Novice & Fugitive 5 未練
何だか大変かつ面倒なことになった。端的に言うと、俺がコア収集のため教団に居続けるためには、本部に戻るか実績を上げるしかないということらしい。
横暴だ、というなら、支所活動でここまで好き勝手やらせてもらっている俺のことだから当たり前といえばそうなのだが。
そんなことをぼやきつつバイクで城下町へ向かう。あの姉弟に半ば強引に約束を取り付けられたし。いや、姉か。
教団の城下町。教団というが、もはや教団が所有する土地は国のレベルに達している。故に関係者や被害者なとが住む城下町があり、その周囲に牧場や農場がある。教団本部や寮も含め完全な自給自足だ。
故に、ほぼ外部の支援なしで活動できるのが教団の利点であり、国や地域相手に稼いだ莫大な金を惜しむことなく団員の待遇や武装、研究や施設の充実に充てることができる。
まぁ、最近はその独立性と宗教性のせいで政府からあまりよく思われていないのが現状だ。とはいっても国防の要、おいそれと蔑ろにできない。それに地理的にも首都の真北である以上、教団が本気でかかれば首都なんて1日もたないし。
そんなこんなで特権のままのさばっている教団なわけですが。
「広すぎんだよ……」
どこまで行っても草原。なんて清々しい景色なんだ!素晴らしいね!
正規団員なら地下鉄が使えるんだが、あいにく俺は使えない。いや、正確には使えるんだが使いたくない。人目が多い本部であれなんだ、人目が届きにくい地下鉄とかもってのほかだ。
いくらかは人とすれ違うが、現役時代はほとんど地下鉄利用だったし城下町に住んでたわけでもないから面識はない。
そういえば、説明するのを忘れていた。もはや、自分でも誰に説明しているのかイマイチわかってないがまぁいいとして、俺は外見上かなり目立つ。どれくらい目立つかというと、街中を白髪赤眼の男が闊歩してるくらい目立つ。というかそれが俺。恐らく俗に言うアルビノ、なのだろうか。色白という観点からいくと俺の人種はリディア人なのだが、髪の色まで白いとなるとそれはもう突然変異だとか病気だとしか思えない。
俺の教団における名前、「ボルカノ」もカールとアルビノを掛け合わせて命名した、とのことらしい。
「……お」
そうこうしているうちに城下町が見えてきた。風車が目印だ。
さすがに人がいないだけあって全速力で飛ばせる。路面状況はいささか悪いが。城下町には結局2年以上前から訪れていない。本当に久しぶりだ。
だが、今日俺があいつらに会いに行くのはおしゃべりするためじゃない。もう俺が俺でないことをわからせるためだ。
場所は変わって教団本部、地下鉄駅前。陸とユーグ、もとい……。
「では、陸さん 今日はありがとうございました」
「おう、その制服を来ていればお前は教団訓練生として扱われる、身分の証明になる」
「これで安心って、ヤツですね」
「……そうでもないぞ?」
「へ?」
「お前も今の教団に対する世論は知ってるだろ?」
「あまりよろしくはないですよね」
「まあ、そんなんだから大手を振って教団です、と示すのは難色だな」
「なるほど、じゃあこれの上にさらに上着でも羽織ります」
「そうそう、必要になった時だけ見せつければいいんだ」
「わかりました、ではそろそろ電車の時間ですし……」
「最後に1つ」
「はい?」
「ボルカノとやっていくことに関して」
「一番の不安要素ですね」
「そう言ってやるなよ、それこそ根はいいヤツなんだから」
「そうですかね?」
「まあ、ともかく滅茶苦茶な奴だがわきまえてるとこはわきまえてる。やり方としては“偽善”だとか“活人剣”みたいなものと思ってくれればいい」
「自分なりの正義の基準がある、ってとこですかね?」
「正義ってほど大層なもんじゃないさ、それにあいつはどちらかというとならず者タイプだろ」
「そーですね、正義のせの字もなさそうです」
「お前、ボルカノに対する評価低くね……」
「まぁなんとなくあの人とは相入れないと感じたので」
「うまくやってく気ないのかよ……」
「まずくはしません」
「へっ、じゃあ1つ忠告。あいつが願望器に懸ける願いに関してだが」
「知ってるんですか?」
「二択に絞っただけだけどな、1つは“記憶を取り戻す”こと」
「……まぁ、それならあそこまで躍起にもなれますね」
「もう1つは……可能性としては低いし、考えそうもないことなんだが……“ある人を蘇らせる”だな」
「……蘇らせる?」
「詳しくはあいつの逆鱗に触れるから話せない。でも、もしそっちが目的だったとしたらあいつは自分の命すら厭わないだろうな」
「そんなに彼にとって大事な人だったんですか?」
「ん?まぁ、あいつがああなっちまったのもそのせいみたいなもんだし……相当デリケートな問題だ、間違っても触れるんじゃないぞ」
「……わかりました」
「念を押しておくが、あいつは本当にそのことを指摘された時に数人を半殺しにしたこともある。むしろ身を守るためにも迂闊にはならないことだ」
「陸さんがそこまで言うのであれば余程なんでしょう、留意します」
「じゃ、俺からはこんくらいかな」
「はい、忠告ありがとうございます」
「そうかしこまるなよ。じゃ、これからお前は“ユーグ”じゃなくて“ジグ”だ、頑張れよ」
「はい、お先に失礼します」
そう言って電車にそそくさと乗り込む「ジグ」を、不安と少しの疑念を抱いて見送る陸だった。
話を戻して。
城下町の孤児院についてバイクを停めるとすぐにあの2人が出てきた。
「ボールーカ……ぐえっ」
「ほら、また避けられるよ」
ソアラ及び首根っこ掴まれたソオラ。
「全く、2人とも去年はさっぱり顔見せなかったくせにどうしたんだよ」
「えーっと……」
「ボルカノさんが……その、2年前のことを誰かに言われてその人を、怪我させちゃった時だったので」
「あー……わざわざ言い方選ばなくてもいいよ、挑発してきたのは向こうで、ボコったのは俺なんだから」
「でも!それでボルカノ先輩が懲罰ってのはおかしいよ……」
「いいんだ、いい感じに本部との距離を置けたし何より俺に対してちょっかい出してくる輩がほぼいなくなったしな」
2年前から俺は支所活動をしていたが、1年毎に必要な手続きうんぬんをまとめてやろうとして去年、本部を訪れた時に俺を「あること」で挑発した輩がいて、それでブチ切れた俺はちょちょいとそいつらを医療棟送りにして見事それで謹慎処分を食らい、不貞腐れた俺はそのまま諮問議会をすっぽかして帰ったのだった。っていう一連の流れ。
「あの後は大変でしたね」
「そうだよ、ボルカノ先輩のことを悪く言う人がいっぱい出てきて大変だったんだよ!」
「悪く言うも何も悪いのは俺だろ……」
ソオラの俺に対する一種の崇拝に関してはたまに怖くなることがある。
「だから何人かは懲らしめたんだけど……」
おい!何やってんだお前は!
「そのせいでボルカノさんの評判、というか悪評がさらに加速してしまいまして……ホントに姉がすいませんでした」
「ごめんなさい!」
なんだこの構図。孤児院の前で年端もいかない制服姿の少年少女が私服姿の青年に頭下げてる。はたから見ると完全に俺悪者じゃん。
「こんなとこで深々と頭下げるもんじゃない、立ち話もなんだし中でゆっくり話そう」
「あ、そうですね……すいません」
「え、今日はゆっくりしていくの?やったー!」
お前は少しは自重しろ。
「ここも久しぶりだな……」
孤児院の中は騒がしい。何せ孤児だ。寂しかったり怖かったり悲しかったりでとてもじゃないがまともな精神状態の奴がいない。
「あら、ボルカノじゃないですか」
聞き覚えのある、柔らかい声。
「アリーヤさん、ご無沙汰」
「随分と久しぶりじゃなくて?とりあえず、上の部屋へ」
「ああ、そうさせてもらう」
ここの院長を務めるアリーヤ。そろそろ壮年に達する女性で、俺は何度か世話にもなったし世話もした。が、それも昔の話。
彼女自身も元々孤児で、そのまま成り行きでここを任されたらしい。元から子供の世話は得意だったと聞くが、少し見ないうちにちょっとやつれた感じがある。
『あ、ボルカノだ!』
走り回っていたうちの一人が俺に気づき、思い出したのか大声で言った。
……まずい。
「ボルカノじゃん!」
「久しぶり!」
「どこ行ってたの?」
「元気してた?」
あっという間に取り囲まれた。これだから子供は……
「おほほ、相変わらず人気者ですね……ソオラ、ソアラ、先に上でお茶でも用意してあげてください」
『了解!』
2人同時にそう言うと姉弟はダッシュで上階へ。俺を置いていかないでくれ。
「ねーねー遊ぼうよ!」
「ダメー!私が先よ!」
「うるさーい!」
「そうだそうだー!」
あー、収集がつかない。めんどくせぇ……。
少しの後、俺に集る塊からちょっと離れた所にいる女の子が無邪気な笑顔で俺に聞いてきた。
「あれ?今日、お姉ちゃんは?」
「……!」
俺の苦笑いが一気に硬直した。汗が噴き出る。おいおい……そんな顔で、そんな軽さで、そんなことを言うな……!
「ほらほら、ボルカノお兄さんは今日はお話に来たんだから、邪魔しないの」
アリーヤが俺の周りに集っていた子供達を散らしてくれた。最初はしぶっていた子供も、アリーヤが小声で何か囁くとぎょっとして走り去った。
「……さ、行きましょう」
「……」
「ごめんなさいね、許してやってとは……言わないわ」
「……すまない」
こうして俺はなんとか感情を堪えると、2階に上がった。
「はい、ボルカノさん。気分の落ち着くお茶です」
「ソアラ……お前はエスパーかなんかか?」
「いえ、ただの地獄耳です」
「そうか……」
「ボルカノ先輩……なんか……ううん、ごめんね?」
「あぁ、いいさ、別に」
しばし沈黙。
「ボルカノ……その、心身の具合はいかがでしょうか?」
アリーヤが口を開く。心身、ね。
「まあ、もう見境なく暴れるなんてことは……多分ないさ」
「それならいいのですけど、むしろお酒や生活に関して……」
「酒はもうやめた。飲みすぎて……飽きた。生活も概ね健康さ」
「よかった……去年見た時より大分良くなってて、安心しました」
アリーヤは去年騒動を起こして議会をすっぽかした帰りに出くわした。その時の俺はやつれてるどころの話ではなかったので会話もなく俺は帰ったわけだが。
あー……そのことを聞いてこの姉弟は会いに来るのをためらったわけか。
「心配かけて……すまなかったな」
「いいんですよ。心配するのは勝手、ですから」
姉弟が居心地悪そうにもじもじしている。そろそろ話題転換が必要かな。
「そういや、大分孤児の数が減ったみたいだが、どうしたんだ?」
孤児が減る。それ自体はいいことだ。教団が引き取ったり、他に引き取り先が見つかったり。だが気がかりだった。孤児が増えていないのだ。
「さっきも俺のことを知らない奴、つまりは新入りはほとんどいなかったと思ったんだが」
3人が一斉にうつむく。まずい。チョイスをミスったか。
「それが……ボルカノ、あなたがいなくなってから孤児は一切増えていないんです」
「……?いいことじゃないか」
「違うよ!そうじゃなくて……」
「ソオラ、今は私が話しています」
「うん……」
「で、どうしたんだ?」
「2年前までは、あなたがあちこちから助けてきた孤児でここは溢れかえっていたんです」
小っ恥ずかしいことに、俺はああいうのを見ると放っておけないタチだった。昔は。
「でも、あなたがいなくなってから、孤児はここに来なくなりました。というか、そもそも教団側が孤児を回収しないのです」
「……!」
悪魔によって親を殺された子供のアフターケアも兼ねて、城下町には複数の孤児院がある。俺はよくなんとなく居心地がいいという理由で入り浸っていて、よく任務で違反して保護した子供を押し付けたりしてた。
「それってつまり、俺が辞めてから教団の方針が変わった、ってことか」
「そのようです。私は正確には外部の人間なので詳しいことはわかりませんが……」
おいおい、教団のイメージ向上に繋がる行為をみすみす止めるとは……。
「あとは減る一方、です……やはり、あなたの存在が大きかった」
「……」
大方、俺のやり方を嫌った輩が影響しているのだろう。教団も腐ってきたもんだ。
「やっぱり、もう戻ってきてはくれませんか?」
「……あんたを困らせるつもりはない。だが、俺はもう……そんなことをできそうにない」
「そうですか……いえ、図々しかったですね。申し訳ありません」
「謝るな、俺が駄目になっちまったのが悪い」
「あなたはいつもそうです。少しくらい、こちらのせいにしてください」
やはり、この人には勝てないな、と思う。考えてることを全て看破されてるようだ。
「……そろそろ子供達の相手をしないと。ボルカノ、ごめんなさいね」
「いいさ、別に」
「では」
アリーヤは丁寧な動作で部屋を出て行った。
「……ボルカノさん」
「ボルカノ先輩……」
「悪いな、暗くして……やはりソアラも、ソオラも、もう俺には関わらない方がいい」
「何で!私達は……」
「俺のことを信じてるのはわかる、わかってはいるんだが……」
そう、わかっては、いる。
「もう俺はその信頼には応えられない。俺はもう、お前らに頼られるだけの器じゃない」
「……ッ」
「俺は、もう死んだみたいなもんだ。今日は、それだけ、伝えにきた」
姉弟は黙っている。ショックを受けるのは仕方ない。だが、俺はもうこいつらが……重い。
「じゃあ、もう行く。もうしばらく来ないだろうな……」
俺は席を立つ。姉弟は、何も言わなかった。これでいい。変な期待させても仕方ない。
帰りは俺とアリーヤのただならぬ気配を感じたのか、子供達は寄り付かなかった。
「さて、帰るか」
どこに。何もない俺の家に。
「ボルカノ先輩!」
「ボルカノさん!」
姉弟が出てきた。見送りかな?
「なんだ、見送りならいらないぞ」
「確かに、僕達が知ってるボルカノさんは、もういないのかもしれません」
「ソアラ……」
「ですが、僕達は……まだ子供です。僕達は、あの地獄から僕達を救ってくれたあなたを、信じています……子どものわがままだと、思ってください」
「うん……わがままだけど、私もそうしたい」
「お前らなぁ……」
やっぱりお前ら、俺には重いよ。
「ボルカノ」
アリーヤも出てきた。顔は曇っている。
「あんたは笑ってる方が似合うぞ」
「こんな顔にしたのはあなたでしょう」
「ははっ、それもそうだ」
バイクに跨る。ここにいると疲れる。昔と違って。
「ボルカノ、私は……信じていますよ」
「……何を」
「今はまだ無理でも、いつかはきっと、乗り越えられると」
「あんたが言うと重みが違うな」
そう。ずっと一人で、やってきたあんたが言うと。
「だが、無理だ」
俺は、そんなに強くない。
「そんなこと言わないでください。じゃあ、言い方を変えます」
「変えても……」
「どこかで、困ってる子がいたら、私に押し付けてください、お願いしますね」
やっぱり、この人には勝てない。そう、思った。
どうにも面倒なことになった。この1年、人を自分からできるだけ遠ざけるように心がけてきたのにまだまだ足りないらしい。
「わかりました、よ」
俺はエンジンを大きく震わせる。気のせいか、少し調子がよくなっているように感じた。
「ボルカノ先輩」
ソオラがこちらに近づいてくる。顔色はあまりよくない。
「……またね!」
無理に笑って、元気を装って、彼女はそう言った。
やめてくれ。俺に善意を向けるな。そんな風に。
「ああ」
俺は、そう応えるしかないのだから。
・地下鉄
首都を中心に広がる公共交通機関。教団も独自の路線を持っている。便利ではあるが問題も絶えず、特にスラム周辺の駅は常にごろつきどもが集まる溜まり場となっているため停車駅から外してほしいという苦情が後を絶えない。
使われていない路線や地図にない通路など不透明な管理が目立つ。
・城下町
教団の所有する自治区。小規模ではあるが経済、施設、環境全てが豊かで広々とした開放感のある町。教団の管理下なので治安に関しても言わずもがなだが、全権を教団に委ね、必要とあらば全てを捧げるその姿勢のせいか外部からの移住者はほとんどいない。
数少ない魔術師の鍛冶を擁することでも有名。豊富な資源と労働力を生かし、教団に良質な金属を提供する。
本部から地下鉄が通っている。また、厳密な審査のもと、首都に向けて1本だけ路線がある。
・通名
教団に入るとそれまでの戸籍来歴は概ね抹消され、新しい名前が与えられる。大体は自分の名前のアナグラムだとか何かにちなんだものを使うが、稀にド派手な名前や本名をそのまま使ったりする輩もいる。
皮肉を込めた言い回しが多いのも特徴。
・制服
教団指定の制服。訓練生は紺色、戦闘部隊は黒と青、開発部、情報部は緑と青、医療部は白、広報部、司令部、外務部は白と赤の色を着用し、諜報部は指定なし。
制服というもののデザインは豊富で、改造も公衆良俗に反しない限り概ね自由。無論、戦闘部隊は防御と機動を重視したりとそれぞれの役割に合った構造をしている。