<三>内幕の就任式(壱)
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五月の晦日は31日だ。
明日は五月末となる31日。大切な御呼ばれがある日。妖となった幼馴染が呼んでくれた儀式がある日。
自室にいた和泉 朔夜は開きっぱなしの赤本から目を逸らし、シャープペンシルを手放して、ガラケーのカレンダーを起動していた。予定が書き込まれている日付を見つめ、物思いに耽る。
明日、幼馴染は一妖の身分を捨て、神に仕える身となる。その身を神に捧げるのだ。
朔夜自身は無神論者だ。
妖の存在を知っていれど、神などいないと思っている。いたとしても不要だと思っているため、神に身を捧げる幼馴染の進む道に複雑な思いを抱くばかり。普通の大切さを知っているからこそ、彼には一般の妖狐でいて欲しいのだ。
誰かと違う道は決して平坦ではない。周囲に理解されることも少なく、茨道はただただ険しいばかり。
一般の家庭に育った人の子の翔。妖となった今も、一般の家庭で育った良き環境は彼の中に息づいている筈。
それを捨て、南の地の頭領となろうとしているのだから素直に祝えずにいる。
本当は友人として心から祝ってやるべきなのだろうが……いずれまた対峙するかもしれない相手だと思うだけで胃が重くなる。そうさせないために翔は神主になろうと決めた。自分もその夢に便乗したいと告げた、が、具体的に何が出来るのだろう。
妖祓を続けるべきかどうかすら悩ましい現実。未だに公務員の夢を捨てられず、普通の日常を羨望するばかり。
こっそり翔に相談すると、「お前の道だからお前が決めたらいいじゃないか」の一言で済まされた。
助言すらしてくれなかったが、道を与えないのは彼なりの優しさなのだろう。己で道を決めなければきっと未練となる。それを翔は知っているから、自分で決めたらいいと言った。でなければ昔の自分のようになってしまうとおどけながら。
「あんなに好きだった飛鳥の気持ちすら封じて神主になる、だなんて。どうして君はそんなに強いんだい?」
背もたれに寄りかかり、天井を仰ぐ。
自分が妖祓に戻ったのは幼馴染の危機を回避したかったから。
忍び寄る瘴気に当てられて欲しくない一心で妖祓に戻ったものの、あの一件以来、妖祓らしい仕事はしていない。また幼馴染と対峙することがどうしても怖いのだ。翔はそれを乗り越えて神主になろうとしている。
三人の中では常に先を歩いていた筈なのに、いつの間にか先を越されてしまった。
自分達の後ろをついてばかりのあの彼が、こんなにも頼もしくなるなんて。道を定めた彼の成長っぷりに知らず知らずと焦燥感を抱く。置いて行かれた気分だ。
妖と人が対峙しないための道を選ぶ翔。それに何かしら便乗したい自分。しかし明確な道はまだ見つからない。
翌日の満月夜。
朔夜は午前零時一時間半前に家を出る。
両親に何処へ行くのだと尋ねられたが、適当な理由で妖の様子を見てくると嘘をつき、儀式の参加は秘密にした。
なんとなく身内には告げたくなかったのだ。言えば何かしら言われそうで。妖祓は代々続いてきた由緒正しい妖の専門職。その家系に生まれ育った子が妖の儀式に参列するなど知ればなんと言われるか。長の耳に知れたら面倒だ。
相手を説得するよりも飛鳥と口裏を合わせる手を取った朔夜は相棒の家に赴き、彼女を迎えに行く。
近所迷惑を考え、インターフォンは鳴らさず、電話で呼び出す。と、彼女は仮眠を取っていたらしく、寝ぼけた声で電話に出た。朔夜の電話に悲鳴をあげ、何度も謝罪。すぐに支度をして下りるからと言って切られてしまう。
待ちぼうけを食らうこと十分、制服の帯を結びながら飛鳥が玄関扉を飛び出した。
「ご、ごめんね」
両手を合わせる飛鳥の髪が見事に跳ねている。苦笑を零し、それを指摘してやると忙しなく髪を整え始めた。
こうして飛鳥と共に夜路を早足で歩く。
補導されないよう周囲を警戒しながら、ネオンで彩られている大通りを辿り、待ち合わせのバス停へ。
指定の場所に到着すると雪之介が紙袋を手に提げ、その腕を組んで仁王立ちしていた。「遅い!」開口一番に文句垂れる雪之介は、約束からもう二十分も過ぎているではないかと腕時計で時間を確認している。
「向こうに到着したらしたで支度があるんだよ。父さん、母さんはもう向こうに到着して準備をしているだろうし。きっと首を長くして僕達を待っているに違いない」
それだけ大事な儀式に御呼ばれしているのに。
ああもう、時間が惜しい。急ごう、雪之介が駆け足になる。
本当に貴重な儀式に呼ばれているらしく(人間の自分達にはどれほど貴重なのか分からない)、心なしか雪童子は焦っていた。
「ごめんね雪之介くん」私が寝坊しちゃったから、謝罪する飛鳥にとにかく走ろうと雪之介。零時丁度共に儀式が始まる。その前に向こうに着いて準備をしたいと伝えてきた。
「錦、礼服は学生服で良かったのかい?」
先導する雪童子に声を掛けると、「大丈夫!」とのこと。
信号で掴まると彼はその場で足踏みをし、早くはやくと信号機を睨んでいた。
そんなにも凄い儀式なのか、息を整えながら朔夜が質問を投げると、当たり前じゃないか! 雪之介が頓狂な声を出した。
「内幕の就任式は南北合わせて過去十三回しか行われていないんだよ。今回で十四回目の内幕の就任式に立ち会えるなんて、そりゃもう凄いことだよ。神職を携わっていない妖の僕や人間の君達が御呼ばれしているんだ。例にないことっ、青になった!」
急げ、雪之介がダッシュする。
大慌てで彼の背を追うように走り続けて、どれほどの距離を進んだのか。
静かな住宅街を突っ切っていた妖の足が失速。足が止まる。つられて速度を落とす朔夜と飛鳥は着いたのかと、立ち止まり、弾んだ息を忙しなく繰り返す。
熱に弱い妖は大量の汗をこめかみから流しながら、「見てよ」向こうまで続く舗道を指差す。言われたとおり、舗道を見やる。
瞠目、妖達が列を成して道を歩いていた。
橙のホオズキに火を点して明かりに、その手に菊や紅いヒガンバナを抱いて、ゆっくりと河原の方角へ向かっている。
まさしく百鬼夜行と呼ぶべき光景である。
「あれは花のともし火だよ」
神に花を贈り、祝福の恩恵に感謝する行進なのだと雪童子。
これから河原で花を流すことだろう。新たな南の神主の誕生に喜びを抱きながら。そう、既に内輪の就任式始まっているのだ。
例え儀式が身内のみで行われようとも、その儀式が今宵あることは南の領地に住む妖なら誰もが知っている。ほら、耳を澄ませば聞こえてくる。妖達の嬉々する声が。祝を口にする妖達の幸福に溢れた声が。待ち望んでいた南の神主の誕生に歓声を上げる声が。
「二人ともこれを持って」
雪童子が持参していた紙袋から菊の花を取り出す。
各々黄の菊の花を受け取ると雪之介が大きく深呼吸。呼吸を落ち着かせ、「ここからは走れない」花のともし火を乱すことになるから、と説明。
何かしら仕来りがあるようで大変手間だと思いつつも、郷に入れば郷に従えである。おとなしく彼の言うことを聞こう。
菊の花を腕に抱き道を進む。霊力を持つ人間が通っても、浮かれているのか、はたまた気付かぬ振りをしているのか、妖達はまったく動じない。普段は警戒心を向けてくるというのに。
ホオズキに点された火があちらこちらとピンポン玉のように跳ねて見える。
視界の端に入れた後、「凄いな」朔夜が妖の数の多さに思わず口を開く。
瘴気の事件ですら見たことがないほど、花のともし火に妖が参加している。対向する形で進む自分達の横では次から次に妖が列を成して河原へ。道脇からホオズキを銜えた小鬼が飛び出し、その列に参加する光景を目の当たりにしてしまう。
「本幕の就任式はもっと凄いよ」
南北合わせた妖がこの地に赴いてくるのだから。雪之介は静かに語る。
「本幕の就任式は妖であれば誰でも参加できる。皆、就任式を見ようと妖の社を目指し、この地を訪れる。特に今回の就任式は盛り上がるだろうね。
なにせこの地は九十九年、妖を導く神主が不在だった。次の神主を選び出す宝珠も光を宿さないものだから、暗雲の時代に入ったと妖の誰もが嘆いていたんだ。それだけに喜びは強い」
「若すぎる神主の誕生なんだろう? 皆、不安には思わないのかい?」
幼馴染を低評価するつもりはないが、第三者の目から見て、どうしても意見したくなった朔夜は雪之介に視線を送る。
「勿論ないとは言い切れないよ」
歴代の神主を見てみると、若くても百からの就任が最高である。
それを塗りつぶす歴史的一瞬を南条翔は刻もうとしているのだから、やはり彼の年齢を考えると不安は過ぎるだろう。が、それ以上に皆は彼の功績を讃えているのだと肩を竦める。
九代目南の神主代行は対となる北の神主が倒れた中、妖達を妖祓から守るために社へ避難させ、妖を気狂いさせる瘴気を消し、鬼門の祠に結界を張った。身を挺してまで多くの妖達を守ったのだ。功績は大きい。
そんな彼の行いに皆は口々と言った。
宝珠は新たな神主を見事に導いたのだ。十代目南の神主の誕生だ。南の領地に再び頭領が現れる、と。
喝采する妖達に異論はない。歴代最年少だろうが、なんだろうが、三尾の白狐を新たな南の神主だと賞賛。百年も経てば彼も立派な神主になるだろう。妖達の間でそんなことが囁かれている。妖の百年なんてあっという間だから。
きっと十代目が空白の九十九年を埋めるよう、妖達のために先導してくれる。そう期待しよう。これが妖達の胸の内だ。
「なんだかご都合だな。神主がいない間、自分達で環境を変えようとは思わなかったのかい?」
不機嫌面を作る朔夜に、「あはは。確かにね」雪之介は笑声を零した。
「でも許してあげて。妖達は妖達で九十九年、神主がいない日々を辛抱強く耐えてきたんだ。どんなに南の地が荒れようともさ」
「じゃあショウくん。本当に重役を背負うわけだ」
幾度も南の神主の重役は耳にしていたが、こうして説明を受けると改めて凄い役に就くことが分かると飛鳥。
大丈夫かな。憂慮を見せる彼女に、それでも彼はやっていくと決めたのだと雪童子は言葉を重ねる。代行を務めてその荷の重さは痛感した筈。すべてを承知の上で神主になる決意を固めた。歴代一肝の太い妖狐になるだろうと北の神主は称している。
「しかも根性があるからね。ショウは」戦闘に対してど素人だったにも関わらず、根性で自分達と張り合った。肝は据わっているだろうと朔夜は思う。
「ふふっ、確かに翔くんは肝が据わっているけど、それはいざという時じゃないと発揮しないみたい。
実は夕方に社へ赴いて翔くんと会ったんだ。もう翔くん、ガッチガチでさ。緊張しまくって何度も水を飲んでいたよ。仕舞いには日を延ばすことはできないかな、とか言って頭を抱えていた。比良利さんに笑われるほど落ち着きがなかったなぁ」
容易に目に浮かぶ光景だ。
今頃、儀式に狼狽し、忙しなくその場で右往左往しているのではないだろうか。
本当に今日の儀式を乗り切ることができるのだろうか?
些か不安を抱いていると、緩やかな坂道に差し掛かる。片側二車線の道路を横断し、アスファルトの道を進んだ先に人影を見つけた。
寂れた神社の鳥居の前で自分達を待ち構えているのは巫女装束を身に纏った二人の女。容こそ人だが身なりは妖狐だと分かる。片方は見たことがある。幼馴染と共に行動していた少女だ。
雪之介が先に二人の前に立つと深く一礼。
頭を持ち上げると、「名を雪童子の錦雪之介と申します」今宵の祝にお招き頂きありがとうございます。と、巫女達に感謝の言の葉を向け、菊の花を手渡す。一礼を返す巫女達が持っていた笹を優しく鳴らし、頭から爪先まで撫でるように払う。
緊張してしまったのは朔夜と飛鳥の方だった。
呼ばれたのは良いものの、そういう作法など一抹も聞いていない。本当に人間の自分達が訪れて良かったのだろうか? 無意識にアイコンタクトを取っていると、「和泉朔夜さまと楢崎飛鳥さまでございますね」大人びた巫女が声を掛けてくる。
代表して朔夜が肯定の返事すると彼女は北の巫女の紀緒と名乗り、十代目南の神主から言付けは頂戴していると綻んだ。
「ご足労頂き、まことにありがとうございます。どうぞ我等の祝を共にお慶び下さいませ」
その魅力ある笑みに見蕩れてしまう朔夜だったが背後からじっとりした視線を感じ、平常心を装う振りをして「此方こそありがとうございます」菊の花を差し出す。飛鳥も倣って菊の花を手渡すものの若干不機嫌である。
菊の花を受け取った紀緒は戸惑いもあるかもしれないが、無理して自分達の真似をしなくて良いと言ってくれる。
異種族の異文化に戸惑うことは当然のことなのだと彼女。
しかし心は共鳴できる。どうか祝を共に祝い慶んで欲しい。そう言って笹を振った。
笹を振らないと神社に入れてくれないようで、満遍なくそれを振り、ようやく道を通してくれる。
青葉と名乗る巫女が案内人を務め、古い石階段を先にのぼる。
彼女の後について行くと神社がその姿を現した。変哲もない小さな神社だが、満目一杯に広がる光景に朔夜は言葉を失い、逆に飛鳥は声を上げた。
燃え盛る松明が参道を照らし、それは社殿まで続いて神々しい道を作っている。社殿には三方が飾られている。折敷の上には各々烏帽子や大麻、白く大きな珠がのせられていた。
参道から目を放せば、広い敷地に茣蓙が敷かれている。
呼ばれているであろう者達が座っているため、そこまで誘導されるのかと思いきや青葉が三方に向かい、側らに置いていた桶を持って戻って来た。
「手を清めます」どうぞ御手を。と言われ、三人は手を出す。水の入った柄杓で手を清められた後、三方に戻った彼女が今度は漆塗りの器を差し出し、これを一口ずつ飲んで回して欲しいと頼んでくる。中身は酒のようだが、それがなんの酒なのか未成年者には分からない。
これが終わると、松明の火を一つに歩み、あらかじめ用意されていた榊の枝に火を点ける。両手で持つと一礼して枝を松明の中に放った。
最後に社殿まで連れて行かれ皆で参拝。
ようやく茣蓙に向かうことが許された。
茣蓙に座る前に、青葉から先程松明に放った榊の枝を差し出される。
これを持っておくことが決まりだと言われ、今宵は共に慶びを分かち合いましょうと微笑を向けられた。
会釈を返して去り行く巫女の背を見送った朔夜は、「時間が掛かったなぁ」と小声でぼやく。
ただ参列すれば良いのかと思ったのだが、そうでもないのか。
独り言を呟くと、「だから準備があるって言ったじゃんか」腕時計で時間を確認する雪之介がギリギリだと表情を引き攣らせる。間に合わなかったら申し訳も立たなかった、と愚痴る彼の衣服が学ランから白い和服に変わっている。雪童子本来の姿に戻ったようだ。
ごめん、本当にごめんと両手を合わせる飛鳥に、まあ間に合ったからいいよと雪之介。
「あら、雪ちゃん。その子が例の人間の子達?」
と、隣の隣から声が飛んでくる。
視線を流せば白く美しい肌を持った着物の女性が綻んでいた。妖力で雪女だと分かる。
その隣に座る男性は山伏の装束を身に纏っている。鼻は高くないものの、その姿で天狗だと分かった。雪之介が自分の父母だと紹介してくれる。人の世界では探偵をしていると得意げに笑った。
『遅かったねぇ坊や達』
ひょっこり錦夫妻の間から猫叉のコタマが顔を出す。
のそりのそりと自分達の前まで移動するおばばの後を、幼い旧鼠達が待って待ってとついて回った。
この子達は確か幼馴染が救った旧鼠だ。おばばの背によじ登る旧鼠達は猫又を怖じていないようだ。また猫又も旧鼠を食べる気などないらしく、『面倒見る子どもが増えて大変だよ』溜息まじりに皮肉るものの、それはそれは嬉しそうに鳴いて尾で子供達を撫でている。
「ごめんなさい。私が寝坊しちゃって」
遅れた元凶は自分なのだと飛鳥が白状すると、おばばが呆れたように一声鳴いた。
『妖祓のお嬢ちゃん。こんな大切な日に寝坊って』
「ううっ、ちょっと仮眠を取ろうとしたら、こんなことに。面目ないです。ショウくんは?」
『坊やは日暮れと共に妖の社の本殿に篭って精神を落ち着かせているよ。あの子の儀式は日暮れと共に始まるからね』
「大丈夫そうだった?」雪之介から様子を聞いていたため、どうしても幼馴染の様子が気になる。
飛鳥の疑問に大丈夫だとおばば。夕暮れは緊張していたけれど、暮夜と共に顔つきが変わった。あの子は本番に強い子だと一笑を零す。
ただ私的に言えば少し複雑だとおばばは唸った。
大切な孫がこんなにも早く神主になるだなんて、やっぱりまだ早いのではないだろうか。百年ほど待っても罰は当たらないと思うのだが。
『百年は普通の妖狐でも良いと思うのだけれど』うんぬん唸る節介焼きの猫又に、「おばあちゃん。それ夕方にも言っていたよ」雪之介が苦笑を零す。それだけ心配なのだとおばばは吐息。
けれど子どもの成長は早い。自分が言ったところで孫は聞きやしないだろうと愛おしいげに鳴く。
『未曾有のことだよ。一般の妖や人間の子を内輪の就任式に呼ぶなんて。坊やはとても庶民的な神主になりそうだねぇ』
庶民的は褒め言葉だろう。
弱き民の立場に立てるだろうとおばばは期待を篭めた。
その言葉に朔夜は思う。己の道を進む幼馴染が遠い遠い存在になったな、と。
どんどん自分達を置いて先に進む幼馴染。未だ自分は道という道すら決めていないのに。
ふと正座する膝に重みを感じた。
視線を落とすと、二匹の旧鼠がよじ登ってくる。いつの間に。一生懸命にのぼった子供達は満足したように朔夜の膝を陣取った。
一声鳴いて見上げてくる子供と目が合う。勢いよく手を伸ばされた。何かをねだってきているようだ。抱っこだろうか? 妖を祓ってばかりだった朔夜だ。純粋に慕う妖の眼には慣れていない。ぎこちなく手を差し伸べてやると、その腕を伝って肩まで駆けてくる。
嬉しそうに飛び跳ねる旧鼠達。足を滑らせて真っ逆さまに落ちる子供を慌てて両手で受け止めてやると、やってしまったとばかりに頭を尾で掻いている。
自然と表情を緩めた。
「危なっかしいな」一笑を零していると、旧鼠が飛び出して飛鳥の下へ。
ぴょんぴょん飛び跳ねて彼女の体によじ登る旧鼠に、飛鳥は大きく身を引いていた。生理的にネズミが受け付けないようだ。が、お構いなしに旧鼠は彼女の肩に乗って遊んでいる。
『許してやっておくれ。この子達は親を亡くして寂しいんだ。適当に構ってやっておくれ』
そうか、この子達は瘴気の事件の被害者か。
妖とはいえ相手は子供。親を亡くすとはどれほど辛いものなのだろう、朔夜は同情心を抱く。
『お前さん達、良かったねぇ。お兄ちゃん達に構ってもらって』
おばばの言葉にうんうんと旧鼠達。
猫又の背に乗っていた旧鼠達がずるいと鳴いて自分達も遊ぶと此方に駆けてくるものだから困ってしまう。
悲鳴にならない悲鳴を上げる飛鳥を余所に、雪之介がおいでおいでと手招いて自分から旧鼠を肩に乗せている。朔夜も肩に乗っている旧鼠を抓むと、己の学ランのポッケに身を放ってやる。ひょっこり顔を出す旧鼠が新しい遊び場を見つけたといわんばかりにチュウッと鳴き、ポケットに潜る。
妖の中にも可愛らしい子がいるじゃないか。
目尻を下げていると、「僕は?」能天気に己を指差す雪童子がひとり。気持ちが表に出ていたようだ。
へらへら笑ってくる妖の頭を叩き、「お前はただの小癪な妖だ」鼻を鳴らして一蹴。「なんだよもう」ぷうっと脹れ面を作られるが可愛くない。まったくもって可愛くない。一昨日きやがれである。