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第五話「支援隊の訓練と車輌ユニット」

第五話「支援隊の訓練と車輌ユニット」


 週末、俺は体験入隊という名目で、特機校支援隊の訓練に混ざっていた。


『第二小隊、設定目標B-三、クリアです』

『四分二十八秒。まずまずだな。その場で一時待機』

『第二小隊、了解。集合!』


 今与えられていた課題――設定目標B-三は、土嚢を作って組み上げる堤防修復工事である。

 無論、第一演習場には堤防などないので、廃土の山を自分たちでそれらしく整形してから使っていた。


『袋詰めも積み上げリレーも、初回よりは早くなったけど、単に慣れたせいかな?』

『だね。戸惑う動作は、確実に減った』

『少しいいかしら?』

『はい、本橋先輩、どうぞ』

『六機なら、もう少し早く出来てもよかったわね。初期配置にこだわらなくてもいいのよ。作業の進行に合わせて、二機、二機、二機の組み合わせから、三機、三機の二組にしてもよかった……かな』

『……! ありがとうございます!』


 正規の隊員は三年生九名、二年生七名、生徒会長の麻生華子を隊長として、副隊長、情報通信担当、後方支援担当の四人で組まれた本部小隊に、四人一組で構成される第一から第三までの小隊の合計十六名と、意外に少ない。

 加えて練成途中、あるいは怪我などの理由で予備隊員となっている生徒が十人ほどおり、彼女らも有事には校内詰めの後方要員として支援隊を支える。


 これら生徒の上に本田先生――本田一等陸尉が指導監督官としてまとめ、副監督官に三年二組担任の古市(ふるいち)二尉がいて、支援隊整備班が神田川一尉を筆頭に二十名ほど配置されていた。


『本田より後藤竜一機』

「はい、こちら後藤竜一機」

『五〇一号整備区まで行って来い。神田川班長から話があるらしい』

「了解。……後藤隊長、後藤竜一機は一時離隊し、整備区に向かいます」

『後藤桜機、了解』


 桜は第二小隊の隊長で、同じ二年生の松浦アイリーンと和倉遊花梨、そして三年の本橋景子を従えていた。そこに先週免許持ちとなった斉藤茜と俺が、訓練生として加わった形だ。


 四月の配置換えで元第二小隊長の本橋先輩が平隊員に下がり、教育係というか、新兵キャンプに於ける軍曹のような立場で、桜達を指導しているらしい。……俺はまだ実感していないが本橋先輩、口は上品なのに容赦ないとのことである。


 午後の日課のようになっている模擬戦とは違い、私語厳禁と同時に、きびきびした動作で緊張感を保つのも訓練の一つと、最初のブリーフィングでは聞かされた。




 たったったと演習場を駆け抜けた先、五〇一号整備区は、整備区の端の方にある一際大きな区画だった。


「後藤竜一、来ました! 神田川班長はどちらにいらっしゃいますか?」

『オウ! そのまま奥に来い!』

「はいっ!」


 一見、番号が大きく飛んでいるようだが、百から三百番台がそれぞれ一から三年生、四百番台が教員、五百番台が特殊用途やその他の扱いで、整合性は取れている。


 実は零番台の整備区画が地下にあって、事故で死んだ生徒の霊が半壊したアイアン・アームズで夜な夜な……などという怪談の種にもされていたが、それはともかく。


 中に入るのは俺も初めてだが、小型のひなぎくしか並んでいないうちのクラスの一〇四号とは大違いの高い天井に圧倒されつつ、分解整備中の作業用特機『せり』や、三人乗りの超重量級特機『K-一〇』などの間を通り抜ける。


『そこのクレードルに機体を乗せて、フタ開けろ!』

「はい!」


 神田川茂蔵(しげぞう)班長は特機校整備隊の総元締めで、俺の親父よりも年かさのベテラン整備士である。

 鍛え上げられた筋肉と日焼けした肌は、整備士と言うよりも漁師の印象だった。


 言われるまま、指示されたガントリークレードルに機体を滑り込ませ、フタ――冷蔵庫アーマーのカバーを解放する。


「お疲れさまです!」

「オウ、おメエは降りてそのへんにでも突っ立ってろ」

「班長、朝霞からで、二〇二のすいせんの右手、戻ってくるのは来週になるそうです!」

「しょうがねえ、三〇一の予備に来てたヤツ、先に回してやれ!」

「了解!」


 邪魔にならないよう、クレードルから離れた場所……神田川班長の隣に行って挨拶し、同じように立って作業を眺める。


「……装備だけは前々からあったんだが、使える生徒が滅多にいなくてよ。ほっ、とんど先生専用になってたが、久々に日の目を見るってもんだ」

「はい?」

「アレよ。おメエは車の免許持ってるな?」

「はい、もちろん。……ああ、あれですか」

「オウ!」


 前置きなしに話し掛けられたが、指で差された先、俺のひなぎくの隣には、汎用型の機動車輌ユニットがいつの間にか用意されていた。


 去年のプロリーグ最終戦で有馬選手が使ったトライクユニット――手足に無理矢理タイヤを装着した三輪車のような、試合専用の簡易型ではない。


 機動車輌ユニットの見かけは小型アイアン・アームズが乗るゴーカートのような作りの代物で、幅も長さもファルケンよりは小さいが、タイヤはかなり大きな物が履かされている。

 サイズを知らなければ作りかけのプラモデルにも見えてしまうが、これでも陸運局の許可が下りている立派な車輌であり、ヘッドライトやテールライト、ウインカー――前方灯、後方灯、方向指示器だけでなく、民間用のナンバープレートまで付いていた。


「トレーラーじゃ進入できん細道も、こいつならお構いなしだ。暴れん坊の嬢ちゃんは、路外でもそこそこいけるって笑ってやがったぞ。……ってわけでよ、運転のコツやら運用やらは、嬢ちゃんに聞きな」

「はい」


 操縦方式は思考制御と直接操作の切り替えが可能となっているが、どちらもハンドルを操作してアクセルを踏む一般的な車の運転方式とは異なっていた。


 これは流石に訓練を重ねる必要があるだろうなあと、ひなぎく側のプログラムチェックや車輌ユニットの使用前点検が行われている様子を眺める。


 おまけに……フルアーマー装備のひなぎくの自重と合わせても、車重が二トンを超えるファルケンより余程軽いはずで、パワー次第では相当振り回されるだろうなとため息をついた俺だった。





 簡単な説明を受けた後、俺はひなぎくを再起動させ、車輌ユニットへと搭乗した。


『慣れたら好きにしていいが、最初は直接操作でやれ。でねえと大概……事故るぞ』

「了解です」


 車輌側のコード付き汎用コネクタを引き出して、今の休憩中のほんの数分で腰部に増設された固定具兼用の外部コネクタへと接続、機体の手を定位置となっている肘掛けに置き、操縦バーを握らせて感触を確かめる。


『こちらも片づいた。チェックよし、いつでもいいぞ』

「はい、ありがとうございます、神田川班長。……後藤竜一機、出ます」


 肘掛けの外側にあるサイドブレーキを外し、極僅かに『左右両方の操縦バー』を前方に倒すと、車輌ユニットはゆっくりと前に進んだ。


 直接作動方式は、二本の操縦桿を使い、両方を前に倒せば前進、手を離せばニュートラルとなって停止、右側だけを倒せば右の車輪だけが動いて左折するという、いわゆる、履帯と転輪を使う装軌車両――戦車の類と、ほぼ同じ操縦方式である。


 入出力の動作は異なるが、玩具のラジコンにも、似たような物があったかもしれない。


 車体そのものも六輪独立駆動独立操向で、こちらの方が都合もいいのだろう。思考制御時には斜行走行も可能になっていた。


 のろのろと、感覚をつかもうとしながら整備区画を出て、第一演習場へと戻る。


「後藤竜一機、戻りました」

『後藤機は第二小隊に合流せず、こちらに来い』

「了解」


 本田先生の黄色い九十七式の元に向かえば、お馴染みの赤いパイロンが用意されていた。


『後藤、今日のところは直接操作のみを使って、まずは運転に慣れろ』

「了解しました」

『派遣された先でも基本的には各々が自前で持ち込んだ装備を使うが、その場のあり物をお互いに融通することも多い。いや、多すぎるほど、だな』


 整備区画の反対側、自衛隊の隊舎前にあるスペースを自由に使えと言われた俺は、午前中いっぱい、自動車教習所で行ったような運転の基本を繰り返し続けた。


「くっ……」


 軽すぎる車体にそこそこパワーのあるモーターという、レースマシンもどきの車輌ユニットに振り回されること約二時間。


 匍匐(ほふく)前進のように、手を動かして移動するというイメージがいいかもしれないと気付いてからは、多少動きが良くなったように感じられた。


 だが、ようやく慣れたか慣れないか、というところで呼び出しが掛かる。


『後藤、昼食だ。小隊に合流せよ』

「後藤竜一、了解」

『こちらでもモニターしていたが、通常の運用なら問題ない様子だな?』

「はい、飽くまでも通常の、となりますが」

『……フン、まあいいだろう。上がれ』


 車輌ユニットのまま、第二小隊の集合場所へと向かう。


『後藤さん、それ、どうです?』

「……日常で使いたいとは思わないなあ」

『あっはっは』

『お昼、出来てますから、降りてきて下さい』

「ああ、ありがとう」


 昼食には、災害備蓄を消費して新しい物に入れ換えると同時に、現場で食事を用意する訓練の意味もあって、長期保存の白い握り飯のパックとインスタント味噌汁、常温の水で戻す乾燥野菜サラダ――生春巻きの皮のようなシート状の食べられる何かで巻くお陰で箸いらず――が、オリーブドラブのシートの上に用意されていた。


「便利なのか不便なのか、分からないよねえ」


 班ごとの調理はともかく、野外調理具の電源も無論ひなぎくからの供給で、桜はシートに座ったまま握り飯を頬ばっている。


「ま、それも含めた訓練よ」

「そうそう。今日はお風呂もなしだもんね」

「ああ、なんということでしょう、特機校支援隊は、汗くさい乙女で構成されているのです。……なあんてね」


 今夜は野営訓練と称し、演習場にテントを張って寝るのだが、風呂はともかく、トイレの方も実は大変である。

 男の俺も、EROスーツを半分ぐらい脱いで前で抱えなくては、用を足すことが出来ない。


 麻生隊長の居る本部には、仮設トイレも準備されていた。

 夏合宿などでは、それこそ練成の総ざらえとしてトレーラーに分乗して移動、仮設銭湯やプレハブ整備棟なども持ち出され、自衛隊の演習場を借りて大規模な訓練を行うと聞いている。


「そういえば、お兄ちゃん」

「ん?」

「研究の方、どうなってるの?」

「募集は今日締め切り。試験装備の方は、火曜までに数が揃う予定だったかな」

「あたしらもそれ、興味あったんですけどねえ」

「……この訓練を知ったら、流石に頼むのは躊躇うよ。先生が禁止って言ったのも当然だと、よく分かった」

「ははは……」

「ですよネー」


 腕がいい生徒が揃ってるのは知っていたから、頼めるものなら頼みたかったが、この過密スケジュールでは無理にもほどがある。


 放課後の模擬戦や訓練を終えた後、本田先生から送信される座学の課題をこなしている彼女達だった。





『次は部活棟前を経由して、桜花寮の入り口だ』

「了解」


 午後も同じく車輌ユニットでの訓練となったが、今度は本田先生を同乗……というかひなぎくの膝上に乗せ、校内道路を幾度も走らされた。


 車体の前後には、『訓練中』のプレートも新たに取り付けられている。


『よし、次の一周は角ごとに信号があると思え。市街地を想定、曲がる時にはきっちり方向指示機を出せよ』


 わざとだろうが、急停車や目標変更が幾度も繰り返されて、緊張というか、精神をすり減らされた。


 だが、支援隊本隊のトレーラーに先行して災害の現場に急行するのに、この車輌ユニットは役立つのだ。……などと聞かされてしまえば、訓練する意味も見いだせた。


『後藤、駐車場に向かえ』


 三度目の駐車場で、ようやく停車の命令が出る。


 さて次はなんだと身構えていれば、本田先生が飛び降り、ハヤブサ(校用車)に乗り込んだ。


『機体、車輌ユニット、共に不具合はないな?』

「はい」

『では、ついてこい。車間距離は、普通の車に準じておけ』

「了解」


 向かった先は、第一演習場ではなく、正門である。


『本田奈々美一尉以下、生徒一名、校外実習だ。特殊車両運転訓練の為、目的地はメガフロート全域だ』

『申請は受理されております! どうぞ!』


 うん、やたら細かい指示が出ていたあたりから、そんな予感はしていた。


『行くぞ』

「はいっ!」


 湾大前を経由して湾スクの前の大通りを横切り、一旦は西港へと向かう。

 その後、空港経由でメガフロートブリッジの足元で一度休憩を取り、大回りでアイ高へと戻った。


 湾スク付近では随分と視線を浴び、写真も沢山撮られたように思う。

 まあ、珍しいものには違いない。ひなぎくがフルアーマーではなくロールバー状態だったら、半日ぐらいは落ち込んでいただろうと思う。


『よし、車輌ユニットを戻してこい』

「ありがとうございました!」

『まあ、これで慣れてないとは言わせないが、次回は思考制御での訓練のつもりでいてくれ』


 車輌ユニットを返却して神田川班長にお礼を言い、演習場に戻れば、麻生隊長が待ちかまえていた。


『後藤さんは今後、本部付きでお願いします』

「え? はい、了解です」


 車輌免許と特機免許、両方を持っている俺は、麻生隊長からすると、咽から手が出るほど欲しい人材だったらしい。

 予備隊員のまま、本部付きの機動戦力として登録するそうだ。


 車輌ユニットで先行することもできれば、緊急時には普通免許で運転できる中型のトラックを用いて、装備や消耗品どころか、ひなぎくさえ運搬できる。


 それは誰かを救い、誰かの助けになる可能性が広がるということに、他ならない。


 同時にその思いは、特機校支援隊の心意気ともなっていた。


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