その名はカ壱號
むろんのことであるが、貴重な機械人間の資料を取り上げられ、技師達は怒った。
「どうしてですか、専務!」
と、そう喰ってかかったのは、鈴木技師である。
「苦労して手に入れた資料ですよ、それをどうして、むざむざと渡してしまったのですか」
「強権発動されては、困るからね」
と、相田規満は答えた。
「強制的に持って行かれては、その途中でなにか壊されたり、君たちが怪我をしたりするかも知れない。それが大人しく渡した一つ目の理由だよ。それに、二つ目の理由としては、今後の交渉をこちらに有利なようにしておきたい。
なに、あれは一時的に貸してやったのだ。利子付きで返してもらえばいいじゃないか」
相田は、そう考えていたのだ。
特科機関司令、本郷巌大佐も、横田少佐から伝言を聞いてまず、その事に気付いた。
そして会談が行われたのは八日後の晩、帝都のとある小料理屋でのことだった。
特科機関からこの会談に参加したのは、本郷司令と神田参謀長である。
「お話は、横田からうかがっております」
互いに紹介を終えた後、まず、本郷大佐がそう、切り出した。
「結論から、まずお話ししましょう。あなた方が我々に協力して下さるというのであれば、ロボットはお返しします」
いきなりの、申し出である。これには川口社長と相田専務も、驚いたようだった。
「協力?と、おっしゃいますと」
「我々に対する協力です」
「特科機関、と言われましたか。具体的には、一体、何をしているのですか」
むろん、特科機関の存在は、広く市民の知るところではない。
極秘機関なのだ。それを本郷大佐は、説明するのだろうか?
「失礼ですが、あなた方について、詳しく調査分析させていただきました。その結果、信頼すべき相手と判断しましたので、ご説明しましょう。ただし、これから話すことは機密ですので、他言無用です。神田中佐」
司令に促され、神田中佐は軽く頭を下げると、やや居住まいを正した。
「我々の組織は特殊科学作戦機関|といいまして、特殊部隊の派遣と敵の分析を目的とする機関です。このまえ、相田専務が会われた横田少佐が、特殊部隊の指揮官です」
「敵の分析と言われましたな。しかし、あのロボット……でしたか、あれが帝都に出現したのは一月も経たない前のことだったと、そう記憶しておるのですがね」
川口社長、さすがに鋭い。
「それから特科機関が作られたにしては、ずいぶん、反応が早かったようですな」
「特科機関が作られたのは、三年前です」
神田中佐はそう、訂正した。
「この日の来ることを、予測していたのです。そのために、少人数ながらこれに対抗しうる戦力を養成し、またそのための特殊装備の開発も進めてきました」
「一つお聞きしてよろしいですか」
神田中佐が言葉を切ったとき、そう質問したのは、相田だった。
「横田少佐が特殊部隊指揮官だと言われましたが、何故です?わざわざ彼を拉致し、偽装死させてまで、指揮官に据えているというのが、いささか奇怪に思われるのですが」
たしかに、奇怪としかいいようがない話だ。
この問いに、神田中佐は司令に目線で問いかけ、本郷司令は頷いた。
それから神田中佐は向き直り、
「横田少佐、いや、横田榮君を拉致したのは、我々ではありません。我々の敵です。彼は五年間、彼らに囚われていましたが、四年前にそこから脱走しました。彼がもたらした情報に基づいて、特科機関が編成されたのです」
「なにやら、小説めいた話ですね」
相田規満は、疑っているのではないが、しかし、信じがたいとでもいいたげな顔であった。
「事実は小説より奇なり、と言いましてな」
と、これは本郷大佐だった。
「彼は情報と同時に、我々に一つの秘密兵器をもたらしたのです。ここから先は、あなた方が協力して下さると言わない限り、お教えできない。しかし、ロボット軍団に対抗できる、ただ一つの武器だと申し上げておきましょう」
「なかなか面白そうな話ですな、本郷大佐」
どうやら川口社長、乗り気であるらしい。
「しかし大佐、対抗できる武器があるのなら、それで良いのではないのですかな。我々が出る幕はないようですが」
「それがそうでもないのでしてな。少佐がもたらした武器は一つだけ、しかも少佐自身しか使えないのです。替えもなければ他の隊員にまわすこともできないのですよ」
「……その、唯一の武器というものを、我々が研究してもよろしいとおっしゃるのであれば、ご協力させていただきましょう。むしろこちらから、お願いしたいくらいです」
「社長」
相田専務はそう、声をかけたが、すっかり諦め顔だった。
本郷大佐も、やや苦笑気味である。
「いや、その一点に関しては、横田少佐の意見を聞かねばならんのです。しかし、ご協力いただけるのですか」
「喜んで」
ことここに至れば、後は詰めを残すのみであった。
酒と料理の後、川口社長と相田は、特科機関本部に招かれる。
夜更けであったが、本部はまだ、活気があった。
さすがに婦人職員の大半は帰宅させてあったが、それでも人気がないという感じはない。
とくに、技術部は、まだ煌々と明かりが灯り、人々は忙しく立ち働いていた。
「あ、本郷司令」
まず気付いたのは、岩坂二郎技師だった。
「お帰りじゃなかったのですか」
「君たちが働いているところを、こちらのお二方に見てもらおうと、そう思ってな。深山工業の川口社長と、相田専務だ」
「相田?」
奥の方で素っ頓狂な声を上げたのは、早見良太郎技師である。
「我らがマドンナ、相田道代嬢と同じ名字ですね」
「どの面でマドンナなんて言っているんだ、早見」
と、誰かがからかう。
「ふん、男は顔じゃない。たとえこの顔は下駄のように四角く、身の丈は低く、体つきは岩のようにごつごつしていてもだなあ」
「無駄無駄、美女と野獣どころか」
「美女と屑鉄」
「屑鉄とはそれは俺に対する嫌味か」
若い声が、これもからかうように響いた。
なんと、横田少佐だ。そのそばには、富岡大尉もいる。
「少佐、君もいたのか」
本郷大佐は、そちらに歩み寄りながら、言った。
黒い戦闘服に身を包んだ少佐は、向き直って敬礼する。
「は。夜間訓練を終了したところです」
よく見ると、少佐の戦闘服にはいくつか、弾痕がついていた。
「撃たれたのか」
「通常態勢では、これが限度です」
「それに大佐、今回少佐には、敵ロボット役をしてもらったのですよ。なにしろあれは横田少佐の本来の速さより、何倍も遅くしか動けませんのでね」
井上弥一郎博士が、横から説明を加えた。
「本来の速さであれば、撃たれることはなかったでしょう」
そう、井上博士はごく穏やかに言ったが、しかし、後ろで聞いていた深山工業の二人は、目を丸くしている。
よく見ればたしかに、少佐の戦闘服には、二つ三つ、丸い穴があいているのだ。中には、心臓を直撃している位置のものもある。
「……よく、生きているものだ」
川口社長は、呆れたように言った。
それを聞き、神田中佐が、
「当然ですよ。彼は改造人間ですから」
「……今、なんと?」
「改造人間、カ壱號。極秘書類に載っている秘密兵器は、横田少佐本人です」
「まさか」
信じられない、という声を上げたのは、相田だった。
「しかし、横田、君は……」
「生身でなくなったのは、例の失踪事件の直後だよ。頑丈な体でね、銃弾程度では傷一つつかない」
横田少佐本人は、至極あっさりと、そう説明し、そして旧友の驚きの顔を見て笑った。
「そんな顔をしないで欲しいものだな、脳は自前だ」
「しかし横田、いきなりそんなことを言われて、信じられると思うか」
「信じようが信じまいが、俺の体が機械だという事実は変わらんさ。……ん?」
不意に、構内にサイレンが響きわたった。
本郷大佐が壁の構内通話機の受話器を取り上げ、二言、三言、何事か言う。
それから受話器を下ろすと、一同を振り返った。
「国籍不明の飛行物体が、帝都に接近中だ。
陸軍対空防衛部隊が、これの撃墜に失敗した。高射砲が効かぬ相手だそうだ。
総員、出動準備せよ」
「はっ」
居並ぶ特科機関員達、一斉に応じる。
そしてまず動き出したのは、横田少佐だった。富岡大尉が一歩遅れてそれに続き、技術班員達も動き出す。
「川口社長、あなた方は司令部の方へお越し下さい」
本郷大佐、悠然とした口振りでそう、言った。