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南条翔は其の狐の如く  作者: つゆのあめ/梅野歩
【弐章】名を妖狐と申す
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<四>妖力の制御(弐)


 妖力の制御を学び始めて、十日後の暮夜。

 連日妖の社で妖力の制御を学んでいた翔は、少しずつ妖力のコツを掴み始めていた。

 最初こそ恐怖心のせいで、持ち前の妖力もギンコの妖力も拒んでいたのだが、今では自力で己の妖力を引き出すまでに成長している。


 これも青葉とおばば、そしてギンコの協力のおかげだ。

 相変わらず、気合が入りすぎると狐の姿になってしまうが、どうにか自分の妖力を感じ取れるようになった。


 しかし、デキはあまりよろしくないようだ。

 先輩にあたる青葉は、三日も経たず妖力を自力で引き出せるようになったと耳にしている。

 おかげでさまで、この上なく落ち込んでしまったが、おばば曰く『坊やは宝珠の御魂を身に宿しているせいで妖力が大きすぎるんだよ』とのこと。


 つまるところ、制御に苦戦するのは仕様がない話なのだとか。

 それだけ、宝珠の御魂に宿る妖力は大きいということなのだろう。


 宝珠の御魂がどれほどの強さを持っているのか、翔には未だによく分からない。

 それまで宝珠の御魂を身に宿していたギンコの命が、常に低俗な妖に狙われるほどの物だということは分かっているのだが……結局のところ、その程度にしか過ぎない。


 既にギンコの中には宝珠の御魂はなく、命を狙われることもない。

 けれど周りの妖がそれを知る由はない。

 もしそれが知れ渡ったら、今度は翔の命が狙われるだろう。


 そのため、おばばから妖の社以外で妖力の使用を禁じられた。

 妖力の制御の練習を行い、もし狐になってしまえば大問題。それによって妖型になってしまったら、きっと妖らは察してしまう。翔が次の南の神主になりえる妖だ、と。


 翔が半妖である以上、普段の生活では気づかれることはないだろうが、万が一のことがある。

 妖になったことで、身に宿す宝珠の御魂の力が外へ放出してしまい、数多の妖から命を狙われる可能性がある。


 それだけではない。

 妖の社の外で妖になれば、妖祓に目を付けられる。

 命が惜しければ、妖力の制御を完璧に習得するまで、妖力の使用は境内でやれ、とおばばに脅された。

 もちろん命が惜しい翔はそれを忠実に守っている。


(あーあ。また負けそう)


 さて、翔は自分の部屋で過ごしていた。

 ベッドに寝そべってゲームをしていたのだが、まったく調子が出ない。

 重いため息をつき、プレイを中断して枕元にゲーム機を置く。


「はあ。つまんねえ。妖の社に行けばよかった」


 今日は妖の社へ行かず、学校を終えると真っ直ぐ家に帰った。

 数学の小テストが明日実施されるため、勉強を優先したのだ。

 今年の四月から晴れて自分も受験生である。少しでも点数を稼いでおかないと追々泣く羽目になるだろう。


 とはいえ、帰宅すると勉強机から足が遠ざかっているのが現状。

 全然勉強する気になれずにいる。


(今年の夏は予備校に行けって言われるだろうな)


 あまりにもテストの点数がよろしくないため、夜な夜な両親が予備校に行かせるための費用の話をしていた。

 それを知っている翔はメンドクサイとため息をつき、億劫に上体を起こす。


「しょうがねえ。テスト勉強するかな」


 勉強机に向かってみるものの教科書を開く気にもなれず、結局手にしてしまうのは携帯だった。


「そろそろ体力、回復してっかな。魔法石が手に入る頃なんだけど」


 ゲームアプリを開き、画面をタッチする。

 通信中の表記を眺めていた翔だったが、何気なく机の先の窓に目を向けた。

 閉め切られたカーテンを開き、窓を引く。

 そこから冷たい風が吹き込んできたが、暖房によって火照った体には丁度良い温度だった。


「涼しいな」


 空気の入れかえにもぴったりだ。

 翔は頬を緩ませ、広がる夜景を見つめる。

 そこには屋根の低い一軒家やアパートが光を灯していた。まるで、星のようにその光は点々としている。少し視線を持ち上げれば、綺麗な月が翔に挨拶をしていた。


 今日は満月のようだ。

 真ん丸に太った月がでっぷりと空に居座っている。


 す、と目を細めた。


(憂鬱だな)


 何をしても気が晴れない。

 未だに半妖になった現実が、心に翳りを落としているせいだ。


 どうしてこんなことで悩まなければいけないのか、と苛む気持ちすら出てくる。

 少し前までは幼馴染らとの間にできている溝だけを悩めば良かったのに。今では溝どころか、関係に思い悩まなければいけないなんて。


 やるせない気持ちを吐き出すこともできず、誰かにぶつけることもできず、翔は心の中で思い悩むしかない。

 これならまだ、妖力の制御の練習に励んでいた方が気も紛れる。

 完璧に使いこなすことができれば、狐の五感に悩まされずに済むのだから。


(うじうじ悩む俺もうぜえなあ。なんか面白いことねーかな)


 脱力するように息をつき、窓に手を掛けた。

 そろそろ閉めよう。肌寒くなってきた。


 ドクン。


 鼓動が高鳴ったのはその直後のこと。驚いて窓に掛けていた手を胸に当てる。

 体内全体で脈を打ち始めた。気のせいだと深呼吸をしても、それが治まることなく、むしろ体内が熱帯びていく。


(これ……妖力だ)


 自分の妖力がうねりを上げ、翔自身を蝕み始めている。

 肌寒さが吹き飛び、こめかみから数粒の汗が伝い落ちた。


「あつ、い」


 喉の渇きを感じる。身に宿る妖力が体内の水分を蒸発させている。

 椅子から崩れ、絨毯に転がる。次第に呼吸が荒くなり、見上げる景色がぶれ始めた。本能が警鐘を鳴らす。このままではまずい。


(何が起きてッ……)


 寝返りを打ち、肘を立て、扉の方へと体を引きずる。

 体から蒸気が立ち始めた。

 目に見える蒸気が天井に昇るが、そこに到達する前に空気と融解してしまう。

 力を振り絞り、身を起こすことに成功した翔はリビングに母親がいることを確認して壁伝いに歩く。


「やばいっ。早くっ、妖の社に行かないと」


 二重、三重にぶれる視界を振り払い、玄関扉のドアノブに手を掛けた――そして。



(急げっ、いそげっ、いそげっ!)


 マンションを飛び出した翔は、颯爽と夜道を駆け抜ける。

 その速度は普段とは比べものにならない。闇を裂くように一筋の白い線を描き、民家の塀に飛び乗って寒空を走る。


 まるで人の動きではない。

 それも、そのはず。


 今の翔はヒトではなかったのだから。


(狐っ、狐になっちまったっ)


 妖狐と化した翔は心中で半泣きなりながら、人間に見つからぬよう一軒家の庭に侵入。草深い茂みに隠れる。


(なんで狐になっちまったんだよ)


 まったくもってワケが分からない。

 今宵は一切妖力を使っておらず、触れる機会もなかった。なのに突然、妖狐になってしまうなんて。

 不安を煽るように体内からむくむくと妖力が湧いてくる。異常だ。制御しようとしても打つ術すら見つからない。


(どうしよう。俺じゃ制御できないっ)


 しゅんと耳を垂らし、落ち込んでしまう翔だが、そうはしていられない。

 早く妖の社に行っておばばたちに相談しなければ。


 三本の尾っぽをくるっと内側に丸め、誰もいないことを確認。素早く茂みから飛び出す。


 夜とは言え、大通りは人が多い。

 持ち前の毛並みは、闇夜に浮かぶ真っ白な毛並みなので、きっと目立ってしまうだろう。翔が猫ならまだしも、姿かたちは狐。人間の目に入れば役所に通報されかねない。


(どうか、誰にも見つかりませんように)


 地上を見守る月に祈り、星に願い、翔は神社を目指して懸命に地を蹴った。

 仄暗い光を出す外灯を通り過ぎ、見慣れた丁字路を曲がることなく直進。白い毛並みを靡かせ、(さび)れた商店街を過ぎて団地の公園に差し掛かる。


(ヅッ!)


 前触れもなく、右後ろ足に痛みが走り、体を崩してしまう。

一鳴きしてその場に倒れた翔が右後ろ足に目を向けると、足首を回るように(ふだ)が貼られていた。闇に紛れて(ふだ)が飛んできたらしい。


「これは珍しいね。まさか妖狐にお目にかかるなんて」


 触れなくとも走る激痛にスンスンと鳴いていると、おどけた口調が闇の向こうから飛んできた。

 心臓が止まりかけた。呼吸すら忘れ、声の方角を見やる。


「君ほどの妖力を持つ妖も珍しいよ。この前、公園で拾った獣の毛は君のものかな?」


 ああ……。

 翔は絶望する他なかった。

 公園に入って来たのはまごうことなき自分の幼馴染らだったのだから。




 妖の社にて。

 居間で寛いでいたギンコが勢いよく顔を上げる。

 青葉は着物を繕い、おばばは火鉢の前で暖を取っていた。


 その光景をゆっくりと見つめていたギンコだが、弾かれたように障子に向かい、鼻先でそれを開ける。


「これオツネ。閉めなさい」


 開けっ放しの障子をそのままに、庭に出たギンコを青葉が(たしな)める。


 しかしギンコの耳には届かない。夜空を見上げ、肌に纏わりつく何かを感じていた。違和感であった。

 白いヒガンバナが夜風に揺れ、満月がぽっかりと顔を出す。

ギンコは違和感の正体に気づき、焦燥感を滲ませながら空に向かって遠く吠えた。

 様子がおかしいことに気づいたおばばが、何かあったのかと尋ねる。何も答えず、ギンコは急いで鳥居に向かった。


「オツネ! 勝手に妖の社から出てはなりませんよ!」


 青葉の注意も怒声も無視して、ギンコは社を飛び出した。

 石段を駆け抜け、月光を浴びながら人間の住む住宅街を駆ける。

 走らなければならない理由がギンコにはあったのだ。



「まったくオツネときたらっ!」


 一方、残された青葉はギンコの身勝手さに憤りを噛み締めていた。

 日ごろから姉の身勝手さに頭を悩ませているが、今回も有無言わせず勝手に飛び出してしまった。一度痛い目に遭ったほうがいいのでは、と青葉が唸り声を漏らす。


 すると、勘の良いおばばがギンコの走り出した理由の意図に気づき、大変だと青葉の肩に飛び乗った。


『青葉。急いでオツネを追っておくれ。あの子、坊やの危機に気づいたんだよ!』


「えっ」


『今宵は坊やを無理にでも、此処に来させなければいけなかったんだっ。あの子にとって今夜は(しゅく)の夜だったんだ!』


 青葉は血相を変えて絶句した。

 祝の夜、それは妖の持つ妖力が最も昂ぶる夜を指す。


迂闊(うかつ)だったよ。わたしとしたことが……大切なことを忘れていた』


 ボケでも始まったのではないかと舌を鳴らし、早く翔の下に向かうよう指示した。

 妖の器段階である彼は、ようやく妖力の制御のコツを掴み始めた頃だ。そんな彼が昂ぶった妖力を制御できるとは思えない。


 翔の傍らには優秀な妖祓がいる。

 もし彼らに出逢えば悲劇となるだろう。妖のことを秘密にしている翔にとっても、何も知らない妖祓らにとっても!



『竹馬の友に命を奪われるかもしれない翔の坊やも、竹馬の友を奪うかもしれない妖祓らも不幸になる。青葉、早く、はやく坊やの下へ!』





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