第十一話「ライジン」
第十一話「ライジン」
紆余曲折というほどには混乱も悩みもなかったが、結局、専用機の名前は『ライジン』に落ち着いた。
日曜日、再静地試験の前に、堀口主任へと報告しておく。
「うん、いいんじゃないかしら? 複雑怪奇な長い名前でも持ってこられたらどうしようかって、笑い話にはしてたけどね」
「まあ、あんまりおかしな名前は、俺もちょっと躊躇いますよ」
「それはそれで面白そうだけど……意味があってもね、改良機なんかだと形式名称プラス改造コードでやたら長くなったりしてすごく困るのよ。でも変更すると、今度は元が何だったか分からなるしで……」
堀口主任はため息をついていたが、横浜工場では場内機の初期登録について、整備関係者が名前を見てどの系列のどの機体か、名前だけで分かるように法則性を持たせているそうだ。
あれこれ悩んで周囲に相談もしたが、RiSEに引っかけてライジング・××から雷神、カタカナになった理由は、八重野宮、桜、四天王他、漢字ではイメージがお堅すぎるとの意見が続出したからである。
俺としても、適度に強そうで適度にシンプルな名前は、気に入った。
その彼女らは今、中型免許や仮免許の試験を受けている時刻だった。
整備区は中型の試験が行われている第一演習場に面しているから、時折すいせんの作動音が響いてくる。
……流石に今回は俺も予定が入っていたし、先生らも忙しく、中型免許の試験に予告なしで放り込まれる無茶はなかった。
「へえ、ライジンかあ!」
「あ、ボス」
「お疲れさまです」
ボスこと石山課長が、コーヒーを片手にやってきた。
今日は妙に機嫌が良さそうだが……。
「十五年ほど前に、同じ開発コードのプロ機体があってね、ライジン、フウジン、デンジン……懐かしいなあ。まあ、昔話はさておき、後藤くん」
「はい」
「所属チームはどこか希望があるかい? 練馬クインビーズ以外だと、立川リンクスや富山ファントムズにもパイプはあるが……」
「……は!?」
「ん?」
……所属チーム?
「……ん?」
「後藤君?」
ぽかんとする俺を見てボスが首を捻り、堀口主任が不思議そうな顔で俺を見た。
とにかく……俺のことは一旦横に置き、頭を切り換えて、再静地試験をきっちりと終わらせようということになった。
これが今日の本題で、疎かにするわけにはいかない。
トラブルは幾つか湧いてきたが、運がいいのかそれとも横浜二研の努力の成果か……恐らくは後者だろうが、微調整の範疇で済む、あるいは次回以降のテストに追試を組み込む程度で、大きな問題は見つからなかった。
「後藤君が八五B……ああ、ライジンを迷わず選んでくれたからね、こっちはそのつもりでいたんだよ」
試験が終わったのは昼過ぎで、これならOKとライジンのことは整備士と研究員に任せ、もう一つの問題、俺の話になった。
整備区の隅でテーブルを囲んで話を突き合わせてみると、どうもお互いにある種の誤解があったようである。
よく聞いてみれば、何のことはない。
俺は自由に動かせてRiSEの試験が続けられれば、専用機の維持費用の元ぐらいは取れないかなと考えていたが、開発が続けられているプロ向けの試作機を、他の機体でも可能なRiSEの試験に使ってそれでおしまい、なんて筈はなかった。
以前、『機体を華々しくデビューさせてやれる』とボスは笑顔を見せていたが、そもそもライジンは現時点で俺の専用機として調整されていて、フルパフォーマンスを発揮できるのは俺だけとなっている。
つまり、機体をデビューさせる為には俺が乗らなければ話にならないわけで、即ち機体のデビューとは実戦――プロリーグへの参加である。
……ふと、有馬選手の顔が浮かんだ。
これは、腹を括るしかないか。
だが、悪い選択肢でもないことは最初から分かっている。
高校や大学に通いながらプロとして活躍している選手も、いなくはない。アイ校にも、三年生で数人いたはずだ。
但し、学業や予算の都合で、練習量も少なくならざるを得ず、遠隔地で行われる試合に参加できない――試合数が制限される者も多いから、一試合一試合では輝いても、総じて専業のプロより成績は振るわない。
代わりに、二足の草鞋で苦労した経験が生きるのか、卒業後に花開く選手も多いことから、ファンからは金の卵として大事に見守られていた。
それに、ライジンが俺へと貸し出されるのは、卒業までの期間である。
その後はまた、改めて考えるか、それとも……。
「……余暇を丸々ライジンの為に使う、ってわけには行きませんが、それでも大丈夫ですか?」
「それなら、今と変わらないか……」
「後藤君、支援隊にも所属してたよね?」
とにかくだ、技術屋と操縦士、どっちつかずになってしまわないよう、気を引き締めておこう。
ライジンの完成に合わせてプロ登録するにしても、しばらく先で……いや、慌てるよりは早期目標としておく方がいいかもしれない。
「順調に事が運んでも、ライジンのテストは夏前まで掛かる予定だしなあ」
「予定の調整は、先生と相談してからもう一度お話しさせて下さい」
「うん、妥当なところだ。よろしく頼むよ」
「はい、『ボス』!」
ライジンのテストは始まったばかり、ついでに俺も、中型機については知識こそあるが実体は理解していない。
当面はライジンのテストに励み、中型機の免許取得を視野に入れつつ……思わぬ形ながら、俺は急遽プロになる準備をすることに、決めた。
▽▽▽
さて、プロ選手への道筋だが、もちろん簡単ではない。
俺がさし当たって目指すべきところは、日本アイアン・アームズ競技連盟が発行するプロフェッショナル・ライセンスの取得である。
その手前にはアマチュアのライセンスもあるが、特機免許を持っていれば試験は免除、小学生にはともかく、大人には難関じゃないそうだ。
だがプロフェッショナル・ライセンスの方は実に曲者で、講習とテストにはルールの確認以外にも、大型機の操縦や各種火器の取り扱いまで含まれていた。
特機免許と違い、一種類のライセンスのみで対応していることには意見も出されている。
しかし、現状のままで運用されている理由もあり、選手の方も頻繁に大型中型小型と機体を乗り換えるし、国際標準がこれと言い切られればそれまでだ。日本の連盟が幾ら騒いだところで、覆るわけもない。
アメリカ、EU、ロシアなどは、逆にそれまで運用していた国内競技用のライセンスを廃止して、国際ライセンスに統一している。
日本の連盟はアマチュアの選手登録と絡めた二重の枠で運営しているが、管理が煩雑になる半面、裾野も広くなるので、一概にどちらが優れているとは言い切れなかった。
ともかく、ライセンスを取得できればプロとしての最低条件は整うのだが、一般に知られるプロの領域は大凡、セカンド・リーグ以上に所属するチームから指名を受けた契約選手となる。
三部制を取っているジャパン・リーグには、花形のトップ・リーグ、その下のセカンド・リーグ、そして、地方リーグであると同時にアマチュアにも門戸が開かれているレジオナル・リーグと、三種類のカテゴリーがあって、スカウトが目を光らせていた。
スカウトから指名される前のプロとアマチュアでは、賞金の取り扱いと出場優先権、そして、戦績で加算されるポイントが記録され公式ランキングの対象選手となることぐらいで、大きな差はない。
アマチュア故に給料や契約金こそなくても、例えば地元企業や後援会から遠征費の援助を受けていることもあるし、広告が付いている代わりに割引もあるレンタル機体に乗ることもあった。
同時に、アマチュアがプロに勝った! ……と騒がれない程度には選手層も混沌としており、中大型機のクラス――アマチュアの殆どとスポンサーを持たないプロは出場費用も自弁で、レジオナル・リーグにはその点を見越した小型機クラスが別に用意されている――では、トップリーグに見劣りしない試合が行われている。
無論、無事に指名されても、その先にはまた厳しい実力の世界が待っていた。
それこそ、有馬選手を頂点としたプロの世界は、輝いているからこそ目指す者もまた多いのだ。
▽▽▽
遅めの昼食は、購買で何か買って適当に済ませるか、それとも気分転換を兼ねて外に出るか……。
中型免許の試験を横目に桜花寮に戻れば、入り口で同級生達に囲まれた。
「後藤さん、ありがとうございました!」
「あの模擬テストのお陰です!」
「ぐぬぬ……次は頑張ります!」
「合格です! 合格しましたよ!」
「お、おう、おめでとう……」
一年生向けの仮免許試験は、もう終わったらしい。
俺を見つけた新派らに、テーブルへと引っ張って行かれる。
「後藤さん、八十一・六パーセントって先生が!」
「ん?」
「合格率ですよ」
「初回の仮免許試験で、学年合格率が八十パーセント超えたのって、アイ校始まって以来の快挙らしいです」
「へえ、すごいな……」
うちのクラスは残念ながら三人が不合格となったが、それでも率にするなら八十九・六パーセント――俺は既に免許持ちなので、受験者は二十九人――で、あの模試プログラムも面目は立ったか……。
八重野宮は席を外しているのか、その場にはいなかったが、無事合格と聞かされた。
「後藤さんの方はどうだったんです?」
「ん……ライジンは概ね問題なしだったけど、ちょっと俺の予定が絶賛混乱中でね」
「何かあったんですか?」
「いや、プロ登録が――」
キャーと言う大歓声に遮られ、後が続けられなくなった俺である。
結局、外出は諦めて部屋に戻ったが……先生にメールを入れていたお陰で、購買で買ったあんパン一つが昼食になってしまった。