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南条翔は其の狐の如く  作者: つゆのあめ/梅野歩
【余章】其ノ妖、其ノ人
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小噺:北の神主、少年神主と歩む日々

リクエストが多かった組み合わせその2。

比良利と翔の神主としての日々。翔と出逢い、彼と対になれた奇跡に北の神主は感謝しても感謝しきれないのです。



「良いかぼん。時の数え方、四季、方角は十二支を用いる。十二支は分かるじゃろう?」



 第四代目北の神主のこと六尾の妖狐、赤狐の比良利は虫食いだらけの書物を取り出して子供に説明をしていた。

 一つひとつの言葉に頷いて反応を見せる子供は、比良利にとって新たな対。十代目南の神主となる少年である。まだ妖狐に成熟して間もない元人の子は熱心に説明を聞き、一生懸命に教えてくれる内容を頭に叩き込もうとしている。歳の差は二百余り。彼、比良利からすればあまりにも未熟な子供である。


 しかし三尾の妖狐、白狐の南条翔はまごうことなき“宝珠の御魂”の選ばれた少年。来春には己の対となるべき子供だ。妖の頭領として先導するのだから教えることは山のようにある。

 けれど幼い妖狐は妖の世界に関してまるで無知であり、一から十まで教えなければならない。常識中の常識から教えなければならないため多忙の身に置かれている比良利としても、これは大変な試練である。


「ぼん。今の時間帯を十二支で表すとどうじゃ?」


「え、い、今? えっと夜の八時は子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥の……と、酉?」


「また間違えたのう。昨晩も同じ質問をして酉と答えたぞよ。初刻や正刻を覚えるのはまだまだ先じゃな」


 子供はもっと大変なのだろう。

 答えは戌だと教えてやる。翔は持ち前の耳を垂らし、そうだったと返事する。昨日の質問を思い出したようだ。

 時間すらまともに読めない言えない神主ではさすがに表に出せないため、比良利は何度も翔に時刻の数え方を教えるのだが、彼はどうしても覚えられずにいる。彼の育った環境が十二支を使うことが少ないため、十二支を使った十二時辰が難しくて仕方がないようだ。

 これはどうしたものかと心中で頭を悩ませる比良利だが、子供は決して屈しようとしない。書物に描かれた十二支と時間を書いて覚えようと努力をしている。

 あまり勉学は得意ではないようだが、翔の努力は認めてやるべきだろう。本当はもっと別のことを教えて、神主としての作法を学ばせていきたいのだが。


(やはり早すぎたかのう)


 妖の世界の常識を覚えさせる猶予を一年ほど設けるべきだっただろうか?


 比良利は悩む。

 今更、本就任の時期を変更することはできないが、思い余った判断だったのだろうかと指導する側に立つ度に常々嘆息。

 時期十代目南の神主は筆をろくすっぽう扱えない。崩れ字も読めず、極め付けに時刻もよく分かっていない。幾度教えても間違える始末。妖達が知ったらどう思うだろう。教え方に問題でもあるのだろうか。九代目南の神主が鬼才であったがために、十代目の指導は困難を極める。比良利の不安と焦りは募るばかりだ。


 進んでいく時、進まない勉学。

 焦燥感を噛みしめた比良利は事を彼の祖母に相談する。神主といえど比良利はまだ齢二百、齢四百の年の功に縋りたいこともある。

 相談された猫又のコタマのことおばばは比良利の悩みを大層笑った。お前さんも青いねぇと言われ、揶揄されてしまう。こちらは真剣に悩んでいるというのに。

 煙管を吸って落胆の色を見せると、『今のお前さんは惣七だねぇ』おばばがこのようなことをのたまう。犬猿の仲であるかつての対と同等にされ、比良利は思わず顔を顰めてしまう。どこ吹く風で猫又は続ける。


『坊やは既に常識の基盤がある程度ついた子だ。困った時はどうしても身についた常識に縋ってしまう。だから要領よく覚えられないんだねぇきっと。けれど、一番は“楽しくない”が原因かねぇ』


 目から鱗が落ちそうになる。

 学びが楽しくない。確かに翔は熱心に勉強をしている一方、すぐに忘れてしまう傾向がある。根詰めて覚えようとしているせいか。


『比良利。お前さんが惣七だと言ったのは、余裕を忘れているからだよ。オツネとの一件を思い出しておくれ。なんであの子は今まで術を使えなかったと思う? そして、坊やと出逢って術を使えるようになったと思う?

 本就任で気が焦っている気持ちは分かるけれど、それによってお前さんの目は曇っているようだねぇ。わたしからの助言はひとつ、余裕を持って坊やと遊んでやりなさい』


 書物を見せて口で説明ばかりじゃ、あの子供は物を覚えられない。

 尊敬する妖狐の期待に応えようとするばかり知識を根詰め、結局はおざなりとなり知識を忘れてしまう。その度に子供が落ち込んでしまうことだろう。


 だから遊ばせてやるのだ。

 余裕をもって教え遊ばせれば、子供はすぐに覚える。素直な子だからきっと知識を吸収するだろう。

 おばばは比良利にそう助言し、あの子を信じてやるよう促した。比良利と翔は対となるのだ。対であり兄分となる比良利が信じないでどうする。


『坊やはね。お前さんが思っている以上に成長が早い。知識が乏しくとも、他面に目を向けてみると、あの子の成長に感動することもあるものだよ。坊やを信じなさい、お前さんの対を誰より比良利が信じてやりなさい』


 老婆の言の葉に比良利は芽生えていた不安と焦りが綺麗に摘まれた。

 そうか、そうだ、遊ばせてやればいいのだ。自分はすっかり惣七化していた。余裕を忘れていた。

 比良利は考えを改める。例え子供が常識に乏しくとも、子供が未熟なのは誰しもが承知の上。それを踏まえて来春の本就任に臨もうとしているのだ。常識知らずだと笑われることもあるだろうし、呆れられることもあるだろう。子供は悔しい思いをするだろう。しかし、それをバネにしていくこともきっとあるだろう。

 信じてやろう。己の対となる少年を。自分は焦らず、じっくり学ぶべきことを教えてやればいい。遊びながら教えてやればいい。


「ぼんよ。昨晩、間違えた酉の刻は何時だったか言えるかのう?」


「と、とり……酉の刻は……九時だったかな。あれ、ち、違うっけ?」


 今宵も十二支を使った十二時辰で躓く少年。

 酉の刻は七時から九時を指すのだと答えを教えれば間違ってしまったと耳を垂らし、三日連続で間違えてしまったことに落ち込んでしまう。根詰めて覚えさえようとした結果がこれだ。彼に非はない。自分だって妖狐になりたてだった頃、覚えようと根詰めて躓いてしまった。彼は若かりし己なのだ。

 比良利は翔の持っている書物を取り上げるとこのような十二時辰ではつまらないと告げ、自分達で十二時辰を作ると案を出す。

 「え?」目を丸くする翔に筆と巻紙を手渡し、これから十二時辰を作ろうと綻んだ。


「つ、作るって……書物を見ながら図を模写するの?」


「そのようなつまらぬことはせぬ。十二支といえば動物、我等は十二時辰を動物の絵で作ってみせようぞ」


「えぇええ?! 俺、絵なんて描けないよ!」


 とんでもない案だと顔を引き攣らせる翔に、いいから作ってみようと比良利は墨汁で筆を濡らし、大きな円を描く。

 十二等分に空白を作り、まずは『子』からだと巻紙に絵を描き始めた。

 恐る恐る手元を覗き込んでくる子供がこれは何だと『子』を指さしたため、得意げにネズミだと返答。大笑いされたのは直後のことだ。


「ひ、比良利さんって絵が下手くそなんだね。こ、これは酷い。どう見ても歪な猫だよ!」


「し……失礼な奴じゃのう! これはネズミといったらネズミなのじゃ。次はぼんじゃ。ほれ、『丑』を描いてみせよ」


「比良利さんよりは上手く描ける自信があるよ」


 かく言う子供も大概でお粗末な絵である。

 意気揚々に牛だと言うが、もはや動物にすら見えない。謎の生き物である。今度は比良利が腹を抱えて笑う番だった。少年は比良利の描いたネズミよりマシだと主張するが、少年の描く牛よりかはネズミの方が上手いと思える。

 お互いに酷い画才の持ち主であったためか、十二時辰作りは始終笑いの渦だった。

 そして、なにより二人を困らせたのは『辰』である。こればかりは後回しにして、最後に絵を描くことになったのだが、揃って首を傾げてしまう。


「比良利さん。辰って龍だよね。龍ってどう描くの?」


「そうじゃのう。蛇のような体と、鹿のような角があり、ナマズのような髭がある生き物じゃろうか」


 こうして二人で十二時辰作りを堪能し、完成品を神職に携わる者達に見せる。

 皆が皆、比良利と翔の画才に涙して笑ったのだが、本人達もこれは酷いと自覚しているため共に笑い声を上げた。

 その日はたったこれだけの学び。書物も何も持たず、十二時辰を正確に覚えることもせず、ただ絵を描くだけの日だった。

 けれども翌日から子供は今までの物覚えの悪さが嘘のように十二時辰を一つ一つ覚えていく。比良利が今の時刻を尋ねれば、あの酷い十二時辰作りを思い出したのか、翔は笑いながら「夜の九時だから猪の刻」と答えた。遊ばせたことが良き結果に繋がったのだ。


 比良利は確信する。

 子供に余裕を持たせ、学ばせ、遊ばせることが、本当の意味で神主への近道だと。


 南条翔は齢十七の少年。まだまだ遊び盛りの子供。妖の目から見た彼は、誰もが子供だと口ずさむだろう。

 また彼は凡才であり、鬼才でも天才でもない。常に努力し続ける比良利と同じ型の妖狐。先代のように物覚えが良いわけでは決してないのだ。それを分かってやらなければいけない。過度な期待や理想を押し付けることも、先代のようになれと頼り切りにすることもやってはならない。彼の歩調で成長させることが、良き神主への近道だと比良利は感じた。

 先代に比べれば頼れる少年ではなく、指導する側も苦労し、月輪の社を守る者達も常に彼を支えなければならない。しかし皆、分かっている。分かっていて彼を慕う。それは何故か。



「比良利さん。俺も一緒に境内を回っていい?」



 愛用の和傘を差して日輪の社にいる妖達と交流をしようと憩殿を出た比良利は、文殿から後を追い駆けて来た少年の呼び声によって顧みる。


 子もまた和傘を腕に抱えていた。

 短髪の白髪をひょこひょこと揺らし、比良利の隣に立つと和傘を開いて満面の笑みを浮かべる。尊敬する妖狐を追いたいがために対を真似て大麻を和傘に変えている少年。見上げてくる彼に一笑して頷く。嬉しそうに翔は自分について回った。

 積極的に境内にいる妖に声を掛けては交流を図っている。


「おや、比良利さま。今宵はお可愛い対の翔さまと一緒なのですね」


「こんばんは一つ目小僧の喜一さん。今日はどんな品が入っているの? お、新しいお酒だ。これは……え゛、アブラゼミ酒」


「夏に欠かせない逸品なのですよ。起源は鎌倉にまで遡るのですが」


 比良利は頬を崩す。

 店主の一つ目小僧に酒の薀蓄を聞かされようとも、嫌な顔を一つせず、寧ろ熱心に耳を傾ける少年。

 三軒先の水屋の河童店主がよろけながら重たそうな水瓶を運んでいると、少年は我先に妖の下に向かい、手を差し伸べる。

 参道を歩く鬼の子供が転倒、持っていた花がひしゃげしまい、大声で泣き始める姿を目にすれば歩んで慰めの言葉を掛ける。いつも庶民の目線に立って妖達と気持ちを共有しようとする子供。嗚呼、老婆の言う通りだ。子供は成長している。妖達と交流する彼を目にして、どうして先が思いやられるなどと不安を抱けようか。


 素直で無邪気、馬鹿正直で何事にも一生懸命。そして妖と人の双方を愛せる少年。だから皆は彼を慕う。

 例え人の世界で生まれ、育ち、其の培った世界観が百八十度違おうと彼は此の世界を受け入れる努力をする。だから皆は彼を愛する。

 凡才であろうと、彼の内側に秘めるものは民達を魅せる。だから皆は彼を敬う。


「珍しくおなごの体ではないものを熱心に見ていますね。翔さまに穴が空いても知りませんよ?」


 交流を図っていることを知った日輪の巫女が比良利に歩んで、揶揄を飛ばしてきた。

 毒言は甘んじて受け入れることにしよう。下手に否定したところで自分の首を絞めるだけだ。

 「目が放せぬのじゃよ」胸の内を明かすと、心配なのかと疑問を投げかけられた。かぶりを優しく左右に振り、比良利は答える。


「誰が憂慮など抱こうか。日夜成長する新たな対を目にし、どうして不安が抱けようか。我が対、天城惣七にも目にして欲しかった。あやつの後継者は素晴らしき才を持った神主じゃと、目にして欲しかった」


 語るだけで胸が熱くなる。

 コタマの言う通り、知識が乏しくとも他面に目を向けてみると子の成長の丈に感動するものだ。


「今度は失いはせぬ。もう不祥事で対を失うことなどせぬ。対は必ず守ってみせる」


 脳裏にめぐる悲しき過去を懐古する。

 犬猿の仲と呼ばれていた九代目南の神主。

 しかし、比良利にとってかけがえのない対であることには違いなかった。窮地に追いやられた彼を助けることができず、九十九年、片割れを失ったまま南北を統治してきた。妖の目からすれば百年なんて尺の短い期間。だが比良利には長く思えた。本当に長い年月を過ごしてきたと感傷に浸ってしまうほど。

 「比良利さま」眉を八の字に下げる紀緒に決意を表明する。十代目南の神主には必ず長生きしてもらう。短命になどさせない。この赤狐の比良利がさせないのだ。守ってみせよう。新たにできる対を、成長を見守る兄分として。


「じゃから、わしも長生きをせねばのう」


 憂いを瞳に宿す紀緒に頬を崩すと、安堵したように彼女は頷く。


「最初の内だけですよ」


 紀緒は言葉を重ねた。


「あの子供は比良利さまに気質が似ています。ならば、守られるだけの存在に成り下がりはしない。きっと立派に成長して、己の対を守ろうと先導する妖狐となりましょう。大人しく守られるだけの存在なら楽でしょうけどね」


 不意を突かれたが、相槌を打って眦を下げる。

 本当にそうだ。大人しく守られるだけの存在なら楽だろうに、あの子供はそうではない。誰かを守るために奔走する。それは自分も含めた妖が対象だろう。


「翔さまのことが本当に可愛くて仕方がないのですね。比良利さま」


 北の神主は今日一番の笑顔を見せる。

 「育て甲斐のある奴よ」可愛くて仕方がないと素直に白状し、比良利は対の下へ向かう。

 下駄歯入れと呼ばれる下駄の歯を直す職に就いている下駄の付喪神に、その仕事を体験させてもらっている子供が顔を上げた。初めて下駄の歯を入れたと嬉々して報告する彼は、自分の入れた下駄は置いても下面が浮くのだと苦笑い。不格好なものになってしまったと頬を掻いて、下駄を見せてくれた。

 大笑いするのは下駄の付喪神。玖善(くぜん)


「一度で業を盗まれてしまえば我等の商売になりませぬ。職人の名が泣きますよ」


 それもそうだと笑みを返す翔は、自分で歯を入れた下駄は記念に貰ったのだと比良利に目尻を下げる。

 懇切丁寧に下駄の歯を入れた当時を説明する子供に、「さすがは親子神主」玖善はまた声を上げて笑った。その様が親子にしか見えなかったのだろう。誰が親で誰が子だと職人を睨むが相手はどこ吹く風。比良利の顔を見る度に肩を震わせては笑いを押し殺す。


「翔よ。わしの子供と呼ばれておるのじゃから、主も反論せぬか」


 翔はまったく気にしていないようだ。ニッと歯茎を見せて笑うと「比良利さん。待っててよ」


「今は子供呼ばわりだろうけど、絶対に比良利さんに追いついて隣に立つから。胸を張って対と言える日まで、俺の父親として、兄として見守って欲しい。必ず俺も比良利さんのようになるから。いつも妖達を優しく見守って、頼もしく民達を導いている比良利さんみたいに俺もなれるよう頑張るからさ」


 呆気にとられてしまう。

 どうして子供はこんなにこっ恥ずかしいことをぽんぽんぽんぽん、と。

 微笑ましそうに見守っていた玖善が「本当に比良利さまをお慕いしているのですね」翔に尋ねる。子供は大きく頷き、尊敬していると満面の笑顔を浮かべた。

 堪らなかったのは比良利である。まだ何かを言おうとする子供の背後に立つと、素早く右手で口を塞いだ。驚きかえる翔に対し、「主は少し黙っておれ。聞くに堪えぬわ!」比良利は顔を顰めてしまう。


 なんで? 不思議そうに見上げてくる子供に悪意はない。だからこそタチが悪い。


「わっはっはっはっは! 比良利さまがそのように照れるとは珍しいこともありますねぇ。いやはや、さすがは新たな日月の神主! これは先が楽しみですな」


「わ、わしは別に照れてなど」


「おやおや、北の神主ともあろうお方が嘘を仰りますか? 感心致しませんねぇ。御大層な六尾が忙しなく揺れておりますのは嬉しい証拠ではございませんか?」


 この時ほど尾っぽを呪ったことはない。比良利は忙しなく動く己の六尾を睨んだ。


「ほら皆、我等のやり取りを見て微笑ましい気持ちを抱く限り。やはり神主はお二人いてこそ。我等は先導して下さるあなた方を信じ、どこまでもついて行きます」


 好奇心を寄せ、周囲に集まる妖達の笑声は本当に可笑しそうに溢れている。

 北の神主は苦虫を噛み潰したように口を曲げ、低い唸り声を上げた。

 どうして自分がこのような羞恥を味わう羽目になったのか、それもこれもどれもあれも無垢すぎる子どものせいである。仕返しをしなければ気が済まない。


「今しかできぬ子供の喜びを堪能するが良いぞよ。翔」


 白狐に言うと、子供がきょとんとした顔を作る。

 意地の悪い笑みを浮かべ、比良利は翔の脇に両手を入れるとその身を持ち上げた。間の抜けた声を上げたのは翔である。


「お、下ろしてよ比良利さん! これは幾らなんでも恥ずかしいんだけど、こういう子供扱いは嫌なんだけど!」


 身を捩って腕から抜け出そうとする子供が四肢をばたつかせる。

 よって傍観していた妖達が一斉に笑声を上げた。比良利も声を上げて笑う。仕返しは成功したようだ。自分の顔に火を点かせたのだから、子供も暫くは見世物となってもらおうではないか。反面、自分宛にも親だと笑う声が聞こえるがそれには目を瞑ることにする。


(天城惣七、かつての我が対よ。天の国で見ておるか? お主が最期まで心配しておった民達は今、こうして再び平和に喜びを噛み締めておる。晴れ晴れとした顔で日々を過ごしておるよ)


 九十九年、暗黒の日々を過ごしてきた妖はようやく笑顔を取り戻した。

 まだ平穏と呼べるほど南北は安定してはいないけれど、それを掴む契機は訪れたのだ。

 嗚呼、対を失って百年の節目に生まれた新たな対に、出逢いを与えてくれた“宝珠の御魂”の導きに感謝したい。


 暴れる子供を下ろして頭をわしゃわしゃと撫ぜてやる。

 周囲の妖達に散々笑われ、すっかり脹れてしまった三尾の妖狐、白狐の南条翔を無視して比良利は笑い続けた。

 これから自分は此の地で、新たな対と生きていく。南北を見守っていく。民達を導いていく。大丈夫、今は子供でも新たな対はすぐに大人となる。立派な大人となり、自分の隣で南北の地を守り続ける。

 願わくば、かつての対に天の国より末永くこの地を見守って欲しい。役目を果たしたその時は自分もそちらに行き、再会の挨拶代わりにいつもの口論をしよう。


 誰かが比良利に問う。

 “新たな対”は貴方様にとって如何でしょうか? と。


 子供がしてみせたように、北の神主も惜しみもなく答えた。



「新たな対と回り逢えた奇跡に感謝したい。わしは翔と対になって幸せじゃ。将来が楽しみでならない、可愛いわしの対よ」



 (終)



北の神主が主人公のお話。今ひっそり考えている話は「九代目南の神主をめぐる物語」――なので彼が準主人公として昇格すると思います。

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