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南条翔は其の狐の如く  作者: つゆのあめ/梅野歩
【余章】其ノ妖、其ノ人
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<五>内幕の就任式(参)


 夜明け前に宴は終わる。

 土産として北の神主が美しく飾られた手箱を手渡してきた。


「手ぶらで帰すわけにはいかぬからのう。これは親御さんと分けてたもう」

「えーっと……親御さんと分けるって」


 朔夜が代表して、受け取ったそれを開ける。


「は?」


 中から大小様々な白い珠が詰められていた。所謂真珠である。


「え、こ、これ赤狐」

「真珠じゃ。もう少し集められたら良かったのじゃが」

「いや、え、うそだろ」


 大変高価な代物に石化してしまう。

 その様子に何を勘違いしたのか、


「はて。真珠は人の世界では価値があると聞いたのじゃが……あまり好みではなかったか?」


 妖の自分達はそれを薬として使用するのみ、大した代物としては使っていないと比良利は首を傾げる。


「ふむ、ではこちらにするかのう。やれ二種用意していて良かったわい」


 新たな手箱を差し出し、狐がさっさと蓋を開ける。

 生唾を呑んで中身を確認すると、嗚呼、大小純金の玉がごろごろと横たわっている。時価にすると幾らになるのだろうか。


「えーっと……まさかそれ、僕らに受け取れと?」


 比良利に視線を流せば、五方結界を張ったお礼だと慈悲溢れる笑みを浮かべた。

 それだけ朔夜と飛鳥のしたことは大業なのだ。

 しかし妖達にそれを知らせるわけにもいかない。妖祓の名を出すだけで混乱するだろう。


「ゆえに、こうして心ばかりの礼をしたい。受け取ってたもう」


 正直に言おう。心ばかりの礼が重過ぎる。


(う、受け取れるわけがない。こんな高価なもの)

(帰り道を歩くのも怖いよ……いくらになるんだろう? 百万はかるーく超えてそう)


 いつまでも受け取れず、冷や汗を流していると、


「はて。金も価値がないのかのう?」


 比良利も困ったように眉を下げていた。


「あ、じゃあ、今日の宴に出たご飯! ご飯の余りがあればほしいかな! ね、朔夜くん」

「そうだね。うん、ご飯美味しかったね。うん」

「それでは心ばかりの礼にもならぬ。きちんと礼をせねばのう」

「お礼が重すぎるんだって」

「む? 意外と軽いぞよ」

「違う。物理的な重さじゃないんだよ。ショウっ」


 たすけてくれ。

 頼れる幼馴染に縋ると、彼はうんうん、と頷いて、こう返事した。


「比良利さん。真珠と金を半々にしようぜ。選べないだろうしさ」

「おお、なるほど。では半分にするかのう」


「ショウ……空気を読める男が何言ってくれるんだよ」


 受け取る物に困っているというのに。

 翔に苦言を投げるも、彼の返事はこうだった。


「何か一つでもいいから受け取ってくれ。お礼をしたいんだ」


 くだんの功績によって、多くの妖が命を救われた。朔夜達はそれだけのことをしたのだ。ぜひともお礼をさせてほしい。

 そう言って、まったく取り合おうとはしない。助けてはくれないようだ。


 結局断る道を見出せず、二人は拳ほどある真珠を一つずつ受け取ることにした。

 全部持っていて良いと北の神主が言ってくれたが、そんなことができる筈もない。手箱を持って家路を歩くことすら儘ならないではないか。――それに真珠なら受け取って良いと思ったのだ。宝珠の御魂に似たこの真珠なら。


 妖の社を使って帰るという雪之介と、その場で別れる。

 是非とも妖の社の場所を知りたいと思いつつ、それはきっと人の子である自分達には許されぬ領域。何も言わず彼とその両親やおばばや旧鼠、そして日輪の妖狐達と別れた。


 団地の公園まで月輪の妖狐達が送ってくれる。

 初めて妖に跨った二人はギンコから下りると、儀式を終えた幼馴染と向かい合い、もう一度祝の詞を手向けた。

 ありがとう、これから頑張る。彼は強い決意を口に出し、より良い南の地にしていくことを約束してくれる。凛々しい彼の面持ちは、既に神主の一歩を踏み出しているのだと自分達に教えてくれた。


「朔夜、飛鳥。今晩は来てくれてありがとう。嬉しかった。また学校でな」


「ああ。また学校で。今日は妖の世界に帰るんだろう? ゆっくり休みなよ。これから大変だろうから」


「本幕の就任式も見てみたいと思うほど凄かったよ。ショウくん」


「そうだった。本幕の就任式があるんだった……もうヤダ。人前で舞を踊るなんて柄じゃないんだよ、俺」


 がっくし肩を落とす幼馴染に笑ってしまった。


 夜明けが迫る。

 妖の時間は仕舞いだ。そう言って彼は持っていた愛用の和傘を広げると、妖狐達に向かって鳴き、鉄棒を踏み台にして宙に飛び立った。

 銀狐の背に飛び乗る彼に手を振る。いつまでも手を振り続ける。三尾を振ってくる妖狐となった幼馴染は、もう一度天高く鳴くと同胞達と共にいるべき世界へ帰った。また学校で会えると知っていながらも、何故か寂しさが胸に広がる。それは何故だろう?


「行っちゃったね」


 手を下ろす飛鳥がなんだか寂しいと胸の内を明かす。自分と同じ気持ちのようだ。

 まるで夢のような時間を過ごしていた気分だが、手に持っている真珠とヒガンバナが夢ではないことを教えてくれる。

 過ぎていく夜の中で、確かに幼馴染は儀式を受け、南の神主となるための一歩を踏み出した。自分達はそれを確かに見届けたのだ。


 大きな真珠に目を落とす。

 幼馴染の体内に宿った珠を彷彿させるそれに目尻を下げると、「帰ろう飛鳥」僕達には僕達の帰るべき世界があると優しく肩を叩く。大丈夫、また幼馴染は此処に帰ってくる。帰って来ないなら自分達が迎えに行けば良い。


 言い知れぬ不安を抱く飛鳥を慰め、彼女を家まで送る。

 その足で我が家に帰った朔夜は寝静まった廊下を音なく歩き、二階の自室へ。

 襖を閉め、ヒガンバナと真珠を机上に置くと積み重ねていた大学入試のための赤本を手に取り、それをまじまじと見つめる。



「妖と人の共存、か。妖側だけでそれが叶うわけないじゃないかショウ。一方通行な思いを寄せても夢は叶わないよ。両側から努力しないと夢は叶わない」



 あの旧鼠、人懐っこくって可愛かったな。

 小さなちいさな独り言を呟き、購入した赤本をぞんざいに机上へ放った。

 彼の天命が南の神主になる、のであれば、きっと自分の天命は妖祓になる、であろう。

 嗚呼、この地で対峙する自分達の存在。けれど同じ地で共存できる似つかわしい存在でもある自分達。同じ地で自分達は生きている。これからも同じ地で生きていく。もう迷いはない。


 大きな欠伸を零した朔夜は歯を磨いて寝ようと、着ていた学ランのボタンを外す。


 一眠りしたら進路変更の旨を親や教師に伝えなければ。

 自分にできることがあると知りながら、その宿った力を一切合財使わず、平穏な道を歩くことなどできない。一般の子だった幼馴染が険しい獣道を歩き始めているのだ。

 ここで平穏を取るなんて格好悪い。親友に便乗したいと思ったなら、それなりの誠意を見せなければ。

 妖祓の家で生まれ育ったのだ。逃げられない運命だったのだから、逆手にとってその立場を利用することだって可能だ。



「ショウ。今なら分かる。あの就任式を見て分かったよ。君がどうして神主になろうと決めたのか、その固い気持ちが――」




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