表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/19

2章 3

 最初の記憶は、死ぬのが怖いという、強烈な恐怖だった。

 それよりも古い記憶はない。私はずっと、死ぬのが怖いと思っていた。私の人生は、死への恐怖に塗りつぶされている。そのほかに感情も、感動もない。ただ怖いだけ。ただ恐ろしいだけ。向き合うこともできない、巨大な恐怖が、いつも私の背にぴったりとはりついて、こちらを見ている。いや、もうこの体も、頭のなかも、どこもかしこも死への恐怖でいっぱいだ。

 人はやがて死ぬのだと、祖父の死体を見て私は気づいた。

 小さな部屋の真ん中で、やさしかった祖父の死体が、白い布を纏っていた。母に、祖父は死んだのかと聞いた。母はそうだと言った。そして私は言った。私も死んでしまうのかと。母は悲しそうに笑んで、そも前に私が死んでしまうでしょうね、と言った。私は母のやさしさに気が付いたし、その意味も、なんとなくわかっていた。だがそれ以上に、いつか私も死んでしまうということが、怖くて怖くてたまらなかった。

 思えば、それが始まりで、そしてそれしかない。私の生き方はあのとき決まってしまったのだ。

 畑を駆け回るときも、本を読むときも。食事をするときも、私はいつも死ぬのが怖かった。この意識が、この感覚が、永久に失われ、そして失われることにも気づかないところに行ってしまう。終わってしまう。それは、想像することも許されない、終末。たぶんそれは、世界が滅んでしまうことと、何一つ変わらないこと。

 成人した私は、逃避することにした。

 もしかしたら、死ぬ前に、死んでもいいと思えるかもしれない。直前になって、いい人生だった悔いはないと、初めて思えるかもしれない。わたしのこの恐怖は、勘違いなのだと気付く時が来るかもしれない。そう思い、私は幻想にすがることにした。最初にしたことは、宗教の力を借りることだった。神を信じれば、あるいは魂の輪廻を信じれば、死への恐怖が和らぐかもしれない。しかし、そのときすでに、私は多くのことを知りすぎていた。私には、祭壇が、説法が、書物が、すべて装置にしか見えなかった。人を救おうとする人の力。そして、顔色から思考を読み取ることのできる力が、私をさらに不幸にした。彼らの顔にうかぶ、疑念、不審、そして何より、慈愛と憐れみ。それは事実として天国や輪廻の存在を願う私には、なによりそれらが本当は存在しないことを示す証拠だった。

 次に私は、子供を育てることを思いついた。

 私が死ぬとき、私に子供があれば、死後の世界を想像しながら死ねるかもしれない。遠大な無に飲み込まれることなく、地に足がついた現実を、死後も変わらない世界を夢想しながら逝けるかもしれない。そう考えた。だがうまくいかなかった。私の体は女だが、その機能は失われていた。想像していたことだが、私はこの方法もあきらめざるを得なかった。

 やはり、これしかないのだろう。

 私自身が死なない。これしか方法がない。

 そして。

 死なないためには、私だけの生命では、限界がある。

 命を継ぎはぎする必要がある。

 あの軍人が、そうしたように。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ