総員、出撃せよ
「支援戦闘隊、出動準備完了いたしました」
富岡大尉から報告があったとき、横田少佐は専用軍偵車付き無電手と、話しているところだった。
「よし、そのまま待機していてくれ。それで村上曹長、無電が通じないと言うのはどういうことなのだ」
どうやら、何か問題があるようだ。
「空電がひどいのであります。少佐殿のお体に障らねば良いのですが」
横田少佐の機械の体は、時として、強い無電の影響を受けるのである。
「その心配は今のところなさそうだがね。しかし、すると支援戦闘隊との間の通信に支障が出るな」
「は。しかし、モールスならばなんとか、短距離であれば通じるのではないかと」
「ふむ。……しかし、この空電現象、自然のものではないような気がする」
「敵の、意図的なものでありますか」
村上曹長は、すっかり、考え込んでいるようだった。
「曹長はどう考えるね」
「は、たしかに、我々でも十分、できることであります」
「少佐、敵はいよいよ、本格的に帝都を狙ってきたようですね」
それまで黙って聞いていた、藤澤大尉が、そう、言った。
「ああ。本気のようだな。しかし、これはたぶん、第一波にすぎんぞ」
横田少佐が答えたとき、再び、サイレンが鳴った。
『特務歩兵中隊、出動せよ。繰り返す、特務歩兵中隊、出動せよ』
サイレンを圧する音で、放送が響く。横田少佐はさっと皆を振り返り、
「諸君、聞いたとおりだ。特務歩兵中隊、直ちに出動する」
「特務中隊支援戦闘隊、直ちに出動します」
「同無電班、出動します!」
「支援輸送隊、出動します!」
復唱する声が、格納庫に、勇ましく反響した。
それぞれの部隊が自動車に乗り込むと、格納庫の扉が、整備員によって開けられた。
自動車のエンジンが唸り、まず、横田少佐の軍偵車が飛び出す。
それに、各部隊が続いた。
あたりは夜の闇である。自動車のエンジンの唸りと、ヘッドランプが、闇を切り裂く。
目的地は、東京港だ。敵の機械兵は、港湾地区を狙っているのだ。
特務歩兵中隊の自動車が到着したとき、東京港には、すでに、機械兵が上陸を始めていた。
その機械兵に立ち向かおうとでもしたものか、港湾労働者の中に、すでに死傷者が出ている模様であった。
しかもなお、機械兵の上陸は続いている。
「第一小隊、機関銃射てぇ!」
富岡大尉は、機関銃の用意ができるとすぐ、号令を発した。
機関銃の弾を浴び、機械兵は次々と、東京湾に落下する。
しかし、破壊されたわけではない。反撃も開始され、まず、機関銃手の一人が直撃弾を肩に喰らう。
戦友が銃に飛びつき、被弾した機関銃手は素早く、建物の蔭に引き込まれた。
「支援輸送隊、第二号車を呼べ」
横田少佐は一人、銃弾が飛び交うのもものとせず、立って敵を見据えていた。
「は?しかし少佐、第二号車には、高射砲が」
藤澤大尉、いささか不審げな顔である。
「高射砲を水平に射撃する。発射位置は第二倉庫と第三倉庫の間だ。二分以内に射撃開始」
「了解しました」
村上曹長が、無電に向かう。
富岡大尉率いる支援戦闘隊は、この時すでに、四挺の機関銃を投入して、機械兵の足止めにあたっていた。
そこに今度は、高射砲の轟音が轟く。
高高度を飛ぶ飛行機すら、撃ち落とす威力を持った弾だ。さすがの機械兵も、胴体を、頭を撃ち抜かれ、破片を撒き散らして、倒されていく。
「すごいぞ、おい」
支援戦闘隊の山田剛蔵軍曹は、そう、思わずつぶやいていた。
そうこうするうちに、機械兵達の反撃も、熾烈を極めてくる。
敵は、海中から、砲を発射しているのだ。命中率は悪いが、しかし、破片が降り注ぎ、直撃弾を受けた倉庫が一つ、崩壊した。
第二倉庫だ。高射砲の火線が一瞬、沈黙する。
それを狙いすましたように、今度は空から、敵が襲いかかってきた。
高射砲が狙いだ。機関銃も、戦友に弾が当たることを恐れて、発射できない。
だが、ここで落ち着いて銃を構えたのは、横田少佐だった。
「くらえ!」
横田少佐が構えた銃、いや砲から、一条の火線が敵機械兵に向かった。
狙ったのは、機械兵の砲である。狙い過たず、少佐の撃った弾は敵機械兵の砲に命中。
機械兵は自らの砲弾で爆散し、また、すぐ近くの機械落下傘兵も、誘爆によって四散した。
「富岡大尉、落下傘兵の落下傘を狙え!」
横田少佐の声が、富岡大尉に飛ぶ。
機関銃が三度、轟いた。高射砲も、再び射撃を開始する。
が、射撃開始直後、港の海面が泡立ち、盛り上がった。
水柱が上がり、そしてそこから現れたものは。
「機械兵……」
「……なんて巨大なんだ」
ああ、なんということであろうか。
身の丈十メートルはあろうかという、鋼鉄の巨人だ。高射砲が鋼鉄の巨人を狙うが、全く、動じる風もないのだ。
しかしここで引き下がっては、軍人魂の名折れである。
富岡部隊も、高射砲も、必死の射撃を開始する。機関銃の一丁など、銃身が熱くなって、危険な状態になりかけている。
そこで、横田少佐が、携帯砲を片手に、立ち上がった。
雨あられと、敵の銃弾が降り注いでいる中である。慌てて、少佐を引き止めようとした藤澤大尉も、軍帽を吹き飛ばされて、再び物陰に伏せる。
「少佐、危険です!」
いっているそばから、横田少佐が被弾した。
弾の勢いに、横田少佐がはじき飛ばされる。
「少佐!」
「怪我はない」
落ち着いた声である。少佐は再び、立ち上がり、携帯砲を持ち直した。
そしてさらに、炸裂磁界爆弾をいくつか、用意する。
「砲及び機関銃、敵巨大ロボットの左股関節に集中射撃を加えよ!わたしが接近したら、閃光弾を発射し、相手の感知素を潰せ」
命令を叫んだが、轟音の中である。富岡大尉からの応答はない。
無電もまだ、使えない。
しかし、ここで知恵を出したのが、輸送隊の望月通信員である。望月通信員は懐中電灯を取り出し、点滅させ始めたのだ。
モールス信号である。艦船が、信号灯で通信するのと、同じ原理だ。
しばらくして、富岡大尉の方からも、同じモールスで返事が返ってきた。機関銃の狙う先が、変わっている。
高射砲も、狙いをすでに変えていた。
関節の、ごくわずかな隙間に、銃弾と砲弾が、集中する。横田少佐の高性能人工眼球以外には、見てとることができなかったのだが、そこには、鋼鉄の装甲がない部分がたしかに、あったのだ。
わずかな急所を集中攻撃され、鋼鉄の巨人は、がっくりと左側に倒れ込んだ。関節が、破壊されたのだ。
それを見て取り、すでに巨人に接近していた横田少佐が、巨人の肩へ飛び移る。
富岡大尉は、その同じ瞬間に、閃光弾を発射していた。
何が起こるか知っていた横田少佐は、しっかりと目をかばっている。閃光弾で感知素を灼かれるのは、横田少佐とて同じなのだ。
閉じた瞼越しにも、眩しい光が閃き、それが無くなったと感じるや、横田少佐は携帯砲を巨人の首と、頭のつなぎ目に押しつけた。
ここにも、わずかな隙間があるのだ。護謨のようなもので覆われ、海水にも中の機械がやられないようになっているが、装甲されていないのだ。
横田少佐は、その隙間に携帯砲の狙いを付け、間近から発射した。
反動で、横田少佐は足を滑らせ、巨人から落ちそうになる。
そこに、横田少佐に気付いた巨人が、拳をふるってきた。
横田少佐、それを見て、体勢を立て直すのをやめる。横田少佐はそのまま、巨人の首に衝突し、巨人の拳は先程まで少佐のいた、肩口を自ら殴りつけていた。
自らを殴りつけて、巨人は大きく、姿勢を崩した。どうやらこの巨人、図体は大きくとも、あまり頭というものはないらしい。
横田少佐は、先の砲撃でできた亀裂に手をかけて、なんとか、振り落とされることを免れた。
そしてこの不安定な姿勢から、さらにもう一発、砲弾を巨人に撃ち込む。
巨人の首に大穴があき、その動きが、ぎこちないものに変わった。
どこか、重要な場所を、破壊したのだ。しかし、巨人は未だ、完全に動きを止めるに至っていない。
それどころか、ぎこちないながらも、動きは激しいものに変わっていた。
少佐を振り落とそうとするかのようだ。横田少佐は片手のみで巨人にしがみついた姿勢で、携帯砲を背負いなおし、炸裂磁界爆弾を取り出した。
炸裂磁界爆弾の、信管のピンを抜き、そして巨人の首にできた大穴から、それを放り込んだ。
二秒後、巨人は突然、動きを止めた。
炸裂磁界爆弾で、電子頭脳が破壊されたのだ。
同時に、少佐も、落下する。
なにか、ただの物が落ちるような、そんな落ち方だ。落ちた先は、海の中である。
「少佐!」
まず我に返り、叫んだのは、藤澤大尉だった。
次に気を取り直した富岡大尉が、隊員を指揮して、少佐を助けるべく、動き始める。
「浮かんでこないぞ!」
動転している藤澤大尉は、岸壁に駆け寄って、そう叫んでしまった。
「少佐の体は機械です。それで浮けるわけがないですよ、藤澤大尉」
富岡大尉、かなり落ち着いている。
「じゃあ、どうやって助けるんです」
「網を打つんですよ。……おっと、その必要もなかったようです」
海水を滴らせながら、岸壁を這いあがってきたのは、たしかに横田少佐だった。
「お早かったですね。もう少し、苦労なさるかと思いましたが」
「ロボット兵達が刻んだ手がかりを、そのままよじ登ってきたからさ。やれやれ、この体で水練をするとは、考えてもいなかったよ」
「しかし、どうして、岸壁に飛び移られなかったのですか」
先程まで動転していた藤澤大尉は、動転した自分が恥ずかしかったのか、やや不満げな口調でそう、質問を発した。横田少佐はそんな大尉に優しい目を向け、
「なに、あの炸裂磁界爆弾という奴、至近距離ではわたしにも有害だからさ。わたしの体は、あいつほどお粗末にできていないので、ほんのしばらく動けなくなっただけですんだがね。
さて、お喋りはここまでだ、諸君。ここの始末をする必要があるが、これは我々だけの手には負えないようだ。通信班!」
呼ばれて駆けつけてきたのは、無電通信班長の結城正勝少尉だった。
彼は、ずっと、輸送車の蔭においてあった無電通信車に詰めていたのだ。少佐が墜落したと聞いて、様子を見に飛び出したのだ。
「空電はどうなっている」
「現在はおさまっています」
「では、本部を呼び出して、回収班をよこすよう、要請してくれ。我々は回収班到着までの間、この場で作業及び警戒にあたる」
「了解いたしました」
結城少尉は、敬礼すると、通信車に戻っていった。
さて、このようにして機械人間の上陸は阻止されたわけであるが、彼らの侵略は、これで終わりであるということではない。
その侵略に対抗すべく、今、特科機関は立ち上がったのだ。彼らと、彼らに協力する人々が、いつか、この敵の正体を暴きだし、この敵を撃退するにちがいない。