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南条翔は其の狐の如く  作者: つゆのあめ/梅野歩
【零章】其の銀狐との出会い
3/158

<三>影三つ


 ふっ、と沈んでいた意識が浮上する。

 翔が重たい瞼を持ち上げると、顔にくすぐったさを覚えた。両目をきょろりと横へ動かす。あれま銀の体毛を持った狐が覆いかぶさっている。


「あれ。俺は……」


 うわ言を呟き、しきりに顔を舐めている狐の頭に手を置く。

 すると、狐の尾っぽが忙しく左右に靡いた。


「ばか。くすぐったいって」


 嬉しそうに頬を舐めてくる狐に笑うと、上体を起こして、わしゃわしゃと体を撫でてやる。狐は両の前足を翔の胸部に置き、二足立ちしてふんふんと鳴いた。喜びを態度で示していた。

 見た目より硬い体毛を撫でていた翔は、ふと負傷したことを思い出し、己の身なりを確認する。

 衣類が所々裂けている。

 おかげで風通しがよくなり、二月の気温に寒気を覚えた。

 しかし、怪我をしていたであろう箇所は物の見事に完治している。痛みは感じられない。


「血の痕もねぇんだけど」


 ぐるりと周囲を観察する。

 得体の知れない何かはどうしたのだろうか。

 視界に映るのは静寂に包まれた工事現場で、異常なところは見受けられない。狐の様子を見る限り、嵐は去ったようだ。


「なあ、お前。もう大丈夫なのか? なんで俺、怪我が治っているんだ?」


 獣は答えない。

 当たり前だ、相手は狐である。

 ただただ嬉しそうに尾を振る獣に答えを期待するだけ無駄だろう。

 翔は考えることをやめた。ひと先ず無事であることを喜ぶべきだ。


「へっくしゅん! 寒いな。謎は多いけど、まずはこのボロボロのコートにトレーナー……どうすっかな。母さんに見つかったらどやされ……って、あ、おい」


 腕の中にいた狐が飛び出した。

 相変わらず狐の左前足は怪我をしているが、それをもろともせずに颯爽とドラム缶へ向かう。

 軽い身のこなしでドラム缶に入ったと思ったら、数秒もせずにそれから飛び出して、さっさと翔の下へ戻って来た。

 口に銜えているのは豚まんの入ったビニール袋。

 翔の前で行儀良く座る狐は、縦長の瞳孔をいつまでもこちらに向けてくる。


「あー……まじで?」


 ふさふさの尾っぽを揺らす獣の期待を察してしまった翔は軽いため息をつく。

 おもむろにコートを脱ぐと、狐にそれをかぶせて器用に包んだ。


「バレねぇかな」


 力なく眉を下げると、この狐をどうやって部屋へ運ぼうかと唸りながら腰を上げた。


「こら顔を出すなって。バレたらどうすんだよ」


 ひょこっとコートから顔を出す狐に、「おとなしくしてろよ」と、注意を促して工事現場を後にする。


「朔夜に飛鳥、それに狐。どいつもこいつも、わけわかんねぇよ。何だったんだよ、もう」


 誰でもいいから、一から十まで懇切丁寧に教えてほしい。

 贅沢な悩みを口にする翔に、クオーンと狐が一鳴き。


 ひとりの少年と一匹の影は工事現場から遠のいていく。人工ネオンを浴びて長く伸びた少年の影には、確かに三本の尾っぽの影が生えていた。

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