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第十話「能力測定」

第十話「能力測定」


 食堂で萬田とかち合った翌日。

 朝練は授業期間中になり急に人数が増えて驚いたが、教室に入れば、少し早すぎる到着のせいでクラスメートはまばらだった。


「ふあぁあ、みんなおはよう」

「おはようございまーす」

「後藤さん、眠そうですね」

「おー、おはよう十河さん」


 今日は午前の健康診断と午後からの個人調整のお陰で、俺もクラスメートもジャージ登校である。……俺のジャージは市販品だが、制服と一緒に届く予定なので仕方ない。


「昨日はあの後……大学の同級生達にメール出してて、夜更かしになったんだ」

「え、もう外とのメールに許可出たんですか!?」

「教授を通して、向こうから申請してくれてたらしい。実家とはまだ連絡できないよ。妹に頼めるから問題ないけどね」


 登校時間をずらしたのは、食堂や廊下で萬田と出くわさないようにするのが理由だが、これには八重野宮や新派が早速、クラスメートの協力を集めてくれていた。

 ……スパイみたいで楽しいと、やる気十分の彼女達である。




 昨夜は十時の消灯ぎりぎりまで麻生会長と話し込み、その後城田や山口とメールを十数通、やり取りしていた。


 互いにメールの添付ファイルにはロックをかけ、研究室で使っていたキーワードを開錠に使う念の入れようである。


 アイ校のセキュリティは厳重だが、管理者は教師でメールぐらいは簡単にのぞけるはずだ。

 本文は研究内容の引継のことに終始したりと気を遣ったが、警戒しすぎってことはないだろう。


 萬田との勝負……いや、勝負にもなっていないかもしれないが、負けるわけにはいかなかったし、目的の為に手段を選ばないってわけじゃない。


 麻生会長も覚悟を決めたのか、俺は昨夜、彼女の知る殆ど全部を聞かされている。

 この一件、単に萬田が俺に絡んできただけなら教員が注意をしてそれでお終いのはずが、その注意が出来ないと言う点にこそ、問題があった。


 桜の『寝言』によれば、俺と桜の同居の遠因にもなっているらしい。お兄ちゃんの為だからと口にしていたが、俺の防波堤を自認して、彼女なりに裏で動いてくれていたようだった。


 予想通り……というか、それしかないのだが、萬田の件には外部の要素が大きく絡んでいる。

 萬田商事を中心とした、幾つかの大きすぎる前提条件のお陰で、アイ校の内部から生徒の手だけでこの問題を解決するのはどう考えても不可能と、俺の中では結論が出ていた。


 教師からくれぐれも『よろしく』と頼まれた麻生会長など、板挟みの極みだろう。

 素行不良の生徒を指導するのは、明らかに生徒会ではなく、文字通り生徒指導室――教員の仕事だ。


 ……いや、外部の圧力よりも、教職員の絡みの方が面倒かもしれない。


 大体、萬田未来翔が普通の性根の持ち主なら、俺も会長も……誰も困らなかったのだ。

 あるいは、発現の発覚時期が多少でもずれていたなら。


 いや、仮定は無意味か。

 今出来ることに集中しよう。


 当面俺は静かに事を進めるつもりで、不利な条件を覆すための情報を集めることにしていた。




「そうなんですか? って、先生だ。後藤さん、また後で」

「おう。……おはようございます、本田先生」

「おはよう、後藤」


 ばたばたと席に着く十河を見送り、俺の席に近づいてきた本田先生に挨拶する。

 時間はまだまだ予鈴にも早いが、なんとなく緊張感が漂っていた。


「……後藤」

「……はい」


 メールの内容はともかく、萬田とトラブルを起こしつつある……ぐらいはもう知られているかなと、姿勢を正す。


「状況は知っている。だが、内原先生や私は立場上、見て見ぬ振りしか出来ない」

「!?」

「だから、その範囲内で事を済ませろ」

「……!」


 余計なことはするなと釘を刺されるか思えば、意外な一言に目を見開く。


「いいな」

「はい。……本田先生」


 俺は立ち上がって、本田先生に頭を下げた。

 ここまで言わせては、申し分けなさすぎる。


「なんだ?」

「ありがとうございます」


 苦笑した本田先生は、小声になった。


「違うんだ、後藤」

「え?」

「この件については、大人の事情に麻生やお前を巻き込んだ教師や理事の不甲斐なさこそが責められるべきだと、私は思う」


 本田先生はそれだけ告げると、教室から出ていった。

 入れ替わりに、内原先生が入ってくる。


「まだ時間には早いから、そのままでいいわよ」


 本田先生には応援付きで黙認されたが、だからと大っぴらには動けない。


 アイ校の教師は、他にも沢山居るからだ。

 例えば……萬田商事と繋がっている教師、なんてのがいても不思議じゃない。

 大企業というものは、それだけで理由として十分だった。


 ここは一つ、俺も期待に応えたいところだが、さて……。




 俺の健康診断と身体測定は、学年の一番最後に回された。

 アイ校は一学年四クラス、クラス順に一組の一番最初が萬田、四組の一番最後に俺と、男性を中間から排除してトラブルが起きないよう配慮したと、最もらしい理由はついている。


 だが、恐らくは本田先生の気遣いだろう。


「はい、背筋伸ばして息止めて。……百八十二・二センチ」

「え?」

「後藤君、どうかした?」

「いえ。……まだ伸びるもんだなあと」

「成長期って、あくまでも平均的に成長しやすい時期よ。二十代になっても伸びる人は意外と多いわ」


 割とどうでもいいような、驚いたような。

 去年よりも一センチ、身長が伸びていた。


「じゃあ、失礼します。ありがとうございました」

「はい、お疲れさま」


 診断書のコピーを渡されて保健室を出れば、クラスの全員が俺を待ってくれていた。

 ……俺の『護衛』だと聞いて苦笑すると同時に、萬田避けには実際に効果がありそうで、上手いこと考えてくれたなあと心の中で拍手を送る。


「どうでした?」

「え? いや、どうって言うほどのものじゃないけど、まだ身長が伸びてたよ。百八十二・二センチ」

「高っ!」


 そのままぞろぞろと、実習棟に移動する。


 実習棟は整備区画と並び、アイ校で一番金の掛かっている建物だ。

 シミュレーターが集められた模擬訓練室をはじめ、超軽量級のアイアン・アームズを実際に使用して救助訓練などを行う屋内実機演習場、緊急時には政府に接収され本物の災害対策本部となる訓練指揮所、そして、今から世話になる計測室などが置かれている。


「よし、来たな。今日は一番から四番の測定器を使う。出席番号順に四番までシートに座れ。整備士さんに名前と番号をきちんと申告して、確認を取って貰えよ」

「はい」


 測定室には本田先生が待ちかまえていて、四つ並んだ精密測定器には、整備士がそれぞれ取り付いていた。


 俺などは先週測定したばかりだが、人によっては受験前に測ったのが最後という子もいるだろうし、アイ校では月に一度の計測で数値の変化を見るので、日付を合わせる意味もある。


「一年四組一番、赤坂美夢(みむ)です!」

「一の四の一、赤坂美夢さん。……こちらの個人情報の確認を願います」

「はい、間違いありません!」

「ありがとうございます。では、測定に入りますので、カバーを閉鎖します。肘掛けの固定レバーを握って下さい」


 本体となるパワープラントが床内に埋め込まれた測定シートは、全自動マッサージチェアに透明なカプセルと操作台をとりつけたような姿で、正直なところ、見かけは科学の粋を集めた最先端の機械には思えない。

 湾大の計測室に新型が納入された時見学したが、普通は発電所などに使う重い代わりに大出力を誇るパワープラントが使用されており、こう見えて一台で二十数億円もする高価な機器だった。

 

「起動、どうぞ!」

『はいっ!』


 ……ちなみにこのお値段だと、建設工事向けの普及型アイアン・アームズ、例えば小木製作所の『SW-10A』なら、オプションアタッチメント付きの新品が一ダースは揃う。


『ふあ……ぁ……』

『……う』


 ……とりあえず身体ごと後ろを向いて、測定器が目に入らないようにする。


 代わりに八重野宮と目が合ってしまったが、真っ赤になった彼女にふいっと視線を逸らされた。


「赤坂さん、負荷を一つ上げます」

『は、はい。……あぁん!』


 カプセル内からは若干どころではなく色っぽい声も上がっているが、EROパワープラントの起動時や、急に出力を上げた時など、リアクター内部が安定するまでは仕方がない。

 俺も先週、自身の身体で十分すぎるほど体感したが、確かに『気持ちいい』のだ。


 これは、マニア向けのアダルトビデオが出ているくらいには世間でも良く知られた、ERO方式パワープラント起動時の微妙すぎる弊害だった。




 パワープラント内のリアクターに呼び込まれ、エネルギーとして純粋変換されなかったERO空間由来の次元粒子が時空を越えたこちら側で崩壊する時、大半は元の次元に還元されるが、極々微少な――それこそ、発現者の周囲数メートルの空間内に存在する素粒子を全部調べて、ようやく一つ二つが巻き込まれて消滅したと確認されるかどうか、という程度のマイクロレベルでの空間崩壊が引き起こされる。


 この空間崩壊、人体の内部で起きようと全く影響ない。

 三次元に存在する素粒子とは違い、崩壊時に元の空間へと還るので放射線どころか熱や電磁波も観測されない――それが為に発見が遅れたとも言える――し、人体に無害なことも計算と実験で証明されている。……というか、高能力発現者の体内では、日常的にこの崩壊が起きているそうだ。


 ところが、ERO方式のパワープラントというものは、それをエネルギーとして利用する為に、次元粒子を無理矢理、しかも自然状態よりも大量に捕まえ、こちら側で最後まで崩壊させて都合良くエネルギーだけを取り出す。


 しかし、呼び込まれた全ての次元粒子をエネルギーに利用できるわけではない。

 お陰でリアクターがキャプチャーしきれなかった粒子の異常崩壊が波動となって放出され、体中をまさぐるように包み込むのだ。


 数メートルも離れれば減衰によって波動は感じられないが、測定シートの透明なカプセルは真横で作業する整備士を守るためのもので、測定者本人は……多少気持ちいいが、まあ、人体には無害である。


 ……ちなみに実機だと、慣れない内は別の要因も絡んで『もっと酷いことになる』と、知られていた。




 約二分後、ピンポンと電子音が鳴り、精密測定器の保護カプセルが開く。


「赤坂美夢さん、測定終了です」

「あ、ありがとうございました……」

「起動値は十二・八二K(クラリッサ)、安定値八・二一六K、瞬間最大値二十二・六七Kです」

「わ、ちょっと伸びてます!」


 発現能力を現すのに使われているクラリッサという単位は、世界で最初にこの測定方法を発案した開発者の娘さんクラリッサ・クルーゲの名前から採られていて、世界ERO学会では彼女が安定して出せた発現能力を一Kと規定している。


 ただ、クラリッサさんには残念なことに、無作為に選ばれた数万人の女性の平均値は能力のない人も含めて〇・〇五K、発現者のみの平均値なら凡そ二Kになった。

 男性の方は発現者の発見率が女性の数十分の一だが、発現者のみの平均値はこちらも二Kとほぼ変わらない。


 発見された男性の殆どが詳しく調査されていたが、性差や人種、遺伝的な特異性なし、出身地による差違なし、食事や経済的事情、知能、性格等とも因果関係なしと、この不思議は未だに解明されておらず、俺などは初回、血液検査や遺伝子検査、脳波の測定などもされていた。


 だが、分からないことばかりでもない。

 事例を収集して統計的な手法で裏付けが取られ、一般的に、パワープラントの起動繰り返しや、長時間の連続稼働で発現能力が伸びることも、既に知られている。


 しかし、ERO能力の発現が実在するものと確認され、訓練が有効と証明されていても、発現能力は人間の器官に由来するものではなかったので、パワープラントを利用した計測以外に指標となるものがなかった。

 お陰で有力な仮説はあっても効果の個人差が大きすぎて統一された理論の構築には至らず、効率的な訓練方法は確立されていない。


 俺の印象でも、理屈は横に置くとして、『パワープラントは頭の中で起動を思い描けば、その通りに起動する。強く念じれば、強く動く。そして、強く念じれば疲れる』となる。


 学会も研究者達も、言葉こそ選んでいるが同じような見解を持っていた。


「次、十二番まで!」

「はい」


 俺の出席番号は九番で三組目、すぐに呼ばれる。


「……追風(おいて)さん、大丈夫?」

「あはは、ありがと、後藤さん……」


 測定シートの上で、真っ赤な顔をして腰砕けになっていた五番の追風美都希(みつき)に手を貸し、立たせてやる。

 彼女はふらふらとしながらクラスメートの群れに戻っていった。


「一年四組九番、後藤竜一です」

「一の四の九、後藤竜一さん。個人情報の確認を願います」

「……。はい、自分で間違いありません」


 先週の測定以降、訓練をしていたわけでなし、能力が伸びているとは思えない。

 だが、二回の測定で発現に慣れが出たのなら、元は変わらなくても測定された数値が伸びる可能性が高かった。


 カプセルが閉じる。

 ……深呼吸を一回。


『起動、どうぞ!』

「はい」


 動け。


 俺が念じると、シートの背後から見えない大きな渦がうねるような感触が、徐々に伝わってきた。

 若干、身体がくすぐったくなってくる。


『負荷、一つ上げます』

「どうぞ」


 初検査の時の担当者によれば、俺は次元波動の影響を比較的受けにくいらしい。


 だから、カプセルの向こうでじっと俺を見ているクラスメート達に、笑顔を返す余裕ぐらいはあった。




 五分後、カプセルが解放される。


「ふう……」


 他のクラスメートより測定に時間が掛かった理由は、結果の数値にそのまま現れていた。


「測定終了。……えっと、後藤竜一さんの起動値は、せ、千四百九十二K、安定値九百八十一・六K、瞬間最大値……六千二百五十六K、です」

「はい、ありがとうございます。お疲れさまでした」


 手応えまでは感じなかったが、最初の見立て通り、前回の検査より一割は数値が伸びていた。

 とんっと勢いよくシートから降りて、肩を回す。


「後藤、その……普通に動いて大丈夫なのか?」

「はい、特には何も。文部科学省の検査の時、耐性が強いと言われました」

「いや、強いにしても……おほん、頼り甲斐がありそうでこちらとしては嬉しい限りだが、無理はするなよ」


 本田先生や整備員が息を呑み、クラスメート達は滅多に見ることのない数値にぽかんとしていたが、無論これで喜んではいられない。


 この学校には、萬田未来翔という俺以上に発現能力の高い奴がいた。


 ……勝てば、嫌みぐらいにはなるかなと、奴の顔を思い浮かべる。


 発現能力だけでアイアン・アームズ操縦士としての全てが決まるわけじゃないが、この数値を限界点とせず、本気で取り組みたくなってきた。


 面倒な状況は……既に発生しているが、アイ校で操縦士として学ぶという本分を忘れるわけにはいかないのだ。


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