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第二の罰 ~銀の森~

 やっと着いた。

 あとは手を伸ばして掴むだけ。


 芋虫のように這いつくばり、重い体を持ち上げる。

 そして、久しぶりに触れた平らな地面にドサリと横たわる。

 呼吸は乱れ、髪はボサボサ、顔は血まみれ。着物の前ははだけ、裾は破れ、血が塗りたくってある。


「遅かったな、未蓮(みれん)


 声の主を見ると涼しげな表情をした黒烏(くろう)が私を見下していた。


「は……っ。は……ぁっ」


 息が乱れ、声を出せずにいると黒烏はしゃがみ、私のあごを人差し指と親指で持ち上げた。私の顔を見る。


「酷い面だな。さぞかし辛かっただろうな?」


 クックッと黒烏は笑った。

 うつ伏せに倒れている私を黒烏は物のように足で背中を軽く踏みつける。


「あっ……!」


「わかるぜ、俺も辛かったさ。痛みは変わらねぇもんな」


 足を離すと、次は髪を掴んでのけぞらせた。


「……っ!」


喉がパサパサに乾いて声が出ない。


「さ、次の罰だ」


 黒烏が耳の横で囁く。

 そして、私の腕を後ろで組ませて縄で縛った。チクチクして痛い。

 黒烏は私を無理矢理立たせ、登ってきたところとは反対方向に私を引っ張る。


「み、水を……」


 引っ張られていく途中で、喉を絞りながら言った。


「水?この世界では必要ないが、生きていた頃の名残か。ほら口を開けろ」


 黒烏はすんなりとくれた。

 口を開けると、大量の水が入ってきた。口からあふれ、胸元が濡れる。水は喉に沁み、とても美味しかった。


「うぐっ……ぷは……、あふぅ……」


 口から水が滴り、着物の赤を少し落とす。


「これでいいな。さ、行ってこい」


 黒烏は私を押した。何時間もかけて登った崖から突き落とされた。物凄い速さで落ちていく。

 目の前に広がるのは銀の森。たまに動くモノは他の自殺者だろうか?

 そして、気付いた。どんどん近づいてくる銀の木々は全て刃で出来ていることに。

 恐怖で涙が溢れる。

「嫌ぁあっ!!」


──ブシュブシュッ


 木々の中に突っ込み、血が吹き出た。地面に激突すると、そこにも銀の刃の草が隙間なく生えていた。

 身体中に短い刃が刺さる。腹から止めどなく血が溢れている。刃が骨に当たり髄まで痛みが響く。


 バサリ、と羽音がした。

 木々が触れない位置に黒烏が飛んでいた。


「痛いか?未蓮。早く動かないと傷が再生し、刃が皮膚に縫いつけられるぞ?」


 面白そうな笑みを浮かべ、見下す黒烏。楽しそうにだが、忠告をしてくれた。


「!?」


 恐ろしかったので痛さを無視して起き上がる。手を縛られているため難しい。時間がかかったが、再生はそんなに早くない。

 足に刃が刺さる。甲まで突き出ている。


「ひゅ……っ」

 

 声を出そうとしたが、声帯を貫かれたので空気が抜ける様な音しか出ない。


「お。声帯をやったな」


「くっ……ろぅ……」


 ビチビチと嫌な音をたてて、傷が塞がっていく。鈍痛が身体中を走る。

 足の傷が刃をともに塞がらないように少し移動。また、血が飛び散る。


「くぅっ……!」


 それを見ながら黒烏は恭しく礼をした。馬鹿にしたように言う。


「ようこそ。刃の森へ。さ、未蓮。第二の罰だ。この森を抜けろ。じゃ、お先に」


そして、私の上を飛び去った。

 こんな場所に置いていくなんて……。でも、方向はわかった。黒烏が向かっていった方へ行こう。


 よろよろと歩き出す。歩くたびに鋭い刃のような葉で足の傷が塞がる暇もなく、新しい痛みが増えていく。

 肩の高さにちょうど木の葉があたる。私の肌がおもしろいように切れる。

うめきながら私は進んだ。


ーーーーー


 しばらく歩いた。

 痛い痛い痛い痛い痛い。

 もう嫌だ。出たい出たい出たい出たい。

 涙をこぼしながらさらに進むと……


「え……!?」


 ヒトがいた。私は動くのも忘れ、カノジョに見惚れた。カノジョはキレイだった。

 艶を失わない黒く長い髪。切れ長の目。紅い唇。 しかしそれよりも鮮やかな血が口から流れていた。

 そして、カノジョはその場に手を縄で縛られた状態のまま、足を人形のように投げ出して座っていた。

 無数の刃がカノジョの頬や胸や腹や腿などを貫き、カノジョと同化していた。

 ビチビチと不快な音を絶え間無くたて、再生を繰り返す。カノジョは痙攣するが、縫いつけられているので痛みが増すだけだ。

 カノジョの皮膚と赤と銀が混ざり合い、奇妙なオブジェと化していた。


 人の気配に気付いたのか、カノジョは視線だけ動かし私を見た。そして、小さく口を動かす。


「タスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテ……」


 私は恐れで後ろえ下がろうとした。しかし、すでに私の足は縫いつけられていた。無理矢理引き抜くと、肉がいくらか千切れた。痛さで悶えた。


「ぐぅっ……!」


 そして、逃げた。あのオブジェから逃げた。早くこの森を脱け出さなくては……でも痛みでゆっくりとしか進めない……。


 翼の羽音が聞こえた。


「黒烏さん!?」


「まだ、こんなところにいたのか?あ、その女……」


 黒烏はそのオブジェの女を見た。


「知ってるのですか?」


 私はオブジェから遠ざかりながら聞いた。黒烏は付いてくる。


「ああ。そいつは俺が…半世紀前ぐらいに担当した女だ。こんなところでくたばってたのか。」


 黒烏がどうでもよさそうに言った。


「なっ……」


「ところで未蓮。今な、男女の自殺者がこの森を抜けたぜ?早くお前も抜けろよ」


「は…?何でですか?」


「死後十年経つと、お前はもう転生出来なくなんぞ」


「そんな……」


「それだけだ。じゃ」


 そして、また私の上を通り過ぎた。


「十年……」


 ここに来てからどのくらい経ってるんだろう……。

 最初の試練で崖から落ちたとき、再生するまでに、何時間……何日かかったんだろう……。

 こういう世界では時間の流れが違うとも聞く。

だが、ここで諦めたら、あのオンナみたいになってしまう。

 脱け出さなくては、脱け出さなくては、脱け出さなくては…!


 歩いた。歩いた。歩いた。歩いた。

 足の再生が追いつかなくなるほど、何度も何度も刃を踏みしめた。

足首から下はズルリと剥けて骨にぶら下がり、歩くたびにベチャッベチャッと音をたてた。

 手を後ろで縛られているため、何度も転んだ。

 全身に突き刺さる無数の激痛。噴き出す血液。


 希望を無くさず、痛みに耐え、ただただ歩いた。


 そして、血に濡れたぼろきれのように倒れこんだ場所は、小さな石が転がる焦げ茶色の地面。


 私は、銀の森を抜け出したのだ。

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