<了>南条翔の生きる道
五月の晦日。
真ん丸に弧を描いている満月の夜に、十代目南の神主の内輪就任式が行われた。
そこは妖の社ではなく、外界の神社。宝珠の御魂を授かる就任式は、翔の希望通り、ヒトの世界で行われた。
本来は神職に携わる者達のみしか参加が許されない席には、十代目の祖母と七匹の弟妹分、尤も親しい妖の友人、そして共に五方結界を張った二人の人間の姿が見受けられた。
わざわざヒトの世界で、内輪の就任式を催す翔の意図が惜しみなく窺えた。
翔は見習いを示す白張を脱ぎ、神主が着ることを許される浄衣を纏った。
狐の威厳を示すために、赤い木の実の汁で瞼を薄く塗り、浅沓を履いて神社の参道をゆっくりと歩む。
質素ながらも神々しく燃える松明の道を進み、社殿の前で待つ北の神主と、白の宝珠の御魂がのせられた三方を持つ北の巫女の下へ。
彼等の前で立ち止まると、翔のまわりを南の巫女が榊の枝を持って舞を踊り、守護獣から妖力を全身に注がれ、それぞれ祝福を受けた。
対となる北の神主に頭を下げると、烏帽子をのせられ、大麻を振られる。
祝詞と共に三方にのっていた宝珠を体内に宿されたことで、見る見る一尾は増え、翔は再び三尾を名乗ることが許された。
翔は内輪の就任式を終えると、五方結界を張ってくれた人間たちに感謝を述べ、紅のヒガンバナを贈った。
日本人に忌み嫌われる花だと知っていても、翔は贈らずにはいられなかった。これは妖の愛すべき花であり、祝いと感謝の意味を持つ花だったから。
笑顔で受け取ってくれた彼等の笑顔は翔の宝物の一つとなっている。
そして季節はめぐって翌年の四月。
高校を卒業した翔は、月輪の社で開かれた本就任式により、名実ともに十代目南の神主となる。
齢十八。最年少神主と謳われた翔は多くの妖達に祝福され、新たに名を刻む。不安も多くあるが、翔は何があっても大丈夫だと踏んでいた。自分が間違いを犯しそうになったら、きっと回りが止めてくれると信じているから。
それは妖の世界にいる者達も然り、人の世界にいる者達も然り。
「やっぱり来ていたねショウ。お待たせ」
「今年は満開の桜を見ることができて良かった。ショウくん、お弁当作ってきたよ」
夜が更けた池の畔。
そこを彩るような桜の並木道。本体から千切れていく桃色の花弁が、見事に舞を見せてくれている。
恍惚に舞を眺めていた翔は人の目も気にせず、浄衣姿に愛用の和傘を差していた。狐の耳と三尾は人間でないことを色濃く示している。
妖の世界から直接、此処に来たのだと分かった大好きな幼馴染達は、翔に笑顔で告げる。「おかえり」と。
それに対して翔も満面の笑顔で答えるのだ。妖となった自分を受け入れ、なおもいつかは対峙するかもしれない妖祓達に向かって、「ただいま」と。
これから先、何年も何年も繰り返される光景は、いずれ消えていくだろう。
大好きな幼馴染達が百年足らずしか生きられず、その先立つ日もあっという間に来ると翔は知っている。
それでも大好きな人間の彼等を忘れることはない、翔は揺るぎない自信を持っていた。
こうして共に生きようとしてくれる彼等を、どうして忘れることが出来るのだろうか。
翔は忘れない。もう執拗に執着せずとも大丈夫。いつも一緒にいなくとも、自分達の関係はここに在るのだと気付いたから。
「早く来いよ。やっと一年前の約束が叶ったんだ。一緒に桜を見よう」
一度は背を向けようとした、三人の関係は、今もここに息づいている。
それは十代目南の神主、白狐の南条翔の何にも勝る自慢の一つだ。
クンクンと鳴いて急かす翔の下に、ゆっくりと幼馴染達が歩んでくる。待ちきれずに翔から地を蹴って駆け出した。
優美な桜の花びらを撒き散らせながら、幼馴染達に向かって翔け出した――。
いつかの別れが訪れても狐は語る、この桜と人間の御伽噺を。
自分達の関係はここにあったのだと、優しいやさしい語りを続ける。
(終)
これにて、化け狐となった少年の御伽草子は仕舞いにございます。
以降の投稿は神主になるまで、そして神主に就任した彼の奮闘記とお話となります。見守って頂ければ幸いです。