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第六話「将来有望そうな……俺?」

第六話「将来有望そうな……俺?」


「じゃあ、デブリーフィングを終わります! 今回のレポートの締め切りは明後日火曜日の午後十時、皆さん気を付けてくださいね」

「お疲れさまでした!」


 日曜の夕方五時、支援隊の訓練は無事に終了した。


 土日をフルに使った訓練では、土木工事ばかりしていたような気もするが、これが私達の基本と言われれば、そういうものかと納得してしまう。


「竜一さん、ミー達はね、専門家が動きやすいように、お手伝いするのが仕事ヨ」

「地震で崩れた道が開通すればお医者さんや物資を積んだトラックが移動しやすくなるし、堤防の緊急修復で被害が少なく済めば、復興がほんの少し早くなるの。支援隊のお仕事は、そうやって組まれているのよ」

「そういえば、災害派遣の第一陣には支援隊出さないって聞いてたな」

「うん、それだよ、お兄ちゃん」


 支援隊は独立した組織であるが、派遣時には必ず自衛隊の部隊が上位に位置して、指揮下に置くようにされていた。

 作業に専念出来るように、そして、マスコミなどから隊を守る意味合いもあるそうだ。


「報道各社には、私達と接触しないように予め通達が行ってるけどね」

「まあ……引き上げてから、防衛省を通して抗議は出して貰うけど、あんまり効果がないかな」


 災害の現場に行くだけでも心理的負担がきついだろうに、そんなものまで相手にしなくてはならないらしい。


「竜一さんは特に気を付けて下さい。……割とマジで」

「え、俺!?」

「お兄ちゃんなんて、格好の得物だからね」

「黒一点で目立つ上に、高能力者とか、あたしがインタビュアーならほっとかないですよ」


 そうか、俺は狙い目なのか。……全く嬉しくないが。

 だがマスコミ側の視点で見れば、インタビューのターゲットとしては抜群で、ある意味正しくもある。


 新人の俺が出しゃばるのはどうかと思うが、彼女達の盾ぐらいなら、引き受けても……いや、率先して引き受けるべきかもしれない。


 俺は教師ではないが、ただの一年生でもない。

 その事は、常に頭の片隅に置いておくべきだった。




 ▽▽▽




 シャワーを浴びてから部屋に戻り、桜と二人、それぞれに宿題やレポートを片付ける。


 土日は特に宿題も多く、俺でも多少手間取るのだから、支援隊所属の生徒達はさぞ忙しいに違いない。


「お兄ちゃん、あと十五分だよ!」

「俺は終わってるぞ。今は『今日の問題』作ってる」

「ヘルプっ! ヘルプだよ!」


 しょうがないなあと、桜の宿題をちらっとのぞき込み、ヒントだけを教えて三分で解かせる。


 何を慌てているかと言えば今日は日曜日、有馬選手の試合があるのだ。


 アイ校の卒業生にも人気選手はいるのだが、有名選手にサプライズの訪問をされては、盛り上がらないはずがない。


 パブリックビューイングさながらに、食堂で夕食を食べながら応援しようという企画が持ち上がっていた。


 昨日の土曜日は、シーズン中に平行して行われる月に一度の個人戦の日で、有馬選手の出番はなかったが、今日はいつものリーグ戦である。


 個人戦の戦績もチームのポイントとして加算されるが、チーム戦の方が得られるポイントも大きく、出場はチームの状況や連戦との兼ね合いで流動した。

 負けが混んだり、優勝が目前に迫ると、なりふり構わずチーム一丸となって連戦覚悟で個人戦に出場することもあるが……本当に状況が逆転することもあるので目が離せなかった。


 おまけに今日の対戦相手は昨年度準優勝の佐世保シルバーウイングスで、俺もかなり、楽しみにしていた。



 

 桜に背を押されながら早足で食堂に駆け込むと午後七時、四面ある大モニターに近い席は埋まっていた。


 下手すると、殆どの生徒がいるんじゃないだろうか。


 幸い、桜花寮の食堂その物は、生徒より多い人数にも対応している。お陰で混雑時にも、空席と共に空間も必ず確保できた。


 この食事時に於ける『空間』はとても大事で、ストレスの軽減にはとても役立つと知られている。


 だが首都圏被災時の拠点に指定され、派遣部隊の食堂兼、臨時のブリーフィングルームにも利用するという前提で作られているアイ校の食堂ならばともかく、見込まれる利用者数以上の大面積を確保できる場所はとても少ない。


 アイ校の贅沢な設備は、このような部分にまで及んでいた。


「和?」

「和」


 メニュー表をチラ見して短すぎる確認で二人して和定食の方に並び、竜田揚げとひじきの煮物の定食を受け取って誰か居ないかと探す。


「桜、俺はクラスの方に行くわ」

「そだね、この人数じゃ、好きな人が集まって応援って感じじゃないよね。……行事?」

「かもなあ」


 寮監の三森先生など、机に張り紙をして、スイーツの屋台まで出している。


 自家製ママレード付きのマフィンとスコーン、どちらも百円だ。

 お祭りにはおいしいお菓子が付き物、ということらしい。


「後藤さん! こっちです!」

「おう、サンキュ!」


 手招きしてくれた久坂に手を振り、一年四組が確保したスペースへと向かう。


 随分と端っこでモニターは見づらいが、一年生なりの遠慮もあるのかもしれない。


 無論、それぞれが手元のエアタブレットで試合を見ることもできるが、パブリックビューイングの醍醐味は、皆で同じものを見て、同じ感動を……。


「はい、後藤さんはここです」

「俺、背もあるし、みんなの後ろでいいよ」

「大丈夫ですよ。ほらっ!」

「ん?」


 テーブルを幾つかくっつけた向こう、モニターとは反対になる壁際で、土師が何やらやっている。


 よく見なくても分かった。俺も大学生時代に世話になった、会議やプレゼンテーションなどに使う大型の空間投影モニターだ。


 ……先日、俺の噂が立った時といい、四組の情報委員は随分と頼りになる。


「この騒ぎを見越して、昨日の内に会議室から借りてきたそうですよ」

「やるねえ」

「でしょっ!」


 試合の開始にはあと一時間ほどあるが、各機体のレビューや選手紹介、最近のリプレイなどを見て、皆であれこれと言い合うのも楽しみの一つであった。


「はじまってるよー!」

「まだCMだって」


 今の内に掻き込むか。

 ……次のCMまでに食いきり、竜田揚げ二つを肴に残してビ……サイダーを買いに行こう。




 予定通りに竜田揚げを残し、サイダーを買って戻れば、試合前好例の、選手によるメッセージタイムだった。


『今日の俺と“ザ・タンク”はひと味違うぜ! 首洗って待ってな、お嬢ちゃん達!』


 シルバーウイングス山本選手の野太い声が、食堂に響き渡る。


「ぶーぶー!」

「首洗うのはそっちだよー!」


 生徒達は大笑いしながら口々にこき下ろしているが、テレビではヒールを演じる山本選手も、普段は気のいいおじさんなんだよと、一昨日貰った有馬選手からのメールには書いてあった。


 俺達はもちろん、テレビ以外の媒体にも目を通す。

 映画やテレビドラマにも悪役操縦士として登場することの多い山本選手が、ボランティアで幼稚園や児童養護施設を訪問して、やはり悪役――節分の鬼やなまはげを率先して引き受けるような人柄だと知っていた。


 彼は本当に、ヒ-ルを楽しんでいるのだろう。


 だからこそ、彼の悪口雑言は受け入れられたし、笑顔でブーイングを投げつけるのがファンの心意気なのだ。


『えーっと……今日も、負けてあげません! ……い、以上!』

 

 いつもより短い有馬選手のメッセージに、食堂がざわついた。


「どうしたのかな?」

「有馬さん、いつもと違うね……」


 ……たぶん、業界最強のヒロインは、何かを企んでいる。


 普段なら、山本選手の悪言に長々と付き合い、年相応の女の子らしい反論をする彼女だった。


「今日の試合、更に荒れそうだなあ」

「ですねえ……」


 いつの間にか、久坂の反対側に座っていた八重野宮の相づちに驚きつつも、モニターに注目する。


 有馬選手のメッセージもそうだが、昨日行われた試合形式の抽選で、今日の試合は射撃武器を含む全装備使用可能で障害物ありの大規模殲滅戦――全部乗せ(フルバーストゲーム)と、決まっていた。


 そして俺達は、CM明け、有馬選手の登場するエメラルド・クイーンの姿に驚くこととなる。




 プロリーグに於ける射撃武器は、連盟が認可した一定威力以下の火薬式火砲に限られている。

 また、同時にテロ対策として、火器の使用が可能なカテゴリーAの競技場には首相官邸もかくやという警備が敷かれ、弾薬も連盟が用意して両チームが検査を行うという徹底振りだった。


 武器の管理には厳しいあの日本政府がよくもまあ、許可を出したものだと当時の新聞記事が残っているが、国際試合では火器を使った試合が標準であること、同時に、従来型の火薬式兵器以上の威力がある通常兵器が、既に一般化していたこと等が揚げられる。




 その昔、『弓』は軍の主力兵器だった時代もあるが、現代では武道、あるいはスポーツ化され、小中学生が手にすることさえ珍しくはない。


 火薬にも、その時代が到来しつつあるのだ。


 但し、威力まで下がったわけではなく、殺傷能力もそのままに『兵器』としての側面も色濃く残る。


 では、徹底して管理すればいいではないか。


 ……などという無茶な論法が通った背景には、アイアン・アームズの有用性が知られつつあった同時期に、車載、機載、あるいは携行が可能なサイズのレーザー兵器や、電磁加速式実体弾投射兵器――レールガンが相次いで実用化され、従来の火薬を使う火器が急速に陳腐化したためという経緯があった。




 EROパワープラントは、基本的に『豊富かつ無尽蔵なエネルギー』を約束する。


 一時は戦車や戦闘機にも、EROパワープラントとERO機関士を乗せることが流行した。

 だが、数十人に一人しかいない発現者は、集中的にアイアン・アームズ部隊へと回した方が、組織全体の総合戦力は向上するという結論が出て以来、下火になっている。


 但し、EROパワープラントとレールガンを搭載する新型戦車は、同級の従来型戦車単体と比較した場合、圧倒的な性能を誇っていることも間違いなかった。


 同時にアイアン・アームズに搭載する兵器は、その豊富かつ無尽蔵なエネルギーのお陰でレーザーやレールガンの方が効率はいいのだが、競技用として使用する場合、威力の面で問題がありすぎた。


 整備チームが威力調整を頑張らなくても、ライヒヴァイン・シールドごと大概の機体を貫けてしまうのである。


 アイアン・アームズが、元より従来型の中・重火器で主要部の装甲が貫通されることは知られていた。

 それが原因で一時は主力兵器から外され、普及にも繋がったのだが……プロリーグは人気商売であり、派手な要素も欲しいと横槍が入った。


 結果、主要部分の装甲を貫けない威力の、安全に配慮した火器なら使用可能という、矛盾に満ちたルールが導入され、それが日本のプロリーグにも影響を与えたのである。




「へ……!?」

「なに、これ……」


 公式戦最大の各チーム八機、合計十六機が場内アナウンスで紹介されていくが……画面に映し出されたエメラルド・クイーンは、見慣れたシャープな頭部以外を、射撃戦仕様の重装甲で覆っていた。


 有馬選手はデビュー以来乗っていた幾つかの機体を含め、動きが極端に鈍くなる代わりに射撃も阻止する完全装甲仕様のアイアン・アームズで、公式戦に登場したことがない。


 第一、重装甲の盾役なら同じクインビーズにも、北条選手のハニー・ベアがいる。

 それに、わざわざ昨年度MVPのメインアタッカーを潰して、ダブル盾にする意味がよく分からない。


 その変わり果てた姿にクラスメート達も大きく驚いているが、俺の驚きはそれ以上だった。


「まさか……!」

「後藤さん?」

「……あ、いや、何でもないよ」

「……?」


 何か感づいた様子の八重野宮を誤魔化しつつも、俺の視線は画面に釘付けだ。


『さあ、いよいよ試合開始です! 解説の塚瀬さん、試合直前ですが、どう見ます?』

『はい、乗り慣れないセッティングの有馬選手がどう動くのか、そこが勝負のポイントになると思います。とても楽しみですねえ』


 ……あの追加装甲を、俺は知っている。


 例の専用機、八五Bの阻塞モジュールとほぼ同じデザインだった。




 試合開始直後、有馬選手のエメラルド・クイーン『もどき』は集中射撃を受け流しつつ、敵陣へと突っ込んで……いや、悠然と歩いていった。


『とろとろ歩いてきやがって……。何のつもりだ?』

山本さん(やんもっさん)、作戦変更! アタシが行く! バックアップよろしく!』

『おう、任せな!』


 流石にまずいと見たのだろう、シルバーウイングスのアタッカー広瀬選手の『阿修羅』――扱いの難しい副腕を装備した特殊機――が阻止に向かうが、後方からの精密狙撃で阿修羅の腕間接が四箇所、破壊される。


『北条ちゃん!』

『ほーい』


 直後、エメラルド・クイーンは阻塞モジュールを脱ぎ捨て、いつもの華麗なる空中技で阿修羅を沈めると、北条選手の駆るハニー・ベアの援護の下、再びモジュールを『着込んだ』。


 一度捨てた装備を再利用するのは定番だが、装甲モジュールではほぼ前例がない。


 通常はパージに伴い、装甲や装備が散乱するので、再装備に時間が掛かりすぎるのだ。


『ワンモア!』

『やばっ!? きゃあああああああ!』


 エメラルド・クイーンの鈍足突撃とパージ&高速戦闘は、シルバーウイングスが対応出来ないうちに、もう一度繰り返された。


 有馬選手の『奇行』が注目されるあまり、他のクインビーズ選手への注意が疎かになった結果だろう。

 長銃身の狙撃銃を構えるバックスチーム、静かな大活躍である。


『ちっくしょおおおおおおおおお!!』


『ザ・タンク、試合続行不可能です! 佐世保シルバーウイングス、残機ゼロ!』


 気付けば試合は、練馬クインビーズの圧勝で終わっていた。




 試合後のインタビューでは、当然ながら有馬選手に注目が集まった。


『重装甲をまとったエメラルド・クイーンの登場には驚かされましたが、作戦だったんですか?』

『あれですか? 今週になってメーカーから送られてきた新装備なんですけど、面白そうなんで、くじ引きして勝った人が使おうってなったんですよ』

『くじ引き……?』

『はい! 今週の月曜日、男の子と練習試合したんですが、その子が乗る専用機のモジュールがベースになってるって聞いて、奪い合いになったんです』


 有馬選手は大きな笑みを浮かべて、モジュールをつけたままのエメラルド・クイーンを指さした。


『そりゃあ、そんな面白い物、絵美じゃなくても見逃さないよ』

『そうそ! なんたって、絵美に蹴り入れた男の子が乗る機体のパーツだもんね!』

『あ、北条ちゃんそれ内緒!』

『国府田選手、北条選手、それはどういう……?』


 有馬選手がダイヤモンド・ホーネットの国府田選手に羽交い締めされてマイクを取り上げられ、北条選手がインタビュアーに向き直った。


『うちでなくても、依頼を受けてアマチュア選手向けの訓練……というか、トレーニング指導を行うことがありますよね?』

『はい、もちろん』

『そ、れ、で、ですよ。今週、総搭乗時間が十時間ちょいで、うちに来た男の子がですねえ……絵美にスライディングキック決めたらしくて』

『は?』


 ……やばい。


 画面の北条選手は楽しげだが、クラスメートどころか、食堂中の視線が刺さっている。


『私は後から練習場に行ったんですが、その子の表情見ると、何がなんでもプロを目指してる、って風でもなくて……でも、とにかく絶対に負けられないんだ、みたいな雰囲気で、すっごく一生懸命エメラルド・クイーンに向かってって、蹴られたり、転がされたり、逆落とし食らったりしてたんですよね。でも、全然心が折れてなくて、おお、男の子だ! ってギャラリーも盛り上がってました』


 非公開じゃなかったのかという疑問と同時に、八五Bの阻塞モジュールが公式戦で公開されたことで、本格的にプロジェクトが動き出したということに思い至る。


 土日の訓練ですっかり忘れていたが、もう数日で機体がアイ校に運び込まれる予定だった。


『ほう、将来有望そうな男の子ですね!』

『ええ。……小型機で、それやってたんですから、流石に驚きましたよ』


 それはそれとしてだ。


 今の状況をどうにかせねばならない。


『え、小型機で!?』

『はい、正真正銘、小型機です』

『へえ、その男の子、会ってみたいですねえ。クインビーズのジュニアチームに入団したりとかは?』

『ふふ、さあ、どうでしょうか?』


「あ、後藤さん!」

「ちょ、ちょっと!」


 俺は残っていた竜田揚げをサイダーで流し込み……速攻でトレーを返して、食堂を逃げ出した。


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