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第九話「もう一人の男子生徒」

第九話「もう一人の男子生徒」


 入校初日の行事を無事に終わらせ、桜花寮に帰り着く。


 コンコン。


『あ、お兄ちゃん? おかえりー、入っていいよー』


 何故俺だと分かったんだろう?

 微妙に首を傾げつつ、三〇二二号室――自室のドアを開ける。


「ただいま、桜」

「見てたよ、お兄ちゃん。入校式でお姫様抱っことか、美味しいとこ持ってったねー」


 二段ベッドの上段で、桜はごろんと横になってエアタブレットでテレビを見ていた。


「あれはなあ……」

「あの子、大丈夫だった?」

「ああ、昼には元気に戻ってきた。……あわあわしてたけど」


 久坂は呼びに行ったはずの十河を引きずる勢いで食堂に現れ、俺やみんなに謝っていた。

 なんでも昨夜は緊張で眠れず、朝も早すぎる家族の到着に慌ててしまい、朝食抜きになったそうだ。


 昼からは校舎の見学にも参加していたし、問題ないだろう。


「そだ、部活動は決めた?」

「陸上部と茶道部にした」

「……あ、うち、サッカー部なかったね」


 アイ校は、部活動に自由がない。

 体育系と文化系、両方に所属して、それぞれ規定の時間に活動を行う規則になっていた。

 授業も詰まっていて何かと忙しい国立の技術系高校には、よくあるパターンらしい。


「八重野宮ちゃんは?」

「舞踏部と文芸部」

「……なんでそっちにしなかったの?」

「無理に合わせるもんでもないだろうが」


 流石にダンスはちょっとどころでなく照れくさいし、文芸部は一度立ち寄ってはみたものの、読む方ではなく書く方の部活だったので遠慮した。


 四天王達はいつの間にか八重野宮のことを八重野宮ちゃんと呼んでいたが、俺まで真似するわけには……いかないか。


「桜は何部なんだ?」

「わたしは合唱部と陸上部だったけど、今年からは生徒会だよ」

「ああ、麻生会長も手伝いがどうのって言ってたな」

「まあね。そだ、会長ってすごいんだよ。わたし達、四対一で引き分けにされちゃったことあるんだ」

「へえ……」

「……よいしょ、っと。お兄ちゃん、さっさと着替えちゃって。混まないうちにお洗濯してくる」

「おう、ありがとな」


 ベッドから降りてきた桜に、シャワールームへと追いやられる。


 俺の洗濯物は、桜が全面的に引き受けてくれていた。

 洗濯乾燥機の並んだランドリールームに男を入れるのは、必要上仕方なくても問題が起きやすいので最初から封じておく、ということらしい。


 ……口にはしなかったが、自分の下着を兄に洗わせたい妹もいないだろう。

 俺としても非常に助かるし、代わりに風呂とトイレの掃除係、ゴミ出し担当、おまけで臨時の家庭教師を引き受けていたから、辛うじてギブ&テイクにはなっていた。


「いってきまーす」

「はいよ、いってらっしゃい」


 もう一人の男子は、さて、どうしているのやら。

 彼は確か、一人部屋だったはずだが……。




 ▽▽▽




 その彼とようやく対面したのは、入校式の日の夕食時、いつものように四天王達と、後は階段で鉢合わせした四組の面々――新派や八重野宮などを加え、食堂の列に並んでいた時だった。


「お兄ちゃん、今日の和食はメバルの煮付けだって」

「お、そっちにするか!」

「だよね!」

「竜一さんと桜って、いつも同じの選ぶよね?」

「んー、合わせてるわけじゃないけど……」

「……ずっと同じ物食べて育ってきてるからなあ」

「そうそう!」


 こればっかりはなあと、じゃれてきた桜の頭を撫でてやる。


「ふふっ」

「それもそうでした」


「おい!」


 珍しい男声に、思わず振り向く。


 間違えようもないのだろうが、俺の他には一人しかいない男子生徒だった。


 名前は確か、萬田未来翔(あすと)、だったか。

 身長は俺よりかなり低く百六十五ぐらいだが、しなやかな感じの鍛えられ方だ。


 ……ついでながら、紫のジャケットに金のネックレス、左手にはブランド物の腕時計。

 優等生の多いこのアイ校でその格好とノリは浮いてるんじゃないかと思うが、それはそれとして、金持ってんなあと内心でため息をつく。


「お前がもう一人の男子なのか?」

「……ん?」

「お前しかいないだろうが、愚図」

 

 第一印象は、甘やかされまくったんだろうな、このクソガキは……としか言いようがなかった。

 シャープでモテそうな顔立ちが、途端、軽薄なツラに見えだす。


 同級生にしても最低限の礼儀は必要だ、と俺などは思うが、最近はそうでもないのだろうか?


 いや、男子生徒が二人しかいないこの『小さな世界』で、俺よりも上であると示すことによって、自分の立ち位置を周囲に認識させる、という魂胆かもしれないが……。


「早速女に手出してんのか? 最悪だな」

「……」

「昼だって、女抱いて目立ってたな」


 この一言で、俺より先に四天王とクラスメート達の方が怒気に包まれた。


 後ろ手にハンドサイン――というか、手を振りまくって彼女たちをどうにか押さえる。


「大学生だって聞いたからどんなすごい奴がいるんだと思ったら、ただでかいだけのアホだった、と」

「……」


 これ見よがしに肩をすくめた萬田は、俺を正面から見上げて鼻で笑った。


 世間知らずで甘やかされてきた十五歳なら生意気なところぐらいはあるだろうし、高校一年生から見た大学四年生相当の俺は、アホ呼ばわりも……されたくはないが、笑って許してやるのが大人だろう。


 ……少しだけ、怒りに任せて思いっ切りぶん殴ってもいいんじゃないかと考えた自分が情けない。


「ま、せいぜい頑張りな。中学ん時から鍛えてきた俺に、今から追いつけるはずもないだろうがよ!」


 俺が特に反論も何もしなかったせいか、彼はそのままどこかに行ってしまった。


 ……微妙な空気に包まれながら、わざと、大きく伸びをする。


「はあ……。みんな、悪かったな」

「え!?」

「なんで竜一さんが謝るんですか?」

「そうですよ!」

「なにあれ、サイアク」

「まあ、雰囲気壊した原因、俺の存在だしなあ……。流石に予想外だったけど」


 俺のことは、この際どうでもいい。


 悔しそうな顔をした桜や憤懣やるかたない表情の四天王、への字に口を曲げたクラスメート達に気を使ってこそ、俺が理想とする『俺』だ。


 大体、六つも年下のクソガキを、まともに相手するというのも大人げない。


 いや、俺の激高が萬田の狙いか?

 ……とも思いかけるが、そこまで計算の出来そうな頭の持ち主には見えず、全身の力を抜く。


「やれやれ、ですね」

「会長!」

「麻生会長……。騒がせて申し訳ないです」


 いつの間にか、昼間世話になった麻生会長が後ろに立っていた。

 憂鬱そうに口元を押さえ、ため息を飲み込んでいる。


 ……彼女が憂鬱になるほど、萬田の素行には『最初から』問題があるのかもしれない。


「いえ、後藤さんは冷静に、皆を押さえて下さいました。それだけでも助かります」


 今更ですが、少し説明しましょうかと、麻生会長は俺達を誘った。




 各々、メバルの煮付け定食やミネストローネのディナーセットを持ち寄り、隅っこのテーブルで会長を囲む。


 空気は相変わらずだが、皆の気持ちも少しは落ち着いてきた様子だ。


「萬田君は昨年、名前は伏せられていましたが、日本人で四十二人目の男性高能力発現者として存在が発表されました」

「お兄ちゃんは四十三人目?」

「いや、四十五人目だ。俺が定期検査受ける直前に、社会人の発現者が二人見つかってる。……っと、失礼しました、続けて下さい」

「ごめんなさい、会長」


 いいえ大丈夫ですと、麻生会長は儚げに微笑んだ。

 俺が考えている以上に、根深い問題なのかもしれない。


「いえ、話の枕ですから。えっと、後藤さんは、萬田商事ってご存じですか?」

「……もしかして、浜松グラップラーズの萬田ですか?」

「ええ、そうです」


 浜松グラップラーズは、アイアン・アームズのプロチームで、去年、トップリーグ――プロリーグはトップリーグ、セカンドリーグ、各地の地方リーグの集まりであるレジオナルリーグで入れ替え戦ありの三部制を取っている――で四位の成績を残した強豪だ。


 萬田商事の方は老舗の総合商社だが、近年、アイアン・アームズ関連の輸入で業績を伸ばしている大手の一角で、浜松グラップラーズのスポンサーでもある。確か、脚部駆動系のパーツに強かったはずだ。


 特に悪い噂は聞かないが、世話になっていたトーヨドがライバルチームである練馬クインビーズのメインスポンサーだったせいもあり、俺も通り一遍のことしか知らなかった。


「彼は萬田商事の創業者一族、萬田家本家の次男です」

「あー……会長、それは個人情報ですが、よろしいのですか?」

「はい。昨日になって萬田商事が公表しましたから、問題ありません」


 彼には失礼ながら……いや、もう割とどうでもいい気分だが、アイ校に入校して以来、そんな小さなニュースまで気にしていなかった。


「でも、それが却って、彼に悪影響を与えたのかもしれません」

「えっと……?」

「うちの情報委員会がつかんだのですが、能力発現に喜んだ彼の祖父が、訓練に励みなさいと、アイアン・アームズを買い与えたそうです。それだけならば、問題とはならなかったでしょう。ですが彼は、日本のアイアン・アームズ史上でも、上位に入る発現力の持ち主でした。大会出場の記録こそありませんが、引退したプロの指導の元、かなりの腕に至ったようです。……それもまた、悪手になってしまった」

「……増長したわけですね」

「はい。彼がプロ選手を目指していることもあり、萬田家では『男子たるもの頂点に立つ気概を見せてこそ華』と、高評価らしいのですが」


 同情まではしないが、かなり歪んだ育ち方でもしたのだろう。

 金持ちの息子で、何でも手に入って、おまけに発現能力も高いとなれば、そりゃあ……天狗にもなる。


 ただ、プロの選手にありがちな――正しくは、そのままでは決して一流に上がれない調子づいた二流のトップ、って感じなのが、最悪だ。


 ついでに情報委員会、君達は仕事が早すぎる。


「それで……非常に心苦しいのですが、後藤さん」

「はい」


 麻生会長は、随分と思い詰めた表情で俺を見た。


「出来れば、彼との衝突を避けていただきたいのです」

「……会うのを避ければいいですか?」

「はい、それで構いません。お願い、できますか?」


 俺としては、どちらでもいいというか、彼と関わり合いにならずに済むなら、それに越したことはない。

 会長の表情を見て、彼女が本気で困っていそうなことも、何となく理解できた。


 だが、貴重な男子生徒とは言え、一生徒の尻拭いを生徒会長が行うのは、不思議だ。

 彼女は……確かに生徒会長でもあるが、俺や彼と同じく一生徒にすぎない。

 第一、こんな状況に収拾をつけるのは教師の仕事なんじゃないか、とも思えてしまう。


「ちょっと、会長!」

「竜一さんは悪くないですよね!?」


 しかし、俺が了承をする前に、四天王とクラスメートが会長に噛みついた。


 ……だから何故、腐された俺より彼女たちの方が怒っている?


「あの……会長さん、どうして竜一さんの方が、一歩引かなくてはならないのでしょうか?」


 大人しそうな八重野宮まで、目が真剣味を帯びて……いや、そういうことなのかと気づく。


 桜以外は出会って数日だが、仲間意識――彼女たちはコミュニティの身内として、俺を認めてくれているのだ。

 逆に、俺だってその気になってるわけで……。


「みんなストップ。麻生会長が困ってるだろ」

「でもお兄ちゃん、わたし、納得行かない! だって、おかしいよ! お兄ちゃん、何も悪いことしてないもん!」

「落ち着け、桜。……あんまりこの場では言いたくなかったが、桜だけでなく、みんなもちょっと俺の話を聞いてくれ」

「後藤さん?」


 まあまあと宥めて、少し静かにさせる。

 桜なんて顔を真っ赤にして怒っているが、それをぶつける相手は会長じゃないぞ。


「麻生会長、彼に関して俺は、先ほどのすれ違いと、たった今会長から伺った情報以外、何も知りません。……これはいいですか?」

「はい、もちろん」

「ですからここから先は、完全に俺の想像ですが……」


 ……なんだか俺の方が会長を虐めているようで、すごくやりづらい。

 だが、ここで俺から言ってしまわないと、会長が後々立場を無くしてしまう可能性さえある。


「会長は、彼を庇わないと困るような弱みを握られてるか、状況を知っているかのどっちかなんじゃないですか?」

「!!」


 顔を真っ青にした麻生会長に、みんなも顔色を変えた。

 やっぱりなあと思いながら、会長に視線を向けて、出来るだけ穏やかな表情を作る。


 何と言えばいいのか……年齢差がイコール人生経験ではないが、先ほどの萬田しかり、奴とは比較にならないほど人間が出来ていそうな麻生会長しかり、元大学生から見た高校生達は、分かり易すぎた。


 自分が高校生の頃を思い返せば、やはり、恥ずかしすぎるぐらいに真っ直ぐだったわけで、彼女たちも今の俺と同じ歳には、大人の入り口に立っていることだろう。


 だが……。


「あ、理由は聞きませんから、安心して下さい」

「え……?」


 俺は会長が……麻生華子がどんな子かなんて、もちろん今日出会ったばかりで萬田と同じぐらい何も知らない。


 だが、彼女が昼間、久坂を本気で心配していたことだけは、知っている。

 信用するかどうかのとっかかりなんて、それで十分だ。


 小さくとんとんとテーブルを叩き、不安と不思議の入り交じった皆の顔を見回し、付け加える。


「みんなも絶対に聞くなよ。俺以上に、麻生会長の方が困る。……ような気がする。だから、この話はここまでな」

「……あの、お兄ちゃん」

「ん?」

「ひょっとして、ものすごく怒ってない?」

「……別に」


 うわあという顔で桜が俺を見上げ、テーブルに突っ伏した。


 ……いくら平静を装ったところで、桜には悟られても仕方がないか。


「桜、どうしたの?」

「う、うん。お兄ちゃんが何するか想像つかないけど、わたしは大丈夫の筈だよ!?」


 確かに俺は、怒りを押さえつけていた。

 クソガキに舐めた真似されてそのままなんてのは、格好が悪すぎる。


 だがそれ以上に、俺の為に怒ってくれた桜や四天王や、八重野宮らクラスメートに、心を動かされていた。


「ともかく……会長、彼は一組、俺は四組で、寮も二階と三階ですから、俺の方で気をつけます。それでいいですよね?」

「ええ、はい。申し訳ありません」

「あとはなるべく鉢合わせしないように……っと、これは四組のみんなにも協力して欲しいんだけど、いいかな?」

「もちろん!」

「がんばります!」


 だから、俺は……。


「そうだ、会長」

「はい?」

「俺が独自に調べて解決する分には、構いませんよね?」

「え!?」

「そりゃあ、桜がお世話になってる麻生会長が困ってそうなんですから、兄としては……助力するのが当然ですよ」


 俺はにやっと笑って、握り混んだ拳をぐっと突き出した。


 その上に、柔らかく温かな手が、重なる。

 八重野宮!? ……って、結構な力が込められた。


「後藤さん」

「……八重野宮、さん?」

「私、全力でお手伝いします!」

「あ、ありがとう」


 八重野宮が、めっちゃ怒ってる。

 嬉しいが、俺を見つめる目が真っ直ぐすぎてちょっと怖い。……凛として綺麗だが。


 その八重野宮の肩を、新派がぐっとつかんだ。


「ふふふ、ふふ……八重野宮さん、よく言った!」

「新派さん!?」

「よっしゃああああ!!」


 新派が大きく笑顔を見せ、拳を天井に突き上げた。

 周囲が若干、引いている。


「広美、ステイ!」

「いいや、今日の私は止まらない! みんな、さっきの後藤さんと萬田君見て、どう思った? 悔しくなかった? 腹、立たなかった?」

「そりゃ……」

「まあね」

「私ね、滅茶苦茶、悔しかった。引き下がった後藤さんを怒鳴りつけようかと思ったぐらい、腹が立ったよ。でも、後藤さんはきちんと怒ってるって分かって、私達が巻き込まれないようにしてたんだって気が付いて……大人と子供の差を見せつけられたみたいで、自分が情けなくなった」

「新派さん……」

「私は、情けない子供のままでいたくない! だから後藤さんに協力する!」

「私も!」

「もちろん、ミー達もゴーよ!」


 俺と八重野宮の手の上に、みんなの手が重なった。




 みんな、ありがとうな。




 萬田商事なんて大物を相手にするのは無理でも、状況をこちらで誘導して、ただの高校生一人に相手を局限するなら。


「取り敢えず、当面は、俺だけじゃなくて、みんなも萬田とは事を構えないこと。これも頼めるかな?」

「はい!」

「もちろんです!」


 やってやれないことはないって証明するよ、俺は。




 なあ、萬田未来翔(クソガキ)


 初っ端からあれだけの態度をとったんだ、俺を三下扱いして力を見せつけようとでも考えいたんだろうが。


 反撃ぐらいは、覚悟してるよな?




 ▽▽▽




 また明日なと、食堂でみんなと別れ、購買部で桜の機嫌を取るために買ったチョコレートビスケットの箱を手に、三〇二二号室へと戻る。


「……お兄ちゃん、まだ怒ってる?」

「べっつにー、おこってないぞー」

「嘘。絶対何かやらかす気だよね……」


 萬田未来翔を敵認定したが、俺はすぐに何かをするつもりはなかった。

 麻生会長の手前もあるし、こちらから彼に接触しないと約束したからには、きちんと守る。それが大人のやり方だ。


 ……無論、大人はずるいと昔から決まっているわけで、皆までは口にすまい。


「まあ、あれだ。桜達が怒ってくれたからな。どっちかというと機嫌はいいぞ」

「そうなの? ……あ」

「ん?」


 桜が立ち止まり、ポケットからタブレットを取り出した。

 たぶん、メールだろう。


「会長が、今から部屋に行ってもいいかしらって」

「俺は別にいいぞ」

「じゃ、おっけー、っと」


 さっきの話の続きだろうと、すぐに想像がついた。




「お邪魔します」

「はい、どうぞ」

「いらっしゃいませ、会長!」


 すぐに現れた会長は、先ほど見たロングのシャツにスカートから、スウェットの上下に肩掛けカーディガンと、見ようによっては色っぽい部屋着姿になっていた。


「お兄ちゃん、お湯沸いたよー」

「おう。さっきのチョコレート、小皿にでも出してくれるか?」

「はーい」


 桜が持ち込んでいた小さな折り畳みのテーブルを出し、俺が気に入っているメーカーの、インスタントじゃない方のコーヒーを振る舞う。

 使い切りタイプで毎回ゴミも出るしインスタントのレギュラーよりは余程高いが、缶コーヒーとの値段差を考えれば十分お買い得なのである。


 幸い、個室内でも電気ポットの使用は許されていた。

 但し寮則にはお湯だけで何とかなるインスタント食品以上の調理は厳禁と記されていて、調理がしたい場合は寮の一階にある生徒用の厨房を借りるらしい。


「会長、ミルクとお砂糖は?」

「えっと、ミルクだけで」

「はいっ」


 いただきますをしてコーヒーに口をつけてから、三人で顔を見合わせる。


 誰からともなく、ため息がもれた。


「……桜」

「なあに?」


 やはり話を切り出しにくそうな麻生会長に、助け船を出す。


「悪いけど、振りだけでいいから、しばらく居眠りしてろ。でだ、こっから先の話は聞かなかったことにして、今晩中に忘れてくれないか?」

「えっと、うん」

「ごめんね、桜ちゃん」

「いえ、大丈夫です。……ぐう」


 桜が目を閉じたのを確かめてから、麻生会長は小さく口を開いた。


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