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南条翔は其の狐の如く  作者: つゆのあめ/梅野歩
【余章】其ノ妖、其ノ人
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<二>白狐のお願い


「あはっ、初めまして。僕の名前は錦雪之介。南条翔くんとは塾で知り合った塾友です。以後、宜しくお願いします」



 Lッテの二階席のとある一角。


 四人掛けのボックス席を陣取った翔、朔夜、飛鳥は無事に他学校の男子高生と現地で合流した。

 白々しく挨拶してくる塾友のこと錦雪之介はズレ落ちそうな眼鏡のフレームを押し、ぺろっと幼馴染達に向かって舌を出す。

 呆然とナゲットを口に入れている飛鳥の隣で、「よりにもよってお前か」こめかみを押さえ口元を引き攣らせる朔夜。

 それぞれの反応に失礼だね、と雪之介は鼻を鳴らした。ちゃんと挨拶をしたのだから、挨拶を返すのが礼儀ではないか? これでも自分達は初対面、そう、学生としては初対面なのだから!


 ちなみに塾友は口実だから、雪之介の説明に言われずとも分かっている朔夜が溜息をついた。


「大体なにが“あはっ”だ。気色が悪い」


 その台詞に何を思ったのか、彼はおもむろに朔夜のポテトに視線を留める。

 朔夜が揚げたてのポテトを抜き取って口に入れようとした瞬間、ポテトに照準を合わせ、右人差し指から一閃を放つ。見事に幼馴染の口に放ったポテトが凍り、朔夜は声にならない悲鳴をあげてむせ返った。

 翔と飛鳥が噴き出しそうになる中、「にーしーきっ!」テーブルを叩いてぎろりと睨む朔夜。「なーあーに?」僕に何か言いたいことでもあるの? と雪之介。

 ニコ、ニコ、笑みを浮かべる双方の間に青い火花が散る。


「やっぱりお前とは気が合わないみたいだ。その内、必ず祓ってやる」


 先手の脅しにも雪童子はまったく屈しない。


「ちょっとポテトを冷ましてあげただけじゃないか。それくらいでお怒りになるなんて、よっぽど短気なんだね。おかげでからかい甲斐があるよ」


 また一つ青筋を立てた朔夜が無言で学ランのポケットに手を突っ込む。

 そこが短気なのだとケラケラ笑う雪之介に、「このクソ雪男!」数珠を取り出した朔夜が勢いよく立ち上がった。


 このままでは悪目立ちする一方である。

 そろそろ仲裁に入るべきだと翔は二人の間に割り込み、「お前等。相当仲が良いな」愛想笑いを浮かべる。「まあね」ウインクする雪之介に対し、「気が合いすぎて殺意が湧く」目を据えている朔夜が持っている数珠を張った。

 空気を緩和するために飛鳥も間に入り、朔夜を無理やり座らせると数珠を取り上げながら、そっと口を開く。


「不思議だね。君がこうして私達とバーガーを食べるなんて。以前、ここで会った時とは大違い」


「まったく不思議なことじゃないよ。あの時の僕等は妖と妖祓として顔を合わせ、対峙した。今の僕等は一友人の紹介で顔を合わせている。なんてことのない光景だよ。翔くんもそういう意味で彼等を連れてきたんでしょう?」


 眦を崩し、翔は小さく頷いた。


「誰よりも一番に祝ってもらうって約束したからな。誰でもない雪之介が俺に教えてくれたんだ。人と妖は相容れることができることを。お前がいなかったら、俺はとっくにすべてを諦めていたよ」


 すると雪之介は照れくさそうに笑い、「それを教えたのは人間なんだけどね」僕は真似ただけだと肩を竦める。

 人の世界に生きる自分もまた種族に悩み、自ら孤立を望み、心苦しく生きてきた。それを誰でもない人間の同級生が救ってくれた。感謝するべきは相手は人間なのだと雪童子。

 彼は言う、片隅でまだ思う。人間になれたらどれだけ良いだろう、と。


 何気ない彼の言葉に翔は強く同調してみせる。

 人の世界で再び生活を始めた妖の翔にとって、それは容易いものではないと痛感している最中だ。

 一人前の妖になって初めて分かる、身分を隠している雪之介の苦労が。この世界が肌に合わないと思う度に寂しい念を抱くものだ。


「だけど妖で良かったと思える自分もいるんだ。妖でなければ、僕は人の良さを知ることができなかった。僕はこれからも人を愛し続けるんだと思う。同胞を祓う妖祓すらも、ね」


 満面の笑顔を作る雪之介は、約束の代物も購入してきたのだと通学鞄から白い紙袋を取り出した。

 店員がいないことをしっかり確かめた後、袋に手を突っ込み、「はいこれ」各々小袋を三人に差し出す。鼻が良い翔はすぐにこの袋が何なのかが分かった。早速な紙を開いて中身を確認。やっぱり花つぶみだと口角を舐め、おもむろにそれを摘むと口に放った。

 「これは何?」素揚げされた花を取り出し、朔夜が不安げに見つめてくる。油が通ったせいで花が茶に褪せており、見た目はあまり美味しそうに見えないのだろう。


 雪之介は妖の世界のお菓子だと教え、それは花つぶみだと指差す。

 花そのものを使ったお菓子で妖はよく好んで食べると説明、翔の袋に手を突っ込んで口に放った。


「うん、美味しい。柿の味がするね。五月のこの季節、柿の花が咲くらしくて店主がこれをお勧めしてきたんだ。あ、ごめんけど甘酒は買ってこれなかった。器売りしかなくってさ」


「いいって。まじサンキュ」


 と、飛鳥が美味しいと声を上げた。

 食すことに躊躇する朔夜の隣で、次から次に花つぶみを放る飛鳥。


「これクセになりそうだね」


 花のいい香りはするし、塩気は効いているし、食べやすいサイズだし。あられっぽいお菓子で美味しいと彼女は舌鼓を打ち、あっという間に一袋を平らげた。その勢いには翔も雪之介も朔夜も唖然。まだ物足りないのか、朔夜に視線を向け、「食べないの?」なら頂戴、と手を差し出す始末。

 よほど彼女の口に合ったようだ。すっかり花つぶみをお気に召している飛鳥に呆れ、「これは僕だよ」あげないと素っ気無く告げ、朔夜も花つぶみを口に入れる。

 ケチと脹れ面を作る飛鳥を受け流し、朔夜の表情が和らぐ。口に合ったようだ。


 なんとなくお気に召してくれる幼馴染が嬉しかった。異種族の文化を受け入れてくれているような、そんな気がして。

 翔は一笑を零すと、店員に見つかる前に花つぶみを通学鞄に仕舞い、「雪之介もいることだ」ちょっと俺の話を聞いてくれないか。そっと話題を切り出す。

 畏まった態度に何かを察したのだろう。三人の目がきょろっと此方に集中してくる。何かあるのか、物言いたげな眼に苦笑しつつ、「頼みがあるんだ」と翔。コーラの入ったカップに手を伸ばし、ストローで中身をかき混ぜながら口を開いた。


「五月末、宝珠の御魂を宿す儀式がある。それを内輪の就任式。もしくは内幕の就任式と呼ぶらしいんだけど、是非お前等に来て欲しいんだ」


 突然の申し出に幼馴染達は目を点に、妖である雪之介は驚きの声を上げて翔に迫る。


「えっ、え?! 内幕の就任式に僕達が参加できるのっ?! だってあれは神職を携えている妖のみが参加できる大事な儀式なんだよ! 僕みたいな一般の妖が参加できるの?!」


「比良利さんに無理を承知の上でお願いしたんだ。内幕の就任式は人の世界でして欲しい。そして瘴気の件で活躍した人をその儀式で讃えて欲しいって。表向きじゃ俺が瘴気の一件を解決したようになっているけれど、それは違う。多くの妖が手を貸してくれた。人である妖祓が五方結界を張ってくれた」


 その事実を隠して自分だけ栄誉を讃えられるなど心苦しい。

 せめて自分と深い所縁(ゆかり)のある者達だけでも感謝の意を表したいのだ。

 本幕の就任式ではそれは叶わないだろう。だから身内の行われる内幕の就任式に彼等を招待したい。その中に雪之介、朔夜、飛鳥が含まれている。


「場所は雪之介に教える。二人は雪之介について来て欲しい」


 勿論、無理に来て欲しいとは言わない。あくまでこれは自分の願いなのだから。


「本当は南の領地を守る妖祓全員を呼ぶつもりだったけれど、さすがにそこまではできなかった。北の神主の権限を持っても五方結界を張った二人以外、儀式に立ち合わせることは不可能だって。妖の世界を救ったのは二人であって、やっぱり妖祓は妖の敵だからな。神聖な儀式だし、しょーがないんだろうけど」


「どうして全員を?」


 朔夜の問いに、「言ったろう?」自分の理想は人と妖の共存だ、と。



「種族が違えど妖祓も神職もやることは一緒だ。力のない同胞やその地を守る。守る対象が違うだけでやることは、そう変わらない。

なら、少しでも歩み寄れるんじゃないかと思ったんだ。相手が妖を祓う人間であろうと、俺達が人を襲う妖であろうと同じ領地を守る身には違いないんだし。ま、要するに就任の挨拶をしたかっただけだよ」



 ズズッ、氷で薄まったコーラを吸引する。

 朔夜のトレイにのっているポテトを抜き取り、口に放って咀嚼していると、「行くよ」向かい側に座っている朔夜が必ず行くと返事をしてくれた。


 幼馴染の頼みだ。聞かないわけにはいかない。

 否、自分はもう少し、妖の世界を知る必要性があると彼。知識として妖を知っていれど、その世界のことに関しては無知。それによって不要な諍いを起こすかもしれない。そしたらまた自分達は対峙するだろう。それこそ弱き者を守るために。


「とはいえ僕や飛鳥は妖祓の道を貫くかどうか決めかねている。正直、君ほど同胞を守る気持ちはない。ただショウと争いたくない。しごく私的な理由を抱いている」


「そんなもんじゃないか? 俺だって最初は幼馴染の人間と友人の妖が傷付けあって欲しくない。その一心で妖の世界に飛び込んだ。しごく私的な理由だよ。神主代行を務めようと思った契機もそんなもんだ」


 幼馴染ラブは今も健在だと、翔はカップを置いて両手でハートを作る。


「でもショウくんは今、神主になろうとしているよね。選ばれたから? ショウくんがなろうとしているのは所謂、妖の王様みたいなもんでしょう?」


 エンガチョの要領でハートを手で割る飛鳥の疑問に、ついつい唸り声を上げてしまう。


「選ばれたから、それも一理あるけど最終的に神主になるかどうかは俺自身だったしな。初めの頃なんて神主どころか妖になりたくない、宝珠をどう返上しようか悩んだし。なあ。雪之介。俺、妖になりたくないの一点張りだったよな?」


「あはは、よく僕に相談を持ちかけていたもんね。あの頃の翔くんを思うと、まさか神主になると決めるなんて夢のようだよ」


 しかもこの三ヶ月内で決めてしまうのだから電撃的な決断だと雪之介。

 状況が状況だっただけに仕方がないことだろうが、それでもよく三ヶ月内で決めてしまったものだと雪童子は感心を見せる。

 「泣いて悩んでいたよね?」おどける雪之介に、「うるせぇな」少なくともお前の前では泣いていないと鼻を鳴らす。泣いて悩んだことは事実であるため、頭から否定はしない。


「俺は妖狐として若すぎる。来年、就任する南の神主は齢十八。歴代最年少の神主だ。妖の年齢を考えると先行き不安だよ。それでも宝珠は数ある妖の中から俺を選んだ。それはきっと何か意味のあることだと思う」


「誰かと違う道を歩むことは難しいよショウ。僕も、妖祓のせいで人と違う道を歩んできた。それがネックになり、日々を心苦しく生きてきたのだから」


 物心ついた頃から妖祓として躾けられていた朔夜だからこそ言える言の葉だろう。

 気遣いを受け止めつつも、「これは俺の天命」誰に何と言われようと、この道を進むと決めたのだと告げる。

 確かにただの妖狐として過ごすこともできる。雪之介のように正体を隠し、生涯を人の世界で過ごすことも可能だろう。が、自分に何かできると知っておきながら、それを見てみぬ振りをするなど、翔にはどうしてもできない。妖と人がまた衝突しないためにも翔は神主の道を選びたかった。


「でも朔夜の言うとおり」


 自分はきっと一妖の生活に憧れを抱くだろう。

 一妖として自分のために生き、誰かを愛し愛され、子孫を増やしていく。そんな当たり前の生活を捨てるのだから、それはそれは捨てた物を未練がましくも思うだろう。

 けれど大丈夫、自分はひとりではない。共に南の地を守る同胞や、対となる同胞がいるのだから。


「もう後戻りはできない。本幕の就任式の準備も始まったことだし、今更辞めますとも言えないだろう? 北の神主に殺されるっつーの。やるっきゃない。だから今の内に目一杯、ただの学生を楽しむんだ」


 朔夜のトレイからまたポテトを盗んで口に放る。

 美味しうまし。咀嚼する翔に、「ショウ。老けた?」考え方がとても古風だと朔夜。それは否めない。

 「仕方がないじゃないか」自分の周りにいる妖達は皆、百を過ぎた輩なのだから。雪之介のような同級生と出逢える機会の方が少ないのだ。考え方が老けても仕方がないと右の手を軽く振る。


 そろそろ辛気臭い話はやめよう。

 折角四人で集まったのだから、この後、カラオケにでも行こうと翔は話を切り替えた。

 素早く便乗してくれた飛鳥がプリクラを撮りたいと申し出る。「いいね」それも行こうと翔は率先して話の中心に立つ。宣告どおり目一杯、ただの学生を楽しむために。


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