転生
私は白い花が咲き誇る野原に寝転んでいた。サワサワと揺れる草が、花が私をくすぐる。白い花の、甘い香り。
どこまでも澄みきった青色の空が広がっている。
そういえば、手首を切る前に見た空もこんな風に、透き通っていたな。
一瞬躊躇しちゃったけど、私の心は恨みとか色々な感情で真っ黒で、あんな綺麗な空を見たら私はさらに汚くなく見えちゃうんじゃないかって、苦しくなって……結局死んじゃった。
もう少しあの空を眺めていたら、何か変わったのかな。
ふふ、と自嘲気味に笑ってみる。
目を閉じる。ほぅ、と溜め息が漏れた。
あぁ。終わったんだ。
あの痛みは、あの苦しみは、あの黒い世界が──。
覚えている。あの世界でのことは、全て。体に、心に、ひとつひとつ刻み付けるように。
崖も、銀の森も、黒い獣も、痛みも、苦しみも……黒烏のことも。
鴉だった真っ黒の美しくて妖艶で、しかし氷のような冷淡な黒烏……。
ぞくり、と背筋が粟立つ。
薄く瞼を開いてみると、柔らかな陽の光が目に静かに刺激を与えた。
あの黒い扉に触れた瞬間、私は光に包まれた。優しくて、温かな光。
水に浮かんでいるような不思議な感覚が全身にとろけるように染み渡った。
そして気づいたときにはここにいた。
ここはどこなのだろうか。
ふいに、黒い影が顔にかかった。人がいた。逆光でまったくわからない。
「よ、未蓮」
「!?」
声の主は、あの残忍で冷酷な……黒烏!
ぞくり、と背中に冷たい氷を当てられたような感覚が走る。
「な、なんで、ここに……!?」
咄嗟に起き上がり、後ずさる。
黒烏は笑った。
「お前はこの罰を耐えきったんだよ。俺は転生するときの手助けをする」
黒烏が黒い裾を揺らしながら、近づいてきた。警戒して身構えていると、また笑う。
「そんな怯えんなよ。もう終わったんだぜ?」
そんなこと言われても今更全然信用できない。それに、ここはどこなのか?
「あの……ここは、どこなのですか?」
「ああ。ここは 転生の地 だ。あの罰を耐えきった者だけが来れる場所だ」
「……」
疑いを隠せずに、黒烏を見上げる。 黒烏は手を伸ばし、袖を揺らしながら、無遠慮に頭を撫でた。と、いうよりは髪をかき混ぜた。
「未蓮は凄い。大抵の屑は、すぐに諦める。それなのに、お前みたいなちっぽけな女がよく耐えれた」
ぐしゃぐしゃと撫でながら黒烏が言う。意地の悪い笑みを浮かべながら。一瞬、涙が溢れそうだった。それをぐっと我慢する。
「……」
「さ、始めようか」
「……」
まだ、渋っている私を黒烏が睨んだ。かなり苛立っているように思える。
「はぁ。おい、いい加減にしろ。俺は気が短いんだ。立て」
急に低い声で言われて、すぐに立ち上がる。あのときの恐怖がよみがえった。
「…わ、私は何をすればいいの?」
おそるおそる聞くと、黒烏は手を私の顔の前に伸ばした。
「さ、お前はいまから生まれ変わってもらう。生前の記憶、ここでの記憶を消し去る。来世で生きろ」
黒烏はそう言い、親指を私の眉間に押し付ける。黒烏が指を押し付けている辺りから、金色の光が灯った。
「……あ」
私の中から何かが抜けていく。金の粒になり、白い花々に降り注がれる。私の体も端の方から金色の光に変わり、空へ昇っていく。
手のひらの隙間から、黒烏の鴉の濡れ羽のような黒い瞳が見えた。楽しげに口元がつり上がっている。黒烏が訊ねた。
「来世ではどうしたい?」
力が抜けていっていたが、全力で睨んでみる。自分に誓うように叫んでみた。
「……諦めない!何が起こっても、絶対に!這いつくばる!惨めでも良い!這いつくばって、生きてやる……!」
お前に出来るかな、とでも言うように黒烏は笑った。
黒烏に自信ありげに笑い返して見せた。
黒烏は一瞬驚いた表情を見せ、すぐに頬を優しく緩ませた。
意識が全てなくなる前に誓った言葉を思い出す。
──来世では、這いつくばってでも生きる
魂にしっかりと刻み込む。
きっと、来世では。
きっと、きっと。
ううん。絶対に───
そして、視界が金色に染まった。
これで終わりました。
読んでくれた方、ありがとうございます!
これからもよろしくお願いします。