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第一話「退学命令」

第一話「退学命令」




 俺は先月末まで……就職先も内内定という形でほぼ決まり、後は一年掛けて卒論を完成させるだけという、それなりに充実した暮らしぶりで機械三昧の研究生活を楽しむ大学生だった。

 



 ▽▽▽




 告


 学籍番号 八三EES二〇八

 工学部EROシステム科

 

 後藤竜一 


 ERO機器適性保持者に関する法律第二十五条(高能力発現者に対する特別事項)の適用並びに内閣府ERO施策推進会議特命により、本学生に退学を命ずる。


 追記


 本学生の在学中に於ける事績を評価し本日付けで有坂信二記念賞を授与、東京湾上大学名誉研究生(第一号)としてこれを賞する。


 西暦二〇八六年三月二六日


 国立東京湾上大学 第六代学長 盛口俊也




 ▽▽▽




 三月も月末近く、本来ならのんびりと次年度の用意をするか、帰省するかという時期。


「松岡教授(せんせい)、後藤です」

『ん、入ってくれ』


 俺はその日、研究室の担当教授から呼び出されていた。

 背中に少しばかり嫌な汗を流しながら、教授室へと入る。


「失礼します」

「後藤君。取り敢えず……ああ、コーヒーでも飲むかい?」

「あ、俺が淹れます」

「頼む。私の分はミルクありの砂糖抜きで」

「はい」


 教授室に備え付けられた簡易キッチンのマルチサーバーからインスタントコーヒーを用意しつつ、ふっとため息を漏らす。


 呼び出しの理由も、教授の困った表情も、俺にはよく理解できていた。


「教授、どうぞ」

「うん、ありがとう。……ああ、そっちに座りなさい」


 教授も俺も、マグカップのコーヒーに口を付け、そのまましばらく黙り込んだ。


 ともかく、そのぐらいには面倒な問題なのである。


「……先ほどの学部長会議と、その後の文部科学省の担当者との調整で、後藤君の行く末が決まった。無論、要望とはかけ離れているだろうがね」


 教授は気の乗らない様子で、テーブルの上の書類束を指で示した。


「まず……君の退学は、決定事項となった」

「ええ、まあ、それは……はい」


 試験の成績や素行不良が原因なら、早い段階で予想もついただろうし、自業自得とまだ幾らかは納得出来たかもしれないが、そうではなかった。


 悪事を働いたわけでも、混乱をもたらそうと意図したわけでもない。

 誰かを傷つけた覚えもなく、高価で知られる研究室の機材を壊したりもしていない。

 ついでに学外学内ともに、人間関係も良好である。……はずだ。


 春三月も下旬、もうすぐ大学生四年目になる直前のこの時期、先輩の誘いで就職先も決まり掛けていたというのにこの状況である。


「私としても、大企業から研究費や権利料を引っ張ってくる優良学生は手放したくないんだがなあ……」


 俺としても退学は非常に不本意で――強いて言えば偶発的な事故に近いが、だとしても、もう少し何とかならなかったのかと思う。


 書類の表題には、『ERO能力発現学生についての緊急学部長会議』と書いてある。


 つまりは、俺のことだった。




 ▽▽▽




 ERO能力。

 辞書にはEnergy Reserve Ocean――エネルギーを湛えた海――EROと名付けられた別次元別時空の異空間よりエネルギーを取り出すパワープラントを作動させる能力、と書かれている。


 火、電気、核分裂、核融合に続く第五の火の担い手だとか、多次元時代の到来を告げる鐘を鳴らす者……なんて大仰な言い方もするが、要はERO方式の機械を動かせる特殊能力を持った者ことだ。


 名前こそふざけているが、これは命名者にしてERO理論の第一人者であるエイブラハム・ルーサーフォードが、そのアルファベットの並びが現す別の単語に対し、特に注意を払わず無関係と切り捨てた為、としか言いようがなかった。


 決してラッキースケベが発生しやすかったり、性的なテクニックに優れた能力の事ではない。


 何故か、能力発現者が大きく女性に偏っていたりするが、男性も……珍しくはあるが皆無じゃなかった。


 ただ、特別に高い能力を発現したとなると、国からお迎えが来たり、大企業からヘッドハンティングされたりする。


 ……今回の、俺のように。




 ▽▽▽




「退学は受け入れてくれ。無論、不名誉による退学ではないから、大学側も最大限配慮はしている」

「はい」


 教授に言われるまま書類束をめくりつつ、考えを巡らせる。


 退学はまだ納得できたわけではないが、政府から担当者が即派遣されてくる程度には、俺のERO能力は高い数値を出してしまっていた。


 日本中の学生に義務づけられている年に一度の定期検査は面倒だなとこれまでも思っていたが、今回は本当に極めつけだ。


 工学部EROシステム科の俺には、残念ながらその意味も事の重大さもすぐ理解出来たが、無論、技術者や開発者になりたいと学んでいたのであって、操縦士になるとは考えていなかったので……本気で困っている。


 ただ、全くの悪夢と切り捨ててしまうのももったいない。

 俺だって、子供の頃はERO方式の人型重機(かっこいいロボット)――アイアン・アームズを動かしてみたいと思っていたし、その魅力は色あせていなかった。


 何と言っても、『ロボット』である。

 それだけの理由があれば、十分だ。


 ……そもそも退学は決定されてしまったわけで、俺は前を向いて進むしかない。


「まあ、時期も最悪だったか」

「……ええ」


 もしも半月後、四月になってからの発現ならば『翌年度』の扱いとなり、就職は諦めることになったかもしれないが、俺が国から確保されるのは卒業後になっていたはずだ。


 そうでなければ数年前、中学高校時期の発現であれば、ここまで悩むこともなかっただろう。


 単純に『すごい!』と喜んで、操縦士コース一直線で突き進んだに違いない。


 あるいは事務手続きと精密検査だけで済まされる平均的な能力であれば、就職後にはERO能力持ちの技術者として重宝された可能性が高かった。


 しかし……。


「……えっ!?」

「どうかしたかね?」


 ぱらぱらと紙をめくっていた手を、思わず止める。


「あの、教授、これ……『アイ校』ってマジですか!?」

「ああ、大マジだとも。君は四月からアイ校生だ」


 言葉遣いも忘れ、ぽかんとして教授を見れば、その顔は悪戯が成功したかのようににやりと笑っていた。


 アイ校は、正しくは『国立特殊歩行重機操縦士訓練校』という名の特殊法人である学校法人、である。

 ERO技術者という将来設計を立てていた俺に関係するだけでなく、去年から五歳年下の妹が高等部に通っているお陰で多少なりとも内情を知っていた俺は、書類束に向けてため息をついた。




 ▽▽▽




 ERO方式パワープラント搭載型特殊歩行重機、通称『アイアン・アームズ』、あるいは省略して特機。

 これらは、ERO技術の発展過程で生まれた有人ロボット群の総称だ。


 史上初の試作機のニックネームからアイアン・アームズの名で呼ばれる一連の機械群は、ERO方式のパワープラントを搭載することで恐ろしく高い能力を発揮し、文字通り世界を――情勢も、経済も、人々の日常どころか戦争さえも一変させた。


 専任操縦者が必要とは言え、エネルギーがほぼ無尽蔵で従来の方式よりも段違いにパワーがあり、おまけに小回りまで利く重機なんてものは、便利すぎる。

 大きな注目を集めるのは、当然だった。


 当初は高価すぎる代物で操縦士の訓練も手間の掛かるものだったお陰もあり、大国でさえ軍隊や官公庁での採用がせいぜいだったが、今では中小企業どころか個人で所有できる価格帯の普及機が市販されていて、俺も少しばかり恩恵に与っている。


 今ではアイアン・アームズ同士を様々な競技や、あるいはもっと直接的に武器を持たせて戦わせるプロリーグなんてものもあるが、そのぐらいには世間に浸透し、身近な存在として認識されていた。




 ▽▽▽




「教授、社会人向けの職業技術訓練所は無理でも、防衛大や警察消防の訓練校は……」

「先ほどの会議でも意見としては出たが、考慮すらされなかったよ」

「……理由を伺っても?」

「この三年間、みっちりとEROのことを学んでいたとは思えない発言だが、なあに、実に単純な理由だ。後藤君の発現能力が高すぎた」

「……ああ、はい」

「簡易訓練を積ませて免許を取らせたらハイおしまい、後は自助努力にて頑張って下さい……では、もったいなさ過ぎる」


 これも問題だった。

 例え無事にアイ校を卒業しても、身の振り方は操縦士に限定される可能性が高い。


 悪いことではないが、将来はERO技術者として身を立てようと努力してきたし、その成果はもう少しで得られるところまで来ていたのだ。


 今更文句も言えないし、人から羨まれる能力でもあるが……。


「それにだ、アイアン・アームズの操縦士教育に関して、アイ校以上の場所は国内になかろう?」

「それはそうですが……。教授、せめて大学部という選択肢はなかったのでしょうか?」

「ないね。後藤君は技術者の卵、いや若鳥として十分一流に育ちつつあったが、求められているのは高能力発現者、あるいは操縦士の卵としての君だ。大体、アイ校の大学部は高等部卒業者と同程度の操縦技術がないと、一年目から留年確定だと聞くぞ」


 もちろん、教授の発言に嘘はない。

 教職員の質、学内の施設や備品、ついでに生徒の能力まで含めて、日本最高峰のアイアン・アームズ操縦士教育施設と喧伝されていたし、それは紛れもない事実だった。


「しかし、この状況も捨てたものじゃないだろう? 日本のアイアン・アームズ史上でも上から数えた方が早い発現力と同時に、ERO技術者として……うむ、経験は不足ながら十分な知識を持つ君のことだ、将来は約束されたも同然だ。技術者にして操縦士、まるでかのクルト・タンク技師のようではないかね? それともいっそ、プロ選手にでもなってみるか?」


 だが、にやにやとした笑みを隠そうともしない教授の本音も透けて見える。


 発現者の男女比を考えればこれも仕方のないことだが……『アイアン・アームズ女子校』、略して『アイ校』という愛称の方が広く知られているように、入学する生徒の殆どは女子だった。


 おまけにその恵まれた環境から、日本最強の女子校の異名も持つ。

 各生徒に一機、予備機も含めて四百機近いアイアン・アームズを装備する高校など、通常ではあり得なかった。予算面で確実に破綻する。

 だが同時に、その掛かった予算に見合うだけの優秀な卒業生を多数排出してきたからこそ、現在もアイ校はその名を馳せているのだ。


「去年、男子中学生の高能力発現者が見つかったそうでね、今年アイ校に入学する男子はもう一人いるらしい。まあ、君にとっては何の慰めにもならないだろうが」

「はあ……」

「しかし、女子校に通う男子などそれだけで羨まれ、恨みを買ったところで不思議はない。通り魔には気を付けたまえよ、後藤君。……ああ、美人局(つつもたせ)にもか」


 割と冗談抜きで、そのぐらいの警戒心が本当に必要だぞと付け加えた教授は、もう一度ふふんと笑って冷め切ったコーヒーをちびりと含んだ。


 俺も教授を真似るようにコーヒーを口に運び……()の後輩になると気付いて、がっくりと肩を落とした。


 ……せめて、今月中に気分を切り替えよう。

 彼女にだけは、情けない兄貴など絶対に見せたくなかった。




 退学が決まったその日、俺は普段縁もない学部長どころか学長にまで挨拶をして、研究室に置いていた私物を抱えながら大学を後にした。


「元気でやれよ、後藤」

「また飲もうぜ!」

「おう、ありがとな、城田、山口」


 仲の良かった同級生に見送られて校門を出れば、振り返っている暇も、思い出に浸る余裕もなくなっていた。


 幸い、退学の手続きは今日の内に終わらせていたが、引っ越しと入学の準備が手つかずなのである。



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