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Re verse  作者: さいう らく
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Raid 9 優曇

 


「本当に、何やってんだ俺は」


 事務所の2階、自室。飾り気のないその部屋の寝台に横たわる、あどけなさを感じる寝顔を眺めつつ、俺は一人ごちる。

 あの後、年頃の女性を放っておいても問題ない場所を探しつつ帰路を辿っていたが、考えてみればこの首都にそんな場所はあるわけもなく、そのまま事務所に着いてしまった。そこまで来たらもう路上に放り出すわけにもいかず、1階のソファーに寝かせようとしたものの捨て去ったはずのプライドが首をもたげた結果、彼女……ヘレナを俺の寝台で寝かせることになったわけだ。


「……ったく」


 らしくない。陸にでも知られようものなら抱腹絶倒だろう。

 本当にコイツにはペースを乱されっぱなしだ。


「ふにゃあ……」

「……」


 何者なのだろうか。彼女は。悪魔を飼う憑き者であり、アトラスの傭兵であり、首都を騒がせた黒い女であり、6年以上前の記憶がない記憶喪失でもある。


 そして、さらに俺と共通するところは、右脚が義足であるところだった。背負っている時にいやに右に重心が偏っている感覚は、家に上げるにあたって靴を脱がせた時に確信になった。中から無機質かつ武骨なフォルムが姿を見せたのだ。


「ここまで偶然が、果たしてあるもんかね」


 俺の過去に、何か関わりがあるのか。あったとしても、彼女も何も覚えてないので意味がない。

 現状、俺の過去に辿り着くための手掛かりはあのダウナーな男だけだ。


「……って、何を言ってるんだか」


 もう記憶などどうでもいいのだ。俺は自分の罪の清算と、頼まれたことだけこなせば後は死ぬだけなのだから。

 どうやって死のうか。自殺は癪だし、ソーマか忌地あたりにでも渡って悪魔に殺されるのも悪くない。

 その前に恨みを買った誰かしらに刺されたりはしそうだが。

 そう考えると、このなかなかに死ねない身体が億劫に思えてくる。




「……る……行か、ないで」

「!」

「ひとりに、しないで……むにゃん」


 紛らわしい寝言を……。


「ん?んぅ……?」


 彼女の目がゆっくりと開かれる。その瞬間、寝ている間のあどけなさは霧散し、美しい顔つきが現れる。


「起きたか」

「あれ?……ここ……え?」

「……俺の家だよ」

「え……あぇ?!……ッ痛」


 事態を把握したのか、飛び起きようとした彼女は顔をしかめる。


「どうした」

「どうもこうもこっちが聞きたいんだけど……もしかして」

「もしかして?」

もう一人(・・・・)の私に、会った……?」


 ここでのもう一人とは、言うまでもなくあのエレンと名乗った人格のことだろう。つまり、彼女もまた多重人格であることを認識しているということか。


「ああ。エレン……と名乗っていたが、それでいいのか?」

「……ーーーッ!」

「?」

「なにか、変なこと言ってなかった?」

「変というか……電波的なことを言っていたな。よくわからん」

「ほ、ホントに?」

「ん?ああ」

「恥ずかしいことは言ってないよね?」

「世間一般的に恥ずかしいことはなかったぞ」

「なら、まぁ……よかった」


  ……今の発言からすると、もう一人が出ている間はヘレナの方からは認識できていないようだ。記憶の共有も行われていないようだし、やはり主格はあっちなのだろうか。


「んで?アレはなんなんだ?」

「アレって……まぁなんというか……よくわかんない」

「……」

「基本的に私の意識がない時に出てくるから第三者視点の話しか聞いてないの」

「例えば?」

「最初の頃は寝てる間に身の覚えがない悪魔との交戦形跡があったりしたんだけど、最近はないかな。というか気絶したのも久しぶりだし」

「あと俺の眼でも捕捉しきれないような動きしてたぞ」

「あー……だからか」

「?」

「あの子、私の知らない身体の使い方(・・・)するからさ……いてて。多分全身の筋肉が断裂するまで使い込んだな……」

「それは人間に可能な動きなのか……?」

「人間じゃないから、できるよ」


 しれっと言ってくれるなよ。全く。


「あなたも無意識に使ってるはずだよ?」

「俺が?いつ?」

「さすがに身体を破壊するような使い方はしてないと思うけど、なる前となった後で反応、出力ともに段違いでしょ?」

「……まあ」

「悪魔は霊子でできた身体を結合力を使って動かす。それと似たようなことが常時身体にはたらいてる……らしいよ?」

「らしいってなんだらしいって」

「アトラスで……って、いけないいけない。機密機密」

「そこまで言ったらもうバレるだろ……で、これからどうするんだ」

「これからって?」

「いや、目が覚めたなら出てってもらうつもりだったんだが」

「……えー」


 布団に顔を埋めつつ、彼女はじっとりした目を向けてくる。


「ボルカノのにおいがする。ふがふが」

「嗅ぐな。俺のベッドなんだから当たり前だろ」

「ん?ということはここはあなたの部屋?」

「そうだと……言ってはないか」

「うおお、大胆だね。今なら私身動き取れないよ?」

「……それがどうかしたのか」

「あ、ごめんなさいなんでもないです」

「何なんだ……」


 あかさらまに嗅ぐのはやめたようだが未だにすん、すんと鼻息は聞こえる。犬かこいつは。


「というか、完全に忘れてたけど助けてくれたってことでいいんだよね?」

「ん?俺はお前(・・)に頼まれただけだぞ?」

「わたし?」

「気を失った後は身体を頼む、ってな」

「……ああ、なるほど。あの子がそんなことを」

「まあそれになんだ……」

「?」

「借りは、返した」

「何か貸してたっけ?」

「ギルモア南部で、この前」

「あー、あの時」


 俺が撃ち漏らした悪魔を狙撃してくれた借りがある。向こうとしては助けるつもりはなかったとしても、だ。


「案外律儀だね。私は貸しとは思ってないけど」

「損はないんだから素直に受け取っておけ」

「ん。そうする」

「……」

「……」


 会話が途切れた。コイツが帰る気はないのはわかったから、そろそろ俺も寝るか?


「しかし、センスはいいとして殺風景な部屋だね」

「褒めてんのか貶してんのか」

「褒めてるし貶してる」

「……はぁ」


 首から上は無事なのか、人の部屋をきょろきょろと眺め回している。


「それで、その状態はいつ治るんだ」

「一晩寝ればなんとかなるかな。私が寝てる間に外に放り出したりしないでね?」

「それをやるならはなから連れてこない」

「それもそうか。たはは」

「とりあえず出て行く気がないことはわかったから、せめてさっさと寝ろ」

「そうだね。寝ます!どさり」


 そう言うと頭を枕に投げ出す。人の寝床で寝ることに抵抗がないのかコイツは……。


「って、ボルカノのベッドで私が寝たらあなたはどこで寝るの?」

「下にソファがある。寝ようと思えばどこででも寝れる」

「あらー、私がそっち行こうか?」

「自分で動けないくせにか?」

「う……」

「変に気遣うんじゃない。どうせ一晩だ」

「じゃあお言葉に甘えて。ふがふが」

「だから嗅ぐなと言ってるだろうが」

「えー……なんか、落ち着くにおいなんだもん」


「……っ」


 彼女がこちらを見てにんまりと笑う。


「えーと、おやすみ、だね」

「……ああ」


 灯りを消し、扉を少し震えつつ後ろ手に閉める。




「……ッ!」


 思わず壁を殴りそうになった。なんだ。今のは。俺は、何を感じた?!


「駄目だ」


 そんなことはあってはならない。俺はもう、誰のことも……。


「信じては、いけないんだ……」


 思わずその場にへたり込む。2年前のあの日から、俺は持てるもの全てを捨ててきた。

 俺が、のうのうと生きている資格なんてないから。けれど、あっさりと死んでもいい人間でもない。

 やり直しことはできない。俺は取り返しのつかないことをした。


 だから、あいつのことを……。


「……はっ」


 馬鹿らしい。死に損ないが何を期待しているんだ。そうだ。俺は、一人でいい。

 一人で、コアを全て集める。そして、何が何でも願いを叶えてやる。そうしてやっと、俺は死ぬことを許される。


「こんなことで、惑わされている場合じゃない」


 自分に言い聞かせるように口にすると、俺は立ち上がり、ふと自分の部屋の隣のドアを見やる。


「そういえば……最近はおろそかになっていたな」


 コアの情報が急に揃いだして、浮ついていたのだ。そうだ。誰だって、自分の目標に近づけば気が緩むものだ。


 俺は少し息を吸い、その扉に手をかけた。








「……ん、んぅ、んー」


 朝か……あれ、そういえば私昨日どこで……!


「……ーッ!」


 がばっ、と思わず身を起こす。体は少しこわばっているものの、難なく動いてくれた。


「ボルカノの、へや……」


 夢じゃなかった。朝日が差し込むその部屋は、私が昨晩見た光景と何一つ変わらなかった。

 昨日、急遽アトラスの依頼で首都に出た悪魔を遊撃して、オーガと戦ってる最中に意識を失って。

 ……また、あの子(・・・)に助けられたわけだ。


「……彼はどこだろう」


 霊子を映す右眼が起動し、ぎょろり、と下を向く。彼から発せられる、朱色の霊子が落ち着いたゆらめきを見せていた。恐らくここは2階以上で、彼はその下にいるのだろう。


「よっ、と」


 ベッドから降りて、服装を最低限整えようとしたところで。


「意外」


 大きな姿見、鏡があった。彼は身嗜みとかあまり気にしない人だと思っていたのだが。

 まあ、あるなら使わせてもらおう。


 鏡の前に立ち、寝てる間に絡まった髪の毛や、服を直していく。そこに映る私の顔には、ボルカノと同じように黒く染まった右眼があるが、これもまた見慣れたものだ。


「……ん?」


 ふと、鏡の中の自分の肩越しに、違和感を覚える。

 気になって振り向いた先には、壁に入ったヒビがあった。


「直さないのかな?」


 そもそもどういう理由でできたものなのだろう。

 ベッドの上に戻り、まじまじと見つめる。


「ん」


 寝っ転がって、左手をヒビに向かって伸ばしてみる。

 私の腕では届かなかったが、彼の長さならちょうどここに達する。


「自分で……殴った?」


 寝相が悪いのだろうか。確かに、あの義手で思いっきり叩けばこれくらいにはなるだろう。


「まぁ、私が気にすることじゃないよね」


 彼は深入りしようとすると、退いていってしまう。何かを恐れるみたいに。

 だから、彼に直接聞くようなことはしない方がいい。私はそう判断した。


「だけど、勝手に見る分にはいいよねっ」


 起き上がると私は、彼の机の上にあるものに目をつけた。

 写真立て……フォトフレーム。


「おやおや、写真を飾るなんて案外寂しがり屋なのかな?」


 裏返しで置いてあり、何が入っているかはわからない。


「どれどれ……」



 それを見た私は、思わず固まってしまった。



「え……なに、これ」



 その写真立てには、何も入っていなかった。そして、中央から周りにむかってびっしりと、ヒビが入っていたのだ。


「何のために、これを……?」



『お前はなんのために俺の部屋を物色してるんだ?』

「うひゃあ!」


 いきなり後ろから声が聞こえて、思わず飛び上がる。

 もしかしなくても、この部屋の主、ボルカノだ。


「……はぁ。そんなに元気ならさっさと出ていけよ」

「あ、えーと。勝手に見てごめんなさい」

「別に見られて困るものはこの部屋にないけどな……ほら、それ返せ」

「う、うん」


 彼は大事そうに、でも何か汚いものに触るようにも見える手つきで私から写真立てを受け取った。


「そ、それ……なんでそうなってるの?」

「あ?」


 しまった。思わず聞いてしまった。怒らせただろうか。


「あー、貰い物なんだよ、これ。大事だから壊れても捨てられなくてさ」

「あ、そーなんだ」

「それはともかく早く出て行け」

「あぅぅ……わかりました」


 これ以上はさすがに彼も黙ってないだろう。何か理由があって他人を拒んでるんだろうけど、それ以前に多分彼は、元から大して馴れ馴れしい人間ではないのかもしれない。


 大人しく部屋を出る。廊下は吹き抜けになっていて、部屋が2つ並んでいる。隣の部屋の扉は閉じられているが、私は大人しく下に降りることした。


「よっ」


 階段を無視して飛び降りる。着地寸前に翼を使い、音もなく降り立つ。


「うん、こっちも快復してる」

「階段を使え。子供か」

「うっ」


 ばっちり見られてたらしい。


「……ここが、あなたの事務所?」

「それがどうした」


 怪訝そうな表情を隠すことなく、彼が降りてくる。


「いや、だって」


 ソファにテレビ。カウンターと一体化した食卓と、家庭に置くにはだいぶ過剰に充実したキッチン。そして、その奥に追いやられるように仕事用のデスクがこじんまりと置かれている。階段の下の扉は恐らく洗面所と浴室?


「どう見たって家じゃ」

「別にいいだろそれで。この地区じゃまともな依頼なんて入ってこないしな」

「それでいいのか教団……」

「俺は別にあそこと仲良しこよしするつもりはねえし、自分の目的以外で頼ることもない」

「……はぁ」


 駄目だこりゃ。昨晩は少し雰囲気が柔らかいと思ったんだけど、一晩たったらこれだ。

 私としてはもっと仲良くなりたいんだけどなあ。今まで会った憑き者の中では一番の常識人だし。


「……」


 考えてみれば、それはそれで問題だ。自分が常識的かというと自信は持てないけど、彼も彼でたまに、いやしばしばブッ飛んでるところがある。


「……はぁ」


 やっぱり自分の周りには変な奴しかいない。改めて実感してため息が出る私であった。


 ……ところで。


「なんだか、おいしそうなにおいがするんだけど」

「気のせいだ、帰れ」

「なんでボルカノ腕まくってるの?」

「顔洗ってたんだ、帰れ」

「そこの台所でぐつぐついってるのは?」

「幻聴だ、帰れ」

「……私、お腹空いてる」

「だーもう!どうせ一人分しかねえんだ!帰れっつってんだろ!」


 そう言うと彼はロングコートを私に押し付け、首根っこを掴む。


「ぐえ。おんなのごばもっどやざじぐあづがっだぼうが」

「うるさい。そんな食い意地張った奴を女の子とは呼ばない」

「ぐぅー……」


 そのまま外に放り出されてしまった。私が持っていた武器も続いてポイポイと投げられる。


「二度と来んな」

「いや、連れてきたのはあなたじゃ……」

「うるさい、じゃあな」


 ばたん、と勢いよく玄関の扉を閉められた。

 その場にぺたりと座り込んでいた私はしばし唖然とする。


「……まあ、いいか」


 埃を払い、立ち上がって周囲を見渡す。古い建物が多く、全体的に荒んだ、汚い雰囲気だ。

 遠くに高層ビル群が見えるに、ここは首都の郊外なのだろう。


「……あ」


 そういえば、今回のお礼を言ってない。でも、今から扉を叩いたところで取り合ってくれないだろう。

 ……なら。


「……泊めてくれてっ、ありがとーっ!!」




 返事はない。でも、大声を出してなんとなくすっきりした私は武器類を身に着け、フードを目深に被って走り出した。

 道行く人に笑いが漏れていることを悟られないように。



「してやったり、だ」


 恐らく近隣住民からいらぬ誤解を受けるだろうけど、話も聞かずに放り出す方が悪いんだ。ふふふ。




 後で会った時に酷い目を見たと、こってり絞られるのだけど、それはまた別の話。

「首都防衛」

形式:迎撃

依頼主:チェイス

結果:達成

報酬:328050A

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