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第二話「八五B」

第二話「八五B」


 次世代主力戦闘特機試案、社内名称『八五B-SDF』。

 その言葉が含む意味に驚きつつ、話の続きを待つ。


 ただ、三面図をじっと見て思い出そうとするも、この機体は記憶にある次世代機と姿が異なり、俺は少し疑問を持っていた。


「後藤君は知ってるよね、うちの会社が自衛隊の次期主力特機を受注したこと」

「はい、もちろん……」


 ……これにするぐらいなら、中身に慣れたハイホーの中古でいいです、と言いそうになるのをぐっと押さえる。


 去年、自衛隊が行った次期主力戦闘特機選定――IFXトライアルで、数社の中から選定されたのは、トーヨドの機体だった。


 全高六メートル、中型機の中では重量級の機体で、機動力、防御力、火器運用能力のバランスがよく、高度にまとめ上げられていると前評判は高い。


 ……まあ、今のところはその程度しか公表されておらず、俺も専門ニュースサイトで見た程度で、実状は知らなかった。

 いわゆる特定防衛機密で言うところの、『はやい、つよい、たくさん』である。


 追加の試験や量産化改修、生産ラインの整備などで、制式採用にはまだ数年の期間を要するが、このぐらい大きなニュースだと、専門誌だけでなくテレビでも流れるので、アイ校に生徒でも興味のある者なら知っていて不思議はない。


 トーヨドでは当時、社運を賭けたトライアルに向けて、社内の技術関連部署から総動員が行われていた。そのお陰で一時的に不足となる開発補助スタッフの募集が為され、松岡研究室にもアルバイトをやってくれる学生を紹介して欲しいと話が来て、俺達にもお鉢が回ってきたのだ。


 どちらにしても俺には過ぎた機体だが、三面図に示されている機影は、明らかにニュースで見た物とは違っていた。


 俺が知っているトーヨド製次期主力特機は、背中に大荷物を背負ったゴリラのような力強い機体である。


 それ対して、今示されている画像は、立ち上がった熊のようにも見えるが、シルエットは人間――プロレスラーかアメフト選手のような巨漢を思い起こさせるイメージだ。


 人体に近い形状の機体は、思考制御の面では有利である。だが、用途にも因るので、全てに於いて良いとは言い切れない。

 逆に人型から外れていれば、有用な面と不利な面が共に色濃く出てしまう。


 外観の情報だけでは、どちらの次期主力特機がいいとも言えなかった。


「で……この子――八五Bなんだけど、トライアルに出す前の社内競作で、次点になった機体なの。トライアルに出た子より優れてるところも沢山あったのに、競作の締め切り前に大きな問題が解決しなくてね。……起動時の必要発現力が、最低でも十五K(クラリッサ)は必要なのよ」

「それはちょっと……あ、でも後藤君向きかも」

「ふふ、先生もそう思われます?」


 一般的なERO能力発現者の平均値は、凡そ二Kと統計が出ている。比較的高い能力の生徒が集まっているアイ校でも、平均となれば十を少し越えたあたりだ。


 起動値なら一般的な小型機で二K、中型機で四K、大型機では八から十K、作動に必要な安定値はだいたいその半分が相場だから、どこかおかしい、あるいは設計段階で無茶な詰め込みをしたのか……。


 俺の場合は安定値で九百、気張れば瞬間最大値六千ぐらいまでは何とかなるので、内原先生が口にしたように、この機体でも不都合はない。


 だが、問題のある機体やイロモノを押しつけられるのは困りものだ。

 俺にも貸与された機体を使い、RiSEシステムのテストを存分にやりたいという希望がある。


「お勧めの理由はね、もちろん後藤君の発現力も当て込んでるんだけど、この機体を選ぶと、整備チームには開発チームのメンバーがそのまま派遣されてくるの」

「え?」

「この子、今も開発は継続してるのよ。次期主力機じゃなくてプロ向けの機体として、だけど。後藤君が使ってくれたら、ボーナスも出すし開発の現場を見せてあげるからプッシュしてって、うちのボスが言ってたよ」

「……後藤君、ボーナスは受け取れないわよ。校則で指定以外のアルバイトは禁止されてるから」

「いえ、それはまあ、後からでも……」

「こらこら」


 タブレットを操作してスペックを流し読み、プロフェッショナル仕様への改装案なども見せて貰う。


 この八五Bの基本的な機能は、確かに高い。


 装甲部分は被弾を考慮してかモジュール式で、オプションには重装甲型どころか、阻塞(そさい)型――機動性が皆無に近い『通せんぼ』専用のタイプさえ用意されていた。


 無論、標準仕様では、防御力も搭載量も見かけの割に優れている。

 だが、防衛省の要求性能に対して、機動性だけは突出していた。


 他は採用が決まった八五Aよりも若干低い……いや、抑えられているのか?


 これはと思って概念図を呼び出してみれば、スペックに問題はなくとも、意図的に『おかしい』と思える部分が色々と見つかった。


 第一、防衛省から要求されているのは中型の次期主力機であり、実際に乗る操縦士の能力は発現力四Kを見積もるのが普通だ。

 それが分かっていて、こんな無茶な設計をするはずがない。


「……」


 不具合の理由は、明白だった。


 結論から言えばこの機体、最初からダブル――EROパワープラントを二機搭載する前提の設計がされている。


 そのパワー不足を補おうとして、試作初号機には大型機用のパワープラントをチューニングして使っており、各所に無理が出ているわけだ。


 仕様通り、標準的な中型機用パワープラントを搭載すれば、とても次世代機にはなり得ない凡庸な機体となってしまうだろう。


 ダブルへの改装も容易とわざわざ記してあるが、そうじゃない。

 そもそも防衛省の要求仕様ではシングル、EROパワープラントを一機搭載するいわゆるスタンダードな配置である。


 ……と同時に、開発者としてはひよこ以下の俺にでもすぐ見抜けたということは、これは意図された『不具合』、いや仕様なのだ。


 そうと分かれば、話は早い。


 発売前のプロ用新型機を自由に出来るなど、楽しいに決まってる。


 それに……こんな面白そうな機体、逃してたまるか!


「堀口さん、俺、この機体にします!」

「へ、いいの!?」

「……後藤君、なんか見つけたね?」

「この機体、当て馬のフリをして『最初から』競技用に開発されたんじゃないかと、思ったんです」

「まさか! うちの社内競作って、そんなに甘くは……ああっ!」


 何か言いかけた堀口主任は、絶望的な表情で頭を抱えて机に突っ伏した。


「当て馬、当たりだわ。ボスが笑ってたのって、これだったのかあ……」


 何故俺が分かって堀口主任には分からなかったのかと言えば、同じくアイアン・アームズが専門の技術者でも、俺は機体の調整や外付け装備などの機械系がメイン、堀口主任はEROスーツや疑似神経網、思考制御部分などの操縦系が専門で、若干方向性が違うからである。


 これが次世代型EROスーツのトライアルなら、堀口主任の方こそ一発で見破ったに違いない。


 同時に、トップクラスのプロならば、発現力が二十Kや三十Kの人材は大して珍しくなかった。


 この機体の十五Kという数字は、十分に実用機の範疇である。


「そう言えば、社内競作に破れても大人しく引き下がってたし、あっさりと方針転換するし……やられたー! たぶん、常務もグルになってやってるわ……」


 競争試作の名目で設計製造され、次世代軍用機としてスペックを満たしつつ『不具合』で惜しくも破れたフリをして、『予定通り』にしれっと他用途へと転換したのだろうと思えてくる。


 無論、俺の推論と堀口主任の知る現状だけで証拠はないし、聞けば防衛省の予算が使われたのはトライアルを通過した本命八五Aのみで、こちらは完全なプライベートベンチャー、自主開発だという。


 さて、この両機が競えばどうなるか。


 結果は最初から決められていたとしても、八五Aは社内競作に勝った機体と喧伝できるし、八五Bの方は惜しくも破れたが元は軍用機として開発された云々と、売り込みの口上に出来るわけだ。軍用機のタフさは、イメージもさることながら実際に俺も体感している。


 無論、予算は正しく使われており、ばれたところで、防衛省もマスコミも糾弾にまでは至らない。開発秘話として、小さな笑いが取れる程度だろう。


 ……これは案外、両機がお互いに当て馬だったのかもしれないなと、俺もくすりと笑うに留めることにした。




 ▽▽▽




 俺の専用機が八五Bに決まると、後の話は早かった。

 RiSE対応改造とGリミッターを含む専用仕様への変更をお願いして、幾つかの質問を堀口主任に預け、会議室を退室する。


 実機の写真は持ち出し不可だったということで、お披露目は次回、あるいはアイ校到着時になるそうだが、その頃には広報部も動き出し、開発中の新型として情報を解禁すると聞いていた。


 仮称の取れた八六A研究については、第一次試作としてRiSE棒を基本に作られた各種装備はほぼ社内での安全テストも済んでおり、ひなぎくのRiSE対応改造準備も進んでいる。参加生徒の人選は先生達の仕事で、募集は明日からだ。


 俺もやることをやってしまったし、アイ校内では設計や試案のまとめぐらいしかできない。そちらも数があればいいというものではなく、今後行われる試験の結果待ちだった。


 では、何をするかと言えば……訓練である。


 俺のひなぎく一四〇九号機は、本田先生の機体に移植されていたGリミッターも戻され、元の一四〇九号機になっていた。


 但し、同じ一〇四号整備区に居並ぶクラスメート達の機体と違ってロールバーが外され、冷蔵庫型のフルアーマーが装備されている。


 整備士さんに申請して使用許可を貰い、第二演習場を目指してかしゃこんかしゃこんと歩き出す。


 七十九式に乗り慣れてしまったお陰で少々頼りない感じもするが、基礎訓練には丁度いいはずだ。

 セッティングのせいもあるんだろうが、乗り心地と操作性は、断然ひなぎくの方が上である。パワーも格段に抑えられているので、少なくとも、機体に振り回されることはない。


『お兄ちゃん、おっそーい!』

「ごめん、待たせた!」


 到着して、第二訓練場用のオープンチャンネルを開けば、いきなり怒鳴られた。


『さあ、やりましょう!』


 第二演習場で、数十人の二年生達――ひなぎくに囲まれる。


 一年生はまだ仮免許持ちがおらず、午後の訓練には参加できない。見学スペースにちらほらと姿が見えるだけだ。


 中央に押し出されると、斉藤茜が待ちかまえていた。


 ……まるで古い映画で荒くれ者達がやる、ランバージャックデスマッチのような雰囲気である。


『もう順番も決めたんだよ! 最初が茜、次がゆかりんで、とにかく時間いっぱいまで希望者で埋まってるから、とっととやっちゃって!』

「は?」

『ほいお兄ちゃん、ひなぎくの(つるぎ)


 考えている暇もなかったが、随分と楽しみにされていたのは間違いない。


 そして俺もまた、不完全燃焼だった。


 ソフト素材の棒を渡され、見よう見真似で構える。


 ……槍は昨日習ったが、剣は初めてだ。

 中学高校では、体育の武道は柔道だったので、竹刀さえ握ったことがない俺である。


『ふふふ、行きますよー!』


 モニター越しに舌なめずりする斉藤先輩は、バトルジャンキーの気でもあるんじゃないだろうか。


「……おう!」


 気分を切り替え、斉藤先輩のひなぎくを注視する。

 勝負は三ヒット先取した方が勝ちで、盾はない。


 模擬戦用ダメージ判定システム(DAS)のチェック要求にイエスを選択すると、チェック後すぐにカウントダウンが始まった。


[……三、二、一、スタート]


『てえええええい!』

「おっと!」


 スタートダッシュの勢いが乗ったフェイント入りの突きを大きく右に避け、袈裟に切ろうとしたところを、戻された剣で弾かれる。


『あら、外されちゃいましたねえ』

「……斉藤先輩、俺の代わりに昨日の試合出ても、あっさり勝ったんじゃないですか?」

『さてどうでしょう、っと!』


 余裕ある笑みを浮かべたまま、斉藤先輩は再び突っ込んできた。




 結局、初の午後練は時間いっぱいまで模擬戦に終始した。


「後藤さん、やっぱ面白いなあ」

「後半になるほど、動き良くなってたよね」

「昨日の試合見ながら作戦立ててたから、もうちょい行けると思ったんだけど……くやしい!」


 結果は十八戦して四勝十四敗、四天王には当然の如く全敗だった。


 正直なところ、俺の方も、もう少しは行けると踏んでいたが、なかなかどうして、日本最強の女子校はそう甘くはない様子である。 


 昨日の勝利が付け焼き刃の勝利だったことはとっくにバレており、桜達は桜達で今日の対戦、俺を『全敗』させるつもりで対策と同時に試合順まで組んでいたらしく、この結果には不満そうだった。


「ふっふっふ、応援とバトルは別ですよ」

「後藤さんには強くなって貰わないと、あたしらの『計画』が……」

「……計画?」

「今のなし! 忘れて下さい!」

「そだ、明日は麻生会長率いる三年生組が、お兄ちゃんを待ってるからね!」


 無論、訓練をつけてくれるというなら喜んで参加するが……計画って何だ?


 俺をダシにして何か企んでいるようだが、模擬戦で袋叩きに合う分には『構わない』気がした。


 今日も彼女達は、確かに俺を囲んで連戦を要求していたが、合間にはインターバルもあったしアドバイスも貰った。

 同時に、その企みは後ろ暗いものじゃないなという雰囲気も、感じている。


 また、俺に経験が足りていないのは事実で、今後を考えればその企みとやらに乗って、経験を重ねるのが正解だろう。


 とりあえず、明日の三年生組にも喜んで挑戦させて貰おう。


 袋叩きに合うのはあまり嬉しくはないが……それがいやなら、経験を重ね技量を積み、俺自身が強くなればいいのだ。


 

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