第八話「俺の目指す先は?」
第八話「俺の目指す先は?」
週半ばの水曜日。
今はホームルームを終えた放課後だが、クラスメート全員が教室に居残っていた。
皆、真剣な目を俺に向けている。
「じゃあ、スタート!」
俺は教卓を操作して、問題用紙を送った。
月末というか……今週末に控えた第一回目の仮免許試験に備えての、自主的な模試である。
目標は大きく、全員一発合格だ。
一筋縄ではいくまいが、目標にして悪いわけがなかった。
しかしだ、実技はともかく、学科の方は道交法と特機法に跨るので範囲が広い。
十三期を数えるアイ校の歴史でも、初回でのクラス全員合格はたった一度だけしかなかったそうだ。
小さく『うわっ』『えーっと……』などと聞こえてくるが、大騒ぎにはなっていない。
主催者はクラスメートから懇願された俺だが、問題集からピックアップして出題数を倍量に調え、時間は正規の試験時間四十五分からマイナス十分して三十五分という、過負荷状態にしてあった。
無論、本番で慌てないために負荷を上げたという主旨は、最初に説明済みである。余った時間は見直しに使えばいいし、その事が心の余裕を産んでミスを減らすことに繋がるのだ。
……一度目の高校時代、さんざんやらされた入試対策術の応用である。
授業の座学、実技共に、先週今週は仮免許試験に重点が置かれ、先生達も試験対策に追われていたのか、模試プログラムは随分と歓迎された。
『後藤、これを借りてもいいか?』
『はあ、別に構いませんが……?』
ちなみに、高負荷模試プログラムはそのまま他クラスにも回され、一年生全員が自主的に受けるとは、俺も思っていなかったのである。
ピピッと少し大きめの電子音が、教室に響いた。
「ストップ! それまで!」
「はああ……」
「ええええ、もう!?」
「後藤さん、これ、きつかったですぅ……」
三十五分の試験時間が終われば、答え合わせと解説の時間である。
「はい、注目」
仮免許も本免許も、試験は○×式の問題が出題されるので、自動で答え合わせまでしてくれるように作っておいた。
……というか、三十人分も俺一人で答え合わせをするなど時間が幾らあっても足りないし、機械がやってくれるなら任せるに限る。
「十一番は、引っかけ問題の定番っぽい。語尾が違うだけの問題も問題集には載ってたから、最後まで油断しないようにね」
正答率の低い問題を幾つかピックアップして解説を加え、模擬テストを終えると、今度は実技である。
「じゃあみんな、楽な姿勢を取って、リラックス」
「はーい」
俺は教卓を操作して、正面の大型ディスプレイに先生から借りた仮免許試験の映像をセット、自分の席に座った。
もちろん、無免許の一年生達は勝手にひなぎくを動かすことなど出来ないが、映像を見てイメージトレーニング――予習を重ねるのは問題ないのだ。
最初はシミュレータールームを使おうかとも思ったが、そちらは二、三年生が殺到していた。
ゴ-ルデンウイーク中に開催される競技会に向けて、演習場では使えない射撃武器の訓練を重ねているそうだ。予約は先着順だし、重要なイベントでもあるから、こちらのわがままは通せない。
「あ、ストップ。……このスラローム、手前と奥でパイロンの距離変えてあるから、覚えておくといいかも」
試験だけに偏りすぎても良くはないものの、仮免許は大事な初っ端、全てのスタートラインでもある。
昨日、本田先生とも打ち合わせをしたが、本試験との違いは、座学のテストの合格ラインが五点低く、実技では試験官の機体を止めるテストがないことぐらいで、後はほぼ同じ内容と聞いている。……実技も点数の付け方は若干甘いらしいが、そこは黙っておけと言われていた。
行われる試験内容が、予め『全て』分かっている仮免許試験である。カンニングなどの不正は以ての外だが、データを元にした対策をピンポイントで詰め込むだけなら、誰も文句は言えまい。
「次は視点変えた映像流すよ」
今日は夕食時までこの調子だが、明日木曜は一組と二組、明後日金曜は三組と四組のために、第二演習場が押さえられていて、放課後は各クラス半面づつ、実技の授業と同じく使えることになっていた。
そして日曜日は本番の、仮免許試験が行われる。
同じ日曜には二、三年生向けの中型免許の試験もあり、学校全体がどこか引き締まった雰囲気に包まれていた。
……前日の土曜には第一回のRiSE装備テストもあるのだが、このタイミングでテストを放り込んだのは俺ではなく、内原先生である。
▽▽▽
夕食後、俺は教員用の梅花寮に呼び出されていた。
俺達の住む桜花寮とほぼ同じ設計のはずだが、雰囲気がこうも違うのかと、若干緊張を要求される。
何か俺に用があると聞いていたが、生徒指導室や職員室への呼び出しではないので、プライベートかそれに類することだろう。
「いらっしゃい、後藤君」
「すまんな、後藤」
出迎えてくれた内原先生と本田先生にそのまま食堂へと連れていかれたが、ビールなどを飲んでいる先生もいた。
無論、俺の前には緑茶が出される。
当直などではない限り、夕食から夜十時までは許可されているらしい。
二人も今はラフな格好で、内原先生はスウェットの上下、本田先生はロングのTシャツにジャージである。
……飾り気のないような、それでいて色っぽいようなで、判断に困る。
このあたり、桜花寮の生徒達と同じく『自宅』の感覚なのだろう。
かくいう俺も、上はTシャツ一枚に、下は履き古していい感じによれてきたジーンズだった。
「早速だが、どうだった、今日の『模試』は?」
「手応えは悪くなかったと思います。特に、二回目は」
元から優秀なクラスメート達である。
分からない問題の飛ばし方、ペース配分、見直しの注意点……教えたコツをつかむのは早かった。
「この時期は一年生と言わず、『忙しい』が……」
「……その『忙しい』の中身が、毎年バラバラなのよね」
顔を見合わせてため息をつく先生達に、心の中で合掌しておく。
「しかし、同じ忙しいにしてもだ、放置できない案件もあれば、今から手を着けておけば後々の布石として生きてくるものもあってだな。今日、後藤を呼び出したのは、布石の方になるか」
「後藤君はさ……」
「はい」
本題かと身構える。
授業外の負担が大きいとか、自由に動きすぎるなど、そういう注意かなと思えばどうも違うらしく、内原先生も歯切れが悪そうだ。
「何がしたいのかな?」
「は!?」
ぽかんとする俺の顔を見て、すぐに言葉が付け加えられた。
「あ、ごめんなさい。この場合、頭に『将来は』ってつけた方が適切だったわね」
「えー、進路相談……のようなものですか?」
「そこまで堅苦しくはない。まあ、後藤に限らず、梅花寮に生徒を呼び出すことは割にあるか」
「ですねえ。雑談半分、真面目なお話半分よ」
なんでまたそんな話題を……と思ったが、入学以来の行動を振り返ってみれば、ある種の得心も行った。
望んで起こした騒ぎじゃないが、入学にせよ、共同研究にせよ、校内試合……は学校側の企画か、ともかく、それなり以上に目立っていた自覚はある。
特機校支援隊にも応募したし、忙しさに忘れていたが、今週中には専用機も届く予定だ。
その上で、何がしたいのかと問われているわけだが……。
「後藤君の中でも、まだ答えが出ていないんじゃないかな、とは思うんだけどね」
「まあ、能力の発現よりまだ一ヶ月足らず、仕方のないことだろうが……」
「……ありがとうございます」
流石はうちの担任コンビだ。
並べてみれば、これは俺自身でも首を傾げるなと思ってしまった。
……あまりにも、方向性が一貫していない。
普通の高校生なら、それでもいいだろう。
将来を見定めるために使うべき時間だ、色々なものに手を出して、実際に触れればいい。
俺の場合は、人生の計画がリセットされたような状態だが、早々に見定めることで、その後の展開を『望んで』変えやすいわけだ。
「早く選べば、準備に時間が使える。将来、活きてくるだろうことも間違いない。だが、急ぎすぎるのも良くなければ、無論、選んだからそれに全てを賭けろ、というのもおかしい。……ああ、後藤を侮っているわけではないぞ。内原先生と相談して、入学したばかりの四月、敢えて将来を問いかけたのは、明確化しておけば、お前なら自ずと答えを出すだろうと結論したからだ」
「一通りの判断材料は出揃った、と思うんだけど、どうかな?」
確かに。
アイ校で学べそうな事柄、あるいは俺の将来に関わりそうな要素は、もう俺の前に提示されている。
「プロ選手、職業操縦士、研究者……」
「職業操縦士にも、研究者にも、色々ありますね」
「ですねえ」
先生達は俺の将来像でも思い描いているのか、随分と楽しそうだ。
つい先日、父にも言われたが、何を選んで悪いということもないのである。
後は俺自身の希望だが……これは、まだ答えが出ていない。
「後藤君なら、複合型も狙える、かな? ……そうだ、後藤君」
「はい?」
「高校生の夏休みって、三回もあるのよ」
突然の話題転換……でもないか。
長期休暇の使い方は、何もアイアン・アームズの特訓や合宿ばかりではない。
将来を見越した使い道は、いくらでもあった。
「と、ここまで言っておいてなんだが、後藤」
「はい、本田先生?」
にやりと笑った本田先生は、大きく伸びをしてから食堂内へと目をやった。
「……在学中には将来を選ばない、という手もある」
「はい!?」
「目の前の面白そうなことに真っ直ぐ向かっていって、やりたいことをやって、何が悪いものか」
「ふふ、選ばないから駄目ってわけじゃなくて、選ばないことを『選ぶ』っていうのかな? EROシステム系の総合科学者とか、案外向いてるかも」
現代で言う総合科学者とは、例えばレオナルド・ダ・ヴィンチのような、大凡全ての事象に対して天才を発揮する万能の人の事ではない。
調整科学者とも言われるが、複数の科学や技術を結び、新たな発見発明に寄与する視点を持った人材を指す。
「そろそろ気付く歳だと思うが、大人だって、人生は迷いの連続だ」
「そうそ。私達だって、いつもこれでいいのか、ずっと迷ってるのよ」
だから、沢山迷って、沢山悩んで、同じだけ楽しむように。
最後に、そう締めくくられた。
梅花寮からの帰り際、桜花寮とはそう距離もないところを、わざとゆっくり歩く。
将来については、まだ俺も決めかねている。
だがまあ、考え始めるには丁度いい頃合いでもあった。