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第十五話「生徒指導室」

第十五話「生徒指導室」


 萬田が去ったはいいが、俺と四天王達はどんよりとした気分で食事を再開していた。


 あれはもう、どうしようもないと思うし、性根を正してやろうなんて気になれない。

 取り巻きはいても友達はいなかったんじゃないのかと、勝手な想像すらしてしまう。


「あーあ……」

「なんだかなア、だネー」

「直接来たのは驚いたけど、内容にはもっと驚いた。幼稚すぎて」

「おお、流石は四天王随一の頭脳派ゆかりん殿。辛口ですにゃー」


 萬田にあきれ果てながら冷めた茶でライスを流し込んでいると、タブレットが震えた。


「お、城田からだ。……げ!?」

「竜一さん?」

「ああ、ごめん。添付ファイルの量が多すぎて、ちょっと驚いてた」


 あの馬鹿共、一晩二晩じゃ読みきれない量の……いや、ファイルの名を見れば、殆どはダミーようだ。


 萬田商事の調査報告もあるが、トーヨドや小木製作所、米アライアンス日本支社などの情報に紛れ込まされていて、湾大の就職課にあった資料のコピーって事になっている。


 ついでに……いや、ついででもないが、湾大の松岡研とトーヨドが共有している『例のアレ』の技術資料の最新版も含まれていた。




 ごちそうさまをして部屋に帰り、早速、部屋置きのデスクトップPCに送られてきた資料を広げる。

 エアタブレットともリンクさせているが、じっくりと読むときはやはりこちらの方が楽だ。


 俺は城田と山口に、萬田商事の調査を頼み込んでいた。

 もちろん、普通の大学生に出来ることなんて限られているが、あいつらによれば、公表されて表に出ている資料から読みとれること――例えば、決算や取引先ごとの取引額、納税額、採用実績なんてものを照らし合わせれば、会社の状態だけでなく、かなりの裏まで見えてくる。……らしい。


「へえ……」

「お兄ちゃん、何が書いてあるの?」


 そのあたりは、経済学部の友人知人や特機関連の会社に勤めるOBにまで網を広げて情報収集にあたったそうだが、なかなかどうして、素人仕事には思えない。

 特機関連の技術面はともかく、経済面までは詳しくない俺の為に、解説までついている念の入れようである。


「ん、ほら。萬田商事が最近拠出した寄付金の一覧」

「よくわかんないよ……」

「ここ。『国立特殊歩行重機操縦士訓練校』に五億円」

「あ! これが麻生会長の言ってた寄付?」

「たぶんな。前年度までは寄付がないから、萬田の入学に絡んで、ってところか」


 麻生会長の弱みとは、この寄付金のことだった。


 萬田が問題を起こしたり、あるいは不快な思いをすれば翌年度より寄付が取り下げられるから、なんとかせよと、教師――生活指導の別所先生から、彼の『快適な学園生活』について強い『要望』があったそうだ。


 俺ならば、この要望の粗を探してその場で突っぱねたかもしれないが、いかに三年生でも、まだまだ狭い世界しか知らない高校生には抵抗不可能だ。

 中高生なんて、大人という存在への絶対視が身体に染みついている方が普通で、同時に大人を疑い始める年頃だが、その無力さを身体いっぱいで感じて子供から少しづつ大人へと近づく、揺らぎのある存在でもあった。


 彼女も、内心ではおかしいと思っていたのだろう。

 でなければ、あんな表情で俺に萬田との衝突回避を頼むはずもないし、その後、部屋を訪ねて来て内情を全部ぶちまけることもなかった。


 確かに五億円なんて、並の個人でどうこう出来る金額じゃない。

 五億がお前のせいで貰えなくなるかもしれないんだぞ、なんて言われたら、俺も相当腰が引けると思う。


 だがこの五億は、寄付金だ。


 彼女は生徒会長だが、真っ当に学園生活を送る一生徒と、素行不良の可能性がある新入生の快適な生活に、何の関係があるのか。

 先輩として善意で新入生を導くのはありかもしれないが、寄付金の停止を回避する為に、板挟みにされるのは問題外だ。


 ましてやアイ校は、国立校である。

 私学で理事長やオーナーの息子が幅を利かせわがままを言うのは、多少……仕方なくも思えるが、この学校でそんな事態が起きているとは、情けなくも思うし呆れた。


 俺までやる気を削がれそうだが、萬田はこちらの身に降りかかる火の粉でもあったから、逃げるわけにはいかない。


「でも、お兄ちゃん」

「うん?」

「これが分かってもさ、わたし達じゃどうにも出来ないって思うんだけど……?」

「そうなんだよなあ……」


 桜の言うとおり、寄付金の裏付けが取れたからと、何が出来るわけじゃない。


 寄付金の額と相手は城田達でも調べがつけられたように、大っぴらに公表されている。裏金や脱税のような、キナ臭い物とは全く関係がなかった。

 出した側と出す側に繋がりがありますよと、関連を示すだけの情報なのだ。


「一つぐらいは打開策に繋がる何かが見つかると信じて、やるしかないさ」

「頑張って、お兄ちゃん!」

「おう!」


 と、桜の応援には軽く請け合ったものの、こりゃあ……相当な難題だ。


 学生()VS大企業という無茶な勝負を、学生VS学生というイーブンに持っていく為には、まだまだ材料が必要だった。




 ▽▽▽




『一年四組後藤竜一、至急、生徒指導室まで来なさい』


「え、俺!?」


 翌朝、眠気を我慢しつつ、朝練で疲れた身体を労りながらいつものように早めに教室へと向かえば、唐突な呼び出しである。

 それも男性の声だったので、少し驚いた。


 朝のホームルームにはまだ時間もあり、先生達は来ていない。


「後藤さん?」

「ああ、うん……。放送での呼び出しだから内原先生達も知ってるとは思うけど、伝言頼んでいいかな?」

「はーい」

「いってらっしゃい、後藤さん」


 今のところ呼び出しを受けるような理由は……ああ、昨日食堂で萬田にいちゃもんをつけられたなと思い出す。


 いや、アレを理由に呼び出しを受けるのか、との疑問も浮かぶが、俺は取り敢えず生徒指導室へと足を向けた。


「よ、カンニング野郎! 案の定呼び出されてんじゃねえか!」

「……」


 本当に朝から縁起でもない。

 一組から遠いはずの西階段を降りた一階、指導室へと向かう途中に萬田がいた。


 放送を聞きつけ、わざわざ待ちかまえていやがったようだ。


「無視してんじゃねえよ、コラ!」


 そのまま相手にせず、ため息さえも咽の奥に押し込んで階段を下りる。

 こいつとは、いよいよ本気で関わりたくなくなってきたぞ……。


「せいぜい停学にでもなりやがれ、クズが!」


 相変わらずの捨て台詞を背に、生徒指導室の扉をノックした。


「失礼します、一年四組の後藤竜一です」


『遅い! 早く入ってこい!』


 神経質そうな怒鳴り声に肩をすくめ、入室する。

 待ちかまえていたのは、二十代後半から三十代前半に見える、少々太り気味の男性教諭だった。

 目つきだけがやたら鋭く澱み、印象に残りそうだ。


「そこに座れ」

「はい」


 テーブルの上には、飲み干されたマグカップが一つと、筆記具――手書き用の原稿用紙があるきりだ。

 これではますます、何の用件で呼び出されたのか分からない。


「君は昨日の特機試験で、カンニングを行った。そうだな?」

「は!?」


 突然の決めつけに、俺はぽかんと口を開けた。

 反論も何も、身に覚えがないというか、四天王達でさえ不可能だと言っていたが……。


「昨夜我が校に、匿名の通報があった。入校も急遽決まったことなら、試験の申し込みも前日、これで特機免許の試験に合格するはずがないと、私も思う。そうだろう?」

「いえ、試験については――」

「教師に向かって反論するな!!」


 怒鳴られたからとそれだけで怯むようなことはないが、この教師、教師であり大人である自分が絶対に正しいと、生徒に全てを押しつけてくる厄介なタイプの人間のようだ。


 その正しさは、本人の中では全てに優先するので、理屈や道理が通じない。


 大体だ、俺はこの先生の名前も知らないのだが……。


「素直に認めて、反省文を書け。こっちだって忙しいんだ。今なら停学だけで済ませてやる」

「お言葉ですが、それは出来ません」

「反論するなと言っただろうが!!」


 ……俺が女子生徒なら怒鳴り声一つで萎縮させ言うことを聞かせられたかもしれないが、こっちは男な上に元大学生だ。


 身に覚えがない疑いも、認めてしまえばそれを論拠として罪にされることなど知っている。


「まあ、認めないならそれでもいいぞ。どちらにせよ、外部から通報があり、疑いを抱かれるような行動でアイ校の名誉に傷を付けたことだけは間違いないからな」


 まずい。

 その理屈は、論法の展開とこの教師の立ち位置次第で通る可能性がある。

 内容の正誤ではなく、政治力で問題化できる方法論だ。


 ……ああそうか、先手を打たれたんだと、俺は理解した。

 通報者は、間違いなく萬田の背後に違いない。


「教師として、実に情けない。内閣府ERO施策推進会議からの特命を受け入学してきた生徒に、カンニングなどという不名誉な理由で、停学を申し渡さねばならないとはな!」


 あ。

 ……この教師、S(サド)か。


 目の奥が笑ってやがる。


「一年四組後藤竜一、君は停学三日間と自室謹慎の処分とし、反省文は――」

「失礼します」

「誰だ! 使用中だぞ!」

「後藤君の担任の内原です、別所先生」


 静かに入室してきたのは、俺の担任、内原先生だった。

 助け船でいいとは思うが、ちょっと困ったような顔で、俺と男性教諭――別所先生を見比べている。


 ……だが、ようやく名前が知れた。麻生会長に無茶を押しつけたのも、この先生である。

 だんだん繋がってきたぞ。


「ちょ、丁度よかった、内原先生! 貴女からも言ってやりなさい。貴女のクラスの後藤が、カンニングを認めようとしないのです!」

「はい!?」


 大仰に驚いた内原先生の眼鏡がずれ、さっきの俺と同じようにぽかんと口が開いた。

 年上の女性とは思えないほど、可愛い表情である。


「……もしかして、昨日の特機免許の試験、ですか?」

「そうです。ああ、担任の貴女の監督責任でもあるのですよ! しかも外部からの指摘など……いらぬ恥を掻きましたよ。この責任、一体どう取られるつもりですか?」

「別所先生、外部とは、国家公安委員会ですか?」

「いいえ。昨夜、匿名の通報がありましてね。……ああ、その表情では、事の重大さがお分かりでないか? 生徒が生徒なら、担任も担任ですな! 貴女にももう少し、危機感を持っていただきたい!」


 内原先生は荒ぶる別所先生の怒鳴り声を何処吹く風とスルーして、まだ不思議そうな表情で首を傾げていた。

 案外度胸が据わってるらしい。


 ……そう言えば、ちょっと黒かったな、うちの担任。


「あの、別所先生は、特機免許をお持ちではなかったですよね?」

「は!? ええ、私は数学科の教師として、ここに奉職しています。特機の授業だけでは、アイ高は高校卒業資格を与えられないそこらの訓練施設同様に成り下がってしまいますから、我々一般教員がそれを支えているのだと自負しております」


 この先生、さりげなく他の訓練所を貶めたが、教師のしていい発言じゃないだろうに……。


「では、どのように試験が行われているかも、ご存じないんじゃないですか?」

「それは、私は、もち……ろん、発現なんてしていませんが、アイ校の教師ですぞ! 免許の試験ぐらい、どのようなものかは知っております! 公安委員会が用意した紙のマークシートにペンで記しを付ける、そして実機で――」

「はい、ストップです。後藤君」


 内原先生は、別所先生の言葉を遮って俺を見上げた。

 ……なんか不機嫌そうだ。


「はい、内原先生」

「君、昨日の試験でマークシート使った?」

「いいえ」

「ペンは?」

「使っていません。使ったのは、机に付属しているスタイラスです」

「馬鹿な!」


 ますます激高する別所先生に、内原先生は静かな様子で視線を向けた。


「別所先生は車の免許の試験をご想像されていたのでしょうが、アイ校内で行われる特機免許の試験は、国家公安委員会の主導によるモデルケースとして二年前より完全に電子化されています。映像記録と解答の書き込み時間を照らし合わせて、実技試験中にカンニングの有無の確認が取られる程度、ですが……ご存じなかったようですね」


 実は俺も、受験するまで知らなかった。

 無論、答えを書き入れる道具が違うからと問題の難易度まで変わるわけじゃないので、予め知っていても受験者にとって大した違いはない。


「それにです、何故生徒のカンニングなんていう重大問題が担任に通知されず、職員会議にも掛けられる前に、当事者の生徒が呼び出されているんでしょうか?」

「い、いや、それは……」

「大方、後藤君に認めさせてから公表に持ち込むおつもりだったんでしょうけど、公安委員会もアイ校も、そこまで甘くありません。……って、『匿名で通報された方』にもお伝え下さいね」


 おいおい。

 思ってた以上に真っ黒だぞ、うちの担任。


 最後の一言、絶対にいらないって……。


 ふうっとため息をついた内原先生は、言葉を失った別所先生を無視して、含みのある笑顔で俺の脇腹を小突いた。


「後藤君、君も君だよ」

「え?」

「隙ありすぎ。詰めが甘い。背中もがら空き」


 ……ごもっともですと、俺も別所先生を無視して内原先生に頭を下げた。




 ▽▽▽




 まだ何か言いたげな別所先生に失礼しましたと型どおりに挨拶して、内原先生に袖を引っ張られつつ、生徒指導室を後にする。


 朝からどっと疲れたが、初手を打つ前に足元を狙われてこの程度で済んだのだから、ましな結果だと思うしかない。


「放送で呼び出すなんて、お馬鹿よねえ」

「いえ、助かりました、内原先生」


 教室までこれ持ってと、授業に使うひなぎくのバルーン模型や教員用の大型タブレットの入った手提げを押しつけられる。


「矢面に立たされてる後藤君ならもう理解出来てると思うけれど、教職員にも、私みたいなERO研究者や本田先生のような特機畑の派閥と、一般教員を中心にした文科省系の派閥があってね。基本は武装中立なんだけど、時々角が立っちゃうの。……全員が全員じゃないけど」


 教室まで歩く間に、内原先生から教員側の事情を聞かされる。

 ……これは本田先生から聞かされたような黙認ではなくて、投げっぱなしという領域に入りつつあるんじゃなかろうかと、内心で頭を抱えた俺だった。


「別所先生ってさ、発現力がないっていうコンプレックスとアイアン・アームズ好きが合体して、変な(こじ)れ方してるんだろうね」

「はあ……」


 もちろん、俺の発言じゃない。

 隣を歩く内原先生である。


「あーあ、あの馬鹿辞めさせられないかなー」

「……」

「絶対に萬田商事の紐付きのはずなんだけど、証拠がないのよね」

「やっぱり、そうなんですね……」


 麻生会長への無茶な命令、女生徒の尻を触った萬田未来翔への対応、今日の俺の呼び出し。


 これだけの材料が揃っていれば、嫌でも気付く。


「ま、それはどうでもよくて」

「はい!?」

「……あのいやらしい目つきが、すっごい嫌なの」

「あー……」

「職員室とか梅花寮でも女性から避けられてるし、私も後藤君を迎えに行くの、どうしようか迷ったぐらいよ」


 ……危なく迎えが来なかったかもしれない。


 もう歯に衣を着せないどころじゃないし、生徒に聞かせていい内容ではなくなっているが、今更だ。


 とにかく萬田の背後にいる誰か、その内の一人はほぼ確定出来たが、さて、この蟻の一穴をどうやって広げたものか……。


「そうだ、後藤君。話は変わるけど、共同研究の準備会合、来週月曜の放課後に決まったから。予定、空けておいてね」

「はい、よろしくお願いします」

「教職員の方は大体のメンバーが決まったけれど、生徒の募集は火曜か水曜から始めるつもり。審査まではこちらで行うから、気にしなくていいわ」


 ああ、研究にもそろそろ、手を着けないといけないわけで……。

 二度目の高校生活は思っていたよりも忙しいなと、俺は窓の外、列を作って演習場へと向かうひなぎくの列に目を向けた。


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