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第九話「機体の到着と静地試験」

第九話「機体の到着と静地試験」


 週の半分が過ぎた木曜日の放課後、俺は教室を飛び出すと、整備区画まで急いだ。


「遅くなりました!」


 目的地は整備区画の中でも端の方にあり、しばらく使われていなかったという五〇三号整備区。


 もちろん俺も、中に入るのは初めてだ。


「後藤君、こっちこっち!」

「堀口さん! あ……!」


 堀口主任の呼び声に振り向けば、昼の内に運び込まれていた俺の専用機八五Bは、ガントリークレードルへと収められていた。 


 思わず足を止め、見入ってしまう。


 ついにやってきた八五Bは、アイ校指定色のパールカラーも鮮やかに、ライトに照らされて佇んでいた。

 人型、それもレスラーやアスリートを想像させるフォルムは、とても精悍だ。

 正に本物の迫力、というアレである。


「あ……っと、すみません!」

「いいのいいの! どう、格好いいでしょ!」

「はい!」


 ……図面と実機とでは、印象が大きく異なっていた。


 いや、カラーリングのせいだけでなく、実際違うのかと、そこで気付く。


 頭部が明らかに、すげ替えられていた。

 図面では、四眼の複合レンズアイを中心に高精度センサーや射撃用レーダーを組み込まれていた頭部は、かなり小型化され、より人の顔に近いデザインに変更されている。


 レーダーなどの電子装備は、ルール上使えない競技用の機体にとって、無用の長物だった。

 プログラム側でオミットしてもお咎めはないが、外してしまえば重量も軽くなる。


 プロ用に仕様変更されているとは聞いていたが、詳細は未だ、知らされていなかった。……いや、今後も変わるのだろうと予想がつく。


「君が後藤君だね!」

「あ、ボス!」


 整備服の上から白衣をまとった中年男性が、こちらに走ってくる。


「まずはお礼を言わせてくれ! 君のお陰で、こいつを華々しくデビューさせてやれそうだよ!」

「は、はあ……」

「いやあ、最良のタイミングで、最強の発現力を持ったパイロットが来てくれるとか、私はもう嬉しくてしょうがない!」

「ボス、後藤君が困ってますって」


 自己紹介がまだだったなと俺を見て嬉しそうに笑うのは、通称ボスこと、トーヨドの横浜工場第二研究開発課長、石山侑一郎(ゆういちろう)氏である。


 話をするのは初めてだが、堀口主任の上司として、アルバイトしていた頃から顔と名前と役職は知っていた。


「早速だが、データ取りに入ってくれ。今週中に稼働状態まで持っていきたいんだ」

「後藤君用の調整ももちろんなんだけど、トライアルの後、中身も大概弄くったのに、まともなテストしてないのよ。なんだかんだで仕様変更も盛り込んじゃってるからね」


 トーヨドも高い能力を持ったテストパイロットを確保しているが、八五Aの方に掛かりきりになっているらしい。


 納期の指定された自衛隊の次期主力機と、発売時期を自社で決められるプライベートベンチャー、どちらを優先するかと問われれば、俺だってそうするだろう。


「後藤君は中型機未経験だと聞くが、静地試験なら問題ないだろう?」

「はい、たぶん」

「おいおい、自信なさげだなあ」

「まだ授業がそこまで進んでないんですよ」

「確か、中型は二年生からだっけ?」

「初実習は一年の後半からと聞いてます」


 監督者は作業用特機せりの林美紀操縦士が兼業で引き受けてくれることになり、試験の申請は俺が着替えている間に済まされた。


 軽く説明を受けたが、今日のところは起動と停止の繰り返しと、簡単な動作のみが、俺に与えられた仕事のようである。操縦マニュアルは用意されていたが、今日の試験後、結果に合わせて書き換えられる予定だった。


「よーし、取り敢えず乗った乗った」

「はい!」


 着替えて戻れば流石に全高六メートル弱の中型機、足元に立てば大迫力である。


「おーい、コクピット解放」

「はい、ボス!」


 堀口主任がクレードルを操作すると、機体背面が頭部ごと大きく開いた。

 フレームの構造は、すいせんに近いかもしれない。


 戦闘時、被弾する可能性の高い正面からの乗降は危険という説は、統計の上では否定されているが、軍用の中大型機は背面、あるいは上面に搭乗口を設けてあることが多かった。


「はいどうぞ、っと!」

「ありがとうございます!」


 クレードルのサイドラダー(梯子)に取り付いて一気に登り切り、頼りない手すりにつかまりながら背面の搭乗口へと回り込む。


「……え?」

「後藤君、どうかした?」


 いや、どうかしたもなにも……。


「あの、堀口さん、これ、複座ですけど……」

「あ、ごめん。発現力の補い付けるのに都合がよかったから、今は複座だよ。流石に予備テストはやってるって。この子、コントロールユニットも換装出来るから、単座の時は小型機内臓式って……言ってなかったっけ?」

「中型機以上の特権だからね、予備機内臓は」

「……初耳です」


 前に見せて貰った仕様書には書かれていなかったが、今更か。


 それに、脱出装置兼用の小型機を内臓するスペースを利用して複座にする機種は、八五Bだけでなく他の軍用機にもあったはずだ。


 主操縦席だという後部座席に座り、指示を受けながら段階を踏んで起動する。


 キャリブレーションに十五分、外部接続による機体各部の調整とチェックに十五分、それが終わってやっとパワープラントの起動だ。無論、それさえも試験項目の一つである。


 中型機は初めてだが、乗り慣れたひなぎくや七十九式に比べ、随分と狭い。


『第一主機、基準値クリアです。……出力安定』

『よし、そのまま。内原君、動力バイパスBに切り替え』

『切り替え確認。タイムラグ、予想値内』


 アイアン・アームズの静地試験は、ガントリークレードル上で機体を固定されたまま規定の動作だけを行い、各種計測機器を用いて幾重ものチェックを重ねてデータを取るという実に退屈な試験である。


 ついでに安全第一の試験優先で、思考制御のフィードバックも一方通行にされていたから、動かしていても楽しくない。


 但し、地味な試験の繰り返しに反してその重要度は高く、静地試験は試験全体に於いても非常に大きなウェイトを占めていた。


 設計も製造も、幾重もの計算とチェックを繰り返されているが、だからと必ず計算通りにいくはずがない。

 仮に使われている部品の全てが、九十九の後ろに九が四つほどつく高精度で設計製造されていたとしても、一機のアイアン・アームズが使う部品点数は、数十万点にも及ぶ。


 これでは異常なり故障なり出ない方が、『計算上』おかしいことになる。


 パーツ単体の試験に合格し、きっちりと整備を済まされていても、組み合わせて動かすとなると、それはもう、大騒ぎになるのが常だった。


『第一主機出力系統、一次データ取得完了です』

『後藤君、第一主機停止。インターバル十五秒、第二主機起動』

「十五秒、了解です」


 インターバルを設定後、思考制御でウインドウを呼び出し、オフにされていた第二主機のコントロール系統を復活させる。

 自動再起動シークエンスをチェックして設定を確認、第一主機を速やかに停止。

 コクピット内が赤い安全灯に切り替わってから、深呼吸する。


 ちなみに俺専用となったこの八五Bの試作二号機、内原主任他の研究部員やプロフェッショナル事業部の抵抗がなければ、ボスの思いつきで……予定ならパワープラントを二つ積んだダブル仕様の筈が、それを軽く飛び越えた倍のクワドラプル――四発機にされるところだったそうだ。


 幸い、パワーは超絶に出せても要求発現力が高すぎてプロ相手でも宣伝にならないと、総ツッコミが入ったらしい。


 だが呆れたことに、高能力発現者が使う特殊仕様としてならば、非効率ながらも割とアリな改装計画としてしっかりまとめてあったというのだから、流石はボス、この人も規格外である。


「十五秒経過。第二主機、起動します」

『起動了解』

『第二主機、起動確認。基準値クリアです』


 第二主機にも、第一主機と同様のチェックとデータ取りが行われた。

 両試験だけで約三十分、主機も流用品ではなく新品で、南紀重工の中型機用の最新鋭NM七〇二Eであることを考えれば、これでも早い方らしい。


 主機周りに問題がないようなので、片肺のまま数値入力モードにて各部の動作確認試験が開始された。


 例えば内原主任からの通信でモニターに『右肘第一関節、プラス五度』と表示されれば、俺はそれに合わせて動作部を呼び出し、思考制御で数値を入力する。


 ぶっちゃけ面倒くさいが、静地試験時に完全自動で動作確認とチェックを行うプログラムを用いない理由は、正にこれが試作機の動作試験であるからだ。


 単動作に分割し、連続性を各所で断ち切る効率の悪い設定の試験を行う意味は、トラブルが起きた場合に原因を特定しやすいからに他ならない。

 一見、迂遠ではあっても、見込まれるトラブルの発見と対処、量産機――正しくは量産原型機――へのフィードバックまでをセットにして考えるなら、こちらの方がトータルで『お得』なのである。




 試験は順調に、そして単調に進んでいった。

 フィードバックが切られている影響は大きく、あまり中型機を動かしているという実感はない。


 研究室で中古のハイホーを電源に繋ぎ、プログラム側で部分動作をコントロールして実験していた頃、あれと非常によく似ている。


 だが、二つの主機を連動させ、最大出力付近までパワーを上げた時、そのトラブルはやってきた。


『ミドルパワーH域、一次データ取得完了です。ハイパワーL域に移行』

「出力、上げます」

『第一主機、第二主機……安定、じゃない! 後藤君、ストップ!』

「停止します!」


 素速くオフにすると、再び安全灯に切り替わる。


 こちらでは手応えも異常も全く感じなかったが、無論、その為の計測機器であり、静地試験であった。


『内原君、どうした?』

『ボス、主機出力側の波形にイレギュラーが出ました。干渉による次元粒子の異常崩壊連鎖が、予想値を上回っています。瞬間で三百パーセント、安全マージンを超えました』

『ふむ……。Gリミッターは?』

『第一、第二、正常に作動中です』


 機器の連動による干渉など、それこそ外燃機関が生まれた頃から既にある。


 極初期の蒸気機関でさえ、二台並べれば互いの熱が干渉しあい、影響が出ると既に知られていた。

 ガソリン式の内燃機関や電気モーターならば回転による振動、そして、ERO式パワープラントならば次元粒子崩壊の共振である。


 ボスと内原主任があれこれと議論を交わす様子で、今日のところは片肺か出力制限で試験続行、後日、出力リミッターをつけるか対策後に再試験だろうと当たりをつける。


『後藤くん、シークエンス一つ戻して、主機連動のミドルパワーL域から再試するよ』

「了解です」

『計測機器リセット、正常です。起動を許可』

「起動します」


 無論、俺の発現力に合わせて対策はなされていたのだが、試作機器をてんこ盛りにされた機体の試験ともなれば、各種不具合のオンパレードは当たり前なのだろうなと、俺は額の汗をぬぐった。




 夕食ぎりぎりまで続けられた試験の後、俺は宿題を言い渡された。


 そうか、名前か……。


「八五Bのままじゃ、流石に味気ないでしょ?」

「販売時の機体名もまだ決まってないけどね。採用されるかどうかはさておいて、固有の機体名は後藤君の好きにしていいよ」


 どちらにしても量産時には改良も加えられるし、プロ機材はそれこそ操縦士個人に合わせて改装するのが常だった。


 だからこの機体も、一点物には違いないのだが……。


「記録に残るから、あんまりいい加減な名前付けると、後で泣くのは後藤君だからね」

「機体の譲渡などで登録名がころころ変わることもあるが、あれは現住所のようなものだ。最初の登録名は機体の履歴について回る。こっちは戸籍の住所と同じでね、動かせないよ」

「はい、分かりました」


 まあ、名前ぐらいなら……いや、これは皆に相談した方がいいか。


 ネーミングセンスなど、正直言えば持ち合わせていない俺である。

 公募する気はないが、意見だけは是非とも聞いて回りたいところだった。


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