自殺者の管理人
今回で二作目の連載となります。
拙い文章ですが、よろしくお願いいたします。
あらすじの通り、このような話が苦手な方は気を付けてください。
「おい。女、起きろ」
男の人の低い、声が聞こえる。
それに続いて、頭を何か板のようなもので叩かれた。
「痛っ!」
「ほら起きろ。お前で最後なんだ」
目を覚ますとそこには、とても美しく妖艶な顔があった。中性的だがきちんと男が潜んでる顔。
それに闇のような真っ黒な瞳。
吸い込まれそう。
うっとりと眺めていると、いきなり腕を掴まれた。
「おい。女。立ち上がれ」
「痛い!」
乱暴な口調のその男はグイ、と私の腕を引っ張りやや乱暴に立ち上がらせた。
手を離すとキュポンと万年筆のキャップを口にくわえ、手に持ってる板に紙を乗せ、何かを書いている。
その機会に男を見た。
中学校にいる一番背の高い男子より高い。百九十センチぐらいかな?
男は下の辺りに小さな金色の花が散る黒い着物を崩しながら着ていた。
帯は銀色。髪は後頭部あたりで一まとめに結っている。
見とれていると男はキャップを元に戻し、言った。
「まずは身だしなみを整えろ」
万年筆を私に向けて、振る。
「え?きゃあっ!?なにこれぇ!?」
言われて自分の姿を見ると…。
驚いた。
なぜなら真っ白な着物を着ていたからだ。合わせも逆で、死人みたいだ。
それに、前がはだけて胸元が大きく見えている。
「うわぁ。恥ずかしい!」
美青年が目の前にいるのに、何ですかこの醜態。急いで直した。
「ふん。まったく五月蝿い女だ」
手に持つ、紙に目を通しながら言う。
何ですか、この態度。初対面なのに…。
……ん?
「ていうか、誰ですか?」
今更ながらの、この疑問をぶつけた。
男は偉そうに腕を組んで言った。
「死んだというのに気楽だな。吉川 未蓮。」
「え?」
男は手元の紙を覗いた。
「お前は自殺したんだよ。えーと、手首を切ったのか。ご苦労だな」
「え?…自殺」
ゆっくりと思い出してきた。
そういえば、私は見せつけようと思ったんだ。
虐めてくる友達、気付かない教師、何もわかってくれない親……皆に。
だからカッターで手首を切ったんだ。手首に刃を滑らせると、激痛が走って、湯船に赤色が広がっていって…。どくどくと鼓動と同じリズムで血が出て…。流れていくたびに私の命が抜けていっているように思えて…。
そうだ。私、死んだんだ。
「…楽に、なりたかったんだ」
言い訳をするように、小さくポツリと漏れた。
それを聞き取った男は鼻で笑った。
「死んだら楽になれる?笑わせるな。これからだよ、辛いのは」
「え?」
「お前は自殺したんだ。自ら絶ち切ったんだ。それなりの覚悟があったんだろ?」
男は笑った。紅い唇が歪む、ぞっとするほど、美しい笑い。だが、その中には私を嘲笑しているような恐ろしい笑みが含まれている。
思わず言葉が詰まる。
「あ、それ…は」
黒烏はもう一度あの笑みを浮かべると楽しそうに自己紹介をした。
「さ、行こうか。まずは高い崖の上に行くんだ。さっさと歩け。俺は自殺者の管理人、黒烏だ」
そう言うと黒烏はどんどんと一本道を進む。この道は植物はない。あるのは石がごろごろと転がっているだけの、殺風景な場所だ。
若干、急ぎながら黒烏の後ろに付いていく。
歩くたびに、黒烏の着物の裾が揺れて綺麗な脚が見え隠れする。着物が揺れるたびに私の不安感を煽った。
「黒烏さん、私は一体どこへ行くのですか?」
楽になりたくて死んだのに……と、自然に目頭が熱くなる。
「その崖の上に行くまでに、まず一つの門を潜らねばならないのだ。時間はある。少しだけ説明をしてやろう」
楽しそうに黒烏が言った。
「……」
「そうか。無視か。いい度胸だ。まず未蓮、お前は転生という言葉は知ってるな?」
私はこくり、とうなずいた。
黒烏が満足そうに続ける。
「ふむ。転生というものは全ての死んだ者が行うのだ。動物、植物…全てだ。だが……」
ちら、と黒烏が私を見る。びくりと肩が少し跳ねる。
「だが、例外もある。それは……自殺をした者、自殺を試みた者だ。まあ、自殺を試みた者の方が罪は軽いがな」
「……」
もう押し黙るしかない。
それを見ると黒烏は鼻で笑った。
「ふっ。お前が行う罰は三つある。内容は言えん。お前がこの罰に耐えられれば未蓮は無事、転生することが出来る」
「ほ、本当ですか?」
少しだけ希望が見えた。
「ああ。人間ではこの罰に耐えきれた者をあまり見たことはないがな。なぜなら、皆もとから自殺をする……つまり、諦めやすい奴が多すぎる。それに、この世界は何が起こっても死ねない。痛みは生きている頃と同じなのにな。不思議なことだ」
希望の光を消すのを面白がるように言った。
「……人間では、ということはどういうことですか?」
再び絶望に落ちたが、気になったので聞いてみた。
「例えば……お前は『白いうさぎの教え』は知っているか?」
「はい。確か、飢えた聖者のために火に飛び込んだウサギですよね」
「そうだ。そのうさぎも自殺とみなされたが、その罰を乗り越えたぞ」
あごに手を添えながら言った。
「え?ウサギの姿でですか?」
ウサギの姿で乗り越えられるなら、私にも……
「いや、人間の姿になっていたと思うぞ。人間の自殺が最も多いから、平等にするためだとさ」
その希望もばっさりと一蹴された。
「……そうですか」
「あとは、俺だな」
「え!?」
「お、着いたぞ。崖だ。さ、登れ」
黒々と威圧感を放つ門をくぐると、そこには高い高い、頂上が見えない崖があった。
そして、さらりと黒烏の話が終わり、えぐい命令が下された。
「は!?」
「早くしろよ。俺は先に上にいる」
そう言うと黒烏は思いもよらないことをした。
「えぇえっ!?」
顔がカッと熱くなる。
黒烏はいきなり自分の黒い着物を剥いだ。黒烏の上半身が丸見えになる。そして、肩を数回回して力んだ。すると、さらに驚くことが起きた。まず、少し透き通った黒い鳥の翼が肩甲骨から生えた。だんだん色が濃くなっていき、漆黒になった。
「え?なにそれ?」
声が上ずる。何その、翼は……?
思い出したかのように黒烏が言った。
「あ。俺が生きている頃はカラスだったんだ。じゃ、また」
ぺろり、と紅い舌で口の端を舐めた。
そして、飛んだ。
まるで、黒い弾丸のように。
風が私の髪と、着物を乱した。
黒烏は振り返ることもなく上へ、上へ、高く、高く──。
あっという間に黒烏は見えなくなった。
「私も、登らなきゃ…」
崖に駆け寄り、崖の出っ張りに左手をかける。次に右手を、さっき握った出っ張りの近くの出っ張りを掴む。左足も下にある出っ張りに、右足も同様下の方の出っ張りにかける。
上を見ると果てしない高さ。頂上がこの世界の黒く厚い雲に隠れるぐらい。恐怖が込み上げる。それを奥の方に隠して、上に進んだ。
「よいしょ……っ。」
私は長い道のりを登り始めた。