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3章 2

「おやおや?」

 寂れつくした巨大な墓石のレプリカこと探偵の墓標こと、探偵事務所の入っている古ぼけたビルに、見慣れない男女が吸い込まれていくのが見えた。涼子は首をかしげる。探偵事務所の他には、ろくなテナントが入っていなかったはず。見たところ五十代の男女。おそらく夫婦だろう。足取りは重く、顔色も悪い。謎の金融会社という線もあるが、あそこに客が来ることはまずない。貧相な格好というわけでも、ブランド物を買いあさって借金を膨らませているということもなさそうだ。何をやっているかわからない会計事務所にも客は来ないだろう。なら。

 久々に、探偵に客が来たのだ。

 探偵が探偵らしい仕事をするときは、たいていはそこらの興信所がどうしても忙しい、あるいは面倒な依頼があたっとき、たらいまわしにされた結果流れ着く場合がほとんどだ。流しそうめんでいうところの最後のザルが、この探偵事務所なのだ。その場合、依頼はほとんど電話で対応することになる。探偵のところに人が出向く場合、それは彼の副業のほうに用事がある場合だ。

 副業? もしかしたら本業なのかもしれない。

 いや、仕事でやっているのではなく、彼の生き方なのかもしれない。

 小松隆介は霊媒師をしている。

 もちろんイカサマである。

 涼子は霊媒を信じていない。そもそも肉体と精神は不可分なものだし、精神だけがどこかにあるということはありえない。人間の精神を物理的に説明するのはまだ不可能だとしても、物理的な働きに基づいて精神が作られているはずだ。怒ったり悲しんだり、考えたりするのにはモノが必要だ。だから霊媒なんてものは、必ずイカサマだ。涼子は、自分の考えが、意見とか考え方とかではなく、真実だと思っている。太陽が昇る。地球は回っている。それと同じくらい確かなこととして、霊媒はいかさまだ。

 それでも、イカサマが必ずしも悪いことではないと、涼子は思う。

 イカサマが必要なこともある。騙されたい人もいる。

 涼子もそのうちの一人である。

 もしも死んだ人間に会えるなら、誰でも会いたいに決まっている。イカサマだとどこかで思ったとしても、それでも、もしかしたらと信じられるなら。その人にとって真実なら、それは真実でも構わないのではないか。探偵と出会ったとき、涼子はそう思った。涼子は自分のことを理系だと思っている。数学はまったくできないし、高校も大学も、国語が得意で数学は大嫌いだった。だが、論理的な思考が得意だった。集合論や論理学は、なぜかほとんど勉強しなくても簡単に理解できた。涼子は筋が通らないことが嫌いだ。論理的でないことが受け入れられない。人を騙すという所業は、筋が通らないことの一つだが、涼子は今はそれを受け入れてしまっている。

 大人になったのだろうか。

 そうかもしれない。

 騙されてもいいと、そう思ってしまった。

 思い返すと、あのときにこの探偵を見ていよう、近くにいようと思ったのかもしれない。

 現実と夢想をないまぜにして。すべての言葉を意味を、灰にしてしまって。

 生きていることを死んでいることを曖昧にして。

 全部台無しにしてしまう、あの探偵を。

 階段を上る。ドアを開けた。探偵は珍しく地面と垂直になっていて、依頼人と思しき二人はソファーに座っていた。目には涙を浮かべている。

 彼らもまた、騙されたい人たちだ。

 腐った腕が、彼らの肩に巻き付いているように、涼子には見えた。

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