こぼれ話@ガールズサイド「後藤さんのこと」
こぼれ話@ガールズサイド「後藤さんのこと」
「さて、規子……」
「ドライブ中に何があったか、聞かせて貰おっかな」
「何もなかった……なんて、言わせないからね」
後藤さんが萬田君との決闘に勝ったその日。
夕方、後藤さんと一緒に有馬選手を送り、少し遅くなった夕食とお風呂の後……私は大ピンチに陥っていた。
相手は委員長の新派さん――広美と、同室の土師さん――七海だ。
先週、後藤さんの噂話を打ち消そうと駆け回るうち、いつの間にかクラスの仲良しから親友にレベルアップしていただけに遠慮がなく、二人の追及は、しつこくて鋭い。
「えっと、行きの車の中で、有馬選手が告白前に振られた、みたいな感じになって……」
「……は?」
「……大ニュースじゃん!」
「後藤さんと有馬さん、去年から知り合いだったみたい。『今朝も訓練してて、素人の後藤くんに一撃入れられたんだよ』って、有馬さんも笑ってた」
「相変わらず後藤さんが後藤さん過ぎる……」
「ハイスペックな上に剛運持ってるよね、後藤さん……」
なんとか話を逸らそうと、私は必死になっていた。
……あんまり効果はないけれど。
それはともかくとして。
後藤さんは、やっぱり時々、理解不能だ。
▽▽▽
後藤さんがアイ校に入校した理由は、男性の高能力発現者だから、というので間違いないけれど、それ以外も割ととんでもない人だった。
元は私達より六歳も年上の大学生だったし、頭がいいことは知っていたけれど、あの美人で有名な有馬選手のEROスーツの開発に関係していたり、トーヨドなんていう大きな会社に笑顔で十五億円も出させたり、たった数日の訓練で小型機に乗って中型機に勝っちゃったり……。
本物の大物って、こういう人のことなんだろうなあと、なんとなく思った。
その割に、ものすごく普通のお兄さんっぽいところも多くて、山口さん達とふざけているときは、ほんとにただの大学生としか思えない。『元』がつくけれど。
妹さんがいるせいか面倒見もよくて、クラスの雰囲気にも気を遣ってくれてると思う。
……あと、おっぱいが大好き。
広美には、『これか? この胸で後藤さん釣ったんかー!?』ってぐにぐにされたけど、あれは痛いのでやめて欲しい。
あの視線は流石に言い訳がきかないけれど、私『達』は……まあいいかと思っている。
中学校の同級生の男の子達に比べればずっとまともだし、男の人がおっぱいを好きなのは仕方がない。
私達だって、『色々と』逞しい後藤さんの制御服姿は大す……とてもすごく嫌いじゃない。
それは横に置いて……大事なことだけど、後藤さんには、そこにおっぱいがあるからといって手を出してこないだろうという、不思議な安心感があった。
人徳でいいのかどうかは微妙だけど、見られるぐらいなら別にいいという子は多かった。私もだ。……でも、出来れば他の子を見ず、私ので我慢して欲しいと思う。
これがあの萬田君なら、本気で酷い事になっていただろう。
一組の子達はクラスが分裂する前、心が折れそうになっていたらしい。
先日起きた、後藤さんのあ、あれ……の、噂話の時、七海の作った裏チャットで愚痴を吐き出せたお陰で、なんとか気を取り直して休学を回避した子さえいた。
その萬田君を大人しくさせるどころか退学させてしまった後藤さんは、やっぱり只者じゃないと思う。先生達でさえ気を遣っていたというのに、すごいとしか言いようがなかった。
その結果、ファンが倍増したけれど、後藤さんはある意味アイ校の共有財産だから、遅いか早いかの違いだけだろう。
おまけに今日とか……奈々美先生のアイアン・アームズを借りて、萬田君の中型機に勝ってしまうというミラクルを起こしている。
後藤さんと奈々美先生が『武者修行』に出ている間、私達も一生懸命協力したけれど、不安でいっぱいだった。
担任のみのり先生は『今の段階じゃ、まだまだ勝てればラッキー、でも後藤君なら本気でラッキーを引き寄せようと頑張るはずよ』なんて、私達にはっぱをかけてくれた。
後藤さんには何がどうあろうと、萬田君なんかには絶対負けて欲しくない。
四組の気持ちは、一つになった。
後藤さんが少しでも勝利に近づけるよう、応援の看板を作り、ひなぎく一四〇九号を磨き、情報を集めて作戦を立てた。
お陰でクラスの結束が固まったし、文化祭の準備みたいで楽しかったと、笑い合うことが出来た。
もちろん後藤さんは見事、その期待に応えてくれている。
あの有馬選手まで応援に駆けつけるなんていう予想の斜め上のサプライズ付きだったけど、『後藤さんだから、そのぐらいはふつー』という理由で、みんな納得してしまった。
私達にとっては身近なヒーローで、何でも出来ちゃうお兄さん。
私には……頼り甲斐があって、ちょっとえっちで、素敵な片思いの相手。
それが、後藤さんだ。
▽▽▽
広美と七海が身を乗り出して、詰めてきた。
「……それで?」
「……続きは?」
「えっと……コンビニで、紅茶をご馳走になりました!」
彼女達は、私が後藤さんを好きだと知っている。
▽▽▽
四組で後藤さんが嫌いな人は居ないだろうけれど、そうじゃない。
後藤さんのことを『異性として好き』と表明している、という意味だ。
ちなみに私以外にも、入校式でお姫様抱っこをされた久坂ありすさんや、メール越しに勉強を見て貰っているフランスからの留学生マリー=ルイーズ・ド・ティエリさんも、旗印を明確にしていた。
逆に広美や七海は、このレースから降りている。
……原因は、私だ。
この二人からは、後藤さんと萬田君が出会った日にはもう、『規子には勝てない』と、後を託されてしまった。
なんでも、後藤さんが私を見る目で色々と気が付いて、これは駄目だとなったらしい。四天王の先輩方に相談すると、妹さんの後藤先輩はともかく、皆さんも早々に降りていたという。
そちらも、原因は私だ。
……なんとなく、プッシュされてるなあとは感じていたけれど、後藤さんの態度が分かり易すぎて、入校式前にはもうそういう取り決めになっていたそうだ。
極めつけは、有馬選手だろう。
出会うタイミングがほんの少しずれていたなら、とんでもないことになっていたと思う。
困ったことに、これも原因は私だ。
アイアン・アームズ操縦の腕、美しい肉体、女性としての魅力。
男性人気もすごいけど、有馬選手は私達にとっても、憧れの人だ。
昼間は後藤さんを取られてしまうかもしれないという不安感に焦って、自分でも考えられないほど、だ……大胆なことをしてしまったけれど、すごい人を押しのけて後藤さんの心に入り込んでしまったのだと後で気付き、どうしていいか分からなくなった。
でも……後藤さんは有馬さんを送っていく時もいつも通りで、アイ校を出る直前、シートベルトを締めるとどうしても目立ってしまう私の胸に、ちらっと目を向けた。
それに気付いた私は、私もいつも通りでいいんだなって、おかしくなった。
今日だけは、有馬選手よりも一センチ大きい胸に、感謝したいと思う。
▽▽▽
「……規子」
「は、はい……」
「何を誤魔化したのかなー?」
だめだ。
この二人、食いついたら放してくれない。
あああ……よ、よし、ここは後藤さんを見習って、理詰めで逃げよう。
小さな情報をこちらから出して、沈静化させる。
後藤さんが悪い噂を流された時、使った手だ。
……有馬さんとメールアドレスを交換したってことを表に出して、それ以外は隠そう。
「えっと……」
「ん?」
「その、勢いで、後藤さんにおっぱい好きですよねって聞いて……」
「ふむふむ」
「有馬選手よりも一センチ大きいって、言っちゃった……じゃなくて! 違っ――」
「……」
慌てた私の口からは、隠そうと思ったことが先に出ていた。
二人は顔を見合わせてから、可哀想なものを見る目で私を見た。
「規子ってさあ」
「焦ると暴走するよね」
「ついに後藤さんの前でもやっちゃったか……」
「ほんと、乗せ甲斐があるわ……」
……幸い、『お守り』のことはばれてないみたいだけど。
うん、あれは絶対に言えない。
頭を撫でられて、よしよしされる。
今日のところは、これで勘弁してくれるらしい。
ああ、後藤さん。
ちょっとぐらいと言わず、じーっと私の胸を見ても怒ったりしませんから、その冷静さを少し、分けてください。
じゃないと心が、折れそうです。
[To:七海 From:広美]
昼間のキスのことは、まだつっつかない方がいいよね?
[To:広美 From:七海]
だね
流石にかわいそうでしょ
[To:七海 From:広美]
ん、おっけー
[To:広美 From:七海]
見てたのは私と広美と有馬選手だけだし、大丈夫
[To:七海 From:広美]
じゃ、そういうことでおやすみー
[To:広美 From:七海]
ほーいおやすみー