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南条翔は其の狐の如く  作者: つゆのあめ/梅野歩
【弐章】名を妖狐と申す
36/158

<十五>異界菓子と一番



 ◆◆◆



(見た目は人間だな)


 時を同じくして日輪の社参道。

 前触れもなしに妖を紹介された翔は甘酒をくれた少年を見つめる。

 見るからに文系を思わせる大人しそうな眼鏡少年だが、おしゃべりを好むようで、戸惑っている翔に「君は半妖なんだね」と話しかけてきた。


「俺が半妖だって分かるのか?」


「人間特有のニオイがするからね。だけど狐のニオイもまざっているから、すぐに半妖だって分かるよ。妖狐の半妖なんだね」


「特有のニオイなんてあるんだな。俺はまだそういうのが分からなくて」


 彼にも妖特有のニオイがあるのだろうか。

 翔はまじまじと雪之介を観察する。


「僕は雪童子だから、あんまりニオイはしないと思うよ」


 顔に出ていたのだろう。

 雪之介は白い頬を緩ませて、くすくすと笑い声をもらした。


「雪童子は雪のお化けと思ってくれたらいいよ。父は木の葉天狗、母は雪女。僕はその間に生まれた子どもなんだ」


 からりと笑う雪之介は、母親の妖力を受け継いだ雪の妖だと名乗ってくれた。

 齢十七で翔と同い年。青葉やギンコ、おばばのように何百年も生きている妖ではなく、見た目相応の年齢をしているそうだ。


(俺の知る妖って見た目に反して年齢詐称している奴が多いから……本当に十七か?)


 同い年だと言われても半信半疑になってしまう。

 しかし学生服を着ている姿を目にすると『そうなのかな』と納得せざるを得ない。


(同い年の妖ねえ)


 初めて会う同年の妖に大きな興味を持つ。

 あまりにも気持ちが出ていたのか、翔の縦長の瞳孔真ん丸に膨張。ひょっこりと狐耳と三尾が出てしまったので雪之介が小さく噴き出した。

 慌てて狐耳と尾っぽを消そうとするが、全然消えてくれないので困ってしまう。どうやったら元に戻るんだっけ、これ。


「ぼん。妖狐の姿に戻ったなら丁度良いではないか」


 その姿を隠す必要もあるまい。

 比良利は翔の肩に手を置くと、雪之介に声を掛けた。


「雪之介よ。ぼんは半妖になってまことに日が浅い。いつも妖狐の姿を隠して、親御にも友人にも言えぬ苦労を背負っておる。異界を歩き回ることも殆どないゆえ、ちと案内してくれぬじゃろうか」


「日輪の社も歩き回ったことないんですか? 境内にはたくさんの出店もあるのに」


「ぼんは月輪の社にこそ足を運ぶものの、まだ妖を恐れておるようでのう」


「なっ。比良利さん! 俺はべつに怖がってない!」


「ほお? ちっとも日輪の社に足を運ばぬくせに」


「……そりゃあ」


 用件もないのに日輪の社へ足を運んでも仕方がないではないか。

 異界のお金なんぞ持っていないし、化け物が営む出店を見て回る勇気はないし、見慣れない化け物がたくさんいるし……何度でも言う。怖がってなんかいない。


 膨れ面を作っていると、雪之介がまたひとつ笑った。


「じゃあ、いまから日輪の社を見て回ろう。人間の町じゃ見られないものがたくさんあるから、見て回るだけでも結構楽しいよ」


 おいでおいでと手招きされる。

 翔はまだしっかりと日輪の社を見て回ったことがないので、これは絶好の機会だろう。


(とはいえ……)


 化け物の出店を見て回る。

 怖くはないが戸惑いは拭えない。べつに怖くない。戸惑っているだけだ。怖くない。


「早う行かぬか」


 比良利からぴしゃりと背中を叩かれ、翔は足を前に進めざるを得なくなる。


「もう少し、手加減してくれても」


 じとりと比良利を睨むが、狐はどこ吹く風で錦夫妻と会話を再開していた。おばばも一緒に会話にまじっている。あとは子どもだけで楽しめと言わんばかりの態度である。呼びつけたのはそっちのくせに扱いが雑なのは……これ如何に。

 不満げに鳴き声を発した後、翔は雪之介の隣に並んだ。


「悪い。待たせちまって」


「いいよいいよ。まずは向こうの出店に行こう。あの列は四文屋(しもんや)が多くてオススメなんだ」


「四文屋……?」


「ワンコインで軽食が楽しめる出店。分かりやすいでしょ」


 こうして甘酒片手に初対面の妖と境内を見て回ることになった翔だが、正直相手との距離間がいまいち掴めない。

 なにせ相手は同年代の妖。学生のようではあるが、はて、彼とどういう会話をするべきなのだろうか。片仮名は出しても大丈夫なのだろうか。異界の妖は揃って片仮名が苦手だから。


(でも四文屋の説明でワンコインって言ってたから、片仮名には強いかもしれねえし)


 うんぬん考えていると、雪之介の方から話題を振ってくる。


「南条くんはどこの高校に通っているの? 何科?」


 それはとても馴染みやすい質問であった。

 目を真ん丸に見開き、惜しみなく驚きを露わにしてしまう。


望月南(もちづきみなみ)高校の普通科。そっちは?」

北天日(きたてんじつ)高校の特進科」


「頭良いとこじゃん。サッカー部も有名だって聞くし」


「まあまあ勉強ができて、全然運動ができない僕はクラスの中じゃ普通だけどね」

「まあまあ運動ができて、全然勉強できない俺といっしょだな」


「僕らを足して二で割れば最強ってことか」

「最強の凡人ができる」


「つまり平均並み」

「だってお互いに『まあまあ』だからな」


 だんだんと会話が弾む。

 なにか部活に入っているのか。どれも興味がなくて帰宅部に入った。

 いっしょだ。いっしょか。


 そのうえ上下関係が苦手で、部活に入るのが億劫だった。

 いっしょだ。いっしょか。


 そのような会話で盛り上がる雪之介は、どこにでもいそうな高校生であった。


「なあ錦。いまから行く出店ってどんなところだ?」


「雪之介でいいよ。雪童子の雪之介、覚えやすいでしょう?」


 当たり前のように妖名を口にする彼は、ちょうど着いたと言って駆け足となる。

 慌てて後を追うと、さっそく雪之介が女店主に注文をしていた。どうやら顔馴染みのようで注文と一緒に世間話が飛び交っていた。

 そろりと隣に並ぶと雪之介が女店主に新しい友達ができたのだと話題を振る。


「だからさ、おまけしてくれない。友達ができたお祝いに」


「お前さんはいつも調子に乗っておまけをねだるねえ」


「おまけをねだるほど、ここのお店の揚げ菓子はおいしいって証拠だよ」


「口ばかり達者だなぁ」


 女店主の見た目はまんま人間、年は四十中頃だろうか。雪之介の軽い口ぶりに、呆れ半分で笑っている。


「新しい友人ってのはぁ、半妖の狐かえ」


 女店主と目が合った翔は取りあえず会釈をして場を凌いだ。

 店に出ている品に目を向ける。

 そこには沢山の笊が並べられてあり、花々が山盛りとなっていた。奥には大きな寸胴鍋が三つ。どれも油が入っているようで、ぱちぱちと揚げ物の音が聞こえる。


(まさか花を揚げてんの?)


 底の見えない湯気だった寸胴鍋を覗き込んでいると、雪之介がひとつの笊を指さした。


「おばちゃん。これ新しい花だね。美味しい?」


 やはり花を食べる店のようだ。


(美味いのかな)


 翔は眉を寄せて疑ってしまう。


「少しクセがあるかもだねえ。私のおすすめは菜の花か、梅の蕾だ。最近は異国の花も取り入れているようにしているから、くろつかす(クロッカス)もあるよ」


 あれがクロッカスだと、右の寸胴鍋を顎でしゃくる。

 いや顔をそこまで持ってきて教えてくれる。


(く、くびっ~~ッ!)


 翔は悲鳴を上げそうになった。

 前触れもなしに、にょきにょきと店主の首が伸びたのだ。怖くないわけがない。驚きのあまりに、持ち前の三尾と耳が垂れてしまう。ついでに、その毛も逆立ってしまう。店主は俗に言う、ろくろ首であった。


「梅の蕾は美味しいよね。おばちゃん、二つちょうだい」


「毎度。松の石四つだよ」


 声なき悲鳴を上げる翔の隣で雪之介は梅の蕾を購入していた。松の石を四つ女店主に手渡している。異界の通貨なのだろうか。


(異界で買い物なんてしねえもんな)


 こっちのお金は石なのだろうか。

 あとで雪之介に聞いてみよう。


「お調子者の雪ん子のために、多めに入れてあげようかね」


 女店主がひとつ笑う。

 真ん中の寸胴鍋に穴あきおたまが入った。サッと油切りし、茶色いそれは笊に移される。一握りの塩をまぶすと、女店主は笊を軽く上下に振り、笹の葉で作った器に盛った。


「あいよ、お待たせ。これはおまけだよ。仲良くお食べ」


 女店主は笹の器とは別に懐紙に飴玉を二つ包んで雪之介に手渡した。黄金色の飴玉の中には、花びらが閉じ込められている。


「さすがおばちゃん。ありがとね、また来るよ」


 雪之介は翔を連れて近くの玉垣に寄りかかる。


「はい。これは南条くんの」

「あ、おう。サンキュ」


 笹の器と、おまけの飴玉を押し付けてくる。

 妖の店から購入した菓子を食べることに少々抵抗がある翔の隣では、雪之介がさっそく揚げ物に息を吹きかけていた。さいころ程ある揚げ物は彼が息を吹くことで、薄っすらと表面に霜が走る。


(凍った?)


 目を真ん丸にする翔をよそに、雪之介は揚げ物を美味そうに頬張った。


「あ、あ、熱い。舌が溶けそう。でもこの塩加減がすごく美味しいんだ」

「花……美味いか?」

「ん。食べてみたらいいよ」


 曰く揚げ立てが一番美味しいとのこと。

 買ってもらっている手前、露骨に拒絶するわけにもいかない。翔は言われるがまま、素揚げされたそれを口に放った。


「どう?」

「……花の揚げ菓子って初めて食べたけど」

「ん?」

「めちゃめちゃ美味いんだな。もっと草っぽい味がすると思ってた」


 最初こそ恐る恐る噛み砕いていたそれは、噛む度に花の香りが口いっぱいに広がる。嫌な香りではない。塩味といっしょに香りが食欲を誘う。もっと食べたいと思わせてくれる。


 花の揚げ菓子はあられに近い菓子で、出来立ては本当に美味しい。

 塩気がつよいため持っている甘酒で喉を潤すと、これまた甘酒が異様に美味しく感じる。甘酒はきな粉の味がした。


「これなんて菓子なんだ?」

「花つぶみ。花のおかきだと思えばいいかな」

「へえ。花のおかき」

「妖は花を好んで食べるんだ。とくに花つぶみは庶民の間じゃ人気のお菓子だよ」


 そういえば、比良利から飲ませてもらった甘酒もツツジだったな。

 翔はしみじみとは素揚げされた梅の蕾を見つめる。


「異界の食べ物って美味いんだな。俺、偏見を持っていたよ」


 正直な気持ちを述べると、雪之介が「分かる」と言って笑った。


「異界の食べ物って古くさいんだよねえ。しかも食材が食材でしょ? 口に合わないだけならまだしも、罰ゲームばりの腹痛がきたらどうしよう、とか思っちゃうんだよね」


 まったくもって同意見だった。翔は何度も頷く。


「僕も未だに偏見を持つことが多いよ。化け物が集う世界なだけあって、異界の食事には下手物(げてもの)も多いんだ」


「うげっ、下手物?」


「ほら向こうの出店を見てよ」


 雪之介の指さした方を見る。

 トカゲの干物や蛇の酢漬けが置いてあった。手前の店では天ぷらが売ってあるが、どれもこれも虫ばかり。大半の化け物には評判が良いそうだが………。


 しかめっ面をする翔は雪之介と顔を見合わせる。


「あれ美味いの?」


「さあ。異界には獣の妖も多いから、ああいう下手物系は仕方がないんだろうけど……僕は生理的に無理だった。かき氷だったら何杯でもいけるんだけどね」


 人間の町で暮らしている雪之介にとって、ああいう下手物は目にするだけでも鳥肌が立つとのこと。


「それに異界の食事が美味しくても、負けるもんは負けるんだよね」

「負け?」

「たとえばこの甘酒」


 ぐるりと辺りを見回した後、雪之介が小さく耳打ちをする。


「美味しいけど炭酸には負けるよね。無性にサイダーが恋しくなるよ」


 この嗜好は現代人育ちならではなのだろう。

 そう言って雪之介はそっと人差し指を立てた。


「おおきな声では言えないけどね」


 片目を瞑ってくるので、翔は小さく噴き出した。


「ちげぇねえや。やっぱ生まれ育ったもんの飯が一番だな」

「ここに来ると外国に来た分になるよね」

「海外旅行とまではいかないけど、同じ日本か? って思う時はあるぜ」

「異界だから日本であって日本じゃないわけだし」

「じゃあ合う合わないがあってもしゃーないな」


「異界だもんね」

「異界だもんな」


 こんなにも気兼ねなく「異界が合う・合わない」を言えるのも気分がいい。

 今までは異界で暮らす妖が大半だったため、心に思っても胸に秘める程度で終わっていたが、世間話程度に思ったことを口にできるのは気が楽だと思った。雪之介と価値観が近いからだろう。


「あ。そういや金」


 花つぶみといい、甘酒といい、雪之介に買ってもらっているままだ。

 それに気づいた翔は代金を尋ねる。異界の通貨で返せるものなら返したいのだが、生憎こっちの金は所持していない。人間の町で使用している通貨は持っているので、そっちで請求してほしいと頼んだ。


 けれど雪之介は気にしなくていい、と返事した。


「べつに高いものでもないからね」

「でもよ」

「気にしてくれるなら、今度サイダーでも奢ってよ」


 雪之介はひらひらと手を振った。


「それより次に行こう。異界の名物は花菓子だけじゃないんだよ」


 前方を指さして歩き出す。まだまだ面白い店があるらしい。

 しかし、その足もすぐに止めると彼は振り返って微笑む。


「南条くんの連絡先を教えてね」


 じゃないと奢ってもらえない。

 おどける雪之介にもう身構える必要は何もない。すっかり彼に心を許した翔は雪之介の隣に並ぶと返事した。


「おまけでコーヒーをつけてやんよ」

「ブラックは却下なんですけど」

「ははっ。なんで分かったんだよ。雪之介、俺のことは翔って呼んでくれ」


 先ほどよりもうんと会話が弾んだ。

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