第二話「アイアン・アームズ」
第二話「アイアン・アームズ」
『次のニュースです。月面のかぐや基地で今朝、大型実験棟の起工式が行われました。この施設では、宇宙開発庁の試験コロニーひのき一号時代より引き継がれた宇宙錦鯉や、――』
退学になったその日。
アイアン・アームズが月面で資材を運ぶ様子が映るニュース番組を流し見……もとい流し聞きながら引っ越す準備を行っていたのだが、徹夜になりそうで鬱々と手を動かしていた俺だった。
明後日は国の検査があるので明晩の睡眠は必須だが、今夜寝ては引っ越しが間に合わない可能性が高い。
とにかく、今日明日中に最低限、実家に送る物だけは荷造りを済ませたかった。
元々大して着替えは持っていないし、季節物は新しく買い直すぐらいで丁度いい。
調理用具や食器はまとめて実家へ、冷蔵庫などの大物は掃除だけ済ませてリサイクルショップに引き取って貰うことに決めた。……残念なことに、寮の個室では冷蔵庫の持ち込み禁止と妹からメールが来ていた。
とにかく部屋を空に出来るよう努力するのが先決かと、本の山を崩してはパッケージングしていく。
没頭していたERO研究とは別に、俺にはもう一つ趣味があり、三年間に結構な量の本――電子書籍ではない紙の本が増えていた。
特定分野の古書――ライトノベルの収集だ。
ライトノベルは今から百年ほど前に生まれた文学の一ジャンルで、若者向けの娯楽小説はそれ以前からも存在していたが、総じて軽妙な文体と美麗な表紙や挿し絵が組み合わされているのが特徴だった。
物語は王道もあれば外道もあり、その舞台も現在・過去・未来、平行世界、異世界、宇宙、よくわからないものと多種多様、主人公やヒロインは読者と同世代の人間性に富む若者が多いが、時にはそもそも人類かどうか作品を読んだだけでは判断がつかないことさえある。
その多様性が若者を魅了したのか、あるいは時代を牽引する力を持った一部作品群の商業的成功が影響したのか、瞬く間に一大ジャンルを確立したという。
当時の日本は現在より二割ほど人口も多かったが、最盛期には月に数十数百のライトノベルが出版されていたというから驚きだ。
絵の少ない漫画、粗製濫造の極み、日本語崩壊の尖兵などとも揶揄されたが、同時に……ライトノベルは本の中にぎっしりと『夢』が詰まっていた。
今では古典文学とされているが、当時の若者が夢中になったのも頷ける。
最初は授業で読まされたのがきっかけだったし、なかなか周囲には理解されにくいが、作中に描かれた世相や流行を追っていくと当時の熱気が感じられて、これはこれで楽しいのだ。
特に今住んでいる東京は古書店の充実度が地方と段違いで、その上文庫サイズが中心だったライトノベルに極端な値段の物は少なく、つい買い込んでしまっていた。
お陰で自業自得ながら、突然の引っ越しが大仕事になってしまったのである。
『続きまして、本日のスポーツコーナー!』
『さあて、今週は開幕間近のアイアン・アームズ・ジャパン・リーグ特集ですが、今夜登場するゲストはなんとこの方、昨年度二〇八五年のリーグMVPに輝いた練馬クインビーズの有馬絵美さんです!』
『こんばんは!』
……ちょっと休憩するか。
テレビから流れてきたアイアン・アームズという単語に俺は荷造りの手を止め、ペットボトルの蓋を開けた。
▽▽▽
ERO方式パワープラント搭載型特殊歩行重機、通称『アイアン・アームズ』は、現在では建設業界向けを中心とした民生品も珍しくないし、日々の娯楽の一旦さえ担っていた。
世間に発表されたのは俺が生まれる前だが、父によればそれはもう大騒ぎになったそうだ。
太く力強そうな上腕と、しっかり大地を踏みしめる脚部を持ち、全身を装甲で覆われた人型ロボット――それも古典的なアニメーションに描かれていた巨大ロボットをそのまま縮小したかのような姿に、人々は新たな未来の到来を思い描いた。
『本物の《機械化》歩兵』、『SFのロボット兵器』、あるいは『頼もしき正義の味方』。
人よりも早く走り、人よりも力強く、またその実力は、それまでの有人無人の人型ロボットの性能を過去のものとしてしまうに十分だった。
史上初の試作機の固有機体名称からそう呼ばれる一連の機械群は、当初、軍事用の側面が非常に強かった。
最新技術は得てして高価なものであると同時に、未知数な部分に目を瞑れば、他者と差を付けるに最適な要素を含むことが多い。
では誰が最初に、そしてもっとも強烈に技術的アドバンテージを欲し、経済効率を二の次にした対価を用意するのか?
答えは軍と軍需産業である。
彼らはアイアン・アームズの進化を強力に押し進め、次世代兵器としての期待を一心に背負わせたが……最初の実戦で、それは大きな失望に代わった。
戦力としてのアイアン・アームズは、一兵士の扱う兵器として見た場合、個人で数百キログラムの装備を抱えて移動が出来、重機関銃の直撃や榴弾砲の至近弾に耐え、障害物をものともせぬ悪路走破能力を備え、装備の換装で短時間の自由飛行も可能と、十分以上に高い能力を持っていた。
しかし期待の新戦力は、的として人より大きく、従来型の対戦車ミサイルどころか数世代前の戦車砲にさえ貫かれ、人が走るよりはましでも装軌車輌ほどの速度さえ出せなかった。鳴り物入りの新兵器として目立っていたが為に狙われ易かったことも、その評価を下げる一因になっていたかもしれない。
ついでに、操縦者には一般の兵士よりも貴重なERO発現者が必要で訓練期間も長く、そのバックアップには有能な整備士と高価な機材が山ほど必要だった。
要するに、値段の割には期待されたほど役には立たなかったのである。
では、その役に立った部分はと言えば、直接的な戦闘行為以外の殆ど全て――敵から撃たれることさえ考えなければ、十分投資に見合った成果を出せたと言えよう。
特に、小回りの利く人型重機としての観点からは絶賛された。
瓦礫の撤去や重量物の近距離搬送などお手の物、装軌車輌の進入できない場所へも自力による移動が可能で、五本の指がある力強い腕は細かい作業も得意だった。
第一線から外された機体は工兵部隊や災害派遣部隊に配置され、あるいは消防や警察への供与が速やかに行われると共に、建設業界を中心に高価ながらも民需への転換に勢いが付きはじめた。
その後、アイアン・アームズは直接の戦闘能力を削られた代わりに汎用性と経済性が与えられ、量産効果が大きく発揮された結果、爆発的な普及へと繋がって行く。
……お陰で機体単価が大きく下がり、再び最前線で戦うコストバランスの優れた兵器として見直されていくのは、皮肉な話である。
では現在、アイアン・アームズを取り巻く状況はと言えば――。
機体本体の発展は、そのままアイアン・アームズの歴史と言い切っても過言ではない。
当初は三メートル内外がお決まりだったサイズも、全高十メートルを越えるようなモンスタークラスから、人と同程度の屋内用軽量機まで、用途に応じた様々な機体が生み出されていた。
軍用機、または重機としての普及は勿論だが、異空間からエネルギーを得るERO方式の燃料効率は他のエネルギー源と比較して群を抜いており、極地での作業――特に深海底、極寒地、宇宙には欠かせない存在になっている。
特に国連主導の月面開発に於いて、その活躍は顕著だった。基本的な作動エネルギーを異空間より取り出せるという特徴は、輸送コストについて常にシビアな要求をされる宇宙開発業界から大きな評価を受けていた。
他方、自動車がカーレースを、飛行機がエアレースを生み出したように、アイアン・アームズ同士を競わせるという新たな娯楽は世を熱狂させ、大きな経済効果と人気は更なるアイアン・アームズの普及と理解に繋がっている。
特にプロリーグは絶大な人気を得ていた。
アイアン・アームズは人よりもパワフルで、ダイナミックな動きが可能だ。その上、発現者の比率の偏りで必然的に女性が多いことから男性の目を惹き、数少ない男性選手にはその希少性から女性のファンが付き……世間の注目が集まるのは当然だった。
その頂点、各国リーグの代表達が戦うワールドチャンピオンシップなどは、オリンピック並に世界規模での同時中継が行われ、人々はその前評判と過程と結果に一喜一憂した。
反面、テロリストがアイアン・アームズを使用して事件を起こすなど、負の側面もなくはないが……道具は使う者の意志で人を救い人を傷つけるものだ。数千年の人類史に於いて、そのような発明は枚挙に暇がなく、また新たな一つがそこに加わっただけだと理解された。
▽▽▽
『みんな、フォーメーション零の四!』
『抜かせないぜ!』
『おおっと、ここでクインビーズの有馬、散開を指示! 勝負に出るか!? しかしシルバーウイングスの“タンク”山本、これを逃がさない!』
テレビでは、去年のリーグ優勝決定戦の名場面が流れていた。
映像にはアナウンサーの叫び声と共に、選手の表情と声も入っている。
試合中の相手選手との会話は禁止で、スピーカーも敵チームとの回線も封印されているが、試合で顔を合わせる機会も多く、大体相手が何を言ってるかはお互い結構分かるものらしい。
同時中継の分割画面も生の迫力があっていいが、編集されたカットイン演出も熱気があって俺は好きだ。
『いくよ! レディ……GO!』
『させるかよ!』
佐世保シルバーウイングス山本――中年の男性ながらトップライダーの一人に数えられる名選手だ――の乗機『ザ・タンク』は装甲の厚い全高八メートル強の超重量級、突破力と防御力には定評がある。
対する練馬クインビーズ有馬の『エメラルド・クイーン』は、女性を模したシルエットのオールマイティな中量級で、手数勝負が得意だった。
無論、この場面は何度も見ているので結末は知っている。
翌日のスポーツ紙ではこの対峙の一瞬が切り取られ、立ち上がったグリズリーと槍を手にしたアテナ、そのような比喩がキャプションに使われていた。
これが単純な一騎打ちか、あるいは射撃ありのフルバースト、相手チームの全滅が勝利条件のパワーゲームであれば、クインビーズはシルバーウイングスの優勝を阻むことが出来なかっただろう。
だが、運命の女神は前日行われたフィールドチョイスの抽選で、この重要な一戦にフルコンタクトルール且つ相手陣地の旗を倒せば勝ちという、フラッグゲット戦を用意していた。
『うぜえよ、女王“蝿”!!』
『パージ!!』
『有馬、いきなり機体をパージ! 早すぎないか!?』
有馬はエメラルド・クイーンをザ・タンクの右腕に組み付かせたまま、内部に潜ませていた軽量型の本体――『エメラルド・クラウン』で上空に飛び出した。
『な、トライク・ユニット!?』
片手だけとはいえ押さえ込まれていたザ・タンクは、ほんの一瞬、対応が遅れた。
右腕を大きく振ってエメラルド・クイーンを放り捨てたタイミングで、クインビーズの僚機が唐突に現れる。
エメラルド・クイーンの背後に隠れ、視界外からの強襲を狙っていたのだ。
『いっけえええええええええ、絵美いいいぃぃぃ!!』
『させるかああああああああ!!』
民生機でも搭載されているはずの各種センサー類やレーダーは、チューニングされた最新鋭の機体に搭乗して五感を使うというゲーム性を重視したルールによって、禁止されている。
代わりに『ライヒヴァイン・シールド』と呼ばれる軍用機でも正面戦闘を行う高級な機体にしか装備されていない次元粒子を利用した防護システムの搭載が、同じルールによって義務づけられていた。
……でなければアイアン・アームズ同士が殴り合った場合、確実に死人が出る。
ライヒヴァイン・シールドの登場以前から、慣性緩和システムのお陰で搭乗者が受ける衝撃が下がり運動性能の限界は機体の耐久限界近くにまで上がっていたが、それでもスピードレースが中心で、頑張っても低出力のレーザーとターゲットセンサーを利用したサバイバルゲームもどきがせいぜいだった。
それが今や、トップリーグでは一定威力までの実弾だけでなく、アイアン・アームズサイズの鈍器や剣まで許可され、試合も迫力が増していた。……増しすぎていた。
『もらったああああああ!!』
僚機の作ったチャンスを活かし、両足と左手の車輪を器用に使ってザ・タンクを振り切り、シルバーウイングスの後衛をスライディングでかわしたエメラルド・クラウンは、そのまま相手フラッグをへし折った。
試合終了を告げるブザーが鳴り響く。
『練馬クインビーズ、フラッグゲット!!』
わっと歓声が響き、有馬のエメラルド・クラウンは、高々と右腕を突き上げた。
▽▽▽
「……ふう」
ついつい見入ってしまったが、有馬絵美がグラマラスな美人で有名だから……というだけではない。
彼女の使っているぴっちりとしたチームユニフォーム――EROユニット制御服、通称EROスーツの開発には、俺もほんの少しだけ、関わらせて貰っていた。
……やっぱり、サインだけは持っていくか。
俺は壁に掛けていた有馬絵美のサイン色紙を実家行きにせず、アイ校に持ち込む荷物へと入れた。