電撃!技師魂ここにあり
何かと機械人間に縁があるようだな、と、相田規満はいささかうんざりした気分で考えた。
二度目ともなると、相手をじっくりと観察する余裕も出てくる。黒光りする金属の頭に、光電眼が二つ付いているのは、なんだか滑稽な感じすら与える。大砲のような銃は、この間と同じもののようだ。しかし、今回の機械人間は、腕に銃を持つのではなく、肩に銃を取り付けてある。
「歩く砲台と言ったところでしょうか」
と、感想を述べたのは、川口憲明技師だった。
川口善三社長の、甥である。三度の飯よりも機械をいじることの好きな、根っからの技術者である。
いまも機械人間に銃を突きつけられていることより、機械人間の機構に目が行ってしまっているらしい。伯父とは、似たもの同士なのだ。
「戦車より、よほど役に立つかも知れませんね。小回りが利くし、車で運ぶこともできる」
「飛行機に乗せることもできる。しかしこいつら、どうしてここに来たのかな」
「どうやら、これが欲しいみたいですよ、専務」
川口が指さしたのは、一枚の書類だった。
書類と言うより、設計図に近い。この間、川口社長がどうやってか手に入れた、機械人間の部品を調べた、その調査書だ。
「ふむ。ときに、本物の部品はしまってあるんだろうね」
「爆撃されたって、壊れないようにしてありますよ。でも、目の前のこいつを分解したほうが、社長が持ってきたかけら一つよりもずっと、役に立ちそうですね」
「分解できるようなら、分解すればいいさ。それより問題なのは、警察程度じゃこれに歯が立たないと言うことだ」
などと話している二人を、機械人間は無表情に監視している。
なんとなく、不気味な感じだ。その場にいる人間には、立ちすくんでしまっているものもいる。
だが、この場にいる大半は川口技師と同じ、若い技術者だ。好奇心旺盛で、しかも覇気のある、若さ溢れる連中だ。
その中の一人、三浦一平技師が、こっそり動き始めた。
手にしているのは、二本の電線だ。長い電線を、それぞれ一本ずつ、天井の可動機から垂れ下がった鎖に、それぞれからみつかせる。
それを見て、鈴木二郎技師が、ゆっくりと可動機の操作盤に近付いた。
川口技師と相田規満は、ともにその動きに気付いたが、素知らぬ顔。機械人間はどうやら、まったく気付いていないらしい。
鈴木技師と三浦技師は、うなづきあい、そしてスイッチを押した。
機械人間が、物音に気付いて振り返る。
鈴木技師が可動機を機械人間に向かって走らせ、三浦技師は高圧電流を鎖に流す。
機械人間が、鈴木技師に狙いを定めた。
危ない!
と思った瞬間、こんどは中川技師が、手元にあった変圧器用コイル鉄芯を、機械人間に向かって投げつける。
鉄の塊は、狙い違わず、機械人間を直撃した。鈴木技師を狙った銃がそれて、扉に大穴をうがつ。
そこで、二本の鎖が、機械人間に触れた。
ばちっ!という大きな音がし、青い火花が散って、機械人間がゆっくりと倒れた。
三浦技師は、電流を止める。
長い接地線のついたエボナイト棒を持った技師補が、すぐに駆け寄って、機械人間が帯びている危険な電荷を取り除いた。
「いいものが手に入りましたね、班長」
さっき銃弾が耳をかすめていったばかりだというのに、鈴木技師は、にこにこ顔である。
技師魂ここにあり、なのである。
どんなものであれ、それが機械であるならば、触ってみたい、動かしてみたい、ばらしてみたい。そのためには多少の危険など省みない。
そして、気の早い連中はさっそく、カメラや切断機や計測器を引っぱり出して、機械人間を調べる準備にとりかかっていた。
川口技師も、いそいそと機械人間を調べにとりかかろうとする。
その時。
ずしん、ずしん……という、腹に響く音が、しだいに近付いてきた。
ごくわずかな者がそれに気付き、窓の外に首を出す。
同時に、悲鳴が上がった。
窓の外を見ていた連中のものでは、ない。機械人間を取り囲み、計測器を睨んでいた連中のものだ。
「停電だ!」
「ああっ、せっかくのデータが!」
「おい、それどころじゃないぞ!」
窓の外を見た奥田技師が、同僚に向かって叫んだ。
「データが取れなくなったのに、それを軽視する気か、君は!」
機械人間にとりついていた、鈴木技師が、そう叫び返した。
「ちがうんだ、窓の外を見ろ。機械人間がまだいるぞ」
「……五体はいるようだな」
手持ちぶさたになっていた相田規満は、鈴木技師と並んで窓の外を見ながら、そうぼそりとつぶやいた。
太陽のもと、五体の機械人間が、黒光りする体を陽にあてながら、近寄ってくるのが見えた。
肩口の銃口が揺らめいて見えるのは、暑さゆえのことか、それとも発射せんばかりになっているせいか。
機械人間は、ゆっくりと銃口を動かし、研究室に照準を合わせた。
調べる手を止め、窓に群がっていた技師達は、皆、その場に凍り付く。
さすがに、この苦境を打破するだけの手を思いつけるものは、いなかった。
誰かが念仏を唱える。
相田は、窓枠をきつく握りしめた。視線は機械人間に向けたままだ。あの世まで、その姿を眼に焼き付けたまま、行ってやろうという気分だ。
だが、その覚悟は、必要なかった。
突然、ヒュルヒュルと音を立てて、何か黒っぽいものが天から降ってくる。
まず機械人間達が気がつき、それを見上げた。
そしてその瞬間に、白光が閃く。すさまじい光だ。マグネシウムを焚いたときより、ずっと明るい。
技師達と相田の目がくらみ、何も見えない間に、次は轟音が轟いた。
「伏せろ!」
と、とっさに叫んだのは、最年長者の柳川技師だった。
皆、『柳川の親父さん』の声で、一斉に床に伏せる。頭をかばい、体を小さくして、窓からなるたけ離れる。
どかんどかんという腹の底に響く音と、たんたんたん……という単調な音が混じり合って響き、やがて止んだ。
しばらくして、一人、二人と我に返る。相田も立ち上がり、そうっと窓の外をうかがった。
機械人間が、壊れた鉛の兵隊のように、表の試験場に転がっていた。そのそばには、何人かの軍人らしき人影がある。
「みなさん、ご無事ですか」
戸口から入ってきた陸軍少尉が、皆に声をかけたのは、そんなときだった。
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ここで数分、時間を遡る。
横田少佐は、富岡大尉率いる支援戦闘小隊に援護を受けながら、最後の機械人間を倒しにかかっていた。
閃光弾で視覚感知素をやられた機械人間は、動きが鈍い。しかし、それでもまだ強敵だ。
「大尉、新式弾を使え!」
「しかし、少佐も巻き込みます」
「多少の焦げ目がつくことなど構わん、やれ!」
横田少佐は、機械人間の足を止めながら叫ぶ。
富岡大尉は腹を決め、小型携帯砲に、新式弾を装填した。
携帯砲を担ぎ、慎重に狙いを定めて、発射。新式弾は狙い違わず、機械人間に命中した。
横田少佐は、着弾直前に飛びすさる。機械人間は一気に炎に包まれ、次の瞬間、自らが持っていた爆弾の爆発で、あっけなく飛散した。
「少佐、ご無事ですか」
携帯砲を下ろすのももどかしく、富岡大尉は横田少佐のもとに走り寄る。
横田少佐は、駆け寄ってきた部下達を見回し、
「なんともない。
それよりも、事後処理にかかるぞ。富岡大尉はロボットの回収を。増田少尉」
「はっ」
「君はここの民間人達の様子を見てきてくれ。怪我人がいればその手当をし、また彼らが外部と連絡を取らないよう、遮断してくれ。ただし、くれぐれも手荒な真似は慎むように」
「了解しました」
「藤澤大尉、わたしはいまからここの責任者に会いに行く。同行してくれ」
「はっ」
富岡大尉、増田少尉がそれぞれ、命令に従うべく動き出すと、横田少佐は研究所内に向かった。
入口で腰を抜かしていた、守衛の爺さんの前を通り、慌てて飛び出してきた事務服姿の男に、案内を求める。
男に案内されたのは所長室で、横田少佐達がそこに案内されるのと、所長らしい男が慌てて戻ってきたのは、ほぼ同じだった。
「いや、申しわけありません。第三研究室が気になりまして、行って見てきたところなのですよ。
ああ、わたくしはここの責任者で、浜野と申します。とにかくお掛け下さい」
そう、椅子を勧められて、横田少佐は頷き、客用椅子に腰を下ろした。
藤澤大尉とさしてかわらぬ体つきであるのに、横田少佐の椅子が、みしりと音を立てる。
腰を下ろすと、横田少佐は軍帽を脱ぎ、精悍な面をあらわした。
あくまでも黒い髪、秀でた額、太い眉。すっきりとした鼻筋と、引き締められた口元。まれに見る好男子ぶりだ。身の丈と体格も相まって、見るものに何か、触れたら跳ね返されそうな力というものを、感じさせる。
「わたしは帝国陸軍の横田少佐、こちらは同じく参謀の藤澤大尉です。浜野さん、今日は災難な目に遭われましたね」
浜野所長にこう言った声は、人を安心させる、力強く柔らかいものだった。
浜野所長、目をぱちくりさせる。軍が来たというから、どんな強面が来たのかと思っていたのだ。人を人とも思わぬような憲兵まがいだろうと、そう考えていたのである。
それからハンケチをとりだして、まん丸い顔に浮かんだ汗を拭い、
「はあ、……わたくしどもも、今回のことには、いささか驚いておるしだいで」
「無理もないことです。いきなりのことだったのでしょうから」
「はあ」
「それにしても、深山工業はよくよく、機械人間に縁があるようですな」
少佐から目で合図を送られ、藤澤大尉がそう、話を引き取った。
「この間の事件でも、社長と専務の一人が、人質にされていたとか」
「相田専務でしたら、今もこちらにおりますが……それが、どうかしましたでしょうか」
浜野所長、何やら不安そうに聞き返す。横田少佐は片手を軽く挙げ、
「いや、別におたくの専務について、何か問題があると言っているわけではないのです。ただ、……」
言いかけて、突然、口をつぐんだ。
浜野所長と藤澤大尉は、少佐のこの振る舞いに戸惑い、顔を見合わせる。横田少佐は何かに耳を傾けているようだ。
やがて、二人の耳にも、誰かが言い争うような声が聞こえてきた。
「いいか少尉、わたしは、君たちにどういう権利があって、あれを持ち去ろうと言うのか、それを聞いているんだ」
「良いですか専務、これは国防に関することがらで」
「では君は、あれを亜米利加が作ったとでも言うのかね。いかに亜米利加とて、今の技術で作れるような代物ではないぞ」
「機密事項ですから」
「では、どうして機密なのだ。説明しろと言っているんだ」
声とともに入ってきたのは、相田専務と増田少尉、それに川口技師である。
「ですから、私からその説明はしかねると言っているのです」
「では、君の上官に聞こうか。あなたが指揮官だな」
相田専務は、言いながらつかつかと横田少佐に近付き、その正面に回った。
「ぜひとも、納得のいく説明をして欲しいものですな」
そして腰を下ろそうとして、動きを止める。
視線が、横田少佐に釘付けになっていた。
「俺の顔に何かついているか、相田君?相変わらずだな」
横田少佐は、苦笑しながら、そう言った。
「とにかく座れよ。俺の権限の範囲内で話してやる」
「少佐!」
と、これは藤澤大尉と増田少尉。二人の部下に横田少佐はにやりと笑いかけ、
「構わない。彼は食いついたら放さない人間だ。それに口も堅い、ある程度のことは教えてやって、首までどっぷり、こいつに関わらせたほうが我々の利益になる。あちこちつつきまわされるより、良いだろう?」
「しかし、大佐の許可なく……」
「だから、俺の権限の範囲内で、だよ」
「……君も相変わらずのようだな、横田君」
相田が、唸るように言った。
「十年も雲隠れしていたのは、このせいか?死んだことにするとはまた、芝居っけのあることだ」
「……お知り合いでしたか」
浜野所長、慌てて口を挟む。
横田少佐、苦笑しながら頷く。相田専務は苦い顔で、
「ああ。ただし、彼は十年前、何者かによって殺されたことになっている。遺体はもちろん、発見されなかった」
「あまり正確な発言じゃないな、九年前だ」
「……殺された?」
このはなはだ不吉な言葉に、気の毒な浜野所長は、目を白黒させるばかりである。
もっとも、このことは特科機関の二士官も、初耳であったらしい。増田少尉ははっきりと、藤澤大尉はわずかに、それぞれ驚きの色を浮かべていた。
「偽装です。それより相田、聞きたいのか、聞きたくないのか」
「……良いだろう、このことについては後で聞かせてもらう。
それで、どうしてあの機械人間を軍が没収するんだ」
「その前に、君はあれについてどう思う」
「その質問に、どういう意味があるんだ」
相田専務、いささか険悪な顔である。
だが、横田少佐は慌てず騒がず、
「この質問に、今回の事件の重要な鍵が隠されているということさ。具体的に言えば、あの科学力をどう思うかということなんだが」
「……この目で見ても、信じられなかったよ」
「そちらの技師の方はどうです」
横田少佐に尋ねられ、川口技師は驚いたが、それでも
「今まで、見たこともない技術です」
「どこの国のものと思いますか」
「帝国のものではありませんね」
と、川口技師は断定した。
「どこの国の製品でも、それぞれに、独特の特徴があるのです。いわば、個性というものがあるわけです。
ところがあの機械人間は、わたしに理解できる限りでは、どの工業国の技師が作ったという個性がありません。いや、全く知らない国の技術者が作った、そんな感じがします」
「そう。そこに、我々が神経をとがらせる理由があります」
横田少佐は、考え込んでいるような顔で、
「あの機械人間は今現在のところ、この帝都だけにしか現れていない。見たこともない技術の産物が、帝都の安全を脅かす……我々は、その脅威を取り除く必要がある」
「しかし、それだけでは、軍があれを独占する理由としては弱い」
相田専務は、あくまで譲らぬ姿勢だ。
「判っているとも。しかしだ、ここで問題になるのは、あれが今まで、誰も知らなかった技術によるものだということだ。少なくとも、戦闘ロボットを作れるほどの技術はどの国も持っていないことになっているし、持っていても極秘だった」
「ロボット?」
「君は、空想小説はあまり読まないようだな」
と、横田少佐は笑って、
「ロボットというのは外国の空想小説家が作った言葉で、『機械人間』という意味だそうだ」
「外国語嫌いの陸軍が、よくそんな言葉を使うものだ」
「嫌味を言うなよ。
まあとにかく、あのロボットはどこかの極秘技術、または最新技術の成果であることは間違いない。まだどの国も持っていない技術となれば、当然、各国の狙うところとなる。そして同時に、持ち主の側としては技術を奪われまいとする。するとどういうことになる」
「……争いが起きるな。しかし、機械人間を帝国軍が手に入れて、どうする」
「言っただろう、あのロボットは帝都にしか現れていない。それを撃退し、壊滅せしむるのは、我々の義務だ。そしてロボットを倒すためには、ロボットのことを詳しく知る必要がある」
「軍研究所には、無理だ」
素気なく言い放った相田専務の言葉に、増田少尉が一歩、前に踏み出しかけた。
横田少佐は片手を挙げ、それを制すると、相田専務に先を促す。
「我々のほうが、よほど優秀だ。いくら陸大や帝大を出ていてもこちこち頭の融通の利かぬ軍人より、深山工業の若手のほうが役に立つ。研究が必要なら、我々に任せた方がいい」
「それは介山財閥のために言っているのか」
介山財閥は、帝国でも三本の指に入る、巨大財閥である。総帥は相田新蔵、相田規満の父だ。
だが、相田は首を横に振った。
「違う。わたしが深山工業にいるのは、社長に誘われたからであって、父の七光で系列企業に押し込んでもらったわけではない。それにそもそも、深山工業の株は、介山に握られていない。介山の商売を考えるなら、そうだな、五十里造船でも使えと言うところだ」
「なるほど。しかし、民間企業にこれをゆだねて良いかどうかの判断は、俺には下せない。従って、今のところ、ロボットを君のところに置いておくことを許可することも、俺にはできない」
「何故、君が許可する必要がある」
「俺には、外敵から帝国臣民を護る義務がある。ロボットがここに置いてあれば、深山工業が狙われることになるし、それにふたたび今日のようなことがあった場合、市民にこの敵のことがいっそう、知られることになる。これ以上、市民の恐怖をあおり、混乱を起こすことはできない。
これは軍の義務だ。治安維持のために、引き渡してくれ。頼む」
こう、率直に説明し、横田少佐は頭を下げた。
その横田少佐に対して、相田専務は
「……引き渡さなければ、強権発動するか」
「せざるを得ない」
横田少佐の、きっぱりとした答に、相田専務は断を下した。
「仕方がない。引き渡そう。ただし、条件がある」
「聞き入れられるものなら、聞き入れよう」
横田少佐は、少し安心したようであった。
「どんな条件だ」
「ロボット研究と対策の最高責任者に、会談を申し込みたい。わたしと、川口社長がうかがう」
「説得してみよう」
答えて、横田少佐は軍帽を取り上げ、立ち上がった。
相田専務も立ち上がり、横田少佐に手を差し出す。
「十日以内に連絡してくれ。もし連絡がなかった場合、そうだな、君のことを新聞にぶちまけるとでも、言っておいてくれ」
横田少佐は相田の手を握り返しながら、苦笑した。
「脅迫も交渉手段の一つか。まあいい、その旨は伝えておこう。
それでは、ロボットの資料は一切、引き取らせてもらう。技師の頭の中身以外は全てだ」
握った手を離し、軍帽を被ると、横田少佐は藤澤・増田の両士官を伴い、所長室を立ち去った。
海野・山中らの時代にならってルビを多用しております。
……さすがに、あれほど大量につけてはいませんけど。