<二十>目覚めぬ友よ、お待ちしております(壱)
※
和泉家にて。
瘴気の毒に当てられた朔夜は学校を休み、自室で療養している真っ最中だった。
濃度の高い瘴気に当てられたせいだ。三日ほど熱に魘されるはめになったのだが、今は落ち着きを取り戻している。
畳の上で胡坐を掻いている朔夜は、手馴れた手つきで猫又婆の包帯をかえていた。新しい包帯を手に取ると、右の前足に包帯を巻いていく。
猫又を捕縛した日から、朔夜はこの妖を自室に置いていた。
その理由は単純。幼馴染と一番距離の近い妖だからだ。幼馴染の情報を得たい、その一心で世話しているのだが、どちらかと言えば。
『朔夜の坊や。まだ寝ておきなさい。無理は出来ない体だよ』
どちらかと言えば世話を焼かれている。
「坊やはあんまりだね」
苦笑いを零す朔夜に、『坊やじゃないか』と、おばば。自分は四百歳以上も生きている猫又なのだ。十年ちょいしか生きていない人間など、坊やも坊やだと笑ってくる。
「人間の歳じゃ、成人に近いんだけどね」
『翔の坊やと同じことを言うんだねぇ』
不満げに吐息をつくと、おばばがこのようなことを言ってくる。たかが十余年の歳月で大人になれると思ったら大間違いだ、なんぞと揶揄する猫又にハイハイと聞き流す。
おばばの四肢に、呪符は貼られていない。
瘴気の消滅と共に、長達が捕縛していた妖をすべて解放したのだ。おばばも例外ではないのだが、みなより重い怪我を負っていたため部屋に残っている。
いや、本当は出て行ける程度に回復しているはずだ。
しかし。お節介猫又は朔夜と飛鳥を心配し、傍にいてくれる。子供を見守ることが天命だと宣言している猫又にとって、きっと妖祓も人間も関係ないのだろう。
本当にお節介焼きな猫又だと思う一方で、そういうおばばの性格は嫌いではないと朔夜はつくづく思う。
「コタマ。苦しかったら言って」
包帯を巻き終え、おばばに確認を取る。大丈夫だと答える猫又は、ぬるい煎茶が飲みたいとぼやいた。
ついでに煎餅も欲しい。それは砕いて、茶に浸して欲しいと要求してくる。元気で何よりである。
「分かった。これを片付けたら、持ってくるよ」
救急箱に包帯を仕舞い、蓋を閉じる。
のんびりと、その様子を見守っていたおばばは会話を続けた。
『熱々は嫌だよ』「分かった分かった」『煎餅は醤油がいいねぇ』「塩しかないんだけど」『醤油がいいねぇ』「ああもう、注文の多い老婆だね」『冗談だよ。坊や、まだ寝ておきなさい』「だから大丈夫だって」
簡単な言葉を交わしていた朔夜だが、ふと会話を止めて質問を投げた。
「コタマ。妖の社は何処にあるの?」
『朔夜の坊や。またその質問かい?』
おばばは吐息をつき、教えられないとかぶりを横に振った。
たとえ教えたとしても、朔夜はヒトの子であり、妖祓の子。肩書きを持った人間が足を踏み込むべきところではない。
『お前さんの気持ちは分からないでもないけれど、諦めなさい』
「諦められるものか。そこにショウがいるって分かっているのに」
朔夜は知っている。翔が瘴気を消し去るために、御魂封じという危険な術を使ったことを。長達の会話を盗み聞き、その情報を得ていた。
生憎、当時の朔夜は気を失っていた。だから鬼門の祠で、五方結界を張った後のことはよく分からない。
けれど何か遭ったことは確かだ。朔夜はどうしても真実が知りたかった。
長達に当時のことを尋ねても教えてくれない。瘴気の一件は解決した、で終わるのだ。
だったら手探りで情報を集めるしかない。その一つの手段が幼馴染の下に直接赴くことだった。
「コタマ。御魂封じの術はどんなものなんだい?」
猫又に詰め寄る。悲しげな鳴き声が返ってきた。
『坊やは……御魂封じの術を、本当に坊やは使ってしまったのかねぇ』
そうだとしたら、おばばはとても悲しい。妖は切なげに俯いた。
『御魂封じの術を使ったのであれば、坊やはタダじゃあ済まない』
おばばは窓辺へ向かう。怪我した体など諸共せず、窓枠に飛び乗ると二階から地上を見つめた。腰を上げる朔夜も、猫又と共に地上を見下ろす。
摩訶不思議な光景が目に飛び込んできた。
中庭にある筈もない植物が、片隅で赤いつぼみをつけている。特有の茎を持つあれはヒガンバナだ。あまり日本人が好まないヒガンバナが何故、我が家の中庭に?
『紅のヒガンバナは祝福を指すんだ』
おばばがそっと口を開く。
「祝福? あの花は妖にとって、祝福を意味するのかい?」
朔夜が尋ねる。
猫又は小さく頷いた。季節関係なく、いたる所に紅のヒガンバナが咲く。これは妖にとって大きな幸をもたらす象徴だ。南の地にいる妖達は、この花を見て歓喜しているに違いない。なにせ九十九年、紅のヒガンバナが一斉に芽吹くことなどなかったのだから。
「だったら、あれは瘴気の消滅を祝うものかい?」
ヒガンバナを見つめていると、少し違う、とおばばが否定した。
紅のヒガンバナが一斉に芽吹く事例は限られている。あの花の意味はきっと、新たな南の神主誕生を示すものだ。
猫又は目を細めた。あの独創的な花が咲いた時、十代目南の神主が誕生する。つぼみはその前兆だとおばば。
『けれど、花咲く前に枯れてしまうかもしれない。紅が白に変わるかもしれない』
そうなることがとても恐ろしい。おばばは白いひげを垂らす。
何故なら、ヒガンバナの紅の意は吉報。白の意は悲報。それこそ神職に携わる者達の不幸は、白いヒガンバナで染められる。
語り部に耳を傾けていた朔夜は察してしまう。新たな南の神主誕生と、猫又が臆する気持ちを。
「ショウは十代目に?」
問うと、静かに猫又が返事する。
『宝珠を受け継いだその日から決まっていたんだろうねぇ』
十代目になるかどうかは、本人次第だと付け加えてくる。
『あの子はいつも、ヒトと妖の関係を気にしていた。自分がヒトの子であり、妖の器だったからだろうねぇ。お前さん達と共に生きる未来を暗中模索していたよ』
それ以上にきっと嫌われたくなかったのだろう。おばばが苦笑いを零す。
つられて朔夜も苦笑いを零した。容易に想像できてしまう。
「ショウが十代目、か。僕個人の気持ちとしては複雑だけど、あいつが先導する役に指名されるのはなんとなく分かる気がする」
翔は人を誘導することが上手いのだ。強引に引っ張り回すところもあるが。基本的に導くことに長けている。誰よりも近くで彼を見てきたのだ。断言できる。
一方で自分を後回しにする傾向がある。
たとえば遊びの誘いは率先してするくせに、自分の行きたい場所は口にしない。常に相手の希望を尋ねていた。少しでも相手の希望を叶えようとしていた。
彼は純粋に、相手の喜ぶ顔が見たい性格なのだろう。
それが自分達といることで優しさが歪んでしまった。幼馴染の関係に執着するようになってしまった。頑なに傍にいたがるようになってしまった。
間接的に原因を作ったのは、朔夜と飛鳥なのだろう。
(これは僕の憶測だけど、ショウは感じ取っていたんじゃないかな。僕達の苦悩を)
だから遊びに誘い、喜ばせようとしていたのではないだろうか。
また彼は寂しかったのだと思う。妖祓の職を担っている朔夜達の間に入れない、仲間に入れてもらえない、そのことが。きっと。
寂しさを募らせた結果が、強い執着心を生んでしまった。やはり、原因は朔夜と飛鳥にある。
歪んでしまう前に手を打つべきだったのだ。秘密のすべてを話せずとも、それとなく話していれば、翔もあそこまで歪まずに済んだに違いない。
ここまで放っておいたのは、彼に甘えていたからなのだろう。
心のどこかで、妖祓という現実を忘れさせてほしいと願っていたがために、歪んでいく彼に見て見ぬ振りをしてきた。
「ショウは危ないの?」
御魂封じの術を使った彼の安否を尋ねる。
『御魂封じは、己の魂に禍根を封じる術。未熟な坊やが使えば、おおよそ魂が砕け散ってしまう。魂のない生き物がどうなるかなんて、言わずもだろう? おばばはまた子供を見送らないといけないのかい』
にゃあ、猫又は空を仰いで小さく鳴く。もう幾たびも子供を見送った。自分より若い子供を見送るのはいつも辛い。嗚呼、慣れることのない悲しみばかりが胸に広がる。
『わたしよりも、うんと長生きすると約束したじゃないか。坊や』
独り言を漏らす猫又の瞳が、幾分濡れているような気がした。
居ても立ってもいられなくなる。
朔夜はスウェットを脱ぎ捨てると、ジーパンを履き、ワンポイントの入ったポロシャツに袖を通した。
『朔夜の坊や。出掛けるのかい?』
「ショウのおかげで、まったく落ち着かないんだ。ちょっと出てくるよ」
だから、ぬるい茶は帰宅してからにして欲しい。その代わり、飛び切りの醤油煎餅を買ってくる。
そう、おどけると『わたしも行こうかね』と、言っておばばが窓枠から飛び下りた。
どれだけ世話を焼きたいのだ、この猫又。
くぐもった笑声を漏らし、怪我したご老人は家で休んでおくべきだと指摘した。
どうせ、おばばを連れて行ったところで、妖の社の場所は教えてもらえないだろう。なら自分の足で、今できることを探すしかない。
片隅で何もできないと分かっている。しかし、それを理解した時、何かできることがあるだろうと強い気持ちに駆られるのだ。行かなければ。
再び窓辺を一瞥すると、頃合いを見計らったように訪問者が来ていた。飛鳥だ。さすがは相棒である。
机に放置していた財布と携帯、そして雪童子から預かったスマホを手にする。携帯は羽織った上着のポケットに、財布はジーパンの尻ポケットに捻り込んだ。
「じゃあ行って来るよ。留守番、頼むよ」
猫又に声を掛けると、
『朔夜の坊や』
意味深長におばばが呼び止めてきた。
ぱちくり。瞬く朔夜に、猫又がこう質問してくる。
『妖を祓い続けている坊やだ。妖のせいで傷付いたことも沢山あるだろう。そして、妖祓を続ける、これから先もそれは変わらない――お前さんは妖を許せるかい?』
呼吸を置き、朔夜は胸の内を明かす。
「正直、妖は好きではないよ」
おばばの言うように、妖のことで多くの怪我を負った。
それこそ辛く苦い思いを噛み締め、命を狙われることに恐怖した。常に妖の被害者であった。妖が好きかどうかと問われたら、自分は嫌いな分類だと返事する。
けれど、以前のようにあからさま嫌悪する気持ちはなくなった。
幼馴染が妖になってしまったことを契機に、被害者であった自分も、また加害者になりえる存在だと知ったから。妖の方も恐怖を抱き、涙することを知ったから。妖の存在が軽いものではないことを知ったから。
なにより、幼馴染がヒトと妖を両方思える、格好良さを見せているのだ。自分も便乗したいではないか。
「知識としてではなく、個人として、妖のことを知ってみたいと思うようになったよ」
なにせ、親友が妖なのだ。知識で片付けられるような存在ではない。
「あいつが危ないと知っていながら、おとなしく寝るなんて僕にはできない。また追い駆けないと、長年連れ添ってきた幼馴染を」
眼鏡を押して綻ぶ朔夜は、颯爽と部屋を出て行く。
おばばがどういう表情をしていたのか、直視はできなかった。それも仕方がない、照れくさかったのだから
でも悪くはないと思う。
階段を一気に下ると、台所から出てきた母親から声を掛けられる。
まだ外出できない体だろうと注意されても、「そこまでだから」と適当にあしらい、くたびれたスニーカーを履いて紐を結ぶ。
呼び鈴が鳴ると、返事して玄関を出る。
待ち構えていた飛鳥に手を振ると、笑顔が返ってきた。可愛らしい、白のポンチョにスカートを身に纏っている。
褒めてやるべきだろうか。いや、彼女はそういう目的で訪ねてきたわけではないだろう。
「ショウくんを探しに行こう」
朔夜は目尻を和らげ、ゆっくりと頷いた。
ほら、やっぱりそうだ。彼女も幼馴染を探すために、外へ出たのだ。
飛鳥と歩調を合わせる。行き先は決まっていない。しかし、いちいち彼女に聞かずとも、目的は明確に出ていた。
「体は大丈夫なの?」
飛鳥に尋ねると、彼女は大きく頷いた。心なしか顔を紅潮させている飛鳥だが、それは体調からくるもののようだ。
厳しく追究すると、実は微熱があるのだと飛鳥。大したことではないと手を振る。
「とにかく、ジッとなどしていられなかったんだ」
朔夜が物を言う前に、言葉をかぶせてくる。
「ショウくんのことが気になって気になって。コタマおばあちゃんに、妖の社の場所を聞こうと思ったんだけど」
とことん考えることは同じらしい。
「だめだめ。コタマは教えてくれなかったよ。僕達人間には教えられないって。その代わり、御魂封じの術は教えてくれた。ショウ、危険な術を使ったみたいなんだ」
具体的な術の内容は分からなかったが、無茶したことは分かる
神主代行を名乗るようになってから、彼は随分と無茶が目立つようになったものだ。敵側だった自分達の目にも分かる無茶振りばかり。一戦交えたあの時ほど、それを痛感したことはない。
言い換えれば、それだけ気持ちが強かったのだろう。
歴のある妖祓にも億劫することなく、必死に食い下がってきた当時を思い返す。その気持ちを抱くまで、どれほどの覚悟を腹に据えたのか、朔夜には想像ができなかった。
「紅のヒガンバナは祝福だそうだよ。十代目南の神主が誕生する前兆だってさ」
飛鳥にヒガンバナの話を教える。彼女の家にもヒガンバナが芽吹いているらしく、その意味を知って、なるほどと頷いていた。
そして、誰が十代目なのか容易に察したのだろう。飛鳥は物寂しそうに笑う。
「ショウくんが十代目か。私個人としては複雑だなぁ。また妖と諍いを起こしたら、一番に敵になる人だから。でもショウくんって、そういう役は得意だから、きっと」
その先を言わない飛鳥の気持ちを酌み、「僕も複雑だよ」と、静かに苦笑を零す。
だったら妖祓を辞めてしまえば良いのかもしれない。
だが、それができずにいる。
辞めてしまえば、それこそ自分達の間に繋がるものが無くなってしまう。いや、もしそうなったとしても諦めずに追い駆ければいい。一つのことに猪突猛進する幼馴染を、いつまでも。
さて。幼馴染の情報が欲しい朔夜と飛鳥は、どうすれば、それが得られるかを話し合っていた。
鬼門の祠がある雑木林に赴いたが、一帯が閑静としているだけで何も得られるものはなかった。如いて言えば瘴気がなくなった、という事実くらいだ。
次に考えついたのは、妖に声を掛けて情報を得る。
とはいえ、如何せん二人は妖祓の身分。声を掛けたら一目散に逃げられることだろう。
最後は幼馴染の家に赴くことである。
昏睡状態に陥っていると診断されている形代の様子を探れば、何かしら情報を得られるかもしれない。
ただ彼の家族を思うと気が引けるものである。既に幼馴染が昏睡状態だと診断されて一ヶ月が過ぎている。その心労を思うと足も重くなる。
けれど自分達が確実に動ける手段はこれであった。腹を決め、朔夜は飛鳥と南条家のあるマンションを訪れることにした。
しかし、途中で人とぶつかりそうになり、それは叶わなくなる。
突進してきたのは妖祓の二人を恐れない数少ない妖、雪童子の雪之介だった。
「びっくりした。驚かせないでよ」
頓狂な声を上げる彼に、こっちが驚いたと朔夜はため息をつく。
よりにもよって、どうして彼と会ってしまうのだか。この雪童子はどうも苦手だ。一々言動が癪に障る、というより少しばかり対抗心を燃やしてしまう。ライバル視しているのかもしれない。
朔夜の感情など露一つ知らない雪之介は、酷く焦っているようだった。丁度良かったと告げ、彼は質問を投げてくる。
「翔くんを見なかった?」
動揺してしまった。
まさか、此方の世界に幼馴染が帰ってきたのか?
「ごめん。言葉足らずだった。翔くんの形代を見なかった?」
雪之介は翔ではなく、翔の形代を探しているようだった。
曰く、彼の部屋のベッドで眠っていた形代が突然目を覚まし、七階の窓から飛び出していなくなってしまったのだという。
たまたま形代の様子を見にきた雪之介は、非常時用に北の神主から貰っておいた代用の形代をベッドに寝かせたらしいのだが、本人の妖力を得ていない形代はそう長くは持たないという。
「持って一週間……それを過ぎると、ただの紙切れに戻ってしまうんだ」
そうなる前に、また新たな形代を北の神主から作ってもらわないとならない。
けれども北の神主は療養中、頼りにすることはできないと苦言した。
「どうして急に形代が目覚めたんだろう。今までそんなことなかったのに。翔くんの魂が砕けたことと関係があるのかな」
相手は幼馴染の様子を知っているようだった。
「ショウは、危ないのか」
正直に答えて欲しい。相手に詰め寄ると、彼は率直に答えた。
「危篤状態だよ。魂が砕けた南条翔は、もう目を覚まさないかもしれない」
優しい雪童子はしっかりと状況を説明してくれる。
それだけ、危険な術を使ったことが窺えた。本当に無茶苦茶してくれる奴だ、朔夜は心底そう思ってならない。
「そうか。取り敢えず、形代探しを僕達も手伝おう。僕はショウのスマホを持っている。何かあったら連絡してくれ」
「あれ手伝ってくれるの? 意外だね。僕はてっきり、このまま調伏される展開になるかと思っていたよ」
「はっ。してやりたいのは山々だよ」
だが、それをしてしまうと幼馴染が傷付くだろう。雪之介は幼馴染の大切な友人の一人だから。
「お前の性格は、腹立たしいけど調伏はしない」
落ち着いたら、幼馴染に紹介してもらうつもりだと肩を竦める。
「ショウの友人としてなら、上手く付き合っていけそうな気もする。妖祓として付き合うから腹立たしく思うのかもね」
瞠目する雪童子に、皮肉交じりの言葉を投げた。
遠回し遠回しに妖を受け入れると言動で示す朔夜に、呆けていた雪童子の目から氷の粒が落ちる。
驚く朔夜達を余所に、雪童子はアスファルトにぱらぱらと幾つもの氷の粒を落とし、それはそれは幸せそうに綻んだ。
「なんだ。君達、ちゃんと上手くやっていけるじゃないか。ヒトと妖、異なる種族を超えて。ちゃんと分かり合えるんじゃないか」
「……錦」
「こんなにも素晴らしい光景が見られると、妖でよかったと思えるよ」
きっと同族では味わえない、この感動。
「ありがとう。妖を受け入れてくれてありがとう。翔くんに、その気持ちは伝えてあげて」
嬉しそうに笑う雪童子は、そろそろ形代を探しに行く。見つけたら連絡をくれと告げ、冷たい氷の風を吹かせて姿を晦ませてしまう。
「錦くん。私達の事を応援してくれていたんだね」
思えば初対面の頃から、妖祓の自分達に声を掛けてくれた。
「ぶつかったこともあったけど私、あの妖のことは嫌いじゃないよ」
もし、もしも、今度彼とゆっくり話す機会があったら、その時は幼馴染から是非とも紹介してもらいたい。飛鳥はくしゃりと笑う。
「腹立たしいこと極まりないけどね」
素直になれない朔夜の態度に、相棒から意地っ張りと揶揄される。
「あんな風に応援されて嬉しいくせに」
そう言われるとなんともかんとも。自覚している分、何も言い返せない。
雪之介と別れた二人は、幼馴染の形代を探すべく町を奔走する。
とはいえ、何一つ手掛かりがないまま形代を探すのは至難の業。本調子ではないため、長時間彷徨うっては身が持たない。
そこで形代の好みそうな場所に足を伸ばした。
形代は幼馴染の身代わり人形。謂わば分身だ。本体が望むことを形代も望む。
ただ問題が一つ。幼馴染の好みそうな場所がイマイチ思いつかない。
取り敢えず、気持ちが残っていそうな学校に足を伸ばすものの、本日は平日。自分達は体調不良で学校を休んでいる身分。肩を並べて校舎に入ることはできない。
結局、正門前で断念し、他の場所を探すことにした。
殺風景な商店街。平日でも賑わう映画館。よく行くファミレス。思いつく限りの場所に赴いてみたが、まったく見つからない。
雪之介に連絡を取って手掛かりは見つかったかと聞いてみたが、ため息をつく結果となってしまった。
彼は、彼の身代わり人形は、何処へ行ってしまったのだろう。