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第一話「専用機選定」

第一話「専用機選定」


 授業を終えた午後、俺は担任の内原先生に袖を引っ張られながら、廊下を歩いていた。


 目的地は、管理棟の会議室である。


「別所先生は昨日付けで転勤ね。理事も一人入れ替わるらしいけど、そちらまでは気にしなくていいかな」

「影響、少ないんですか?」

「新しい理事は中立……っていうか、研究畑の人間でも文科省派でもなくて、宇宙屋さんなの。どちらかと言えば現場の人間なんでしょうけど、よく分からないわ」


 まあ、別所先生は居づらいどころの話じゃないだろう。今後とも関わり合いになるのは俺としても勘弁して欲しいので、よかったと思うことにする。


 昨日の勝利は、間違いなくアイ校に新しい風を呼び込んでいた。


 それが、『風邪』の間違いでなければいいのだが……俺が気にしても仕方がないか。


「それから、月曜日の準備会合は防衛省の参画が正式決定したぐらいで、他に大きな動きはなかったかな。トーヨドさんは品物が出来上がってから売り込む予定だったみたいだけど、早い分には構わないんだって。あと、後藤君が作ってくれたタイムテーブルは、学校の行事予定で少し修正して予備日を多めに取ったぐらいで、ほぼ決定ね」

「ありがとうございます」

「ま、今日のところは研究の方じゃなくて、後藤君の『お楽しみ』の方だけど」

「はあ、まあ……」


 今日こちらに来ているのはトーヨド――東淀川重工の堀口主任で、アイ校整備隊へと出向になった新人さんを案内するついでに、俺のところに寄ってくれたそうだ。……土、日、月、火と、四連で振り回しているが、向こうにも思惑があるにしても申し訳なさが先に立つ。


 月曜の会合は特訓のために免除されていたが、俺も生徒達の代表という形で今後は加わることになる。


 アイ校、湾大松岡研、トーヨドと、新たに防衛省が加わった新装備共同研究プロジェクト『(仮称)86A研究』――RiSE(ライズ)システムの基本概念を作ったのは、俺だった。




 ▽▽▽




 ライヒヴァイン・シールド・エクイップメントの頭文字を取ってRiSEシステムと名付けられたそれは、世の中を大きく変えるほどの大研究ではない。


 手間は掛かるが、アイアン・アームズが今よりも少しだけ便利になる、そんな研究だ。


 現状、アイアン・アームズが手持ちで使う装備は、基本的に機体の大中小さえ合致するなら、機種を選ばずに使用することが出来る。


 動力の不要なスコップやツルハシのようなものならそのまま使用すればいいし、単なる小電力の電源なら、機体の汎用コネクタよりコードを伸ばせば済む。

 大きな電源を使う装備、例えば道路工事で利用されるアイアン・アームズ用の削岩機なら、移動式の発電器など、別動力を用意して使用することが多い。人間と同じだ。


 一見不便に思えるが、例えば工事現場に集まったレンタル、あるいは社有、私有のアイアン・アームズが機種統一されていることなど、ほぼあり得ない。装備を行使するアイアン・アームズを選ばないという汎用性は、建設工事や災害の現場では、非常に有効に働いた。


 だがRiSEシステムは、動力とともに制御情報を機体側から供給し、機体の一部としてライヒヴァイン・シールド――次元粒子を利用した防御フィールドを、装備にも展開する。


 軍用機、あるいは競技用の機体ならすぐにでも採用してくれそうな装備だし、先人の誰かが思いついて研究を先行させていても何ら不思議はないほど、ありふれた発想だった。その点は、俺も自覚している。


 だがRiSEシステムは、後付となる装備にもライヒヴァイン・シールドを発生可能という以外の短所が、あからさまに大きすぎた。


 既存の機体を改造や調整なしに利用することが出来ない、機体のエネルギーを使うため搭乗者にも高い発現力が必要でロスも大きい、RiSE装備は製造、運用共に普及後も高コストが見込まれる等……システムの利点を理解しつつも、今すぐ研究に着手しようとは、誰も思わなかったのである。


 では何故、今になってトーヨドが動いたのかと言えば、松岡教授が一枚噛んでいた。


『堀口君、まだまだ知識と経験の追いついていないひよっこ学生が書いた論文もどきなんだが、ちょっと読んでみないか?』

『はあ、失礼します』


 教授は世間話ついでにトーヨドへと話を持ち込み、俺の書いた『アイアン・アームズについての私見的考察』をたたき台にして、話の筋道を自分に引き寄せた。


『学生がこんなものを提案してくるぐらい、後付装備のライヒヴァイン・シールドは有用なもの、という認識は浸透しているわけだ。他社も重い腰を上げ始めているだろうし、先行者利益の確保に目を向けてもいい時期ではないかな?』

『道理は通っていると思いますが、うちも予算は無限ってわけじゃないです。それに教授、需要はどうやって掘り起こすのですか? 開発費は当然、製品の価格に跳ね返るわけですが、これ、値段が酷いことになると思います』

『なあに、採算度外視で高度な機能を欲しがってくれる組織なら、どこにでもあるじゃないか。それに、専用資格がないと運用できない特殊なアイアン・アームズ、あれの代替として有効ではないか、と思うが?』

『……とりあえず、上司に諮ってみます。あんまり期待しないで下さいね』


 詐術というほどではない、少し危機感を煽って、真面目に検討するよう仕向けただけだと、教授は笑っていた。


 しかし教授が酷いのは、ここからだ。


 えらく状態の悪い建設工事用の小型アイアン・アームズ――トーヨドSC-100『ハイホー』を中古屋から仕入れてきて、学生達に押しつけたのである。


『この機種は一世代前のアイアン・アームズだけあって、中古市場にもパーツが潤沢で値段も安かった。どうせ新品でも一度は分解して改造する羽目になるんだし、機構もよく知られていて資料もオプションも豊富な機種の方がいいじゃないか』


 教授は簡単に言ってくれたが、俺達は文字通り四苦八苦した。


 城田など、整備士の手配を面倒がって、自分で二級特機整備士の資格を取っている。


 だがそれも教授の狙い通りで、俺達はいつの間にか、基本の詰まったハイホーでアイアン・アームズの基礎を学び倒していた。


 本番はここからだった。


 教授は学生達がハイホーに取り付いて右往左往する間に、RiSE対応のロングスタッフ――単なる棒を、トーヨドとともに完成させていた。


 当初の要求仕様より性能を低く押さえ、形状も大して考慮していないお陰で、通称『RiSE棒』は大幅なコストダウンを達成、松岡研究室はトーヨドから更なる研究開発資金を巻き上げることに成功したのである。


『試作品なんて、必要な機能が確保されているなら、余計なことを考えない方が良いに決まっているだろう?』


 俺達は棒を相手にテストを繰り返し、機体側の改良と同時に派生品の開発に着手していったが、教授は更に、(したた)かだった。


 そのままでは実験以外に利用価値がないと思われていたRiSE棒だったが、ライヒヴァイン・シールドで保護された状態であれば、同等の金属棒に比して数倍の強度を持つには違いない。


 教授に唆されたトーヨドはRiSEの名を『出さず』に、RiSE対応の腕部アタッチメントとセットにして、早速消防庁へと売り込んだ。


 行われた試用試験では、必要なパワーもそのロスも大きいが、超強度を誇る専用梃子という触れ込み通り、RiSE棒は折れず曲がらず役目を全うし、担当した操縦士から限定的な状況に於いては極めて有用との評価を受けている。


『梃子としてだけでなく、急を要する火災時の建造物破壊にも有効だと思う。少々のことでは折れないし曲がらないという謳い文句に、嘘はなかった』

 

 試作中の製品とのことで正式採用は見送られたが、増加試験装備の名目で二十組のセットが売れた。


 わざわざRiSEの名を伏せたのは、その頃にはもう、RiSEシステムは次世代のスタンダード足りうるか否か、トーヨドの上層部が水面下で本格的な検討を始めていたからである。


 そんな折、俺の発現が発覚したわけで……研究の比重は既に松岡教授とトーヨドへと移っていたが、多少以上に周囲が混乱したことも、間違いなかった。




 ▽▽▽




「お待たせしました、堀口さん」

「お疲れさまです、内原先生。後藤君、昨日はほんと、私達も鼻高々だったわ」

「堀口さん、クインビーズの件は本当にありがとうございました」


 堀口主任は、エアタブレットでアイアン・アームズのカタログを広げて待っていた。


 専用機の選定など……通常は憧れと羨望の的なのだろうが、いざ自分がその立場になると、気が引ける。


「堀口さん、後藤君の専用機は決まったんですか?」

「後藤君の仮の希望は聞きましたけど、こちらからお勧め機種を限定するほどの内容じゃなかったんですよね」

「あら。後藤君、何を言ったの?」

「まだ決めかねていたんで、授業には使うつもりが無いことを伝えて、RiSE対応の改造をお願いしたんですよ」

「それで、相談して決めましょうってなったんです」

「後藤君らしいとは思うけれど、堀口さんも困るわね」

「いえ、逆に助かってますよ。」


 内原先生も堀口主任も、自分が乗る機体を選ぶかのように楽しげだが、俺の方は喜び半分、緊張が半分、である。




 トーヨド側には今朝、個人契約について父から了承を得たと返事していた。

 本契約はもう少し先になるが、堀口主任はその事もあって、わざわざ出向いてくれたはずだ。


 父はアイ校在学中の三年間のみの契約なら問題ないだろうと、注釈付きで了承してくれた。

 卒業後は就職、あるいは進学、どちらにせよ環境も変わるだろうし、俺も何かやりたいことを見つけている可能性が高い。


 その頃俺は二十四歳になっているはずだが、国に確保された高能力発現者というものが特殊過ぎて、どうなっているのか想像もつかなかった。


 多いのはエネルギー関連の特別職国家公務員で、職として安定しているのは間違いない。『人間発電器』などと揶揄もされるが、発電量に応じて出来高として手当が支給されるので、収入も大きい人気の職だ。……そうでもしないと人が集まらないのだが、国際社会が安定しているとは言えない昨今、国策としてエネルギーの自給は非常に重要だった。


 次いで国立の研究機関が挙げられるが、俺の以前の希望とも重なっていて、こちらはこちらでやりがいがありそうだ。


 無論、萬田の『表向き』のように、政府特命を辞退して、大企業へと就職したりプロ選手となることも出来る。


 問題は、俺が何をしたいのか、未だに決めかねていることだ。


 発現以前に考えていたような研究職や技術職に、高能力発現者というアドバンテージを上乗せして、開発者兼業のテストパイロット……でもいいのだが、全く縁がないと思っていたプロ選手でさえ単なる憧れの存在ではなく、真剣に努力すれば手の届く位置にあるということを、俺は知ってしまった。


 両親は俺の自由にさせてくれる様子で、『研究者や公務員、あるいはプロ選手。人を助け、支え、楽しませるという違いはあるが、お前自身がよく考えて答えを出さないと、何を選んでも後悔するぞ』とだけ、言われている。

 全く以て、その通りだった。


 だからこそ……今日の専用機選定は、俺が将来を見定める意味も含め、非常に重要だ。

 人間と同じで、何でもできるアイアン・アームズなど、ないのである。




 堀口主任は最初に、うちで扱っている機体ならどれでもいいと、太鼓判を押してくれた。


「後藤くん、昨日の試合勝っちゃったでしょ。熊沢常務が面白がってね、後藤君が希望するなら、エメラルド・クイーンをもう一機製造してもいいぞって、電話越しに大笑いしてたわ」


 有馬選手のエメラルド・クイーンは、トーヨドの開発した機体には違いなくとも、いわゆる『一点物』である。


 機体構造は同社プロフェッショナル事業部の中型機『シンデレラ』と小型機『クローネ』の折衷型だが、機体サイズからしても両機に共通性はない。


 有馬選手に勝たせる為、そして同時にトーヨドのブランド力や技術力を誇示する為の機体である。


 ……開発費用は、恐くて聞けない。二機目だから安いだろうという問題ではなかった。


「一応ね、私なりのお薦めもあるの。はい、この子よ!」


 エアタブレットの画面を操作した堀口主任は、さあどうだ! と言わんばかりの笑顔を俺に向けた。


「……は?」

「堀口さん、これ……社外秘どころか部内秘でもおかしくない機体じゃ……」

「ふふ、そうかもしれませんねえ。あ、もちろん許可は出てますよ」


 俺も流石に息を呑んで、中空に浮かぶ機体の三面図をぽかんと見つめた。




 おいおい。


 この機体、個々のスペックが高いのはともかく、扱いに関しちゃエメラルド・クイーン以上の機密なんじゃないだろうか?


 特に……機体名称の横についている、『次世代主力戦闘特機試案』の文字がとてもいけない気がするんだが……。


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