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南条翔は其の狐の如く  作者: つゆのあめ/梅野歩
【弐章】名を妖狐と申す
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<幕間>北の神主、赤狐の比良利




「待っておったぞよ。四尾のキジ三毛、猫又のコタマよ」



 四尾のキジ三毛、猫又のコタマは北地を統べる妖の下を訪れていた。

 そこは南の地を統べる“月輪の社”の対となる(とこ)。北の地を統べる社。妖の拠り所となっている神社。そこの頭領を担っているのは、燃え上がるような赤い毛並みを持つ狐であった。


 外見は二十前半の青年。

 尾っぽと獣耳を残しつつも、ヒトのかたちを保っている。


 彼の名は第四代目、北の神主。

 またの名を六尾の妖狐、赤狐(せきこ)比良利(ひらり)と申す。


『久しぶりだねえ。比良利の坊や』


「わしを坊やと呼ぶ奴なんぞ、お主ぐらいじゃのう」


『坊やは坊やだろう? わたしにとってお前さんはまだまだ青い狐なんだよ』


「言ってくれるわい。猫又婆め」


 比良利はたいへん落ち着かない様子であった。

 脇息(きょうそく)にもたれる右腕の先では、五本の指が順に音を鳴らし、今か今かと猫又の報告を待っている。


 興奮を抑えられないのだろう。

 まるで子どものように喜々溢れる気持ちを面に出す狐にコタマ改め、おばばは目を細めて笑う。久方ぶりに見る姿であった。


『その様子だとお前さんの身に宿る、(べに)の宝珠の御魂が事を知らせたようだねぇ』


 切り出した話を合図に、北の神主がゆるりと上体を起こす。


「やはりまことの知らせであったか、コタマよ。(はく)の宝珠の御魂は目覚めたか」


 口を開けば、それはそれは抑揚ある言葉が向けられる。

 答えようによっては、今すぐにでも飛び出しそうな姿勢だ。おばばには、手に取るように分かる。

 小さな頭をひとつ上下に動かすと、やはり赤狐は立ち上がった。

 抑え切れない感情が、早々に腰を上げさせたようだ。


 まだ話の終わりも見えていないのに、せっかちな狐とは彼のことを指すのだろう。


『比良利。落ち着きなさい。まだ素質があると宝珠の御魂に見出されただけで、お前さんの双子が誕生したわけじゃあないよ』


 笑われてもなんのその。

 比良利は弾んだ声を包み隠すこともない。


「分かっておる。分かっておるとも。されど動かずにいられようか。喜ばずにいられようか。九十九の(とし)の間、わしはこの日が来ることを、どれほど夢見ていたか」


 比良利は開かれた障子の向こうに見える、庭の景色に目を向けた。咲く花々はどれも赤く同じもの、皆紅(みなぐれない)のヒガンバナであった。


「長い眠りに就いていた宝珠の御魂が目覚めた。そしてひとりの妖に目をつけた。なんと喜ばしいことか。わしと双子になる妖はいつ見つかるのかと憂いていた日々が、ついに報われる」


 北の神主である赤狐は九十九年もの間、不在となっている南の神主の肩代わりを担ってきた。

 しかしながら本来、彼は北の地を統べる狐。

 南北に分けられた地を、隅々まで統治することは難しい。

 ゆえに南の地が荒れていくのは時間の問題であった。


(比良利の坊やはいつも心を痛めていた。自分の力が及ばないばかりに、南の地が荒れてしまう。申し訳ないと)


 誰よりも新たな南の神主の誕生を心待ちにしているのは、この狐であろう。

 おばばとて、ただ素質のある妖が現れたのならば、惜しむことなく比良利に祝辞を述べていた。ただの妖であれば。


 おばばは相見(しょうけん)を待ちわびる彼に、これまでの経緯を語る。

 宝珠の御魂が選んだ妖は、元ヒトの子であること。妖の器になったばかりの者であること。子どもであることを伝える。


「ほう。白の宝珠の御魂は、ずいぶん面妖(めんよう)な者を見定めたものじゃのう」


 なおも聴き手の表情は変わらない。

 相手が子どもだろうと、元ヒトの子だろうと、半妖だろうと、北の神主にとっては重い話ではないようだ。

 それは彼の中に宿る、宝珠の御魂に絶対的な信頼を寄せているのか。

 あるいは宝珠の御魂を通して、比良利自身に直接何か感じ取るものがあるのか。


 赤狐は始終、細い笑みを浮かべたままであった。


『比良利。半月ほど、わたしに坊やを任せてはくれないかい』

「その心は?」


『突然双子の片割れである、お前さんが現れたところで坊やは萎縮してしまうだろうさ。ただでさえ化け物になった現実に悩んでいる。神職について話を進める時じゃあない』


 にゃあ。

 おばばの鳴き声に、障子の向こうを見つめていた比良利が振り返る。

 音を立てず上座に戻ると、脇息に腕を置き、おばばの申し出に答えた。


「コタマ、お主の申し出を受け入れよう。しばし“我が対”はお主に任せる」


『すまないねえ。お前さんにとって待ちわびた双子であることは分かっているんだ』


「何事にも段取りはある。わしよりも長く生きておるコタマの進言を無視したところで、話は上手く進まぬ。それは誰よりもわしが分かっておるよ」


 相見はお楽しみに取っておく、と比良利。


「じゃが、その者に宝珠の御魂が宿っている以上、せいぜい半月がいいところ。それ以上は待てぬ。またわしは気の短い小物狐(こものぎつね)。半月すら九十九の年月に思えるゆえ」


 軽い口ぶりの真意は、心積もりが出来次第、自分の下へ連れて来い、というところだろう。

 やはり本音は一刻たりとも惜しいのだ。

 南の神主の不在により、南の地は荒れ、そこに隠れ棲む市井の妖が苦しんでいる。

 比良利としては見ていられない状況なのだ。


『ありがとう比良利。時機を見て、ちゃんとお前さんの下に連れて来るからねえ』


 おばばは深く頭を下げ、北の神主の寛容の深さに感謝する。

 そして必ず神主候補を北の神主の下にあずけることを約束した。

 遅かれ早かれ、あの子どもは赤狐にあずけなければならないだろう。


「コタマひとつ良いか」

『なんだい』


「選ばれたその者は、神主として持つべき()はあろうか」


 不意に投げられた問いは、おばばを試していた。

 まだまだ青臭い狐のくせに、小癪なことをしてくれるものだ。


『見ず知らずの狐に命を懸け、悪しき妖を討つ。それができる者は少ないとは思わないかい。おかげで、すっかりオツネは坊やにお熱だよ』


 十分すぎる答えだったのだろう。

 比良利は頬を緩めて、ふたたび脇息にもたれた。



「三尾の妖狐、白狐の南条翔。早くお目に掛かりたいものよ」



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