帝都あやうし
「確率都市」シリーズの原型となったレトロテイスト冒険小説です。
多分に海野十三・山中峯太郎などの影響を受けておりますので、悪しからずご了承ください。
原案者の黒田平太郎氏についてはこちらをご参照ください
http://afn-products.sakura.ne.jp/novel/author.html#kuroda
相田規満|は、川口社長を背後にかばうような形でそいつと対峙していた。
馳せつけた警官隊は、建物を遠巻きにしたままで手出ししようとはしない。
いや、回転式拳銃しか持たぬ彼らに、手出しする術はなかった。このビルヂングの二階ロビーに相田を含む一五人を人質にとって立てこもったのは、拳銃など通用する輩ではなかったのである。
「ふむ、あれを一台、何とかして土産にしたいものだな。そう思わないかね、相田専務」
「この非常時に冗談をおっしゃらないで下さい、社長」
目の前の機械人間から目を離さず、相田は言った。
身の丈五尺の深山工業社長・川口善三は、背の高い相田の体の蔭からなんとか機械人間を見ようと伸び上がり、相手が抱えているほとんど砲と言っていい大口径の銃にも、まったく動じる気配がない。
「いや、冗談ではないのだよ。あれが今現在、我々にしている仕打ちは許しがたいがね、あれの性能は素晴らしい」
「わたしとしては、その素晴らしい性能を味わわずに済む方法を考えたいのですが」
相田の声はすっかり呆れ返っている。
無理もない。この場にいる他の人々は、銃を突きつけられて立ちすくんだり、座り込んだりしてしまっているのである。のっぺりとした鋼鉄製の顔と不気味なレンズの目、無骨でかつ強力な鋼鉄製の体の機械人間五体に取り囲まれ、生きた心地もないと言うところであろう。
それが、この小男の社長ときたら、玩具を見つけた子供のような声を出しているのである。相田が呆れるのも無理からぬこと。
とはいえ、腰を抜かすどころかまるきり平常心で社長の言葉に呆れ返っている相田も、肝が太いと言えば太い。
「ああ、あれの駆動部だけでも持ち帰れれば、どれだけ素晴らしいことか。丸ごと一体とは言わないが、いや、あの鋼鉄板の防弾性も一つ試して……」
「社長、技術の話はあとにして下さいませんか」
相手はどうやら、今のところこちらを傷つける気はないようである。相田はゆっくりと川口社長を振り返り、そう意見を具申した。
川口は自分より一尺あまり背の高い、若い重役を見上げ、
「相田君、どうせ我々、大したことはできやせんのだ。ならばせっかくの機会だ、じっくり鑑賞させてもらおうじゃないか。写真屋の一人もおれば記録も取れて良かったのだがな」
この時点で、相田は技術者出身の社長を止める気をすっかり失った。
ただし、機械人間に近寄らせるようなことだけはなんとしても止める。放っておけば、川口は機械人間をばらばらにしたいと言い出しかねない。そうなったときにはたして、機械人間がどのような反応をするか、相田としてはあまり考えたくもない。
そして機械人間の動向を気に病んでいるのは、表の警官隊を指揮する大塚孝幸警部も同じことであった。
下手に動けば、あの巨大な銃が、人質を木っ端微塵に粉砕しかねない。かといってただ手をつかねて見ていても、人質が解放されるわけではない。
包囲網は完成したものの、接近すれば機械人間の巨銃が火を噴く。すでに二人の警官が負傷しており、大塚警部は親指の爪をかじって深刻な表情だった。
「誰か、通用口に回っているのか」
「は、しかしそちらにも機械人間が」
報告したのは、木村隼太巡査部長である。こちらも、浮かない顔をしていた。
「やつら一体、なにが狙いなのでしょう」
警察車のそばに立っていた、木崎良太郎警部補が不思議そうな顔で問う。
「俺に聞かないでくれ、木崎」
大塚は爪をかじるのを中断し、若い部下をじろっと睨んだ。
「それよりも問題は、どうやって人質を救出……」
そこで、大塚の声がとぎれた。
猛然と突進してきて急ブレーキをかけた、一台の軍用車輌のせいである。
大塚が何か言うより早く、二台の兵員輸送車も到着。そこからばらばらと飛び出してきたのは、軍服に身を固めた兵士だった。
軍用車からは陸軍少佐の軍服を着た青年が一人と、背広服を着た初老の男が一人降り立つ。陸軍少佐は軍服の一団に片手を挙げて合図し、それから悠然とビルヂングに向かって歩き出した。
「おい、そこの軍人、馬鹿な真似はやめろ!」
大塚が飛び出し、少佐の肩を掴んで引き止めようとする。
が、その瞬間。
少佐は腰の銃を抜き、猛然とビルヂング入口に向かって走り出した。すでに展開していた兵士達が、少佐に気付いて銃撃を開始した機械人間どもに対し、速射銃で反撃を加える。三つの速射銃が同時に一人の機械人間を狙い、機械人間どもは破壊されるまでは行かぬものの、少佐を狙うのは不可能。
陸軍少佐は足をゆるめぬまま、ぐっと体をたわめ、次の瞬間にはその体は空中にあった。警官隊からほうっと賛嘆の声が漏れ、それが消えぬ間に少佐の体は二階の張り出しに着地。
着地すると同時に、少佐の銃が必殺の一撃を一体の機械人間に放った。機械人間は均衡を崩し、大地に向かって落下する。その機械人間の体が地面に激突するのを待たず、少佐はポケットから爆弾とおぼしき黒い塊を取り出す。
「よせ、中には民間人がいるのだぞ!」
大塚警部が怒鳴るが、時すでに遅し。少佐は黒い塊を無造作に、二階の窓から投げ込み、自らは張り出しから地面へ飛び下りる。
警官達は思わず目を覆ったが、しかし予期していたような爆発はなかった。爆発はなかったがしかし、張り出しで警官達と対峙していた機械人間どもが、ばたばたと地面に落下する。
唖然としている大塚の方に、二階から何事もなく飛び下りた青年少佐はつかつかと歩み寄ってきた。少佐が足を止めて初めて、大塚は威儀を正すだけの余裕を取り戻し、少佐にまっすぐ向き直った。
「ロボットどもはこちらで始末する」
大塚に真っ向から見据えられているのも全く気にせず、少佐がまず、そう口を開いた。
「ロボット?」
「機械人間とでも言えばいいのかな。とにかく、あれだ。
警察はあれには構わなくていい。人質になっていた人達の面倒を見てくれ」
と、地面に落ちている機械人間を指さし、言った。
硬い感じのする、低い声だ。大塚警部はその超然とした感じにむっとして、
「言われんでも、我々は民間人の救出を優先する。それより少佐、あんたの所属と名前をうかがっておきたいのだがね」
「帝国陸軍の横田少佐だ」
とりつくしまもない、素気ない口調だった。そしてすたすたと兵員輸送車のほうに歩いていった。
「警部、なんなんですかね、あの少佐」
木崎警部補が、大塚警部に報告にやってきて、いった。
「うさんくさい奴だな」
大塚警部は、作業を終えて帰っていく軍人達を睨み、いまいましそうに言った。
レトロテイストついでに、ルビ多用してあります。
少年冒険小説(当時はSFやファンタジーといった分類がなかったようですね)ではしばしば見られたものですので、雰囲気を出すための演出とお考え頂ければ。
また用語も少年冒険小説で見られたものを混ぜて使用してますが、完全な再現ではないことをお断りしておきます。