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第三の罰 ~黒い獣~

 私は倒れていた。

 疲れと、痛みで動けないのだ。

 足にはズキズキと疼くような痛みがあり、肩の切り傷も熱を発している。

 あぁ、まだ再生しないのか?

 なんで意識がはっきりしてるの?

 このまま気を失えたら良いのに…………頭は冴えてる。


 ジャリ、と小石を踏む音。


「よ、未蓮(みれん)。どうだったか?」


 ニタニタと笑みを顔に貼りつけた黒烏(くろう)がいた。


「………………」


 返事はしない。喋るのもキツいし、面倒臭い。


「無視かよ。生意気になったな。でも、さ」


 黒烏が私に近づき、しゃがんで腕を伸ばす。


「これで、どうだ?」


 激痛が走った。

 黒烏が足の傷に触れたのだ。


「………………っ!?」


 我慢しなきゃ。反応すると、面白がるだけだ。


「あ、我慢してるのか?じゃ、これは?」


 黒烏が傷口に指を入れた。ビクンッと思わず体が跳ねる。


「──ぐあっ!!!」


 痛いっ!痛い痛い!だめ、声を出したらだめ!


 その思いを感じ取った黒烏がさっきより深く指を捻り込んだ。

 また、雷に打たれたような激痛。体が跳ねた。

 そのときに跳ねた足が黒烏の顔に当たった。


「…………()って」


「あ…………」


 目を見開いて黒烏の次の行動を見る。やってしまった。でも口を閉じた。黙って睨んだ。

 黒烏が冷たい視線を私に向ける。


「ふぅん。最近のガキは謝ることもしないんか?」


「……そっちが先にやった!あんたが謝れ!」


 私は反抗した。ここで謝っても、どうせ同じだ。こんなにも黒烏は冷徹なのだから。


「そりゃ、そうか。ごめんな」


 黒烏が笑った。背筋が凍るような冷たい笑い声。


「面白かったぜ。今の奴らはすぐに謝るつまらん奴ばっかだ。でも、そろそろ謝れよ」


 黒烏が口角をニッと吊り上げながらいった。もう一度、傷口に指をぐちゅり、と入れる。また、痛みが脳天を貫く。

 痛みが一点に集中しているからか、今までのどの痛みよりも痛く感じる。


「──っご、めんなさいぃ…………」


 声を絞り出すと、黒烏は満足げに笑った。血を滴らせながら指を抜く。思わず痛さに顔をしかめ、目を強く閉じた。


「……はぁ。……はぁ」


 痛いです。もう無理です。動けません。助けてください。お願いします。苦しいのです。帰らせてください。

 思いが頭の中を駆け巡る。


 すると、黒烏は私の腕を固定している縄を解いた。

 微かな希望が灯る。


 もしかして、もしかすると…………?


 黒烏が私を立たせる。足の傷が疼いた。


「さ、次の罰だ」


 またもや黒烏は嬉しそうに楽しそうに私の希望を潰す。


 黒烏は私の手を引っ張り、鉄格子が囲む檻のような場所の前まで来た。

 そして、黒く光る鉄格子の扉を開き、放り投げるようにして私を閉じ込めた。前を見るとかなり遠いところに出口があった。黒く、丈夫そうで重そうな扉だった。

 黒烏が言った。


「未蓮、最後の罰だ。これに耐えきったらお前は転生できる」


「…………」


 やっと。やっとだ。これで終わる!

 地獄のような苦痛から逃れられる!

 喜びで踊りだしてしまいそうだ。


「そして、お前は今からあの出口まで行け。その扉を開くんだ。だが、お前が扉まで行くのを妨害していく奴らがいる。それは……」


 黒烏が地面を蹴って、音を鳴らした。地面のあちこちに、ぼぅっと黒い炎が五つ灯り、それが全て狼のような犬のような化け物になった。

 それらは黒々と輝く毛を逆立たせ、赤い瞳を怒りで燃やし、鋼のような爪を尖らせ、鉄でできているかのような鋭い牙を剥き出しにして唸っていた。唸り声は私を震わせ、皮膚を粟立(あわだ)たせた。


「ひ…………っ」


 恐怖で声を詰まらせる。

 この恐ろしい獣を抜け、あの扉に辿り着けと?

 無理だ。無理に決っている。私は生きていたころに武術を極めていたわけではない。体育で限界の普通の女の子だ。


 恐怖で青ざめる私を無視し、黒烏は言った。


「さ、始まりだ。行け」


 その瞬間、近くにいた二匹の黒い塊が私に向かって襲いかかる。


「きゃあぁっっ!!」


 一匹が咄嗟に顔を守った腕ともう一匹に足を噛まれた。そのまま犬はがぶがぶと噛み続け、喰いちぎった。ブチン、と嫌な音が響く。


「あうぅう…………!」


 足に喰らいつく一匹を無理矢理引き剥がして前へ逃げる。

 腕からはびちゃびちゃと血が流れる。

 すると三匹目の犬が背中にのしかかるせいで前に倒れこむ。膝にくる痛みより、首筋を噛まれた激痛が打ち勝った。生きていたら致命傷になる傷ができた。

 今回は意識が途切れないことが吉と出た。


「──うがぁっっ!!」


 寝返りをして重く、黒い塊を蹴って殴って退()かす。鋭い爪に手のひらが当たり、切れた。

 起き上がり恐ろしいほど痛む首を押さえ、駆け出す。神経が切れたのか、まばたきが止まらない。なんなら、痛みを感じる神経を切ってほしかった。まばたきが止まらないのは気にしなければいい。

 まずは、犬たちだ。


 今は後ろに三匹の犬、目の前には二匹の犬。

 目の前のあいつらを避けて走れば…………!


 この甘い、甘い考えは繊細な砂糖菓子を潰すように、崩された。


 二匹の犬のうち、一匹がいる外側に走った。犬は素早く反応して、地面を踏み切って私に飛びかかる。


「──ぎゃあぁっっ…………!」


 ゴムが千切ぎれるような音が近くで聞こえた。それは、私の頬っぺたが喰い千切られた音だった。焼けるような痛み。そっと触れると、穴が空いていた。歯に触れた。ぞくり、と鳥肌がたつ。

 反対側にいたもう一匹と、後ろにいた二匹が私を前に押し倒す。背中に重みを感じ、内蔵が潰れそうになる。あとの二匹も私の周りに集まる。足を何か湿った温かいものが触る。舌だろう。獣の息づかいを肌に感じる。そして、獣は足に喰らいついた。全ての犬が足をかじる。焼け火ばしを当てられたような鋭い痛みが全身に広がった。


「──ぐぁあっっ!!」


 足の肉が噛み千切られる音とグチャグチャという咀嚼する音。その両方が繰り返し、繰り返し。鋭い痛みも繰り返し、繰り返し。抵抗も出来ない。

 犬どもは私の足を動けなくして 、扉に辿り着かないようにしているのか。…………いや、奴らにこんな知能があるはずがない。どうせ、黒烏が命令したに決まっている。

 それならば…………。


 私は両手を前に出して地面に這いつくばりながら少ぅしずつ、犬に気づかれないように。犬が背中に乗っているということもあるが、少しずつ進んだ。

 少ぅしずつ、少ぅしずつ。無様でもいい、諦めずに進め、進め。…………たぶん黒烏は私が動いていることに気づいている。命令しないのは黒烏なりの励ましか?諦めない!絶対、転生してやる。もう一度生きて、自分を大切にしてやる。ここには二度とこない!


 そして、数時間なのか数日なのか、取り敢えず長い時間が経った。

 歩けば短い距離、這いつくばれば長い距離。喰われながら、痛みに耐えながら進んだ。何度も顔を地面に擦り付けた。爪には土が刷り込まれ、ヒビが入っている。時折血も流れる。


 黒々と輝き、重く威圧のある扉が、あと少しだ。

 もう、犬に気づかれてもよくなった。ズリズリと早く進んだ。犬はハッとして、赤い目を光らせた。焦ったように着物の裾を、足の骨をくわえて引きずり戻そうとしているが、もう遅い。


 私の手は、扉に触れていた。


 ジュワッと水が蒸発するような音がすると、あの黒い犬たちは黒い炎になり、静かに消えた。

 扉がギィィ、と音をたてて、ゆっくりと開いていった。戸惑い、後ろを見ると黒烏が近づいてきていた。私がつけた、太い血の道を渡ってきた。

 黒烏は笑っていた。だが、今までの笑みとは違う何かが含まれていた。まるで、黒く冷たい大きな湖に甘い香りのする一滴の蜜を落としたような、本当に小さな小さなモノ。



 温かく、眩しい光が私を包んだ。


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