表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
南条翔は其の狐の如く  作者: つゆのあめ/梅野歩
【壱章】少年は妖と化す
12/158

<幕間>嫌な予感



「朔夜くん。ここで大きな妖力が解き放たれたみたい」


 夜が深まっていく団地の公園はひどく寂然としている。

 冬の季節のせいか、その物寂しさが寒気と不気味さを引き立たせた。コートにマフラーをしっかり身につけても、厳しい寒さが骨身に沁みる。


「解き放たれた痕はあるのに、誰もいないね。飛鳥」


 ほうっ。

 朔夜はいたずらげに白い息を吐き、コートのポケットに手を突っ込んで狭い公園の中を歩き回る。

 巨大な妖気を感じて幼馴染と公園を訪れたが、すでに妖の姿はなく、錆びた遊具が佇んでいるばかりだ。

 しかしこの公園には、確かに“何か”がいたようだ。

 大きな妖力が公園内に残っている。

 朔夜は眼鏡越しに目を細めた。


「大妖なのかもしれないね」

「この町に大妖レベルの妖なんているのかな」


「いるさ。大妖になればなるほど、人間の目を欺いて町に棲みつく。大妖は賢い妖が多いから無闇にヒトを襲わないだろうけれど」


 おもむろに足を止める。

 朔夜はそっと身を屈めると、地面に落ちている布切れを拾った。


「これは服の切れ端?」


 ざらついた黒い布を触る。生地からしてコートのようだ。


「なんでこんなところに落ちてるんだ」


 指で感触を確かめていると、飛鳥が声を掛けてきた。

 切れ端をポケットに仕舞い、相棒の下に向かう。


「朔夜くん、これを見て」


 ブランコの側らで膝をついていた飛鳥がすくりと立ち上がった。彼女の右手には、獣の毛のようなものが乗っていた。

 そっと指で抓んで目を凝らす。

 パッと見は白に見えるが、これは銀の体毛のようだ。微力だが妖力を感じた。公園に妖力を残した獣だろうか。


「銀か。動物にしては珍しい毛の色だね。飛鳥、採取しておいてくれるかい?」

「うん」


 小さく頷く彼女は、ポケットティッシュを取り出すと、それに優しく包んでしまう。

 朔夜は顎に指を絡めた。


「あれだけ強い妖力を感じたのに、思った以上に妖の痕跡が見当たらないなんて……おかしいな」


 公園内で妖力が途絶えている。

 どのような妖でも、巨大な妖力を隠すことは容易ではない。道中で妖と鉢合わせになるように公園まで足を運んだのだが、妖らしき化け物に出くわさなかった。

 今までにない経験だ。

 それだけ凄腕の大妖が現れたのか、それとも。


「朔夜くんは何か見つけた?」

「コートであろう切れ端を見つけたよ」


 すると見せてほしいと頼まれた。

 そこで飛鳥に先ほどの生地を手渡すと、彼女は指で感触を確かめながら早々に小さく首を傾げた。


「この切れ端、二つの妖力がこびりついているみたい。一つはこの公園に残されている妖力で、もう一つはいま拾った獣の毛に残っている妖力」


 飛鳥はわずかな妖力でも、仔細に分析する能力を持っている。

 それこそ朔夜以上の腕なので、彼女の発言に眉根を寄せてしまった。


「なら銀の毛の持ち主とはべつに、妖がいたということになるよね」

「仲間という可能性が大きいね。もし争ったなら、もう少し毛が散乱しているはずだから」


 さすが飛鳥。

 妖力を敏感に察知、仔細(しさい)に分析するだけでなく、あらゆる方向から見て。特に可能性のある答えを導き出すのが上手い。頼もしいかぎりだ。


「二つの妖力ね。厄介な妖じゃないといいけどさ」


 朔夜は不機嫌に吐息をつく。

 夕暮れの事件といい、大通りで起きた事件といい、この一件といい、頭を悩ませる。


「夕方に事件を起こした妖は調伏(ちょうぶく)することができたけど、大通りで起きた事件は未解決だ。飛鳥、被害は?」


「妖鳥が起こした竜巻による被害は、それなりに酷いよ。舗道がえぐられたり、店の看板が倒れたり、街樹が薙ぎ倒されて怪我人が出ているから」


 けれど、死者は出ていないようだ。

 妖鳥は悪事を起こすだけ起こして行方を晦ませている。もしかしたら他の妖が調伏してくれたのかもしれない、と飛鳥。

 それの意見に同調したいところだが、朔夜の不安は尽きない。


「夕方の一件は参ったね。まさかショウが狙われるなんて」


 荒々しく頭を掻く。

 妖が幼馴染の翔を狙った。

 その命を奪うため、電線を切るなどの強硬手段を取ったのだから肝が冷えた。傍らには妖祓がいると知っていたくせに。


 翔は視えない人間だ。妖も幽霊も信じていない一般人なので妖祓のことを伏せている。

 それゆえに、どう妖鳥を調伏しようか悩んでいた。

 頃合を見計らったかのように「用事がある!」と、トンズラするように翔が帰ったから良かったものの、あのまま朔夜たちの傍にいたら苦戦を強いられたに違いない。


(……いや状況は最悪だ。本当は止めるべきだった)


 なにせ狙われたのは翔なのだ。

 否応なしでも止めるべきだったと、今さらながら後悔を抱く。


 だいたい、なぜ翔が狙われたのだろうか。

 基本的に、妖は夜に行動する生き物だ。あの時間に人間を襲うなど稀である。ましてや妖祓が傍にいると分かっていながら、人間を襲うなんて自殺行為も良いところだ。


(それに、ここ数日ショウの様子が何かおかしい。特にさっきの、あいつ……)


 急に具合を悪くしたり、ぼんやりと上の空になったり。

 なにより、雀を目した翔の表情はいびつであった。あれを本気で欲しがる横顔は獲物を狙う獣、雀に対して食欲に駆り立てられていた。

 しかも本人は口走ったことを憶えていないときた。


(まさか。取り()かれているんじゃ……)


 懸念が強まる。

 なんだ、この言い知れぬ嫌な予感は。


「ショウくん。ちゃんと家に帰ったのかな? ちょっと電話してみるね」


 飛鳥も不安に駆られたのだろう。

 携帯を取り出して翔に連絡を取り始める。飛鳥のことが大好きな翔だ。彼女が電話をすれば、すぐに出るだろう。正常な状態の翔であれば。


(何も起きてくれるな)


 これは杞憂であってほしい。

 心から願う朔夜だが、青くなる飛鳥の表情がすべてを台無しにしてくれる。


「飛鳥、どうしたんだい?」

「……いないの」

「え?」

「ショウくんの携帯に電話を掛けても出ないから家に電話したの。そしたらおばちゃんが出たんだけど……ショウくん。いないって」

「なんだって?」


 息を呑んでしまう。


「あいつ、家に帰ってないのかい?」


「ううん。帰って来たらしいんだけど、すぐ家から飛び出しちゃったんだって。しかもショウくんが家を出る直前、不気味な音が聞こえたと思ったら、一斉に窓が揺れる怪奇現象が起きたらしいの」


 ふと朔夜の脳裏に数日前の出来事が蘇る。

 先程のコートの切れ端と、翔と交わしたコートのやり取りを思い出す。

 翔はお気に入りのコートをダメにしたらしく、父親のお古を着ていた。お気に入りのコートはどうしたのだと尋ねると、彼は青褪めたように口を閉ざしてしまった。見て分かるほど動揺していた。


(まさかショウは……妖が起こす物騒沙汰に巻き込まれているんじゃ)


 この切れ端が翔の物である確証はない。

 されど、翔が狙われた事件と、コートのやり取りと、彼らしからぬ表情。この場に落ちていたコートの切れ端がパズルのピースのように合致する。


「飛鳥。ショウを……ショウを急いで探そう。あいつの身に何か起きているに違いない」


 険しい顔を作る朔夜に感化され、飛鳥は硬い表情で頷いた。


「まずは妖鳥がいた大通りに戻ろう。ショウくんの手がかりがあるかもしれない」

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ