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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ちょっと不思議なメイド生活 2

作者: 猫熊かおり

「マルルさま、マルルさま、おきてください。あさです。あさです」

「う…ん…むにゃ…んんんぅ…」


 うん…?羽の音…。

 パタパタパタパタ、と何かが飛び回る音が、布団の外から聞こえる。


「マルルさま、おきて、おきて、おきてください」


 ……タマちゃん…?


「はっっ!!!」


 羽の音の正体がタマちゃんだと分かった瞬間、布団から飛び起きる。


「マルルさま、おきた」

「タマちゃんっ!今何時!?」

「いま、ろくじ、じゅっぷんです」


 時計機能も備えたタマちゃんが、時間を教えてくれる。


「あああぁー、良かったぁー」


 思ったよりも、まだ時間に余裕があった。

 実は私、朝に弱い。

 メイドにとってあるまじきことだけど、言い訳をさせて貰えるのなら、絶賛成長期だからだ。

 まあ、成長期って言っても、ほとんど成長してないけどさっ。

 

 吸血鬼としての致命的な欠陥を抱えた私は、成長が著しく遅い。

 なので、成長期に入ってから早十年以上経つが、未だ子供の姿のまま。

 この十年、伸びた身長は、わずか十センチ足らず…。

 だがしかしっ!このお屋敷で、メルク様に仕えるようになって半年。私は今、猛烈に成長しているっ!

 …いや、ちょっと言い過ぎた。ちょっと…ううん、かなり言い過ぎた…。

 でもでもっ、この半年だけで二センチも伸びたのだっ!!!

 すごいっ!私っ!!!やったぁっ!私っ!!!

 何もかも、メルク様のおかげだぁ。ありがたやありがたやっ。


 着替えを終えて、まだお休み中であろう、メルク様を起こさないように、なるべく音をたてないように部屋から出る。

 大きなお屋敷なのに、何故私が物音を気にするかというと、私の部屋はメルク様の隣にあるのだ。

 本来ならこの屋敷の旦那様である、メルク様の奥様が使うはずのこの部屋。

 メルク様の寝室と続きになっている部屋で、メイドの私なんかが使っていいはずないんだけど…、メルク様たっての希望なのだ。

 さすがに一度は拒否してみたものの、自分は独身だし、近くにいてくれた方が何かと便利だから、と言われてしまっては断れなかった。

 やたらと広くて豪華な部屋で、恐縮しながらも、毎日快適に過ごさせてもらってる。

 信じられないくらいふっかふかのベッドは、大のお気に入りだ。気持ちよすぎて、寝過ごしてしまうくらいに…。


「さて、今日の朝ご飯は──」

 

 料理人のいないこの屋敷の食事を一手に担う私は、メルク様の健康を考えて料理を作るようにしている。

 豪華で芸術の様な料理は作れないけど、愛情を込めて、丁寧に、メルク様のための料理を。これが私のモットー。

 ありがたいことに、メルク様も側近のソラト様も、私の料理を気に入って下さっているみたいで。

 だからこそ、手を抜くことなんて、絶対に出来ない。


 朝食なので、重すぎないでいて、しっかりと栄養のあるメニュー。

 今日は豆と押し麦を混ぜた、チーズを入れないリゾットに、旬の野菜を使ったサラダ、カリカリのクルトンをを浮かべたポタージュ、自家製ウインナーと野菜のキッシュにしようっ。

 さっそく準備だっ。

 あ、そうだっ。お庭のハーブ採ってきて、ドレッシングに使おうっ!

 朝が苦手な私だけど、鳥たちの囀りを聞きながら、朝食を作るこの時間が大好きだ。


 あらかたテーブルの準備も整ったところで、メルク様が食卓へやって来る。


「おはよう、マルル。今日もとっても美味しそうだね」


 寝起きだとは思えないくらいの神々しさを纏って、メルク様が席に着かれる。

 メルク様の朝の準備は、私の担当ではない。


「おはようございます。マルルさん」


 側近である、このソラト様のお仕事だ。

 ソラト様はこの屋敷に住み込んでらっしゃる訳ではないはずなのに、私が起きている間は、ずっと屋敷にいらっしゃる。

 一体いつ来られて、いつ帰られているのか…。謎だ。

 メルク様にお聞きしたこともあるけど、そんなにソラトが気になるの?と何故か少し不機嫌になってしまわれて、教えて貰えなかった。


「さ、一緒に食べよう。マルル」

「はいっ」


 メイドの私も、毎日お二人とお食事をご一緒する。

 使用人学校では、同じ席に着くことすらありえない、と習っていたので、最初はとても戸惑ったけど、誰かと一緒に食べるご飯はやっぱり美味しい。

 使用人学校を出てから、就職活動をしている間は、一人で暮らしていたこともあったけど、一人の食事は何を食べても全然美味しくなかった。

 孤児院育ちで、いっつも大勢の子供たちと一緒に食事してたからかな。

 仕えることになった旦那様が、メルク様でなかったら、私はメイドとして働けてなかったかもしれない。


「マルルの料理は、本当に美味しいな」

 

 嬉しい。

 メルク様のその一言で、今日もこの人のためにいっぱい頑張ろう!って思う。


「このウインナーも、絶品ですね」


 ソラト様も、私の上司にあたる方なのに、いつも褒めて下さる。

 学校で上司とは厳しく怖いものだって聞いていたから、初めてお会いした時は緊張したけど、本当に申し訳無くなるほどにお優しい。

 

 私って、本当に恵まれたメイドだよね。

 幸せ過ぎるよっ。



 後片付けも終わって、昼食の仕込みをしてから、買出しの必要があるものをチェックする。


「えーっと、鳥のもも肉と、ミルクと……」


 メモに書き出したら、そのメモをタマちゃんに見せる。


「タマちゃん、今日の買出しは、これなんだけど」

「よみとります」


 ジーッとメモを見つめる(と言っても、目は付いてない)タマちゃんからは、ジリッジリッ、と読み込みの機械音がする。

 水晶なのに、機械音って…タマちゃんどういう仕組みなんだろう……。


「よみこみ、しゅうりょうです。いちじかんご、おとどけです」

「はーい。ありがとう、タマちゃん」


 これで今日の買出しは終わり。

 後で届く荷物を受け取るだけだ。

 屋敷に居ながら、買出しが出来るなんて、ほんと便利だなぁ。

 外に一歩も出なくても、生活が出来ちゃうんじゃない?

 孤児院に居た頃は、牧場からミルク一本買うのも大変だったのになぁ。

 なんせ私、身体が8歳児並だから、重たい荷物とか、大きい荷物とか、運ぶのが大変なんだよ。

 

 メモを帳簿に挿んで、時計を見る。

 十時十分前。

 そろそろ時間だな。

 

「メルク様にお茶をお持ちしようっと」


 

 

 コンコンコン。


「メルク様。お茶をお持ちしました」

「どうぞ」


 重厚な扉が、自動で開いた。これもメルク様の魔法だ。

 サービスワゴンを引きながら、部屋の中に入る。


「失礼します」

「今日のお茶は何かな?」


 メルク様が、お茶の準備をする私の手元を覗き込んだ。

 お出しするお茶は私が選んでいて、メルク様はいつも私が何を選んだのか、楽しみにされているのだ。


「今日は夢食い花の花茶にしました」

「素敵だね。花茶を飲むのは、初めてだよ」 


 用意した白い玉のようなものを、ガラスのカップに入れる。

 ポットからお湯を注ぐと、ゆっくりと玉が解れて、カップの中に花が咲いた。

 カップの中のお湯が、ゆっくりとオレンジ色に染まる。


「とても美しい花だね。お茶の色も、とても綺麗だ」

「はい。でも、綺麗なだけじゃなくって、とっても美味しいんですよ!」


 カップの中で花が完全に開ききると、ふんわりと甘い香りが漂う。


「甘い香りなんですね」

「そうなんです!あ、でも、味は甘くないんですよ。なのでソラト様の分にはハチミツをご用意しておきました」

「わざわざすみません。ありがとうございます」

「ソラトは顔に似合わず、かなりの甘党だからな」

「ふふふっ。私も初めてお聞きしたときは、失礼ながら驚いてしまいました」


 甘いモノになど、一切興味はありません。と言わんばかりの容姿からは想像も出来ない程、ソラト様は甘いモノを好まれる。

 食後に召し上がるコーヒーに、山盛りの砂糖を入れているソラト様を見た時は、本当に目を疑ったよ。

 そもそも、カップ一杯のコーヒーでは、絶対にあの量の砂糖は溶けきらないと思う…。


「マルルもここで一緒にお茶にしよう?」

「よろしいんですか?まだお仕事中じゃ…」

「大丈夫だよ。そんなに急ぎのものは無いんだ。それに、私はマルルと一緒にお茶を飲みたい」

「カップは私が持ってきますから、マルルさんは、メルク様に付き合ってあげてください」


 止めるまもなくソラトが部屋から出て行って、私はメルク様にソファに座らされた。

 私の横には、メルク様がピッタリとくっ付いて座る。


「この花は、マルルが庭で育てていたものかな?」

「はい。このお屋敷のお庭は植物が育ちやすくて、たくさんお花が咲いたので、乾燥させて保存しておいたんです」

「美味しい。マルルはすごいね。私には花茶なんて素敵な発想、思いつきもしなかった」


 メルク様は一口お茶を召し上がって、私の頭を撫でながら、褒めてくれた。

 それは、子供にするような手つきだったけど、我ながら上手に出来たと思っていたので、褒められると嬉しい。


「マルル…」


 褒められたことに喜んで、にへらにへらと顔を緩ませていると、メルク様に名前を呼ばれた──と思ったら、唇を塞がれた。


「んうっ」


 突然のことだったので、驚いてメルク様の身体を押し返そうとする。

 だけどメルク様の手は、いつの間にか私の後頭部に回っていて、離れようにも離れられない。


「マルルの唇は小さくて、柔らかいね。可愛い」


 花茶の甘い香りを含んだメルク様の唇が、ふにふにと私の唇を啄む。


「やぁっ…メルク様ぁ…」


 口を開いた瞬間、口付けが深くなる。

 今日は血を吸う日じゃないのに…。それに、もうすぐソラト様が戻って来ちゃうっ。


「小さい牙。成長したら、大きくなるのかな?」


 舌で牙を突つかれると、身体が反応して、ムズムズする…。


「やっ、もう…メルク様ぁ…ほ、欲しくなっちゃう…から…ぁ」


 刺激されて、血を吸いたくなった私が、涙ぐみながら音を上げると、メルク様が、ピタッと動きを止めた。


「…んっ…メ…ルクさま…?」


 メルク様は唇を少し離したままの体勢で、固まったかと思うと、急に私をソファに押し倒した。


「きゃっ」

「…マルルは悪い子だな。一体どこでそんな台詞覚えてきたの?…男を煽るとどうなるか、教えてあげる…」


 耳元で囁かれるその声は、いつもより低くて、少し怖い。


「メルク様…」


 メルク様の細められた目は、私を捕えて動けなくさせた。

 メイド服のスカートから、メルク様の手が侵入してくる。

 さわさわと撫でながら、徐々に上がってくる大きな手が、下着の縁を捕らえた瞬間──。


 コンコンコン。

 

 扉を叩く音が、メルク様の手を止めた。


「………」


 さっき私のカップを取りに行ってくれたソラト様が、戻ってきたんだ!

 どうしようっ。こんな姿見せられないよっ。


「メルク様っ、ソラト様ですよっ。あのっ、…起きないと、私っ」

「……ああ…。ごめん」


 慌ててお願いすると、メルク様はゆっくりと上から退いてくれた。

 急いで乱れた服を直す。

 髪を手櫛でチャカチャカと整えながら、ソファから降りて扉を開けに行く。


 ガチャリ。


「す、すみません。…カップ、ありがとうございますっ」

「いえ、構いませんよ。…マルルさん、顔が赤いですが、大丈夫ですか?」


 ソラト様は私にカップを渡すと、メルク様の方をチラリと見てから、私の顔を覗く。

 自覚していただけに、指摘されると、余計に顔が熱くなる。


「っ、あのっ、いやっ、そのっ…お茶っ!お茶が冷めてしまったのでっ、新しいのご用意してきますっ」


 どうやって誤魔化したら良いのか分からず、私はその場から逃げることにした。




 真っ赤な顔をして、部屋から出て行ったマルルを見送ってから、ソラトが振り返る。

 

「やり過ぎですよ。魔王様」

「お前に言われなくても、分かっている」


 邪魔したことを感謝して下さい、と言わんばかりの表情に、一瞬殺意が湧く。

 だが、助かったというのは事実なので、睨みつける程度で済ませておく。

 世間で魔王と呼ばれるようになる前から自分に仕えているこの男には、そんなもの痛くも痒くもないだろうが。


「マルルの可愛さに、危うく犯してしまうところだった」

「…それは、危ないところでしたね」 

「ああ。無理やり犯しでもしたら、この半年の努力が無駄になるところだった」

「魔王様とは思えないほど、涙ぐましくマルル様に尽くしてこられましたもんね」


 ソラトの言いたいことも分かる。

 生まれてこのかた、人に傅かれこそすれ、尽くしたことなど無かった私が、たった一人の少女に苦戦しているとは。

 マルルは性欲処理に使っていた女共とは、全てが違う。

 そもそも私には、今まで心を動かされる人間など、一人も居なかった。

 長年側に置いているソラトですら、己れに叛するのなら、容易く切って捨てられる。

 マルルだけ。マルルだけが特別なのだ。

 それは、出会った瞬間から。


 「それにしても、マルル様は不審に思わないんですかね」

 

 吸血行為を促すため、などと銘打ってはいるが、寝室で行われる口付けは、既に前戯の域に達してきている。

 どんなに鈍い人間でも、その裏に隠された下心に気付いてもいいはずだ。とソラトは言う。

 確かに、先ほどの口付けも、明らかに吸血を目的としたものでは無かった。しかし。


「マルルは純粋だからな」


 そう。マルルは純粋だから、裏に隠された、醜い欲望に気付かない。

 だんだんと触れる箇所も、頻度も増してきているのに。


 吸血鬼としての欠陥を抱えるマルルは、幼いままの身体で成人を向かえている。

 だからなのか、彼女は驚くほどに、性に対しての知識が無い。

 孤児院の院長も、友人たちも、幼いままの姿であるマルルに、そんな話をするのは気が引けたのだろう。 

 疑うことを知らないマルルが、使用人学校卒業後に仕えるはずだった貴族は、最悪なことに、メイドを娼婦の様に扱う人間だった。

 マルル自身、雇い主の視線に嫌悪を感じていたようだが、就職先を変えることなく、そこで勤めるつもりだったらしい。

 自分があの貴族を破滅させていなければ、今頃どうなっていたか…。考えるのも怖ろしい程だ。

 

 そんなマルルを、汚れきった自分が愛してしまった。

 マルルにとっては、悲劇以外の何物でも無いだろうが、もう逃してやることは出来ない。

 せめて、マルルの美しい心を私の毒で汚さぬ様にしなければ。

 

このお話で書きたいネタが何個かあるので、今後は連載形式で何話か投稿するかもしれません。

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