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3章 5

 設定していない目覚まし時計が、けたたましく鳴りはじめる。

 誰でも驚くだろう。涼子はそんな気持ちだった。

 しばらくしゃべらない、しゃべることは稀、しゃべるとしても一言か二言。

 その探偵から飛び出したセリフが「出かけよう」である。

 二時間後には、涼子は身支度を終えて自宅で待機していた。

 探偵の言葉を信じるならば、霊媒の依頼があったので出かける必要が出来た、手が足りないので手伝ってほしいとのことである。涼子が目撃した夫婦の身内だろうと思い確認すると、そうだという。しかしこれから向かうのは、その夫婦の娘の生家でも、一人暮らしをしていたマンションでもない。市外の田舎である。

 もしかしたら長くなるかもしれないというので、ボストンバックに二日分の荷物を作り、そこにいくつかの講義資料を放り込んだところで玄関のドアが開いた。ちなみに講義資料の中身は、三日後が期限のレポートに関する資料であるが、涼子はスマートフォンを使ってレポートを書く能力があり、PCを使うよりも早く書きあがる。

 ドアを開けたのは隣に住む年齢不詳の妖艶な美女、涼子がひそかに魔女と呼ぶ衣奈えなだった。急に探偵に呼ばれたこと、現在札幌で奇怪な事件が起きていること、久々に霊媒の手伝いで少しだけ楽しみにしていることなどを話しているうちに携帯電話が鳴った。幸恵からだ。どうやら下に着いたらしい。

 助手席に探偵、後部座席に幸恵が座っている。探偵の弟は、運転席で煙草を咥えていた。涼子を見つけると颯爽とドアを開け、トランクに荷物を入れるのを手伝ってくれた。

「涼子ちゃんを乗せたら、詳しいことを聞こうと思ってたんだ」尚孝は車を発進させながら言った。「まだ俺たちも、詳しいことを聞いてない」

「依頼人はあの夫婦ですよね?前に事務所に来ていた」涼子は後部座席から質問する。探偵はシートをかなり倒しているために、涼子のスペースがちょっと狭い。

「そう」

「どういう内容なんですか?」

「食われた娘に会いたいそうだ」

 探偵が答えると、車内に緊張が走った。

「それは・・・お気の毒です」幸恵がつぶやく。「つまり、事件の被害者からの依頼ということですね」

「それでどこに行こうって話なんだ?」尚孝は質問する。「あんな田舎に用があるのはなんでだ。俺はともかく幸恵さんに涼子ちゃんまであんな遠くに連れ出すには、それなりの理由があるんだろう」

「そこで育ったわけではない、でも情報を集める必要がある、ってことですよね」涼子は質問する。

 涼子も幸恵も、探偵の弟はもちろん、探偵の霊媒術の中身は知っている。彼は、依頼された霊媒に対して、その場で霊を下ろすことはしない。本人いわく、できないわけではないが「精度が下がる」らしい。彼は死者の情報を徹底的に集める。時には数か月にわたり、死者のあらゆる情報を調べ上げて、どういう人物なのかを知る。端的に言えば、彼の降霊はよくできたお芝居である。彼は調べた人物になり切ることで、死者に会いたい人物に、まるでその場によみがえったかのように錯覚させる。言葉にしてしまえばそれだけのことである。ただし。

 決してそれだけではない、と涼子は知っている。

 それだけでは説明できないことがいくつかある。そしてそれは、思考や論理では説明できないものであり、そしてそれゆえにとても確信的な何か。

 説明できないだけの迫力と、衝撃と、そして畏怖がある。探偵はそういう何かを、腹のうちに持っていて、そのうちのほんの少しを、ちょっとだけ顔をのぞかせる。

 探偵としては、これほど役に立たない探偵はいないだろう。

 しかし霊媒師としては、一流とは言わないまでも、本物に限りなく近い能力を持っていると言わざるを得ない。

「情報を集めるんじゃないなら何しに行くんだよ」尚孝はむっとして質問する。

「死んでないかもしれないから、それを知りたい」

 探偵の、二言目の返答に、またも全員が緊張する。

「待て。上半身が消えて、それで生きているってのか?」

「いえ、みなさんが食べられたとは、まだ、確定していません」幸恵が反応する。

「いや、状況的にそれはないだろう」尚孝は反射的に答える。「こいつが言っているのは、そういうことじゃない」

「では、どういうことでしょうか。上半身だけで生きていると?」

 探偵は、ううん、そうじゃないよ、と言った。

 ぐるり、と、首を回してこちらを見る。

 涼子と眼が合う。黒い黒い瞳が、こちらを捉える。

 その向こうにあるものを、涼子はしらない。その眼は何を見るのか。その頭の中には、だれがいて、何を考えているのか。

「生きるのに、上半身がいるとは限らない」

 探偵は言った。

 涼子は息を止めた。

 探偵は続ける。

「生き続けるにはどうしたらいい?」

 時がとまったような感覚。

 涼子はその瞬間に、本当に時が止まったのだと確信した。

 いくつもの記憶が、頭の中で駆け巡る。

 悲鳴。鮮血。鉄のにおい。

 病院の階段。いくつものチューブ。白い服を着た男。女。

 黒い探偵。「死んでいないから無理だ」。

 じゃあ、死んだらいいのか。

 死んだら、また会えるのか。


 霊媒の条件。「降霊は死者に限られる」。

 死後の世界に手を突っ込んでも、生者の精神は得られない。

 生きている限り、合うことはできない。

 あのベットに繋がれている、あの息をする生き物。

 あれが私の再会を阻んでいる。

 手をつなぐことも。

 学校での出来事を話すことも。

 一緒にご飯を食べることも、できない。

 生きることは、共にすることではないのか。それなら、それなら。


「死んだらいいと思う」

 どうしようもない、くだらない問いに、有沢涼子はそう答えた。 

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