3章 1
笹島高貴は、目の前の医師の後頭部をにらみつけていた。彼に恨みがあるわけではない。彼の言うことを理解することが難しいのだ。いや、理解することは、できているのかもしれない。意味はわかるが、ただ信じられないだけなのかもしれない。
小さな部屋の中心には、遺体が横たわっていた。若い女性の、半裸の遺体。職業柄、凄惨な死体を目にすることは多い。ひどい事故による損傷や、腐乱死体を見たこともある。しかしそこにあるそれには、それらとはまったく違う何かがあった。事故ではなく事件に特有の、どす黒い何か。腐乱した精神の発露。
狂気にあてられることなく、この場に立っていられるのは、たぶん経験があるからだ。人の精神の醜悪さ。悪魔のような思考回路。耐性がないものがこれを見たら、どう思うだろうか。
解剖医は、俺が若いころにもすげえやつがいたがなあ、と笑っていた。彼も災難だったろう。夜遅くにたたき起こされて、検死に付き合わされたのだ。それも、大した仕事ではない。死んだ理由は簡単だ。問題は、そのあと。死体に何が行われたか?
「俺が言うべきことは終わったよ」彼は両手をひらひらさせた。「手袋履いて、メス持って、着替えてから言った方がよかったかい」
「いいえ」
笹島は彼に着替えをさせずに、また手袋もつけさせずに意見を求めた。案の定、彼の回答はすぐに行われた。
「もっとしりたきゃ、上半分を持ってくるんだな」
死体の臍から上は無い。のこった下腹部と足は、雪のように白かった。