Novice & Fugitive 9 豪炎
殺風景な部屋、なのはいい。俺はその部屋の状況に目を疑った。
黒い。真っ黒だ。入口から数歩から向こうは全てが真っ黒に……焼け焦げていた。
「こりゃあ……」
「おっ、やっぱ来たか」
「!」
身構える。さっきの低い声……ではあるが、大分ひょうきんな響きを覚える。
「まーまー、そう構えんなっての」
「……誰だ?」
「あん?」
「お前は誰かと聞いている」
「んー?俺はアンタが誰かも知りたいんだが……生憎ここは暗くてかなわねえしなあ?」
ぼうっ、と火がついた。焦げた机に腰掛ける人物が目に付いた。
「お?」
「……んだよ」
「おお?!」
向こうが逆に驚いているようだ。どこかで……会ったか?
「なんだ、誰かと思えばカールじゃねェか」
「……お前は、誰だ?」
「あれ、覚えてねェ……心外だな」
「こっちは未だにお前の顔が見えないんでな」
「あァ!そりゃそうだ!さすがに声だけじゃ判別つかねェよな」
どことなく、耳障りな声。いや、俺が聞きたくないような……そんな……。
「ほれ」
フードを後ろに乱暴にかきやった。そこには……
「……ッ!」
「やっと思い出してくれたみたいだなぁ……悲しいぜ、4年ちょいと……あら、もう4年も経ってんのか、そりゃ忘れるな」
「ボレロ……か?」
赤茶の髪。傷だらけの無精髭、不敵な面構え。最後に見た時より大分やつれているように見える。
「おうおう、久しぶりだな、カール」
「お前、生きて……っ」
とっさに首を傾ける。背後にトスッと、何かが刺さる音がした。
「……の様子だとさぞかし元気なんだろうな」
「お前もあれを避けるとなるといよいよ人間やめてんじゃねェの?」
予備動作は見えなかった。だが、何を、どこに投げるかは予想がついていたからなんとか避けられたものの……。
背後のドアに刺さっているナイフをちらと見て、すぐにまたボレロを見据える。
「……だが、つまんねェな」
「何だよ」
「俺らとやってたころのアンタはもっと、こう……ギラついてたよなァ?」
「丸くなった、とでも?」
「あぁ、そうだ。丸くなったとでも言うかね……そんなに縮こまって丸く転がっちまってよォ」
「……は?」
「アンタ、あの頃より弱くなったな」
「言わせておけば……」
「ま、そんなこたァどうでもいいんだ……随分といい暮らししてるらしいなァ、おい」
「おかげさまで」
「俺達が半殺しにされてから……さぞかし楽しかったろうねェ、アンタは」
「おいおい、逆恨みもいいとこだ」
「うるせぇな、裏切り者」
その言葉が、チクリと胸を刺す。聞き慣れた言葉だが、ここでも聞くことになるとは。
「んで、あれから何してたんだよ」
「はァ?あの後は政府の医療機関で治療されて、戦争終わったとかぬかされて軽く路頭に迷ったぜ?」
「へえ、ご苦労なこって。で、就職でもしたのか?」
「するか、ボケ」
たわいもない会話。だが、俺はもういつでも撃つか斬るかができるようにジリジリと位置を変えている。いつボレロの今の仲間が戻ってくるもわからない。
「俺らは居場所を奪われた。傭兵っつー天職は……なくなった」
「暇なら悪魔でも狩ってろよ」
「はァッ!悪魔ね!」
ガタン、と近くの元々椅子だったものを蹴っ飛ばす。
「お前が無職になったのも、そもそも瀕死にされたのも、その悪魔のせいだろ?」
「わかってねえ……わかってねえなァ、おい」
「わかりたくもない」
「俺達は世のため人のために戦ってんじゃねェんだよ」
「そうだな」
「てめぇみたいな……中途半端なヤツとは違ェんだ」
「そうかい……で、今何してんだよ、お前」
「今、ね……」
「さっき俺に悪魔をけしかけたの……お前だろ」
今ならはっきりわかる。あの不鮮明な低い声……目の前の男が発したものだ。
「正解ィ。ま、俺もそん時はまさかアンタだとは思ってなかったがな」
「と、なるとこの騒ぎはお前の仕業か」
「騒ぎ?ハッ、この惨状で騒ぎ程度とは……」
「ぬるいね、か?」
「あァ、ぬりィぬりィ。まだまだ……俺達は始まったばかりなんだからよォ……」
そう言うとボレロは外に目を向ける。その表情は一瞬曇る。
「悪魔をどうやって手駒にしたかは知らないが、その様子だとお前が今回の首謀者で唯一悪魔に指示できると見て良さそうだな」
「首謀者、ねェ。俺がそんな難しいことできると思ってんの?」
「いや?4年の間に少しは足りない頭も補充されたんじゃないかとね」
「まぁ、実行犯という意味では俺が今回の首謀だ。俺を倒せばめでたく悪魔は統率を失って敵味方構わず暴れて、そこを教団がおいしいとこ持っていってハイおしまい、っていう寸法だ」
「お前らの、目的は?」
「さぁ?俺はただの傭兵だからなァ、詳しいことは知らねェ」
「いいように使われてるじゃないか」
「……が、俺達のデモンストレーション、試金石とのことらしいからな」
表情から余裕が消えた。来るか?
「俺は、ここで失敗するわけにはいかない。そのためにも力を手に入れたのだから」
「へぇ、じゃあそろそろお前殺してもいいかな?」
「やれんのか?」
「ま、今の俺も雇われだし……失敗するのは避けたいもんだしな」
「そんじゃ、いっちょ殺るとしますかね」
その言葉を合図とばかりに、俺は低姿勢で踏み出す。
「おうおう、やる気十分じゃねェの!」
この距離であいつを撃つのは多分不可能に近い。だったら……!
「……ふっ」
腰からナイフを取り出し斬りかかる。
「やっぱそうなるかァ」
同じくナイフで受けられる。金属音とともに、お互いに力を込める。
「この場所で刀は……幾分不便なんでね……!」
「いい判断だ……だが」
ナイフに込められていた力をふっと抜かれる。そして俺の重心が少し前に傾いたその一瞬、俺の視界は反転する。
「人間相手に戦うのは久しぶりか?」
「あぁ……さっきぶりだね」
投げられた。部屋の中央から窓際まで一気に飛ばされたようだ。
「全く……接近戦を挑む時一番気にするのは体術だって教えただろうがァ」
「そういや……そうだったな」
「まぁこれからゆっくり料理してやりたいところなんだが……そうもいかねェんだわ」
「……?」
「俺の今回の目的は破壊。アンタを殺すことじゃねえ」
「お?改心フラグか?」
「なんだよフラグって……まぁいい。とりあえず邪魔だし、消えてもらうとするわ」
「結局殺してんじゃねえか」
「アンタを殺すとしたらだ……もっと、もっとだ……身動き取れないようにして、じわりじわりと、死にたくなるまでいたぶってから殺してやるよ」
「期待しないでおく」
「だから今は……これで勘弁してくれェや」
「……!」
まさか。
俺は目を疑った。ヤツが取り出した、六角形の……真っ赤な……塊。
「炎の……コア!」
「消し炭に……なっちまいなァ!」
一瞬迷う。消息不明の炎のコア。それが今、目の前にある。あれが、あれが俺には……!
……俺はすぐに窓に向かって銃撃しながら飛ぶ。派手に砕け散った窓から、飛び出す……!
「熱ッ!」
身を捻って背後を……見……。
……な……!
熱い。熱い。目の前に、炎の壁が……!
すぐに爆風が俺の身体に並々ならぬ加速度を与える。
「ぐ……ふッ?!」
まずい。すぐそこの電柱に飛びつく予定だったが、このままじゃ落ちる!
下にはさっき吹き飛ばした4匹の悪魔が、落ちてくるであろう肉塊……俺を見つけて目をギラつかせている。
……吹き飛ばした?
なら、逆もできるだろ。加減はわからないが、このままだと確実に死ぬ……ッ!
(そうだな、じゃあ死のう)
……心の声がした。そうだ。死ぬなら今だろ?
(もう生きている意味なんて、ないだろ?)
そうだ。そうだ。死んでしまえば……ここで……
……
「ボルカノ」
ふと、懐かしい、安らぎを覚える声を聴いた気がした。
そうだ。あの声を、あの声の持ち主を、俺が……
蘇らせるまでは。
「……ッおぉ!」
風のコアを展開する。なんでもいい。俺を、殺すなよ……!
ぐん、とまた身体に強烈な加速度がかかる。これは……キツい……!
「……ぐっ」
どさり、とアスファルトに着地。口の中に血の味がする。
「なんとか……なったか」
周囲を見渡しながら起き上がる。全身が痛い。畜生……だが、駆動に関しては問題なさそうだ。
悪魔達はさっきの突風がよほど効いたのか、警戒している。
「さっさと片付けねえと……」
吹っ飛ばされた衝撃で銃はどこかに落ちてしまったようだ。刀で……いや、4匹のリザード相手に刀一本じゃ……。
「止むを得ないな」
俺は風のコアに念じる。風属性……切断特化……なら……
切り裂く形。剣。手数。
俺の左手に、透き通るかのように薄い、双剣が握られていた。
「本当は双剣は趣味じゃないんだかな……」
背後で大きく風が動くのを感じた。すぐに振り向き、横転しながら右手にも剣を持つ。
「……ッ」
飛びかかってきたリザードをすれ違い様に斬りつける。
「……やべっ」
手応えがなかった!スカしたか……?
リザードは着地するとすぐに振り向き……
「ゴぷァッ」
血を吐いた。
それをトリガーに、すぐさま腹がパックリと割れ、大量の血と臓物をばらまかれる。
「お、おお?」
手応えがなかったんじゃない。切断力が高すぎて抵抗がなかった。
「うへぇ……あの出血じゃ、再生もへったくれもないな」
悪魔は再生能力は、血液量に比例する。
だから教団は悪魔を狩る際に急所をピンポイントで狙う銃よりも、大量出血を誘発できる刃物を推奨している。
「しかし、そうとわかれば……」
俺はすぐさま最も近い悪魔の元へ疾駆する。
双剣のうちの片方で凪ぐ。無論、ガードされるが……刃はすり抜けるかのように振り抜けた。
悪魔が守ったのは首だ。俺はそこを狙った。
「ちゃんと斬れてるよな?」
パクパクと、何が起きたかわからない悪魔の口が開く。
俺はそれを回し蹴りで吹っ飛ばした。
「……うは」
頭と両腕、綺麗に切断されたそれが転がり、首から大量の血を噴き出しつつ身体の方が崩れ落ちた。
「よし、次」
……ん?3匹目、いやに赤くないか?
「ガぁッ!」
リザード……いや、サラマンダーの口から炎が噴出する。
「うおッ……と」
油断していた。とっさに退いたからいいものの、踏み込んでたら今度こそ消し炭になるとこだった。
サラマンダー。炎属性のリザード。無属性に比べるとフィジカル及び耐久に劣るが、非常に高い体温と火を吐くことができる。
赤、といっても相当くすんでいるため見分けは困難だ。
「近づかせないつもりか」
なるほど。考える所があったということだな。感心感心。
「……だが」
「ガぁぁッ!」
再び炎を吐く。俺は今度はそのまま突っ込む。
既にコアは元の形へと戻り、俺の命令を実行している。鋭い風が、炎を裂く。
「がッ?!」
「甘い甘い!」
炎を吐くために大きく開いた口に、刀を叩き込む。脳天串刺しだ、この野郎。
「ガ、がぷァッ」
痙攣の後、サラマンダーがガクンと膝を折った。
「ラスト一匹……ってうおお!」
目の前。爪、牙。やばい。
「ええい!」
コアを考え無しに適当に解放する。とりあえず凌げれば……
ゴウッ、と明らかに風のそれではない音がした。
「……?」
リザードが……消えた?
「あ」
遥か向こう、500mくらい先に何やら落下する物体。
「あちゃー……」
飛ばしすぎた。確か……人質うんぬんってあっちの方じゃなかったっけ?
ま、いいや。今はそんなことより……。
「……なッ?」
さっき自分が落ちてきたビルの4階……だった部分を見上げた。床と壁、爆炎の範囲内にあったものが全て溶けている。
「おいおい、あれ直撃してたら消し炭すら残らないだろ……」
『おっ、さすがにしぶといなァ!』
「!」
さらに上を見る。ボレロが屋上から見下ろしていた。
「お前、それをどこでっ!」
「これ?あぁ、この炎のコアのことか?!」
「そうだよ、一体どこで!」
「教える義理はねえな!それに、俺はアンタに構ってるほど今日は暇じゃねェんでな!」
「な……」
「じゃあな!裏切り者ォ!」
そう言うと、ボレロはさっとビルの向こうへと消えていった。
……追いかけるか?この身体で。せっかく炎のコアが見つかったんだ、この命くらい……
……いや、冷静になれ、手負いで倒せるほどボレロは甘くない。今は……今は、まだ追う必要はない。
それに、奴はこれをデモンストレーションと言った。これから先も出くわすことはあるはずだ。
「とりあえず、今は……」
とっさに振り向く。
……!おい、それはないだろ……!
迂闊だった。
サラマンダーが2回目に吐いた炎。それが、どこに当たったかくらい考慮しておけよ……
背後に感じた動き。さっき車に埋めといたリザードが、サラマンダーの炎で抜け出して襲いかかってきていた。
とっさに前に重心を寄せるが……間に合わ……!
高らかに銃声が鳴り響く。俺の後頭部を狙ったであろうリザードは、軌道を横に逸らされもんどりうって転がった。
「……?!」
そのリザードには頭が既になかった。否、吹き飛されていた。
「何が……」
銃声がした、その方向へ振り向く。
炎上しているビル。恐らくサラマンダーによるものだろう。
その屋上、給水塔の上、炎に真っ黒なコートをはためかせながら、同じく真っ黒な銃を携えた女……。
そう、「黒い女」がそこに立っていた。
・サラマンダー
リザード種派生、炎属性。通常のリザード種に比べて、仄かに赤い。肉体面では通常より劣化しているが、全身から放つ高熱、岩をも溶断する爪、そしてやすやすと金属を溶かす炎はどれも脅威となりうる。
また、腕部に劣化した翼のような器官が見られる。
・コア
この世に悪魔が現れたと同時に各地に突如出現したとされる、霊子の塊。本来エネルギーとしてのみ存在する霊子が、実体を持つまでに高濃度圧縮されたもの。
半励起状態を経ずして励起状態の霊子を供給可能。だが、その属性はコアによって固定である。何らかの手段で制御しない限り、霊子を放出し続けるため自然に放置されているコアには悪魔が自然と寄りつく。
8つの属性それぞれにコアがあるとされるが、半分以上は行方がわかっていない。また元々は1つで、全て集めて1つに戻すことで願望器になるとか、世界が滅ぶだとか、全能の力が手に入るだとかやぶさかな噂が絶えない代物でもある。
現在、教団が直接に光属性、間接的に風と雷属性を管理している。