第四話「ERO方式パワープラント」
共同研究協力者の応募は締め切りこそ今週いっぱいだが、発表翌日にはもう四十人近くが応募していた。
選ぶのが大変と内原先生は笑っていたが、ありがたい限りである。
「後藤さんは今日も訓練ですか?」
「いや、今日は地下プラントの方に呼ばれてるんだ」
「ああ、アルバイトの!」
「うん、それ」
授業は難なくこなし……と言いたいところだが、家庭科という思わぬ難敵に苦戦しつつもクラスメートの協力でどうにか切り抜けた放課後。
俺はアイ校の地下、浮体構造の基底部にあるEROパワープラントの管理室に足を向けた。
あまりにも俺が来ないので、しびれを切らされたのである。
アイ校も含め、東京メガフロートを構成する十九の主要浮島は、大きさまで含めてほぼ同じ構造をしている。
一つの浮島は長辺二キロ、短辺一・五キロの長方形で、三十メートルほどが水面下に沈み、その重量を支えていた。
各浮島の連結部分は伸縮可能な継手構造になっており、巨大台風接近時などは継手を伸ばして結合を解き緩連接形態に移行、浮島の主要構造が致命的損傷を受ける事態を防ぐ。
このお陰でメガフロートブリッジなどは可動橋にせざるを得ず、年に一度の保守点検日は、区民祭りの日になっていた。
他にも特色として、潜水艦のように注排水できるバラストタンクとポンプ、常温超伝導電磁誘導式の推進器を備えており、時速三メートル程度だが、自力での航行が可能とされていた。
実際、川崎や横浜などで建造された浮島は、タグボートの補助を受けつつ東京湾の内奥部へとやってきたが、自航試験その物は成功し、最終的な位置調整はほぼ自力で行っている。
さて、その動力源だが、当然ながら政府の肝煎りでERO方式のパワープラントが採用されていた。
浮島の大半では、平素は電力として電力会社や企業に販売され、発現者を雇用する人件費以外は、保守費用や借入金返済に充てられている。
但しアイ校では、少々事情が異なっていた。
生徒数が定数で三百六十人とは言え、選りすぐりの発現者も含まれているわけである。
無論、これを利用しない手はなかった。だが、緊急時ならともかく、電力需要の曲線に合わせて、職業発現者として雇用されているわけでもない生徒達を使うわけにもいかない。
しかし電力というものは、直接使うだけでなく、大概のものに変換して蓄えることが出来るわけで、アイ校の地下には合成ガソリンや水素燃料の工場が増設され、やはり運営費の補填に使われていた。
生徒への還元は非常に微々たる物であったが、元より学費は無料であり、学内で公認かつ安全安心なアルバイトが出来ること、時間の融通がきくことから利用者は多い。
学校側もパワープラントの起動繰り返しと運用による生徒の能力伸張を期待して、この『アルバイト』を推奨していた。
管理棟地下の浮島事務室に向かい、担当者から入構許可を貰って説明を受ける。
俺自身も、もう少し早くここを訪れたいとは思っていたが、同じ高能力発現者の萬田もここへはよく現れていたので、自主的に避けていた。
「後藤君、期待してるよ」
「君の場合、出来れば前日の予約が欲しいんだ。並列起動の準備が必要でね……」
一般の生徒なら、連絡をして空席があれば、そのまま利用できる。
俺の発現力が高いことは言うまでもないが、施設側としては、平常は単体で使う数十Kクラスの高出力対応のパワープラントとコンバーターを連環接続して、ロスを極力減らしたいらしい。
「時給は変わらないけど、出来高の方は楽しみにしていてくれ」
「ええ、もちろん」
給与規定は一律で、協力金と言う名の時給四百二十円に加えて、出来高の方は合成ガソリン換算で一リットル当たり二円。
時給は法定の最低賃金を大きく下回り、出来高もその金額に意味があるのか悩むような低水準だが、そもそも国立の教育機関でアルバイトが認められていることが特例であり、最初からそのように規定されていればあまり文句は出ない。学内では学費も寮費も無料であり、食堂なども安価だった。
また、時折要請が出されて呼ばれる教職員達にも、同じ給与規定が適用される。
こちらも公務員では珍しい公認の副業とあって、金額以上に密かな人気らしい。
男性職員に連れられ、階段を降りた先では、十人ほどの生徒が発現力測定器と似たようなカプセル付きのシートに座っていた。
うちのクラスの保険委員、森雪花が手を振ってくれたので、軽く手を振り返ししておく。
「ああ、後藤君はこちらだ」
「……ごっつい、ですね」
「ここには高能力者仕様の大型プラントなんてなかったから、先日、ありもので作ったんだよ。見た目はともかく、効率は悪くない」
ああ、これは準備に時間が掛かるなと、得心した。
指で示された先には、シートと一体型になっているはずのリアクターとコンバーターがむき出しのままで六セット、円形に並べられている。
中央には簡素なパイプ椅子があって、そこに座れと言うことらしい。スペース的に、リクライニングシートを配置するのは無理な様子だった。
「すまないね、カバーも後付なんだ」
「いえ、大丈夫です。座って待っていればいいですか?」
「ああ、お願いするよ」
身体を縦にしてリアクターの隙間から入り、椅子に座る。
男性職員が壁際の受話器に何事か喋ってしばらくすると、超小型アイアン・アームズ――屋内作業用の『クラッシー』がドアを開けて現れた。
全高百七十センチと俺より身長が低く設計されていて、倉庫や工場での重作業を主眼に於かれていた。
派生型はほとんどない代わりに、アタッチメントが豊富なことでも有名だ。
「主任、保護カバーの組立ですね?」
「うん、頼むよ」
部屋の隅に積まれていた保護材――透明なベニヤ板のようなものが、俺の周囲に立て掛けられていく。
深く考えなくても即席なようで、保護材同士は簡単なクランプで止められ、隙間は金属質の建材テープで張り合わされていった。
次元波動が周囲に伝わらないようにするのが目的だから、多少でも抑えられればいい。
距離があれば減衰するし、同室でパワープラントを動かしている生徒達は、もっと立派な保護カプセルの内側にいる。職員達は退室して別室でモニターすればよかった。
まあ、漏れたところで気持ちよくなるだけ、実害はほぼないので、この程度の対策で済まされているわけだが。
『後藤君、最初は押さえ気味で頼む』
「はい。……では、行きます」
基本的には一度念じれば、後は大人しく座って待っていればいい。
しかし、退屈だからと他に意識を向ければ、出力が下がってしまう。
『後藤君、一度止めるよ。こちらで問題が発生した』
「了解です」
すぐに男性職員と先ほどのクラッシーがやって来て保護材を取り外し、リアクターの調整を始めた。
「後藤君の能力値に合わせて、萬田君の時よりも低めに設定しておいたんだがなあ……」
何事だろうと思ってみていると、どうやら次元粒子のキャプチャー効率をわざと下げているようだった。
流入量過多で機材を破損させては、何のためのエネルギー利用か分からなくなる。
ひなぎくにGリミッターが必要なのと同じく、やはりここでも、能力が高すぎたようであった。
▽▽▽
二時間ほどでその日の『アルバイト』を終わらせ、週に一度は来て欲しいと、熱意ある要望と共に俺はパワープラント施設を送り出された。
月末に振り込まれるのは一万円少々だが、今の生活ならかなり大きな金額だ。
アイ校内だけで過ごすのなら、結構な贅沢が出来る。
「え、後藤さん、五千リットルも!?」
「六セット同時起動で効率落としてこれだから申し訳ないって、主任さんは悔しがってたけどね」
同じくアルバイトを終わらせた森と一緒に、地上へと出る。
高能力者仕様の大型プラントならもっと高い効率でエネルギーを取得できるが、ないものをねだっても仕方がない。俺の在学中だけリースするという形式にしても、毎日張り付けるわけもないので、おそらく元が取れないだろう。
その上で、一度変換した電力を合成ガソリンや水素燃料という形で蓄えるのだから、効率は更に悪くなった。
それでも、機材さえ揃っていれば無から有を生み出すに等しいのだから、やはり、余力による余禄の範囲を超えない程度に使わない手はない、ということになる。
「私、ギリギリで九百リットルでした」
「へえ、結構多いほうじゃないの?」
「うーん、普通? だと思います。家でもやってたんですけどねえ……」
市販されている家庭用EROパワープラントや、個人所有のアイアン・アームズを利用した発電と売電は国からの補助があって推奨されているし、一定の普及は達成されていたが、まだまだ一般的とは言えなかった。
これは、数十人に一人という発現者の少なさも原因だったが、それだけではない。
EROパワープラントを装備した自動車が、その好例だろう。
確かに燃費は計測不能――無限大だが、全てのドライバーが発現者なわけではなく、また、現状でも必要十分だった。
ドライバーと発現者を組み合わせた長距離の大型トラックでさえ、人件費の問題が壁になって、完全な置き換えに至らなかったのである。
当初は不要になる燃料費が人件費を上回ることはないと考えられていたが、時が経つにつれ、トラックの運行補助よりも、専用施設で発電事業に従事する方が高い給与を得られるようになっていったのだ。
両者共に技術の進歩で徐々に能力を積み上げられて行ったが、どうしても振動や衝撃、重量を考慮しなければならない車載型のパワープラントに対して、設置型のパワープラントでは効率重視で多少重量が増加したところで問題がない故に起きた弊害だった。
また、大規模なERO発電施設は当然ながら効率性が高く、電力網という既存かつ強力なバックアップもあるが、全てを置き換えるには至っていない。
個人差による安定性の欠如、機材が高価なこともさることながら、前世紀のオイルショック、今世紀初頭の原発ショックなどを教訓として、単一システムへと依存する危険性も考慮されていた。
お菓子を買っていくという森と一緒に購買部に寄って、俺も桜の喜びそうなお菓子を幾つか仕入れる。
「まあ、お給料も嬉しいけど、能力が伸びてくれたら、もっと嬉しいかな」
「ですよねえ」
俺の好きなナッツ類は、ほぼ売っていなかった。
女子高生優先の品揃えは、売り上げの比率を考えれば当然である。
……取り寄せは出来るが、ついでに酒も飲みたくなってしまうので我慢している俺だった。