 余計な荷物は実家に送り返したが、幸い、親譲りの四駆(ファルケン)を乗り回していたので、新生活に必要な道具や資料はそっちに詰め込んで事なきを得ている。


 ただ、やり場のない不満もあった。


 アイ校が全寮制とされているのはアイアン・アームズを扱う大規模組織として当然だと思えるし、一生徒が反論を許されるはずもないのだが……。


 俺が先月まで通っていた東京湾上大学はアイ校と同じく東京メガフロート上にあり、敷地も隣り合っているので、この引っ越しがとてつもなく面倒な無駄に思えてしまったのである。




 待ちかねた入寮日、妹にメールを入れ、ホテル近くのコインパーキングから車を取り出し、本土に繋がるメガフロートブリッジを斜めに見つつ、この三年で慣れた道を……いつもの逆へと折れ曲がり、アイ校へと向かう。

 

 隣り合っているとは言え、片や日本屈指の総合大学、片や日本最高の設備を持つアイアン・アームズ操縦士の訓練校――特に演習区画などは面積が必要となる――であり、正門同士の距離は数キロメートルも離れていた。


 つい先日、入学の手続きに来た以外にも、去年は妹から文化祭にも誘われたので、中の配置も多少は知っている。


「……おっと」


 始業式前のせいか、対向車とすれ違うこともなく立派すぎるアイ校の正門にたどり着くと、俺はアクセルを弛めて窓を開けた。


 どう立派すぎるかと言えば、門柱に掲げられた『国立特殊歩行重機操縦士訓練校』の銘板の字が達筆だとか、奥まで続く綺麗な桜並木があるとか、そういうレベルではない。


 足元に見える鉄柱励起式の車輌進入妨害装置など序の口で、門扉は明らかに防爆構造だ。おまけに小銃を肩に担いだ陸上自衛隊員が、門衛を務めていた。


 ……アイ校は国立の学校であると同時に、関係する所轄省庁の中に防衛省が含まれる施設なのである。


 とどめに重火器装備のアイアン・アームズ『スタッグハウンド』が、門扉後方に控えていた。


 スタッグハウンド――六三式特機は全高二メートル半、アメリカ製のアイアン・アームズM22のライセンス生産型で、今となっては少々旧式だが扱い易い軽便な機体として知られ、親米諸国では現在でも広く使用されている。

 余計な贅肉を削ぎ落とした細身のボディながらも、不思議と頼り甲斐のある印象を与えるその姿は、さすが軍用機だった。

 子供の頃、父に連れられて遊びに行った駐屯地祭で実物を触った――握手して貰ったことがあったので、その姿はよく覚えている。


 まあ、そんな思い出はともかく。

 数百機のアイアン・アームズが何の備えもなしに運用されていては困るので、アイ校に厳重な警備体制が敷かれているのは当然と言えば当然だった。

 無論、見えないセキュリティもかかっていて、個人メールでさえ位置情報によって制限されるそうだ。


 門衛さんから身振りと誘導灯で左寄せと停止を指示されたので、素直に従う。


「身分証と車輌通行証の提示をお願いします」

「はい。学生証はまだ受け取っていませんので、こちらを」

「はっ、ご協力感謝します」


 スーツの内ポケットから運転免許証を取り出して、先日貰った車輌通行証とともに差し出す。湾大の学生証は、既に失効していた。


「入校検査を行いますので、全てのドアとボンネットを開け、下車してお待ち下さい」

「はい」


 予め聞いていたとおり、検査とボディチェックは空港の税関より厳しかった。

 手持ち式のセンサーで俺本人が検査されるだけでなく、引っ越し荷物も車も容赦ない。

 車内をひっくり返されこそしなかったが、数人が俺の車にとりつき、車体底面の確認さえ行われた。


 ……それが必要な場所なんだなと、改めて気を引き締める。


「訪問者は後藤竜一氏、来訪目的は新入生として入校および入寮……はい。……はい、了解であります。三尉、確認取れました!」

「車体チェック、ボディチェック、異常なし!」

「許可がおりました。ご協力、ありがとうございました!」

「はい、お疲れさまです」

「それから……」


 隊員の中で一番年輩に見える三尉が、笑顔で声を掛けてきた。


「はい?」

「自分は特機校警衛隊(けいえいたい)所属、柏木憲吾三等陸尉と申します。あの、お父上はご壮健であられますか?」

「ええ、元気です。失礼ですが、父とはどちらで――」


 柏木三尉、聞けば父の元部下で、数年前に派遣されたPKO部隊に所属していたそうだ。俺の入学は、アイ校事務室からの業務連絡だけでなく、ご令嬢――妹からも聞いていたらしい。


「どうです、ハヤブサの乗り心地は?」

「いいですね。父からは、学生の内はこれに乗っておけと押しつけられたんですが、気に入ってます」

「なるほど、後藤閣下らしいお言葉です」


 ファルケンとハヤブサは、字面こそ違うが同じ車種である。

 市販バージョンの車名がファルケン、自衛隊に於いても七十六式機動四分の三トントラック、愛称ハヤブサの名で正式採用されており、柏木三尉も乗り慣れているのだろう。


 父曰く、万が一事故を起こした時の生残性が並の車とは段違い、バッテリーの容量も抜群で、ついでに他の車よりずっと格好いい、ということらしい。

 格好いいはともかく、他は納得できる理由であると共に、力強い見かけとそれに反した運転のしやすさは俺も気に入ったので、素直に礼を言って父の言葉に従っていた。


 ご入学をお祝い申し上げますと敬礼で見送られて正門を通り、指定された駐車場へと向かう。

 来客用ではなく教職員用のスペースらしいが、許可が下りているなら問題ないと思うことにする。


 大体、学校側も運転免許証を持った二十歳過ぎの『生徒』の入学は、考慮していなかったはずだ。

 それでも自家用車の持ち込みを認めて貰えたあたり、気付かないところで優遇されているのかもしれない。


 駐車場には、ポニーテールにジャージ、タオルを首に引っかけた妹――(さくら)が待ってくれていた。

 足元には台車らしき物があり、彼女の言う『しっかりフォローしてあげる』の本気度が伺える。


「お兄ちゃん、久しぶり!」

「桜!」


 軽く手を振ってからファルケンを指定位置に入庫させ、自動充電の開始を確認してからキーを抜く。


 アイ校の学費と寮費は、基本的に国費で賄われている。ファルケンの充電料金は引き落としだが、駐車場代は無料と聞いていた。


「でも、ほんとにびっくりしたよ。まさか、お兄ちゃんがねえ……あ、入校おめでと」

「サンキュ。俺も大概驚いたけどな」

「ふふ、そりゃしょうがないよ。……よいしょ、っと」

「手伝い、ありがとな」

「なんのなんの!」


 さっさと後部ドアを開けて台車に荷物を積み始めた桜に、すまんと謝ってオリコン(折り畳みコンテナ)を引きずり出す。


「荷物少ないね? これなら一往復で済んじゃうよ」

「何があるか分からないから、身軽な方がいいかって、かなり減らした」

「ふーん。……あ、寮ならこっちが近道だよ」

「おう」


 台車を桜に任せて、俺はぱんぱんに膨らんだバックパックを背負い、オリコンの一つを手に持った。


「でも強制退学、かあ……。大変だったんじゃないの?」

「ほとんど最悪のタイミングで能力発現してるのが分かったからな。新年度からまた高校一年生をやるとか、流石に考えたことはなかったぞ。……就職先まで決まってたんだけど、もう二週間、発覚が遅れてればなあ」

「え、お兄ちゃん、就職先決まってたの?」

「研究室の先輩が声掛けてくれて、教授もトーヨドなら問題ないだろうって」

「わ、トーヨドって大企業じゃん!」

「白紙になったけどな」


 トーヨド――東淀川(ひがしよどがわ)重工は、日本屈指の技術力を誇るERO関連機器とアイアン・アームズのトップメーカーである。元は小さな町工場だったが見事時流に乗り、僅か二十数年で大企業の仲間入りを果たし現代の企業神話に新たな一ページを記していた。


「ま、しょうがないよね」

「まあな。大学でも毎日アイアン・アームズのパーツやらERO機器は触ってたから、一度ぐらいは動かしてみたいと思ってた。前向きに頑張るさ」


 体育館か講堂らしきドーム上の建物と校舎の間を抜け、演習場脇の舗装路に出る。


 第一演習場は公式試合なども行えるよう、保護フィールド付きの観客席や放送ブース、大型ビジョンまで備えていた。


「へえ……」


 大きくひらけた場内では、十数機のアイアン・アームズがそれぞれに訓練を行っていた。


 目立つのは、中央付近でがつんがしんとぶつかり合う二足歩行の巨大なクマムシ……もとい、中型の機体『すいせん』だ。


 ずんぐりとしたシルエットは野暮ったいが、すいせんの動きは俊敏である。

 手にはそれぞれソフト素材の棒を持ち、打ち合ったり離れたり、あるいはジャンプからのキック、スライディングからの足払いと、派手に動いていた。


 プロ選手に比べれば稚拙でも、跳んで転がってすぐに起きあがれるなんてのは、相当に腕がよくないと不可能だ。


 派手に動き回るすいせんに対して、観客席に近い隅の方では手足の付いた冷蔵庫……ではなく、小型の『ひなぎく』が数機集まって、慎重な動作で瓦礫を撤去していた。慌てた様子はないので訓練なのだろうが、すぐ隣には六輪駆動の大型救護車が装備を広げている。人命救助ミッションのようだ。


 ちなみにひなぎくは、冷蔵庫型の追加装甲を取っ払うと、すいせんのコントロールユニットとしても機能する。

 丁度、練馬クインビーズ有馬絵美の機体、エメラルド・クイーンとエメラルド・クラウンの関係と同じだった。


 どちらの機体も、アイ校のイメージカラーであるパールホワイトのカラーリングが施されている。マニアの間だけでなく、その姿は一般にもよく知られていた。


 俺もあれに乗るんだよなと、改めてその動きを目に焼き付ける。


「春休みなのに熱心だな」

「春休みだから、だよ」

「ん?」

「授業ないから使い放題だもん。……あ、こっちだよ」


 第一演習場の反対側には、大きめの校舎があった。


 上から見下ろせばカタカナの『ヨ』の形で、横棒がそれぞれ北側から、各種ERO機器の並んだ実習棟、教室のある普通棟、図書室や理科室などが詰め込まれた特別棟、縦棒が職員室などのある管理棟だった……と思う。


 普通に過ごしていれば、これからは毎日行き来するわけだし、すぐに慣れるだろう。


「新入生の俺が聞くのもおかしいけど、桜、アイ校には慣れたか?」

「まあね。座学は難しいけど、割と何とかなってる……かなあ。実技は成績いい方だよ。そのうち、お兄ちゃんにも稽古つけてあげるね」

「……そりゃ、どうも」


 座学、ねえ……。

 桜の難しい言葉遣いに少し驚き、うちの妹も少しづつ大人になっているんだなと頷く。


 桜の見かけは中学の頃からほぼ変わらない。……いや、少しだけ髪を伸ばしたぐらいか。


 変わったとすれば、環境のせいかもしれない。

 授業を『授業』と言わずに『座学』と言うあたり、特殊な位置づけの学校なんだなあと、改めて嘆息する。


 それはともかく、確かに俺にとって実技は問題、いや未知数だった。

 能力発現の発覚より約十日、精密検査の時に各種サイズのパワープラントを利用した発現強度の調査はあったが、アイアン・アームズの実物に乗ったことはない。


 ERO知識全般については、教授から論文や技術本の原稿……の下書きや図表作成のアルバイトを貰っていたぐらいには万全だが、操縦士としての俺は完全に素人である。


 無論、発現能力『だけ』でアイアン・アームズが自由自在に動かせるなら、アイ校もその他の専門校や訓練施設なども不要だが、そうじゃない事は考えるまでもなかった。


「あれが桜花寮だよ。ふふ、わたしとおんなじ名前」

「ん? 思ってたよりもでかいな。前にも見た記憶はあるんだが……」

「そりゃあ、三百五十人ぐらい暮らしてるもん、おっきいよ。その向こうの梅花寮――えっと、先生や整備士さん達の職員寮もおんなじぐらいの大きさかな。……あっちは一人部屋らしいけど」

「そう言えば俺の部屋、どうなるんだろ? 桜は知ってる……わけないか」


 先週、事務の担当者と電話で話した時には、入寮日までには調整すると言われていたが……。

 まあ、寮の事務室で聞けば分かるか。


「お兄ちゃんはわたしと同じ部屋だよ」

「え?」

「……あー、えっとね、今年は留学生や編入組も多いらしくてさ、本当なら部屋数は余裕がある筈なのに余ってないみたい。特にさ、お兄ちゃんなんて三月になってから急に入学が決まったでしょ?」

「まあな……」


 若干早口になった桜に首を傾げるが……ああ、そういうことか。


「桜花寮と、梅花寮の男子棟のどちらにするか悩んだって、奈々美先生が言ってた。あ、奈々美先生はお兄ちゃんの担任……じゃないや、副担任の先生ね。一年四組だよ」


 桜は納得しているようだが、兄妹でも同居はかなりまずいのではないかと思う。


 もちろんのこと、桜が同室で何が困るということもないし、俺達は兄妹仲も悪くない。歳が五歳も離れていると、喧嘩のしようがないのだ。

 母からは父と二人して、桜を甘やかしすぎだと小言を貰うこともあったが、これはもう、本能的に仕方がない。


 だが、一方で年頃の男女でもあった。

 まあ、いくら可愛くても、妹は妹だ。……下手な疑いを抱かれたり、偶然でも桜が嫌な思いをしたりする可能性のあることが、気に掛かるだけである。


「そだ」

「ん?」

「今年はもう一人男の子が入校するって、お兄ちゃんは知ってた?」

「いや。……ああ、でも、聞いたことがあるな。確か教授が、男子中学生の発現者が見つかったとか言ってたような気がする。その子かもな」

「ま、そんなにぽんぽんと男の子の高能力者なんて出てこないよねえ。その子は動かしようがないから、一人部屋だって」


 残念だったねお兄ちゃんと、桜は肩をすくめた。




 桜花寮に限らず、アイ校は中身も贅沢だった。

 湾大よりは、よほど設備も新しい。


 生徒への優遇は操縦士の外部流出を防ぐ意味合いが大きいのだろうが、そんな余裕があるならうちに予算を回してくれと、松岡教授が嘆息していたのを思い出す。

 しかし、いざ自分がその恩恵を受けるとなると、悪い気分じゃない。


「寮監の三森(みもり)美和(みわ)です。頼りにしてるわよ、男の子。でも、問題だけは起こさないでね」

「えっと、ご期待に添えるよう頑張ります……」


 寮監先生へと挨拶を済ませ、許可を貰って業務用エレベータの鍵を借りる。大荷物の移動や緊急時など、特別な事情がない限り生徒のエレベータ使用は禁止になっているそうだ。


「ここだよ。三〇二二号室」


 案内された寮の個室は、床は目算尺でおよそ十二畳、一人六畳と考えれば十分すぎた。……というか、二段ベッドのせいかもしれないが、先月まで住んでいたアパートよりも広く感じる。


 作りつけの机が二つにクローゼットが二つ、靴箱はないが半畳ほどのたたきがあり、トイレと洗面台付きのユニットバスがついていた。


「まずは片づけ……の前に、入学手続きだな」

「あ、一緒に行くよ」

「いいのか?」

「今日はそのつもりで予定開けておいたもん。事務室行って、それから職員室だよ。手続きが済んだら連れてくるようにって、頼まれてるの」

「ありがとな」

「えへへ」


 オリコンを部屋の端に積み上げ、気付く。

 この寮の窓は、恐ろしく分厚い防弾仕様だった……。


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