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第二十話「イットク」

第二十話「イットク」


「じゃあ、ホームルームの続きね」


 萬田が出ていった後も、内原先生はいつも通りの態度だった。


 空気は微妙なままだが、担任が教壇に立ってホームルームの続きを始めたからには、従うしかない。


「えーっと、皆さんに大事なお知らせがあります。明日の夕方、一組の萬田君と、うちのクラスの後藤君が、決闘……じゃなくて、試合をすることになりました。皆さん、協力してあげて下さいね。せっかくだから、揃って応援に行きましょうか」


 絶対に、言い間違いじゃない。

 別所先生の件を思い出せば、本気で決闘の方がいいなと思っているはずだ、この先生……。


 あとついでに、『大事なお知らせ』とか、遊んでる場合じゃないような気がする。


 でも何故、先生達はこの態度なんだろうか。

 まさか、萬田の決闘申し込みも予定の内だったのではと、嫌な想像が脳裏をよぎる。


 アイ校はこのような馬鹿騒ぎを容認してなお、得られるものでもあるのか……?


「それと、後藤君」

「え!? ……はい」

「後藤君は試合の準備があるから、今日と明日は、公休ね。準備会合も欠席でいいわ」

「早速だが後藤、ついてこい」


 いい笑顔の本田先生に促され、席を立つ。


 俺を見るクラスメート達の反応は、様々だった。

 新派は応援のつもりなのか右の拳を突き出してウインクしているし、八重野宮はにっこりと微笑んで頷いてくれた。


 総じて好意的な雰囲気なのは、幸いだ。


「そうだ、後藤君」

「はい、内原先生?」

「試合に掛ける意気込みを、一言」


 促されて教壇に立ち、……奴のラトルスネークと俺のひなぎくが、ガチで()り合う姿を思い浮かべ、一瞬、身震いした。


 しかしだ、この機会を逃せば、堂々と萬田を殴れる機会なんて一生巡ってこないわけで……中型の競技用機に汎用練習機でどうやって勝つかは、後から考えることにする。


 いい加減、俺も我慢の限界にきているのだ。


 奴を思いっ切りぶん殴る。

 それでいいじゃないか。


 クラスメート達の見守る中、大きく深呼吸して口を開く。


「応援、よろしくな!!」


 これでもう、後には引けない。

 頬をパンとはたいて、気合いを入れた。


「後藤さん、ファイト!」

「頑張って!」

「萬田君なんて、こてんぱんにしちゃって下さい!」

「おう、サンキュー!!」


 大歓声に見送られ、教室を後にする。


 静まり返る廊下に出てから、本田先生は俺に視線を合わせた。


「さて……今日は忙しいぞ。まずは事務室だ」

「はい」

「実はな、種明かしすると、これも予定通りなんだ」

「あー……なんとなく、想像はついてました」

「それもこれも、お前が萬田に勝利するという前提での、意趣返しというやつだな」

「……俺が、勝てると?」

「お膳立てはしてやる。とにかく、勝て。一夜漬けは得意だろう?」


 本田先生は、はっきり『意趣返し』と口にした。


 鬱憤が溜まっていたのは、俺だけではないようだ。


 研究者や現場出身の人間と文科省派の溝は、そのまま制服組と背広組の対立構図であり、そこに俺プラストーヨドと、萬田のトラブルが乗った形か。


 本田先生が笑顔で説明してくれたところによれば、本来はプロデビューの決まった卒業生に対して餞に行う『校内試合』を、萬田向けにアレンジしたらしい。


 迷惑に思う半面、萬田を殴れる機会を作って貰えたのだから、プラマイゼロだと思うことにする。


「お前が羽根休めしていた昨日の内に、こちらも色々あってな。教職員に萬田の退学が(おおやけ)にされた後、桑島先生の主導で奴を焚き付けた」

「桑島先生が? でも、どうやったんです?」

「餞の説明をして、お前を指名するとアイ校じゃ滅多に見られない男子生徒同士の対決になると水を向ければ、萬田の方から乗ってきたそうだ。そりゃあもう、気鬱の晴れたいい笑顔で報告してくれたぞ」


 説明会で見た一組担任の疲れた顔を思い出し、奴の担任『だった』なら疲れるどころの話じゃないかと、心の片隅で合掌しておく。


「ついでに文科省派の口うるさいのが、何人か転属になる。引っ張ってきた寄付金の金額云々で、自分達まで偉いと勘違いしてたような連中だ。……大手柄だぞ」

「はあ、まあ、俺も静かな方が嬉しいですけど……」


 到着した事務室で、公休の届け出と同時に、外泊申請の空欄を埋めていく。


「後藤、事由の欄には校外実習と書いておけ。場所は空欄でいい」

「はい」


 本田先生は場所を濁したが、しかし、どこに連れて行かれるのやら……。


 とりあえず……忘れないうちに、桜へとメールを入れておいた。




 ▽▽▽




 一度、寮に着替えを取りに戻った後、本田先生の運転する自衛隊ナンバーの校用車――ソフトトップのハヤブサでまず最初に連れて行かれたのは、トーヨドの横浜工場である。

 無論、大学生時代に幾度か訪れていたから、少しは気安い。


 重量級アイアン・アームズの生産まで手がけるその巨大な工場の一角、芝生に囲まれた支社棟の応接室で、一昨日会った堀口主任が出迎えてくれた。


「堀口さん、よろしく頼みます」

「もちろんです、本田先生。さー、後藤君はこっち!」


 本田先生はコーヒーに口を付けてのんびりとした様子だが、堀口主任は勢いこんで俺の手を握って振り回した。


「昨日、アイ校からデータ送って貰ってさ、急いで仕上げたんだよ!」

「え、これって……」

「ふふん。プロの公式ルールで試合するんなら、絶対に必要でしょ?」


 堀口主任が大きな二重の紙袋から取り出したのは、ライヒヴァイン素子の織り込まれた高機能型のEROスーツである。


 汎用型なら根性入れてバイトすれば俺でも買えなくないが、こちらは一着、数百万は下らない高価な品だ。下手をしなくても、中古の汎用機が買える。


「流石に機体の方は間に合わなかったけどね、こっちなら横浜二研(うち)十八番(おはこ)だもん。見れば分かると思うけど、有馬選手と同じ仕様よ。もちろん、ジェルは専用のナイコンF使ってね」

「あ、ありがとうございます……」

「普段遣いは無理だけど、ジェルの方はうちが用意するから安心して頂戴」


 スーツの色は黒に近いダークブルーで、胸元に小さく『TYD』とトーヨドのロゴが入っている。

 背中のコントロールユニットはこちらもプロ向けの機材だが、今年発表された最新モデルだった。


 ……これは一千万円コースだなと、内心で息を呑む。


 父からの返事待ちで契約はまだしていないが、これは足抜け出来なくなりつつあるんじゃないだろうかと、天井を見上げた俺だった。




 ハヤブサは堀口主任も乗せ、高速に乗ってまた都内へ。

 今度の目的地は、陸自の練馬駐屯地だった。


 練馬駐屯地は第一師団の司令部が置かれた首都防衛の要石で、父の勤め先が持つ『社屋』の一つではあっても、まあ、滅多と用事のある場所じゃない。


 場所が明かされると、何をさせられるかはすぐに想像がついた。

 訓練以外、あり得ない。


 検査を受けて入営し、主隊舎をぐるりと迂回して向かった先では、青を基調とした低視認迷彩を施された七十九式特機が十数機……うろうろしていた。


 どう見てもうろうろ、あるいは右往左往としか表現できないが……訓練の一環なのだろう、よく観察すれば、数歩だけ機体を歩かせては各種武器の射撃姿勢を取っているとわかる。

 どの機体も、武器を装備していないので、動きだけ見れば不自然に映ってしまうのだ。


 無論、これは仕方がなかった。練馬駐屯地は首都防衛という任務の性格上、市街地のど真ん中にあり、規則で装備が決められている門衛などでもなければ、簡単に重火器を持ち出すわけにはいかない。


「ああ、このプレハブだな」

「私、自衛隊の基地は初めてなんで緊張します」

「堀口さん、見てくれは酷いですが……中身も大概なんですよ」

「それはまた……」


 ハヤブサが停車した先のプレハブ隊舎には、『第一師団第一機動特機中隊』と手書きの銘が掲げられている。

 中の隊長室で迎えてくれたのは、三十半ばに見える陽気な男性だった。


「ご無沙汰しております、藤堂三佐!」

「相変わらず無茶言ってきやがって、この暴れん坊姫が! ……彼が例の?」


 ……暴れん坊姫?


 目だけで問えば、本田先生は俺から視線を逸らした。


「はい。後藤、挨拶だ」

「特機校一年生、後藤竜一です。よろしくお願いします」

「おう、第一機動特機中隊(イットク)の隊長、藤堂雪風だ。よろしくな。早速だが、行って来い。みんな待ちくたびれてよう、ガラにもなく訓練なんてしてやがる」

「はっ、失礼します。後藤、更衣室はこちらだ」

「はい」

「堀口主任は、整備小隊の者が来るまでこちらでお待ち下さい」

「ありがとうございます、本田先生」


 そのまま本田先生に連れて行かれた循環式シャワーボックスの並ぶ更衣室で、真新しいEROスーツを取り出し、ボックスの中で裸になってジェルを塗る。


 壁越しの雑談で教えて貰ったところ、イットク――中隊名に『第一』なんてついている看板部隊がプレハブ隊舎で過ごしている理由は、本拠地は静岡県御殿場の駒門駐屯地ながら、期限付きで部隊の半数が都内へと派遣されている為だという。


 このような配置は、部隊間交流と緊急展開訓練を主軸として、特に地方出身者の地理的感覚を磨き有事に於ける迅速な対応が出来るよう、定期的に行われるらしい。プレハブ隊舎の組立と解体も、訓練の一部になっているそうだ。


「着替え終わりましたけど……本田先生」

「なんだ?」

「俺のひなぎくも、もしかしてここに……」

「いや、お前のひなぎくは鋭意改装中だ」


 そうだった。

 任せきりになっているが、機体の準備も必要だ。


 じゃあ、ここで着替えても何に乗るんだと、疑問が浮かぶ。


「先生、俺が乗るのは自衛隊のアイアン・アームズ……だと思うんですが、問題になりませんか?」

「ん? 『校外実習』の届け出は出しただろう。アイ校の卒業生には自衛隊を選ぶ者も多いし、こちらも優秀な入隊者は欲しいからな、協力的にもなろうというものだ」


 その答えは、後回しにされてしまった。


 ……たぶん七十二式か、そのあたりだろう。


「我々、第一機動特機中隊第二小隊は!」

「後藤竜一君の体験入隊を!」

「心より歓迎します!」


 隊舎の前では、四機編成の三班に本部を加えた第二小隊の十四名が、驚く俺に敬礼を向けてくれていた。


 全員が若い女性で、背後には先ほどうろうろしていた七十九式、そして隊長は……。


「皆、久しぶりだ。無理を言ってすまん」

「小隊長、お帰りなさい!」

「本田隊長、よりにもよって、貴重な男の子の特機乗りを連れ帰ってきてくれるとか……最高です! 一生ついていきます!」


 一年四組副担任、本田奈々美一等陸尉の正体は、第一機動特機中隊の第二小隊長であった。


 そんな立場の――首都防衛の一翼を担う部隊に配属されている人間を、アイ校のような別組織の教育機関に出向させて大丈夫なのか。


 距離はともかく、有事には困るのではないかとも思ったので、素直に質問してみた。


「問題ない。隊長代行を兼務する副長の佐々木二尉は、能力も申し分ない上に一尉への昇進も年季待ちだ。私も恐らく、出向終了後は転属だろうな」

「そんなところに疑問持つなんて、最近の高校生すごい……」

「同い年ぐらいに見えるけど、ちょっと前まで中学生だったんですよね、後藤君って。自信無くすなあ」

「ん!? 貴様達、聞いていないのか?」

「何がです? 今年、アイ校にすごい男の子が入ってきたっていうのは、聞きましたけど……」


 それはたぶん、俺じゃない。


「ああ、もう一人の方と勘違いしていたか。後藤は元大学生だぞ。先月、発現が発覚して、アイ校への入校が決まった。……年で言えば、相本二曹の二つ上だな」

「え!?」

「もう一つ二つ付け加えるなら、湾大工学部の元学生でEROシステムが専門、研究職として発現力抜きにトーヨドが欲しがるほどの逸材で……『あの』後藤閣下のご子息でもある」


 最後の一言で、全員がびくんと棒立ちになり、慌てて姿勢を正した。


 父が北の特機部隊の雄、第一特機団の団長かつ将官であることを考慮しても、彼女たちの緊張は、度を越している。


 特機部隊に絶大な影響力があるとは聞かされていたが、一体父は、自衛隊内で何をしてきたのかと、今更心配になってきた俺だった。


「お待たせです!」

「お疲れさまです、堀口主任」


 いつの間にか作業服に着替えた堀口主任と……その後ろから、小型のトレーラーを引いた構内作業車がやってくる。


 トレーラーが旋回して見えてきた荷台には、同じく七十九式特機が乗せられていた。

 色は自衛隊標準色――オリーブドラブで、外観にはそれだけの違いしかないはずだが、居並ぶ第一機動特機中隊の機体とは印象がかなり異なって見える。


「この子が後藤君の機体ね。ちゃんとアイ校からデータ借りて、調整済みのリミッターつけて貰ってるから、安心して」

「但し、七十九式はひなぎくよりもじゃじゃ馬だぞ。……十五分やる。その間に違いをつかんで乗りこなせ」


 なんともまあ、酷い無茶振りだ。


 だが、明日の夕方には中型機と殴り合うんだから、それに比べれば随分マシか。


「……いきます!」


 俺はアイ校のそれよりもずしりと重いヘルメットと物理キーを受け取り、七十九式に取り付いた。


『後藤、ひなぎくのベースである七十二式から七十九式に機種転換する場合でも、最初は加減が効かない。だからな、少々荒っぽいが空を使え』

「空……?」

『垂直飛びだ。上下の運動なら、多少音がうるさいだけで済む』

「ありがとうございます!」


 三分で点検と起動を終わらせ、授業で教わった基本の通り、ラジオ体操をする。


 七十九式にはロールバーの代わりに冷蔵庫――追加装甲が取り付けられていたが、外部のカメラとヘルメットの空間投影ディスプレイを連動させることで三百六十度の視界が確保されており、閉塞感はあまりない。


 それよりも、本田先生の言葉通りに、パワーの方が問題だった。

 パワー効率が、単純にひなぎくの三倍というだけではないらしい。


 腕を軽く振っただけで分かった。

 これが練習機と実用機の差というものか、ひなぎくとは完全に別物である。


 その一動作だけで、動きのシャープさと力強さをがつんと感じた俺だった。


 技術者の卵として、パワープラントの性能差や動力周りのセッティングのことを知識として理解していても、搭乗者の感じるそれはまったく違うのだ。


 ……出来ればGリミッターもどきだけでなく、パワーリミッターも取り付けて欲しかったが、贅沢は言えない。


「おわっ!?」


 屈伸に続き、ちょっとジャンプしたつもりが、数メートルは飛び上がっていた。

 慣性緩和システムの効果が遺憾なく発揮されて、びっくりするだけで済んでいるが、『ひなぎく慣れ』がどうにも裏目に出てしまっている。


 ここはもう、考えていても仕方がないので、ラジオ体操を終えた後、残りの時間を使って跳躍を繰り返す。


 最初は低く、思い描いた通りの高さになるように。

 続いて徐々に高く、機体の限界へと近づけるように。


 その感覚に慣れてきた頃になって、今度は反復横飛びを指示された。

 こちらも最初は機体に大きく振り回されていたが、次第に思い通りの動きが出来るようになっていく。


『後藤、ストップだ』

「はい」

『先日の訓練でも思ったが、お前はやはり、思考制御との親和性が高い。そちらを最大限に活かす方向で考えるか……』


 機体を停止させ、気付いた。

 力を入れすぎていたのか、操縦桿を握っていた手が強ばっている。


『ふむ、クールダウンを兼ねて、見取り稽古だ。……佐々木二尉、相本二曹、模擬戦闘準備』

『はっ!』


 ……本田先生には、何もかもお見通しのようだった。


 指示を受けた佐々木二尉と相本二曹の七十九式が、十メートルほど離れて対峙する。


 互いにソフト素材の模擬短刀を右手に構え、左腕は胴部を保護するのか、中段まで上げられていた。


『後藤、知ってのように、アイアン・アームズは人を模して作られているが、人ではない。人のように手足を使って戦闘を行うが、同時に人との相違を考慮する必要がある。よって、この模擬戦でお前が注視すべき点は、間接部だ』

「それは……理解できます」


 動かない胴体と、動く関節部分。

 可動部分というものは、どうしても強度が弱くなる。


 最初から分かっているなら、強度を高めればよい、とはならない。

 強度を高めれば重量が増加し、動作の障害になってしまう。……極端にパワーやトルクが欲しい場合はそのような設計を行い、セッティングも吟味するが、通常は一定の強度で我慢、あるいは妥協する。


『人ならば心臓、咽頭部、頸動脈、頭部……その辺りが主な急所となるが、アイアン・アームズにそんなものはないし、物理的な装甲とライヒヴァイン・シールドのお陰で、大抵の正面攻撃は互いに通らん。そこでアイアン・アームズ同士が近接戦闘を行う場合、多少は壊れやすい間接部を狙うわけだ。同時に、その動きもよく見ておけ』

「はい」


 格闘戦、ではなく、近接戦闘と来たか……。


 だが、今の俺に最も足りていないものである。

 授業の柔道がせいぜいで、生身の喧嘩でさえ殆どしたことがないのだ。


 それに……いくらプロリーグでも、試合のたびに死人を出すわけにはいかなかった。


 競技用のアイアン・アームズは、コクピット部分に一定以上の防御性能を持たせるようルールで規定されている。

 ライヒヴァイン・シールドは有効な装備だが、それだけで完全な防御が達成できるわけではないし、パワープラントが故障あるいは破損した場合、役に立たない。


 ひなぎくは競技用の機体ではないが、同級の小型機に比べれば、元が頑丈な軍用練習機なだけあって、規定は余裕でクリアしていた。


ATM(対戦車ミサイル)でも持ってくれば話は別だが、競技ルールに於いては、射撃武器は一定威力以下のものに限られているからな。胴体正面は、ほぼ抜けないものとされている。ついでに言えば、試合会場となるアイ校の第一演習場はカテゴリーB、射撃武器の使用は考慮されていない。よって、明日の試合は近接格闘のみとなる」

「はいっ!」

『よし。そちらも準備はいいようだな。……始め!』


 開始の合図で、両機は即座に動いた。

 ひなぎくで聞き慣れた、かしゃこん、なんていう生やさしい音じゃない。


 その一歩は、ずどんと腹に響いた。

 明らかに、機体の違いだけではなく、操縦者の違いの方が大きいだろう。


『せいっ!』

『やっ!』


 正面から激突したように見えたその瞬間には、もう決着がついていた。


『それまで!』


 テレビや配信の動画はよく見ていたが、間近で見る『本物』は、ここまで差があるのか……。


 一瞬を紐解けば、接触した瞬間、まず短刀を突き出した相本機の右腕を佐々木機の左腕が弾き、相本機の脇が大きく開いたところに佐々木機の左腕が、すっと短刀を差し込んで――ん!?


 佐々木機は、いつの間に短刀を右から左に持ち替えたんだ?


『……後藤、気になることでもあるのか?』

「はい、先生。佐々木二尉が、いつ、短刀を持ち替えたのか……分かりませんでした」

『ほう、一度で気付いたか!』


 これは教え甲斐があるなと本田先生は大声で笑いだし、佐々木二尉にもう一度、スローモーションで見せてやれと、指示を出した。


『……ほい、ほい、ほい、っと。こんな感じです』


 佐々木機は、模擬短刀を手首だけで右から左に、左から右へ投げ、かちゃんかちゃんと受け止めて見せた。


 昔の不良がナイフを見せびらかしているようで滑稽な動作だが、先ほどの早業を見ているので笑えない。


 それに、口で言うほど簡単ではないだろう。

 思考制御を通して機体に高速ナイフお手玉をさせるには、それ相応の基礎が必要だ。


『出来そうか?』

「やります」

『いい返事だ。後で教えて貰え。それから、私が間接部をよく見ろと言った意味は、分かったか?』

「……可動範囲、でしょうか?」

『その通りだ。人体に出来る範囲を、大きく超えているだろう。上手く使えば、それだけで武器になる』


 よし次は実践だと、今度は俺が、佐々木機の前に立たされる。


「お願いします!!」


 俺はその日、日暮れまで近接格闘の基礎をたたき込まれ、夕飯休憩の後、今度は中型機に見立てた三機の七十九式に囲まれ、袋叩きにされ続けた。


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