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第十話「忙しくも、楽しきそれら」

第十話「忙しくも、楽しきそれら」


 クラスメート達は悪戦苦闘しながらも、丸々一週間掛けた仮免許試験の座学や訓練は大騒ぎの末に乗り越えつつあった。


 世間はゴールデンウィークに入っていたが、アイ校生達には免許の試験に競技会と、大きなイベントが控えている。

 俺はといえば、休み中は比較的自由もあったが、その初日、土曜日の第一回のRiSE装備テストが大一番である。


『どうかな、後藤君?』


 さて本番の土曜日、試験を行う装備の搬入やチェック、ひなぎくの改造は松岡研とトーヨドの仕事だが、俺は集合前の早朝、第一演習場に呼び出され、装備のプレテストを行っていた。


 内原先生はRiSE装備をアイ校の名義で提出していたが、教員用として持ち込んでいた機体はドイツ製のシュパッツで、如何なトーヨドでもRiSE対応改造が面倒臭すぎる。お陰で俺と改造済みのひなぎく一四〇九号機に、白羽の矢が立ったのだ。


 ……別予算をトーヨドに『組ませて』外注していたらしいが、届いたのが昨日の夕方では仕方がない。本田先生に頼んでもいいだろうにと思いつつも、便利遣いは今更だ。


「今のところは問題ないです。……思ったより軽いですね?」

『でしょ。小さくて軽くないと駄目なのよ』


 第一演習場は、結構な騒ぎになっていた。


 俺が宛われているのは自衛隊宿舎の手前、端の方の狭いスペースだが、中央付近ではひなぎく同士がソフト棒で殴り合いをしている姿などあって騒がしい。

 ゴールデンウィーク中に行われる競技会――連盟主催の関東地区春期技能競技会に向けた特訓だろう。


 かと思えば、長い列を作って静かに歩くすいせんのグループもあり、こちらは明日、一年生用の仮免許試験と同時に行われる中型機免許の試験に向けた練習だと想像がついた。


 支援隊の姿は見えないが、今日は本田先生に引率され、大型船舶が入港するメガフロート西の桟橋埠頭に出向いて物資搬入訓練とのことで、校外に出ている。


『次は項目十八のAね』

「了解です」


 第一回の今日はRiSE棒とRiSEシールドの二種類を利用した機体側のテストがメインで、次々回以降に予定されている装備側のテストに間に合わせようとなると、忙しいようである。


 機体の方も問題ないなと、俺は右手に握らせた装備を軽く振ってみた。


『後藤君、強度に問題はないから、思いっ切りやっちゃって』

「はい。……行きます!」


 目の前の鉄骨入りコンクリート――廃材を、力を込めてがつんと殴る。

 大きなかけらが飛び散り、思ったよりも小さな衝撃が手に伝わってきた。


 内原先生の開発したRiSE装備は、見た目シンプルな円匙(えんぴ)――ハンドショベルである。

 アウトドア用か、あるいは軍用の折りたたみショベルから、持ち手を残して折りたたみ部分を抜いたような形状だ。


 但し、柄は太く匙部は分厚く……そのまま武器にもなるようで、パンチダガーという大昔のマイナー武器も参考にしたそうだ。

 アイ校が提出する装備にしてはなんだかなあ、という印象もある。だがまあ、この先生が黒いのは、今に始まったことじゃない。


 しかし、使い勝手は悪くなかった。

 比較の為に用意された小型機用RiSE非対応ショベルに比べ、持ち手の長さに起因する面倒はあるものの、硬い地面の掘削も鉄骨入りのコンクリート破砕作業も楽にこなせる。


 つまり、最初から汎用型で同形式のRiSE装備には太刀打ちできないわけだが、そこは主装備となりえない代わりに、予備として携行する意味があるのだという。


「この重さと大きさがポイントなのよ」

「ええ。予備、ですよね?」

「そうよ。例えば、戦闘装備の自衛隊機を想定してみて。もちろん、放水装備の消防機でもいいけど。……仮に要救助者を発見して緊急にショベルやハンマーが必要だとしても、一々デポ(物資集積所)まで取りに行かなくてもよくなるでしょ」

「ああ、はい」

「それに、RiSEなしに必要な能力を持たせようとすれば大きくなりすぎて、サイズに起因するデッドウェイトの増加に繋がるの。専用装備には負けるけど、軽くて小さくてとりあえず使える、がコンセプトよ」


 なるほど、アイアン・アームズ版の十徳ナイフかエマージェンシー・ツールのようなものかと頷いて、俺は予定された試験項目を埋めていった。




▽▽▽




 集合予定の朝九時、俺はハンドショベルのプレテストを予定ギリギリで終わらせて、トーヨドの整備士や技術者、松岡研の城田、山口らが第一回試験の準備に走り回ってるのを横目に、自機のチェックに勤しんでいた。


 先ほどの試験でも、機体側の不具合は見つかっていない。

 RiSEシステムに起因するエネルギー消費も事前予想の範囲か低いぐらいで、トーヨドも試作品とはいえアイ校持ち込みまでに相当『練った』のだろうなと、想像を付ける。


『後藤さん、そろそろ集合ですよ』

「ありがとう、新派さん」

『内原先生のそれ、どうでした?』


 先ほどのハンドショベルも機体に後付けされた後部マウントに取り付けたままだが、これは内原先生の指示である。

 動作面機能面はともかく、機体運用時に邪魔にならないかどうか実地で確かめるという地味なテストは、授業その他の場合も継続して行う予定になっていた。


「そうだなあ……卒がないというか、上手いなって思った。装備の性能そのものじゃなくて、トータルで機体を運用するところに主眼置いてるから、機能は限定されるけど機構に無理がないんだよなあ」

『流石ですねえ』


 主装備ではないから目立たないが、小型で単純な構造は低価格や信頼性に繋がるし、売方次第では数が捌けるんじゃないかと思える。


『各機体、装備、準備完了です』

『了解です』


 集合場所に向かえば、生徒は俺を含めて十二名、二年生達も乗り慣れたひなぎくに搭乗していた。

 ……無論、八重野宮の一四二六号機もいる。こちらに小さく手を振ってくれたので、俺も軽く手を挙げた。


 シュパッツに乗った内原先生と、作業用ヘルメットを被った堀口主任がサブモニターにポップアップする。


『おはようございます、みなさん』

『おはようございます、本日はよろしくお願いします』


 隊舎横にはトレーラーも止まっているが、本部とおぼしきパイプテント付近には計測機器が並べられ、台車に乗せられた装備群も既に準備が整っているようだった。


 集められた生徒は、まず二組に分けられた。

 先にシールドを使うA組と、先にRiSE棒を使うB組だ。俺はA組で、こちらは一年生が集められていた。


『皆さんも準備はいいですね。じゃあ全員、装備を受け取って』

イニシャライズ(初期設定手順)は、特に大きな変更はありません。そのまま機体のガイドに従ってください』


 トーヨドの社用機マークを付けたオレンジ色の小型機――SC-二〇〇『タイショー』が、台車を押してやってくる。

 タイショーは俺が学生時代に慣れ親しんでいたハイホーの後継機種で、建設工事や屋外作業を主眼に開発された汎用機だ。オプションには先代との共用パーツも多く、コストダウンも徹底されていた。


 先日使った松岡研の手仕事による試作品と違い、機体と装備の固有登録や出力総量のチェックが確認に含まれているなあと、先に手順を流し読みしてから実行させる。


 RiSE装備は機体から大きなエネルギーを供給し、なおかつ発生させたライヒヴァイン・シールドを制御するという特性上、接触部分の確保は必須となっていた。


 そこで従来の機体では対応改造が必要となるのだが、現在、二種類の方式が採用されていた。


 一つはFP(フレキシブルパネル)接触式で、機体の手のひら部分と指に格子模様のフレキシブルパネル端子がそれに当たる。

 格子一つは凡そ一センチ四方だが、機体側パネルはエネルギー端子と情報端子の両方を兼ねていた。手が装備を握った際に接触した装備側の端子を自動で判断、エネルギーを供給あるいは制御情報を伝達する。


 機構は当然複雑化するが、手に握らせるだけでいいから、利便性と即応性は向上した。

 今日用意されているRiSE棒とRiSEシールドは、両方ともFP方式の装備だ。


 もう一つは従来型のコネクター接続式で、これは分かり易くて接続も確実な上、安価かつ信頼性も高い。

 装備の持ち替え時に、端子の解除と再接続動作という一手間が掛かってしまうが、無論、手とは別にマウントする場合はこちらの方式になる。


 双方、一長一短が明確であり、両方式ともにRiSEシステムのVer.1.0として標準規格化されると聞いていた。


『はい、A組集合』

『B組はこちらに来て下さい』


 今日のところは俺も単純作業の繰り返しだが、自分も関わったシステムながら、余計な手間が他人任せというのは、どうも落ち着かなくていけない。


 だが、横からあれこれ口を出すのも大人げないし、本当に用が有れば容赦なく呼びつけられるだろう。


『よし、動作テスト二の四A終了、っと。なあ、後藤』

「どうした、山口?」

『専用機、見たぞ。すげえじゃんか。試作機なんて、』


 俺の機体のデータを流し見ながら、本部の山口が声を掛けてきた。


「まだ自分の機体って感じじゃないからなあ。静地試験も再テストになったし、俺自身、中型機は動作どころか座学さえ怪しいぞ」


 ちなみに再試験は急遽、明日行われることになっていた。

 ボス以下整備チームからも、今度は大丈夫、早く中型機の免許を取ってくれとはっぱを掛けられている。


「大体、名前もまだ決まってないんだ」

『RiSEも積んでるんだったな。じゃあ……ライジング・後藤』

「それじゃプロレスラーだろ!?」


 聞き耳を立てていたらしい周囲の機体が、一瞬硬直した。


『じゃあ、選手の登録名はライジング・後藤で!』

『タンク山本みたいで格好いいですよ、それ!』

『竜一さんだから、ドラゴン後藤はどうです?』


 機体が二組の班行動でテストを行っていることもあって、通信は半オープン――直接回線以外は音量セーブながら聞こえるようになっている。


『でもよ、お前の専用機ってプロ用の試作機なんだろ? お前、プロに行くのか?』

「……プロも悪くないだろうが、まだそれを決断できるほど、自分の中でこれってものが決まってないんだよ」


 だがまあ、俺の将来は横に置いて……ライジング・後藤はないにしても、機体名『ライジング・××』なら悪くないか。

 

 今晩中に決めようと問題を棚上げした俺は、先生に怒られないうちにと皆を促して私語を止め、次のテストに手を着けた。

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