第七話「共同研究のスタート」
第七話「共同研究のスタート」
週明けの放課後、俺は翌日予定されている共同研究の準備を理由に放課後の特訓を休み、自室で机に向かっていた。
ここしばらくは山口らと連絡を取りつつ、俺の方でも試験項目のチェックや現時点で懸念になりそうな部分の洗い出しを進めていたが、そちらも概ね完了している。
トーヨド社内の予備試験でも試作品の安全性は確認されており、八割方上手く行く『予定』だった。
だが実は、この八割方というのが曲者で、試験は上々の結果でも、市販するとなると思いもよらない欠陥が露呈することもある。
特に開発側が『想定しない』用法外の使用時に発生しやすい事故の目は、早々に潰しておくに限る。
説明書に注意が書いてあるからと責任の回避が出来るとは限らず、法の上では問題がなくとも、企業のイメージを落としかねない。
特に大企業であるトーヨドなどは、そのあたりにも気を配っておかないと、。
だからこそ、大枚はたいて大勢のテスターに試して貰い、通り一遍の試験では気付けない実用上の問題を、先んじて表に出す必要があった。
「……ん?」
呼び出し音に、ああ、メールかと、タブレットを操作する。
送り主は松岡研究室で、見出しは『大ニュース!!!』となっていた。
この書き方は、山口だろう。
イクスクラメーション・マークがいつになく多いが、とりあえず、中身を確認する。
「マジか!?」
そこには、イギリスの国立ERO研究所に於いて、ERO能力の発現条件の一部分を特定したと、書かれていた。
ERO能力については、理論提唱より数十年が経過した今も、未知な部分も多い。
研究は行われているものの、統計的な処理による発現力の伸長を効率化するようなものが大半で、根幹となる発現そのものに切り込んだ研究は、予算の都合もあって実は少なかった。
だが、その一部分だけでも条件を見つけたとなると、世紀の大発見である。
集中の度合いで発現力が上下するという部分に着目した研究所は、能力の発現していない十代前半の女性被験者一万二千人を集めて脳波のデータを収集、以後、半年に一度の検査を十年繰り返し、その途上でERO能力が発現した二百八十一人について、徹底的に差違をチェックしたという。
手間、あるいは予算さえ在れば何処でも出来そうな内容だが、このぐらい規模が大きくないと基礎研究として世間から認められなかった。
結論から言えば、脳波の内のβ波とγの一部で、二百八十一人全員に共通する部分――通常の脳波測定では無視されるほど微弱な特異波形が見つかっている。
早速追試が行われ、発現済みの別の被験者が集められたが、こちらでも全員から特異波形を得ることが出来ていた。
つまり、測定された発現者全員が、特異波形の持ち主だったのである。
しかし、条件の一部分とされたのには、理由があった。
未発現被験者の約三割も、同じ特異波形を有していたのである。
この三割の人々が発現者予備軍なのかどうかは、現段階では確かめようもない。発現者の割合は女性に於いて数十分の一、男性なら更にその数十分の一であり、発現のトリガーは未だに不明だった。
それに、特異波形を持たない発現者がいる可能性も、まだゼロとは言えない。
三次元物理学上の事象である脳波――人体に電極をつければモニターで観測できる波形と、次元の向こうの別法則との関係は、まだ明らかではなかった。
だがこれまでは、人類の英知を結集してさえ、七割八割の統計的な差を全面に出して『有意な差があるものと認められる』というあたりがせいぜいだったし、足がかりとなるものさえなかったのだ。
そもそもERO機関でさえ登場より数十年、研究者の目から見るならば改良の余地は残されているが研究も技術も追いついておらず、洗練されているとは言い難いという。
この研究は、間違いなく次なる一歩へと繋がる可能性を秘めていた。
大発見には違いないが、さし当たって、俺の所まで関係してくるのは何ヶ月先か、何年先か……。
俺が手を出している領域は、研究や技術を大樹に例えれば、枝葉の先の先なのである。
今回のニュースも、興味はあるが正に基礎研究の一歩であり、関わるのは相当先になるだろう。他の研究期間が追試を行おうにも、期間が長すぎる。
しかし今後、それまでの研究や成果がひっくり返るほどの影響が出る可能性も、全く否定できないのが困りものだった。
「へえ……」
情報委員会からの全校メールでも、僅かな時間差でほぼ同じ内容のニュースが送られてきた。
流石、調べものも得意なだけでなく、耳も早い。
アイ校の生徒達は未来のアイアン・アームズ操縦者として学んでいるが、言うまでもなく、操縦に直接関係しない技術情報への関心も高かった。
お陰で共同研究の方も、内原先生が人選に困るほどねと零すぐらい、応募が来ているのである。
▽▽▽
火曜日、いよいよ研究に協力してくれる生徒と顔を合わせる日が来た。
ホームルーム後に、会議室へと移動する。
発現能力の条件特定のニュースは、忘れられたわけではないが、一日置いて既に話題とはならなくなっている。
このあたり、やはりアイ校は『現場』だなあと苦笑せざるを得ない。
「湾大に連れていって貰った時、大学って面白いんだなあと思ったんです。松岡教授も来られるんですよね?」
「あたしはやれることは全部、やってみたいって感じですねえ」
共同研究には、うちのクラスからも八重野宮と新派が参加してくれていた。
選考理由は、八重野宮は頭脳派、新派は推薦組……というあたりだろうか。
また、二人とも発現力はクラス平均より上で、装備の試験にも無理なく対応できるはずだった。
会議室に向かえば、他に知った顔は……一組委員長の時坂夢乃がこちらに手を振っている。
「こんにちは!」
「あ、時坂さんだ!」
今は明るい表情の彼女だが、先週ちらっと見かけた時は、新派がカウンセラーよろしく慰めていた。
他の一年、二年とも自己紹介を交わし、雑談をしながら待っていると、大人組が現れた。
「時間には早いけれど、全員、揃っているわね。じゃあ、共同研究の説明会を始めます」
司会と進行は、アイ校研究チームの代表者内原先生が行い、関わる大人達を紹介される。
前列に陸上自衛隊の担当者本田一等陸尉――というか本田先生と、トーヨド側の代表者堀口主任、湾大の松岡教授、そして初見の男性がもう一人。
「防衛装備庁陸上装備研究所の梅本です。よろしくお願いします、生徒の皆さん」
国防省が関わる技術開発の制度上、現役士官の本田先生では問題があるらしい。
本田先生にも生徒と同じようにテストを行って評価を行うが、制服組と背広組という以外にも、私には技官としての能力はないからなと、先生は肩をすくめていた。
「では皆さん、先に送付しておいたマニュアルを開いて下さい」
生徒の方の紹介は、省かれた。
名簿は昨日の内に貰っていたが、選ばれたのは一年生と二年生を合わせて十二名だ。
三年生は、そうでなくても三学年で一番忙しい上、そろそろ就職活動が近かった。興味はあっても、自主的にスルーした生徒が殆どだったと聞いている。
仮称の取れた八六A研究は、新たに『RiSEプロジェクト』と命名されていた。
「RiSEプロジェクトは仕様の決定、設計製作、実証実験、生産販売と、四つの段階で構成されていますが、皆さんにはこのうちの実証実験に参加して貰います。第一次テスト群は基本装備を使った機体側のテスト、第二次テスト群は実際に市販される予定のモデルを使用した装備側のテストと、二部構成になっています」
ひなぎくの改造は、アイ校へと機材が持ち込まれる前にトーヨドが頑張ったお陰で、完了していた。
整備区画で行われたのは、予めパッケージングされた関連プログラムをインストールして、工場で新造されたハードウェア――両腕はほぼ同一機種である七十二式特機の腕をベースにRiSE対応改造が施されていた――を換装するだけの、簡単な作業である。
市販される『商品』であることも手伝って、現場作業の簡略化は、当初より織り込まれているのだ。
「規定の安全試験は行われていますが、想定外の事故が起きないとも限りません。皆さん、気を引き締めて下さいね」
続いて、彼女達に行って貰うテストの概略が説明される。
「一回目の試用試験は今週末、土曜日に行います。一年生も二年生も実習の授業が一回は含まれていますから、腕部変更のバランスには、その間に慣れて貰います」
第一次テスト群では、RiSE棒とRiSEシールドの二種を使用して、機体側のトラブルの洗い出しを主に行う。
俺と本田先生の機体も含めて十四セットが用意されているが、この数は先行量産に近い。多ければいいというものではないが、他機種のRiSE対応パーツ製造時のの基礎データにも利用されるので、このぐらいの数は欲しい。
続く第二次テスト群では、ありとあらゆる試作品をこれでもかと使い倒してもらう予定だった。
リストを見れば幾つかは俺も知っている装備もあるが、研究者達もここで本気を出してくるはずだ。追加や仕様変更の可能性ありと、※印付きで最初から注釈が付いている。
各種装備には開発担当が記してあり、トーヨド、松岡研に加え、僅かながらにアイ校や防衛省の名もあった。
主務者で同時にスポンサーであるトーヨドはもちろん組織の規模も開発力も大きいが、民間企業に比べて巨大すぎる防衛省はともかく、研究組織ですらないアイ校に開発能力があるのかと思えば、ほとんど内原先生のプライベートベンチャーに近いらしい。
しかし内原先生は、流石に元ライヒヴァイン研の研究員だっただけのことはあった。シンプルな小物だが俺では考え付かない類の装備を提出している。
「規定通りの試験は、それほど難しくありません。特に一年生、そんなに身構えることはないわよ。必ず研究者の誰かが傍について、指示を出します。また、記録を取る意味でもモニタリングもしっかり行いますし、装備を壊したからと、怒られる事もありません。……ですよね、堀口さん?」
「はい。えー、試作品には耐久試験という壊すことが目的……失礼、壊れ方を調べる試験もあります。こちらは既に社内試験を行っていますが、皆さんがこちらの指示通りに使っていて壊れることも、開発側としては残念ながら、非常に高い確率で起きるものと予想しています。その点が正に、アイ校の生徒さんへと試験をお願いした理由の一つであり、また、製品化前にきちんと確かめておかないといけない重要項目でもありますので、よろしくお願いします」
商品足りうるか否かという判断は俺達のすることじゃないが、しっかりとテストしておかなければならないのは当然だった。
解散後、先生達は別室にて会合を持つようで、俺も呼ばれるのかと思ったが、特に用事はないらしい。
「内原先生、俺も行ったほうがいいですか?」
「今日は予算のお話だから、後藤君は大丈夫よ」
トーヨドが全額出すにしても、予算編成については参画している四者による確認が必要だ。
だが、技術面ならともかく、俺は生徒の代表であり、内原先生も松岡教授もいるし、俺のところにまでは回す必要のない書類でもあった。
「じゃあ、後藤さんはこっちです!」
「おう!?」
説明会終了後、俺は新派や時坂に背を押されて寮に戻り、交流を兼ねたお茶会に参加した。
コーヒー代ぐらいは出そうかとも思ったが、八重野宮に『駄目です』と耳打ちされ、飲み物は無料の日本茶、購買部でクッキーを買うだけに留めている。
……このあたりの女子高生の機微を察するのは、まだまだ俺には難しいようであった。